第18章 最後の手がかり


みんなが談話室に集まってしばらくした頃……。
可奈子ちゃんが涙でぐしゃぐしゃにした顔を上げ、フロントの横の廊下を指差してたずねた。
「……あの廊下を進んで右側は、誰の部屋なの?」
そこは俊夫さんの部屋だ。OL3人組は彼の死体が発見された騒ぎのとき2階にいたから、その位置を知らなくても無理はない。
「俊夫くんの部屋ですが……」
小林さんが答えると、可奈子ちゃんは少し考え、そして今度は大声を上げた。
「わかったわ……! 犯人は俊夫さんよ! 俊夫さんが美樹本さんを殺したのよ!!」
全員が驚いた。
ぼくは条件反射のようにみどりさんを見たが、彼女も何が何やらわからないといった感じだった。
「ちょっと待ってくださいよ。……俊夫さんも殺されてしまったんですよ? 美樹本さんより前に」
ぼくは当たり前のことを言ったが、可奈子ちゃんは髪を振り乱しながらさらに叫んだ。
「きっと死んだふりか何かだったのよ! 俊夫さんは今もどこかからあたしたちを見てて、見つかりそうになったらまた誰かを殺して逃げるつもりなんだわ……!」
「いいかげんなこと言わないで! そんなことあるはずないでしょ!」
叫び返したのは、もちろんみどりさんだ。
……が、彼女の瞳には、可奈子ちゃんの言葉を受け入れたい気持ちも多少あるように感じられた。
殺人犯でもいい、彼が生きていてくれたなら……そんなことを考えているのだろうか。
「だって……だって、そうだとしか思えないんだもの!」
「落ち着いてください!」
小林さんが大声で言うと、可奈子ちゃんもみどりさんも少したじろいだ。
そこをすかさず、それぞれ啓子ちゃんと今日子さんが抑える。

……そうして口論が収まると、小林さんはたずねた。
「渡瀬さん、冷静に説明していただけませんか? どうして俊夫くんが犯人だと思うのか」
すると、可奈子ちゃんは鼻をすすりながら話し出した。
「あたしたち……昨夜、眠れなかったのよ。それでベッドに潜り込んで目を開けてたら、いきなり床の下から何か物音が聞こえてきたの。はっきりはしてなかったけど、ドアが開いたり閉まったりする音や、何かガタガタやるような音なんかははっきり聞こえたわ。それであたしたち、怖くなっちゃって……。今、あたしたちの部屋の真下は俊夫さんの部屋だって聞いたから、俊夫さんが実は生きてたんだって思いついて、それで犯人だって考えたのよ。自分が死んだことにすれば、絶対疑われないでしょ?」
最後は自信ありげになったので、ぼくは返した。
「でも……残念なことですが、俊夫さんは発見されたときから確かに死んでましたよ。小林さんが脈を調べましたし、顔だってひどく紫色で……」
小林さんを振り返ると、彼もうなずいていた。

「……誰かが、俊夫くんの部屋に行ったんじゃないかしら」
みどりさんが意見を出す。すると、真理がそっと言った。
「もしかして、美樹本さんが……?」
「せや! きっとそうや!」
それは充分考えられる可能性だったためか、香山さんも声を上げる。
「確かに、それだと辻褄が合ってくるな。……美樹本さんは昨夜、自分の部屋を抜け出して俊夫さんの部屋に行き、何かガタガタ音がするようなことをした、と……」
「でも、どうしてそんなことをする必要があったの? それに、何をしたというの?」
独り言のようにつぶやいたぼくに、今日子さんが疑問をぶつけてくる。
ぼくは少し考え、そこでぴったりはまる答えを思いついた。
「美樹本さんは、事件について何か気付いたんじゃないでしょうか? それで、何かを調べるために俊夫さんの部屋に行って、そこを犯人に見つかったか、あるいはそこで犯人がわかってそいつのところに行って問い詰めたかして、それで殺されてしまった……」
話しながら、これでは俊夫さんが殺されたことに関する美樹本さんの推理とまったく同じだと気付いた。
が、ほとんどの人は納得したような表情を見せてくれた。やはり、これが一番可能性が高い推理なのだろう。
「……もし犯人に見つかって殺されたのなら、犯人も夜中に俊夫さんの部屋に行ったことになるわよね」
と真理。
「そうか。それはちょっと不自然だな。……じゃあやっぱり美樹本さんは、そこで何かを知って、それで犯人を問い詰めて殺されたんだ」
「ちょっと待ってくれ」
しかしそこで、唯一納得のいかない表情をしていた小林さんが口をはさんだ。
「俊夫くんの部屋には、私が鍵をかけたはずだぞ。もし美樹本さんが何かを思いついてあそこに入ろうとしても、それではどうしようもないだろう」
言われてみれば、確かに小林さんがあの部屋のドアノブのボタンを押して出てくるのをぼくも見ている。
「それに、どこに殺人犯がいるかわからないのに、夜中にひとりでここまで下りてきたっていうのも不可解だが……」
「そうですね……」
小林さんの言うことは全面的に正しそうだった。ぼくは突破口を求めて考え込んでしまった。

「オーナー」
するとそのとき、みどりさんが小林さんを呼んだ。
「どうした?」
「あたしたちも、俊夫くんの部屋を見に行くべきじゃないでしょうか?」
妥当な意見だ。
「しかし、あの部屋には誰も入れなかったはずだぞ。あの部屋の鍵は当然俊夫くんが持っているままだろうし、マスターキーは私の部屋にあった。もちろん私の部屋には誰も来なかった」
「でも、あたしは寝ちゃってて気付かなかったけど、何か俊夫くんの部屋で物音がしたのは事実みたいだし……」
みどりさんはOL3人組を見ながら言った。彼女たちは、脅えながら3人そろってうなずいていた。
「……小林さん、ぼくも調べに行った方がいいと思います」
ぼくは言いながら、隣の真理をちらりと見た。彼女も、ぼくの視線を受けてうなずいてくれた。
「わしもや。何かわかるかもしれへんやんか」
香山さんも言う。
やがて、OL3人組や今日子さんも賛成した。
「……わかった。行こう」
小林さんは目を閉じ、やっと納得してくれた。

 

 

9人全員で俊夫さんの部屋の前に行き、小林さんがマスターキーを取り出す。
しかし彼は、それを鍵穴に差し込む前にふと言った。
「ん? ……壊されているぞ」
それを聞いて、全員がドアノブに注目した。
――確かに、鍵の部分がドライバーか何かで外され、さらに力まかせに引きちぎられている。
「美樹本さんがこじ開けたんだわ!」
真理が声を上げる。
確かに、カメラマンの美樹本さんなら、修理用のドライバーくらい常備していてもおかしくはない。
小林さんはそのままノブをひねった。すると、思った通り鍵は開いていた。

ドアを開け、全員が中に入る。
中は、ひどく寒かった。暖房を切ってあるので当たり前といえば当たり前だが、それだけではなく、ベッドの下段に横たわる俊夫さんによる精神的な影響も多少あるのではないかと、ぼくは思った。
目をそらそうとしても、やはりついどうしても俊夫さんに目が行ってしまう。
……彼は、昨日よりさらに顔色を悪くしていた。
誰が見ても、死んだふりなどではないことは明らかだった。

「篠崎くん。……どこから調べるんだ?」
小林さんが、部屋を調べることを最初に提案したみどりさんにたずねる」
「わからないけど……でも、透くんの推理によると、美樹本さんはこの部屋を調べて犯人がわかったんでしょ? だったら、手がかりを見つけることはあたしたちにだって不可能じゃないはずよ」
みどりさんは毅然とした態度で答えた。俊夫さんを失った悲しみは、犯人を見つけてやるという決意に完全に変わっているようだった。
ぼくも、彼女の言うことは正しいと思った。美樹本さんがこの部屋を調べて犯人を断定し、そいつを問い詰めて殺された――という推理には自信がある。美樹本さんに犯人がわかったのだから、常人に無理なことではないはずだ。

ぼくたち9人は、部屋を調べ始めた。
やはり誰も俊夫さんの死体を調べようとはしなかったが、バスルームを、クローゼットの中を、テーブルの下を……とみんな真剣に調べている。

ぼくは2段ベッドの下をのぞき込んでいた。
別にそこに何があるわけでもなかったが、ひとつ疑問が浮かんだのでたずねてみることにした。
「小林さん」
「ん?」
クローゼットの前の小林さんが振り返る。
「2段ベッドがあるということは、俊夫さん以外にもここで寝る人がいるんですか?」
「ああ。今は俊夫くんひとりだったが、男のバイトはふたりまで募集してるんでね」
事件には関係なさそうだった。

「小林くん」
ぼくが質問したことで口を開くきっかけをつかんだためか、今度は香山さんがたずねた。
「はい?」
「あの天井の隅っこにあるのは、何や?」
それを聞いてぼくは顔を上げた。香山さんは、2段ベッドが寄せてある隅の天井を指差していた。
彼が差す先には、30センチ四方ほどの切れ目があった。美樹本さんの部屋のバスルームで見たのと同じように、天井裏か何かだろう。ぼくはそう思いつつ、小林さんの返事を待った。
「あの板を持ち上げると、ブレーカーがあるんです」
「なんであないなとこにあるんや? まるで隠してあるみたいやないか」
香山さんは、疑うような口調でたずねる。
「うちはペンションですから、ブレーカーを切られたりしたら面倒なことになりますでしょう。裏口の横やスタッフルームなどにつけた場合、お客さんのお子さんが棒か何かでいたずらして切ってしまう可能性がないとは言い切れませんからね。それで、絶対に触られないように、あそこに隠すように造ったんです」
「なるほど。ちょい見せてくれへんか?」
「あの中をですか?」
「他に何があるっちゅうねん」
「……まあ、構いませんが」
小林さんは2段ベッドの梯子を上り、ベッドの上段に両膝をついて座ると、その天井板を持ち上げて少しずらした。
香山さんがそこをじっとのぞき込んだので、ぼくも同じようにした。
……暗くてよくわからないが、確かに何かの機械がある。ブレーカーだという小林さんの話に嘘はなさそうだった。
「何や……ほんまにブレーカーだけかいな。拍子抜けや。わしはまたてっきり、犯人がそこから天井裏に上がって移動したんかと思たのに」
が、小林さんが天井板を閉めると、香山さんはとんでもないことを言い出した。
「それは無理でしょう、香山さん。あの大きさじゃ、いくら小さい人でも天井裏には上がれませんよ」
ぼくはつい口をはさんでいた。30センチ四方では、中年太りの香山さんはもちろんのこと、今このペンションにいる誰もが通れないだろう。
「それに、もし上がれたとしてもそうする必然性がありません。忍者じゃないんですから、そんなこそこそと天井裏を伝ったりしないで、堂々とペンション内を歩いて移動すればいいじゃないですか。犯人が客かスタッフの中の誰かである以上、誰も怪しみませんよ」
「……せやな」
香山さんはあっさり自説を引っ込めた。
「うーむ、どうもわからんな。美樹本さんはこの部屋で、いったい何を思いついたというんだ……?」
小林さんはそう言って首を振りつつ、梯子を下りてきた。

他の人たちはどうしてるだろうと思って、部屋を見まわしてみる。
真理と今日子さんは並んでテーブルの横に立ち、遠目に俊夫さんを見ていた。
みどりさんとOL3人組は視界に入ってこないが、バスルームから何か声が聞こえるので、きっとそこにいるのだろう。

……待てよ。
バスルーム……そうだ、もしかしたら!

ぼくは思い立つやいなや、バスルームに飛んでいった。
開けっぱなしになっていたドアから中をのぞき込むと、そこではみどりさんとOL3人組があれこれと議論していた。
耳に入ってくる声から判断するに、どうやら可奈子ちゃんは、まだ俊夫さん犯人説を主張しているらしい。
「……あら、透くん。どうしたの?」
みどりさんがぼくを見つけて聞いた。それに連動して、OL3人組もみんなこっちを向く。
「いえ、何でもありません」
ぼくが慌てて答えると、4人はまた議論に戻った。
その直後にすかさず、ぼくはバスルーム内をざっと見まわした。
美樹本さんの部屋のバスルームとまったく同じ造りだ。天井を見上げると、やはり同じように正方形の切れ目が入っていて、天井裏があることがわかる。

そうか……。
推理はほぼ固まった。まだ一番肝心なことを確認していないが、それはジェニーが証明してくれたから、おそらく間違いないだろう。
ぼくには犯人がわかった。きっと美樹本さんも、こうしてわかったに違いない。

――しかし。
ぼくがたどり着いた犯人の正体は、とても人殺しだとは信じ難い人物だった。
なぜあの人が、4人もの人間を殺さなければならなかったのか?
俊夫さんと美樹本さんを殺した動機は、自分の犯行を見抜かれたことに対する口封じに間違いないだろうが、春子さんと田中さんを殺した動機はどうしてもわからない。
……が、それでも犯人はあの人以外に考えられない。
それに、おそらくここにいる誰が犯人だったとしても信じられなかったことだろう。
覚悟を決め込むしかなかった。

「……みなさん、聞いてください」
ぼくはバスルームの前から部屋の入口に移動すると、声を絞り出した。
ベッドの前の小林さんと香山さん、テーブルの横の真理と今日子さんがぼくを見る。
バスルーム内の4人の姿は見えないが、議論する声が聞こえなくなった。
「……ぼくには、犯人がわかりました」
「何ですって!?」
バタバタと音がして、みどりさんがバスルームから飛び出してきた。続いてOL3人組も出てきて、ぼくの目の届く範囲に全員が入った。
誰の目も、ぼくの言葉を聞いて見開かれている。
「ねえ、犯人がわかったの!? 誰なの!?」
みどりさんはぼくの前まで飛んできて、すごい勢いでたずねてくる。

……ぼくはうつむいて目を閉じた。そうでもしないと、つい犯人の方を見てしまいそうだったからだ。

そんな状態に自分を追い込んでから、ぼくは言った。
「……それは、談話室で話すことにします。みなさんも、あまり長くここにいたくはないでしょう?」
誰も答えなかったが、そうに違いないと判断した。
「戻りましょう」
ぼくはそれだけ言うと、真理の手を取ることもせずに俊夫さんの部屋を出た。
そうしてからそっと振り返って目を開けると、真理が不思議そうについてきていた。
続いてみどりさんが、小林夫妻が、香山さんが、最後にOL3人組が出てくる。

全員が出たのを確認すると、ぼくは振り返らずに談話室へと歩き出した……。


《次の第19章から、解決編になります。ご自分で推理しながら読んでいる方は、進む前に推理をまとめておいてください》

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