1.診察の基本

身体の観察を行うときには、必ず守らねばならない 基本事項 があります。ここでは、この基本の再確認を行います。

a.守らなければならない基本事項

すでに良く知っているはずですが、きわめて大切な基本事項です。 自然に行えるようになるには、この項を時折反芻します。

身体の観察は、
  • 全身のすべての領域について 系統的に診察する、
  • 観察を始めるとき、および観察領域を次へ進めるときにはその旨を 話しかける、
  • 観察部位はその都度着衣を取ってもらい、 非着衣の状態で観察する、
  • 観察がもっともしやすい体位となるように、ときどき 体位変えをしてもらう、
  • 観察は 視診から始め、触診→打診→聴診へと順を追って行う、
  • 触診や打診は不必要な力を入れないで 優しく行う、
  • 丁寧ではあるが、出来るだけ短時間に すばやく終える、
以上のすべてを守りながら進める必要があります。

すなわち、診察の基本のキーワードは、 「系統的」 「話しかけ」 「非着衣」 「体位変換」 「視診から」 「優しく」 「短時間で」 の7つです。

b.系統的な診察

身体の観察は、常に 全身のすみずみ まで綿密に行います。このとき、観察もれを防止するために、観察は系統立てて、 一定の順序 で進めていきます。

身体所見の観察の順序は、1→2→3→4→5です。
  1. 全身の状態の観察
  2. バイタルサイン
  3. 両手の診察
  4. 皮膚の観察
  5. 局所所見の系統的観察

いちいち診療録(カルテ)にある身体所見の記入欄を確かめながら診察を進める、というような 幼稚なやり方を取らなくても良いように、この順序を再確認しておきます。

c.視診・触診・打診・聴診

視診・触診・打診・聴診は 身体の観察法の基本をなす手技です。病歴聴取と同様、最高の芸術的レベルの 才能と技術を必要とします。したがって、臨床実習の直前にあわてて練習してもとうてい間に合うものではありません。 医学生たるもの、平素からの努力と練習が不可欠です

練習十分で自信があっても、また、練習不足を嘆く身であっても、いずれもここで練習を行います。

視診と触診の練習
  • 視診で微細な変化を発見する目を養うために、
    • 自分の両手の手掌面を子細に観察して、母指球・小指球の発達度に至るまで左右差のある部分の発見に努める。
    • 次に手背面を観察して、爪・爪周囲・手指関節・長指伸筋腱・手背静脈網の左右差を比較する。

  • 触診で手指の触知の感覚と力の入れ具合を掌握するために、
    • 自分の左側頸部を外側から触知して、 僧帽筋内側縁・胸鎖乳突筋外側縁・総頸動脈拍動・甲状軟骨左縁・輪状軟骨左縁をそれぞれ確認しながら、 このときの力の入れ具合と疼痛や不快感の出現程度を確認する。
    • 自分の上腹部を触知して、腹部大動脈の拍動の触知の有無を調べ、拍動触知までの力の入れ具合と 疼痛の発生との関係を確認する。

ヒトの急所と言われる部位を自分で触診して、手指の力の入れ具合と不快感や疼痛の発生状況とを 自分自身で何度も確かめておいて下さい。そうすれば、たとえば肝や脾の触診のときに、 腹部表面が過大に陥凹するまで強く圧迫するというような 決して行ってはならない手技をしてしまうことはないはずです。

打診と聴診の練習
  • 弱打診でも、打診音の性状の差が正確に把握できるようになるために、
    • 自分の膨らませた頬(打診音は鼓音)と大腿部(打診音は平坦音・絶対的濁音)とを「弱打診」して、 打診音の明確な差とそれぞれの性状の特徴を確認する。
    • 自分の右前胸部を鎖骨中線上で腹部へと向けて順次「弱打診」していき、肺野(打診音は清音・肺胞共鳴音)と 肝の領域(打診音は濁音)との打診音の性状の差を把握し、この差の発生位置を確認する。
    • 次に同部を「強打診」して、打診の強度と打診音の変化の発生位置との関係を把握する。

  • 聴診で微細な異常を発見できる耳を養うために、
    • 自分の心尖部に聴診器の「膜部」を当て、2つの心音の性状(強度・ピッチ・音質)を子細に分析する。
    • 次に「ベル部」に変えてこれを軽く当て、ベル部と膜部との聴診所見の差が把握可能であることを確認する。  
    • さらにベル部を当てる強さを強弱2段階に変化させ、聴診所見の差が把握可能であることを確認する。  
    • ベル部で心尖部から胸骨左縁第2肋間へと少しずつ移動させ、心音の性状の相違を把握する。

打診はかならず「弱打診」で行い、強打診をしなくても打診音の音量・ピッチ(音の高低)・持続(音の長短)の 3所見がいずれも十分把握できるように手と耳を訓練しておきます。

聴診の訓練は、まず聴診器のベル部は出来るだけ軽く当てる手法を学び、膜部との聴診所見の微細な差異が把握できるまで手と耳を鍛えます。 その上で、もし心や肺の聴診所見を記録した録音物を持っていれば、それを折に触れて何度も聴いて耳と頭の 訓練を行っておきます。

d.患者への配慮

身体の観察とは、初対面の人に全身のすみずみまで綿密に観察されることです。観察部位は上述したように 非着衣の状態で行われますので、誰でも羞恥心が生じます。ときには嫌悪感すら感じる患者さんがいるかも 知れません。

さらに身体の観察は、正確な所見の把握のために、ときには疼痛や不快感のある部位の触診が必要です。 苦痛の増強を促す体位や、症状の発現を引き起こす動作が必要なこともあります。身体的および 精神的苦痛からの解放を求めている患者さんに対して、これを増強させる手技や手段を選択することは、 きわめて高度な臨床的判断と最高の技術が必要です。臨床実習ではこのような手技や手段は決して行わないこと、 これを厳守します。

身体所見の観察のときは、
  • 患者さんの気持ちを配慮しながら進めていく。
  • 決して不快な感じを与えない。

患者さんへの配慮は、たとえば、観察が終了した部位は順次着衣をしてもらったり毛布で覆ったりすることや、 不快感や疼痛を訴えている部の観察は、改めて許可を得てから観察を始めるということです。ここでもし 許可を少しでも躊躇される場合には、当然のことながら観察を省く決断が大切です。

また、必要な配慮は、君が現在何をしているか、どこを観察しようとしているのかが常時分かってもらえる ようにしておくことです。このために、観察を始めるときや、次の観察部位へと移動するときには、 その旨をしっかりと伝えるようにします。

このような態度は、臨床医には不可欠なものです。確実に身に付くよう最大の努力を払って下さい。

e.基礎医学とくに解剖学の復習

身体の観察では、診察手技に慣れて、異常所見を的確に発見できる技術的能力とともに、発見した異常所見を 論理的に考察して問題の解決法を指摘できる医学的判断力が不可欠です。

この育成のために、臨床実習を前にした現在直ちに行うべきことは、基礎医学とくに解剖学と生理学の復習です。

身体所見の観察の仕方を学ぶ前に、
  • 解剖学の復習、とくに身体表面から観察したときの諸器官(血管系や神経系をも含む)の 解剖学的位置を再確認しておきます。
  • このとき、CT画像やMRI画像ではどのように描出されるかについても復習しておき、 身体の外表を見ただけで、その内部の構造が三次元的イメージで即座に描出できるような反射機能を 養っておいて下さい。

以上の復習が終了したら、次の2.全身所見へ 進んで下さい。



なお、これ以降のページでは、身体の観察の仕方のうち、あらかじめ 十分慣れておく必要のある事項のみを簡潔に記述しました。

記述にない項目や、異常所見を観察したときの考察法などは、

診察の仕方と問題解決ハンドブック(南江堂)を参照して下さい。


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