加害の事実の認定と侵略「評価」の拒絶
ー矛盾する政策を映し出す第3次「家永訴訟」判決ー

 

 10月20日、第3次家永教科書訴訟に対する東京高裁の判決が出された。

 この判決の特徴は、「教科書検定は合憲」の立場を維持しながらも、「検定基準の解釈は厳格になされるべきもの」として「文部大臣の判断が看過

しがたい過誤に依拠したと認められる場合、裁量権の範囲を逸脱し違法になる」と判断したことにあり、以下の3点にわたって修正意見を違法とした

ことにある。それは、「南京大虐殺を軍の組織的行為ではないとして『激昂裏に行われた』と記述するように要求した個所」「南京での軍による婦女暴

行の事実を『実態が把握できない』として削除要求した個所」他1件である。

 さらに、「日本の中国にたいする侵略を『より客観的な「進出」という表現にかえろ」という改善意見に対しては、「自国の行為について否定的価値評

価を下すような重要な事項については、これについて、異論、異説があり、あるいはこれが予想されるようなときには、できる限り価値評価を伴う記

述を避けて客観的記述を求めることに相当な理由がある」との判断で、違法ではないとしたことも特徴的である。

 言い換えればこの判決に貫かれた姿勢は、中国や韓国の反発によって82年に検定基準に、アジア諸国との近・現代史の扱いに関し「国際理解と

国際協調の見地から必要な配慮」を求めた「近隣諸国条項」が追加されて以来、教科書に日本のアジア侵略の事実を記述し、「過去の反省にたっ

た歴史教育」を行うとした傾向を追認する現状追従的な姿勢と、それでもなおかつ『侵略』と評価することと『教科書検定は違憲』は判断することを拒

否しつづける頑迷な姿勢とが混在し、相互に矛盾をきたしている点が特徴的である。

 この判決では、文部省による修正・改善意見が違法であるかないかの判断基準を「通説・定説となって、事実として確認されていること」に置いてい

る。例えばこの判決では、南京大虐殺はすでに定説であり、事実が確認されているから修正意見は違法であるが、731部隊の生体実験は、当時は

まだ事実検証過程であるから削除せよとの修正意見は適法としている。しかし、通説・定説とは常に新たな事実の検証作業によって改変されるもの

であり、不動のものではない。事実、この83年度の検定では削除された731部隊の生体実験は87年度検定では認められて教科書にも登場してい

る。通説・定説とは、常に流動的なものであり、様々な異説があるばあい、その内の一つを通説・定説とすること自体が極めて政治的であり、一つの

価値判断なのである。また、「侵略行為」の一つ一つを事実として認めながら、ここでは「異論・異説があるから」として、それを「侵略」と評価しない姿

勢。この姿勢の中に、はっきりと「侵略」として認めることにより、たくさんの補償問題などが噴出してくることを恐れる、政治的姿勢がよみとれる。

 したがって、「文部大臣の判断が看過しがたい過誤に依拠した」かどうかの判断基準そのものが流動的であり、客観的基準などではない政治的基

準であることが明白となり、「教科書検定は合憲」としたこの判決そのものの土台が揺らいでくるのである。

 東京高裁の判決の矛盾した性格は、現在の日本政府の置かれた矛盾した性格と生き写しである。 


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