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Cell_雀 不定期コラム 第六弾!
 
 あの頃はヨカッタ…「五時までモード」
 
 
 
 
 
 
 
「ごっじか〜ら〜おっとこの〜♪ グロンサン!」


ドキドキCクラブ © GEN MUTO

 
 高田純次が不気味に首をカクカク振りながら、栄養ドリンクを手前に差し出すこのCMを、
 「なっつかしいな〜!」
 と感じる人は、間違いなく今三十代でしょう。(笑)
 
 そう、Cell_雀の「五時までモード」「五時からモード」のネーミングの由来はこのCMからです。
 当時、私は大学生でした。
 まだ見ぬ社会人生活にあこがれながら、「会社ってどんなトコなんだろな」とアレコレ夢を膨らませてました。
 その頃の日本は、空前のバブル景気の真っ只中。
 普通のOLが株でもうけて億万長者になったり、土地転がしの主婦がイギリスの古城を買ったりと、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い、経済絶頂期の真っ只中でした。
 
 今の学生さんが聞いたら怒り狂いそうですが、当時の就職戦線は超売り手市場、ダンボール二箱くらいの求人案内が何にもしなくても勝手に送られてきたもんです。中には、TシャツやらCDやら、自社製品の小物なんかまで同封されていたりとバリエーション豊富で、当時の企業がいかに学生の気を引こうと躍起になっていたかがよくわかります。
 
 この頃、大学で流行っていたアルバイト?に、地方から東京の企業へ面接に行くというのがありました。鈍行の列車や、格安の夜間バスで東京まで行って、新幹線の金額で往復の交通費を請求し、差額を稼ごう!というものです。
 名古屋から東京まで行けば、タダで日帰り旅行ができるうえにお昼を企業でごちそうになって、さらにお小遣いまで(差額の五千円ほど)もらえるという…それは、それは、けっこうオイシイものでした。すでに内定をいくつかもらった学生が暇つぶしにやってたみたいです。(私はやったことないですが)
 今も交通費って、ちゃんと支給されてるんでしょうかね?
 
 内定をもらった学生達を、今度は企業側が「囲い込む」というのもよくやってましたね。あの頃、内定数は一人二〜三は当たり前、中には十以上もらったという猛者もいましたから…。企業側にしてみれば気が気でありません。
 ドタキャンされたくないばっかりに、学生達を分不相応な高級レストラン・料亭で接待し、高級バーに連れて行ってドンペリを飲ませ、挙句の果てには風俗まで連れて行った(男子学生のみ)というから、呆れるのを通り越して感心してしまいます。(かくいう私も内定もらった会社に豪華な食事をチャッカリごちそうになってます…てへ)
 
 とにかく世の中全体が、今とは比べ物にならないほど「ほんわか」してました。道行く人の顔も皆ホワーっとしていて、一年中お花見が続いているような…そんな時代でしたね。(私が学生だったので特にそう感じたのかもしれませんが…)
 
 あの頃日本中がバブルバブルと騒ぐ中で、数年後にバブルが崩壊して未曾有の大不況が来るとテレビで警告していたお利口な経済学者が何人もいましたが、だーれもそんなこと信じませんでした。私もそうです。
 この世の春は未来永劫に続き、日本の未来は明るく光り輝くものになると誰もが本気で信じていました。
 二一世紀は素晴らしい時代で、我々の未来は素晴らしい未来だ。私も大学の友人達も皆、そう信じて疑いませんでした。
 
 そして、バブルがはじけ飛びました…。あっさりと…。
 
 今、三十代後半の人たちは祭りの終わった寂しさを…、長く続く冬の時代の訪れた悲哀を…、特に強く感じているのではないでしょうか?
 
 もし…、もしもですよ。今、高田純次がCMで「五時から男の〜♪」と歌ったら、
 「なんだよ…栄養剤飲んでまで深夜残業やれってか…ハア…」
 と、多くのサラリーマンはゲンナリしてしまうのではないでしょうか。
 
 ツライです…。(マジで)
 
 
 次回も引き続き八十年代シリーズやりまーす♪
 

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