【書評】「仕組まれた9.11 アメリカは戦争を欲していた」(田中 宇著 PHP研究所刊)
ブッシュはテロを自作自演したのか?


 4月に出版された本であるが、とても衝撃的な表題の本であるためか、書評などでもほとんど取りあげられずにいるが、現代というものを考えるときに、とても新鮮な視点を提供してくれる本である。

ブッシュはテロを黙認した!

 9.11のテロ以来、アメリカのマスメディアは「テロ撲滅の聖戦」への賛辞一辺倒だったが、今年にはいって状況がかわり、議会やマスメディアでは、ブッシュ政権が事前にテロを知りながら、それを放置したのではないかという追求がなされはじめたことが、日本のマスメディアでも小さく扱われたことをご記憶だろうか。
 かなり確証の高い情報に基づいて追求されたためだろうか、ブッシュ政権もその一部を認め、FBIの支部が事前にテロ実行犯の一部を捕捉しながら、不手際によって逮捕にはいたらなかったという弁明をせざるをえなかった。
 しかし日本のマスメディアはほとんどこのことを取り上げず、ほんのエピソード的にしか報道しなかったのである。
 ブッシュ政権が事前に9.11のテロの情報をつかみながらそれを放置したという指摘は、あまりに衝撃的であるために、共和党の独走を牽制するための、民主党の策略であるかのように解釈しているからであろう。
 しかし本書の指摘することは、さらに刺激的である。それは、9.11のテロはブッシュ政権の自作自演の可能性が高いというものであるからだ。

ブッシュの情報操作にインターネットが風穴をあける

 だが本書を、陰謀説に組するものと見てはならない。
著者の田中宇(たなかさかい)氏は、もと共同通信社の記者でフリージャーナリストであるが、インターネットを使って世界中の記事や論説を追い、各地で独自の視点から世界の情勢を論じている記事を精査し、それを独自の調査によって補足しながら、インターネット上で、世界の現状についての鋭い指摘を発信しつづけており、今注目されている、国際ジャーナリストである。
 ブッシュ政権はマスメディアが批判的なことを報道すると、「テロに利する」という脅しを使って、報道の自主規制を迫っている。
 しかしヨーロッパの、特にイギリスではないヨーロッパのメディアはかなりブッシュに批判的な報道をするし、それをインターネットにのせているので、常にその報道を利用することができる。
 さらにアメリカのジャーナリストたちも、メディアで報道できない分だけ、インターネットを使って、事件の裏側を探るレポートを、次々と発進している。
 田中氏が論拠としたのは、これらのブッシュ政権のメディア規制の網を潜り抜けた、特にインターネット上の情報なのであり、この点で、ブッシュにとって流して欲しくない情報群なのである。

「自作自演の根拠」

 田中氏が、さまざまな記事をもとに、ブッシュ政権が9.11のテロを自作自演した可能性が高いと結論づけた理由は多々ある。
 一つは9.11当日のアメリカ軍の動きの異常さである。
 センタービルに最初に激突したAA11便がハイジャックされてから米軍の戦闘機が緊急発進するまでに28分もかかり、そのため戦闘機が発進したときには、すでに一機目がセンタービルに激突していた。そして追撃した2機の戦闘機が追いつく前に、二機目もセンタービルに激突した。さらに、3機めがほぼ同じ時刻にハイジャックされ、ワシントンに向かっていることがわかっているのに、ニューヨーク上空に到着して警戒体制に入っている戦闘機を動かさずに、なんとワシントンから300キロも離れた空軍基地から戦闘機を向かわせたために、3機目の激突も防げなかった。
 さらに不可解なのは、通常はワシントンを守護するはずの、ワシントンのすぐそばにあるアンドリュー空軍基地からは戦闘機はまったく発進されなかったことだ。しかも事件当日のアメリカ空軍の最高責任者は、議会で証言があるからといって国防総省の部署を離れ、一機目が激突したあとも国防総省にもどって指揮をとらず、あとで軽飛行機が事故でつっこんだと思っていたという弁明をしていた。
 アメリカ政府は民間航空機を撃墜すべきかどうかを大統領に判断してもらうために時間がかかって戦闘機の発進が遅れたと弁解しているが、発進そのものは大統領の判断がなくてもできるはずであり、この米軍の動きの遅さは、誰かが故意にやったとしか考えられないという。
 二つ目は、ブッシュ政権はかなり前から、9.11に航空機によるテロがあるとの情報を手にいれていながら、これを無視したり、場合によっては捜査を中止するよう命じていたという。
 テロの2ヶ月前のジェノバサミットにイスラム過激派が飛行機で会場につっこみ、ブッシュをはじめとする首脳を暗殺するとの警告がエジプトの情報機関から出され、空港に対空砲が設置され、市内上空は飛行禁止となった。この1ヶ月まえの6月には、ドイツの情報機関がアメリカでのテロを察知して警告し、さらには事件の直前には、イランとロシアの情報機関が同じ警告を発したし、直前には、イスラエルの情報機関も、アメリカにビン・ラディンと関係する200人規模のテロ組織があり、近々米国内の有名な建造物に対するテロをするとの報告を行ったという。
 さらにテロの一ヶ月前には、実行犯の一人になるはずだった男をFBIが別件逮捕し、彼が大規模なテロに関わっている可能性があるので、彼の家を家宅捜査し、パソコンのハードディスクを捜査したいとの要請が上部になされたが、FBI上層部は証拠不充分との理由で捜査を許可しなかった。
 ほかにも後にテロ実行犯とされた人物や、それが関係していたイスラム系団体をFBIが目をつけ、看視行動をとろうとしたが、上層部の指令で捜査は中止させられたという。
 また、今回の事件と似通った性格の事件として95年のオクラホマ連邦ビル爆破事件がある。この事件は極右系のアメリカ人が逮捕されたが、かれは実行犯の一人にすぎず、事件の直後にはアラブ系のグループがFBIによって取調べをうけ、一部は逮捕されたが、上層部からの指示で釈放されたという。
 またこれ以前にイスラム過激派の動向を調査していた共和党の下院議員はビル爆破の二ヶ月前にイスラム過激派によるビル爆破計画があるとの報告書を議会に出しており、同時にこの報告書では、航空機によるテロの計画があるとも指摘されていたのだが、この指摘もなんらかえりみられることはなかった。
 さらにこの事件を追っていたジャーナリストによると、この時の容疑者はアラブ系といってもイラク人であり、アメリカ軍基地で航空機の操縦訓練を受けた経歴があり、テロ組織の背後にはアメリカ軍がいる可能性があることも、95年当時から指摘されていたが、議会もこれを積極的に捜査することはなかったそうである。
 このテロ組織に関する情報と、ビン・ラディンの組織がCIAによって養成されたということ、そしてテロの少しまえに、ビン・ラディンが中東のある国の病院に入院していたときに、CIAの要人が面会していたというフランステレビの報道などを組み合わせて考えるとき、9.11のテロを実行した組織の背後には、アメリカ軍とCIAとがおり、これが今回のテロを画策し、捜査を妨害し、当日の防空システムを麻痺させていたと考えられる。そしてこれは政権の再上部の承認の下で行ったに違いないと、著者の田中氏は推論しているのである。

何のための「自作自演」か?

 しかしこう書くと、「そんな馬鹿なことが」という反応が当然かえってくる。アメリカ政府の上層部が自国に対するテロを組織して何の利益があるのかという当然の疑問である。
 田中氏は、この当然の疑問に以下のように答えた。
 一つはブッシュ一族とビン・ラディン一族とは、アメリカの軍事産業に投資する会社の株主同士であり、口座も同じ銀行に持っていること。さらには、巨大石油産業の大投資家であることでもつながっており、世界経済の不況の下で、アメリカがあまりに中東の石油に依存している状況を改め、カスピ海や黒海の石油に軸足を移そうとしている。そこに先行投資することで巨額の利益を図っていこうとしているのではないかということ。
また二つ目には、73年以降の世界不況の中で、植民地を独立させたことは間違いで、世界経済の安定のためには、あらたな植民地支配の復活が必要で、それは「国際支援」という美名の下でやろうとの主張が繰り返されていたが、9.11以後この主張が堰を切ったようにあふれ出ており、アフガン攻撃も、カスピ海からの石油をアフガン経由でパキスタンから出荷することを容易にするために、友好的な政権を作ることと、アメリカ軍のこの地域への恒常的な中流を実現するという新たな帝国主義的政策実現と言うこの方向でアメリカ政府が動いてきた可能性があること。
さらに三つ目には、アメリカではすでに有事にさいしては政府・軍の中枢がワシントンから離れた地下施設に設置され、議会を通さずに法令を発する権限をもつことが法律で定められ、その「秘密地下政府」というべきものが、今回の9.11のテロの直後に、議会にも報告されずに稼動し、その指揮をチュイニー副大統領がとっていたことをあげる。
田中氏は、これら3点を根拠にして、ブッシュ政権は経済不況を軍事的に解決し、アメリカの覇権を確立しようとしたのではないか、その可能性が強いと主張したのである。

戦後資本主義の衰退のはじまりの可能性

 この最後の田中氏の指摘は重要であるが、それでも眉唾物との評価をまねくに違いない。しかもことは世界の覇権を握っている政府の動きである。軽軽には評価できないし、もし事実ならこれは、日本での有事法案の行方にも重大な影響をもたらすし、政権自体を揺るがしかねない。
 やはり「陰謀説」だ。ということにして闇に葬ることに、日本のマスメディアはしたのだと思う。
 だが、田中氏が指摘するように、「経済の不況を軍事で解決する」という動きだとすると、このような無謀な企てをせざるをえない背景を考えてみる必要がある。
 ここで想起しておかなければいけない事実は、世界経済は1973年のオイルショックを契機にして、短期の好況不況はあれ、長期にわたる利潤率の低下という不況に陥っているということである。1973年以後の先進国各国の経済成長率も一貫して低下しつづけており、その中でグローバリゼーションというアメリカ標準の押し付けがなされており、ありとあらゆる物が商品化され、ありとあらゆる地域が世界経済に組み込まれ、その中でさまざまな国々のさまざまな民族が、その伝統的な文化・生活を放棄せざるをえなくなっている。
 そしてこの間世界の貧富の差も拡大の一途をたどっており、世界の富の多くが一部の先進国に集中し、その先進国の中でもごく限られた家族の手に、富の多くが偏在している事実である。
 資本主義は一部では成長を続けてはいるが、そのことで世界が豊かになるのではなく、かえってそのことが貧困と軋轢を生み出しているのが現状である。
 この事実をどう見るのか。ここが問題の環である。つまり戦後に驚異的な成長発展をとげ、世界をそれなりに豊かにしてきた戦後資本主義の命脈はこんごも続くのか否かである。
 ブッシュ政権の中枢と、かれらを突き動かしている勢力は、世界資本主義経済の成長発展はもはやありえないとの理論的理解もしくは直感的理解があるのではないか。通常の資本主義的開発の手段では、世界を豊かにすることはすでに不可能ではないのか。資本主義の衰退が始まっているのではないか。このような認識がブッシュ政権の背後にあるのだとすれば、田中氏の指摘する「不況を軍事で乗り切る」ということは、多いに現実味を帯びてくる。新たな帝国主義的政策の展開以外に世界の資本主義的秩序の維持もありえない。
 これがブッシュ政権中枢の認識である可能性があるのである。

 田中氏の指摘はまだ粗く、未整理である。その指摘したことが事実であるかの検証が必要ではあるが、同時のその背景となる世界資本主義経済の現状と今後の展望についての総体的な分析が、早急になされる必要があるということを、田中氏の指摘は示しているのだと思う。

注:田中氏の指摘の根拠および主張は、かれのサイトから読むことができます(根拠はすべて英文)
http://tanakanews.com/911/


批評topへ HPTOPへ