「連合」加盟反対! 日教組の分裂を許すな!    ───教育労働運動の進むべき道と現局面における闘いの課題────

 

1. はじめに

1989年。今年は、日本の労働運動の未来を決定する重要な年。戦後40年余りにわたって、改良主義的ではあれ、労働者階級・勤労国民の利害

を代表した闘いの組織であった総評が昨年夏に89年解散を決定し、帝国主義に奉仕し、労働者階級・勤労国民を国家の下に統合する役目を負っ

た「連合」に参加し、「発展的解消」をすることを決定してから約半年。総評傘下の各労働組合では、「連合」への加盟をめぐって、激しい闘いが繰り

広げられてきた。そして民間組合の大多数が総評大会前にすでに「連合」へ加盟した後を受けて、今年は官公労の各組合が「連合」への参加を迫ら

れている。

すでに「連合」への参加を明らかにしている全逓に続き、自治労も「連合」への参加を決定した。そして、日教組においても、昨年2月福島・7月福岡

の各大会において、総評の解散・「連合」加盟の方針に追随し、それを容認する傾向が強まり、労働戦線の再編は、すでに終わったかのような感を

呈している。

しかし、闘いは終わったわけではない。「連合」へ加盟した民間労組においても、「連合」加盟を決定した官公労組においても、不参加・態度未定の

組合におけると同様に闘いは続いている。

むしろ闘いはこれからが勝負である。昨年末に発表された様々な調査では、労働者の多くは、最近は賃金が上がらず、社会的負担はむしろ増大

し、労働条件は悪化し、生活はかえって苦しくなっていると感じていることが明らかになっている。また、さまざまな労働災害が続発している事も、商

業新聞の記事からすら読み取れる。

「労働戦線の統一」とは一体何であったのか。はたしてそれは労働者のためになされたのか。労働戦線統一を巡る闘いの中ではあまり論議されてこ

なかったこの問題が、今、現実の生活を通して、労働者一人一人につきつけられはじめてきている。

そして大切なことは、戦後労働運動を担ってきた総評は、まだ解体されきってはいないということである。民間においても、勢力は小さくとも、「連合」

に反対して闘っている労働組合は数多くあり、「連合」に加盟した大単産の中にも、それに反対する勢力は存在し続けている。そしていくつもの地・県

評が解散に反対している。さらに、最も大切なことは、国鉄労働組合が健在であることを忘れてはならない。

今回の労働戦線の統一を巡る攻防戦の最も重要な環は、総評の戦闘力の中心をになった全国単産としての国鉄労働組合を解体できるのかという

点にあった。しかし、この攻撃は失敗し、国労は、4万人の全国単産として健在であり、清算事業団に押し込められた5千人の組合員を先頭に、国

家の不当労働行為に対して、真向から闘っている。

今、問題なのは、この国鉄労働組合に続いて、どれだけ多くの全国性をもった組合が、「連合」に反対し、それへの加盟を拒否して闘いぬくかという

ことである。そしてさらに、その「連合」反対勢力を結集して、労働者階級・勤労国民の利害を代表して、国家とも対決して闘える階級的ナショナルセ

ンターを形成できるのかということである。

この意味で、共産党系の統一労組懇が、はば広く反「連合」勢力を結集して「連合」反対の闘いを繰り広げることを放棄し、セクト的に「ナショナルセ

ンター」を名乗ろうとしていることは、闘いに背を向ける行為といわざるをえない。また、社会党系の組合幹部・活動家の一部が、「連合」参加をやむ

なしとして、「連合」の下においても労働者階級の立場にたった運動が出来るかのように組合員を欺いていることは言うまでもなく、たとえ「連合」参加

に反対していても、組合員に事態の意味を知らせることもせず、事態を静観するかのような傾向があることも、闘いに背を向ける行為といわざるをえ

ない。さらに、一部の独立左派系の組合および活動家グループが、すでに労働戦線再編は「連合」へと大勢が決していると判断して、独自の組合を

作ることを優先して、「連合」反対の幅広い闘いを形成することを放棄していることも同様に問題である。

問題は、「連合」反対の幅広い統一戦線を作れるのかどうかということであり、大衆的に事態を明らかにして闘いを進められるのかということである。

日教組においても事態は同様である。昨年7月の福岡大会において、総評解散・「連合」加盟の方針に追随する傾向が強まったことは事実である

が、その総評の方針には、多くの問題点があることが、日教組の方針自身に明記されていることもまた事実である。

1)全的統一の原則と方向を堅持すること。

2)新たな綱領的文書を作成することとし、そのなかでつぎの課題の実現に努力すること。

(イ)平和運動への継続的とりくみ。

(ロ)労働基本権の確立。

(ハ)教育臨調路線を排し、平和憲法と教育基本法にもとづく民主教育の確立等をもりこむ努力をつよめること。

3)選別や連合への吸収を許さず、官公労協の統一対応をあくまで堅持すること。

4)総評・県評・地区労運動の果たしてきた役割を評価し、その継承発展の具体的かつたしかな見通しを示すこと。

5)5項目補強見解と三つの問題点解決のため、ひきつづき努力すること。

以上の5つの条件付で、日教組は労働戦線の統一に対応すると決定した。この5つの条件にははっきりと労働戦線統一の問題点・その意図すると

ころが明示されており、この5条件の実現がなければ、日教組は「連合」には参加しないことを意味している。

しかし問題は、この5条件実現のための闘いを日教組中央が完全に放棄し、すでに総評大会において、この立場を明らかにしてしまっていること、

そしてそれに対する大衆的な糾弾の闘いが繰り広げられてはいないことである。

昨年末に柘植書房から「日教組再生─仲間たちへのメッセージ─」という本が発行された。著者は日教組の主流派左派の中心である千葉高教組

書記長の横堀正一氏である。

横堀氏はこの本で、当面の闘いの方針を次のように掲げた。

1)5条件を徹底的に大衆的に宣伝し、労働戦線統一の性格を暴露し、幹部の闘いの放棄の姿勢を大衆的に批判・許さない闘いを作ること。

2)臨調行革反対・教育臨調反対・反戦・反核・護憲・公務員労働者のスト権確立等々を含めた、我々のほうの統一綱領を明確にしつつ、具体的な闘

争を展開すること。

3)職場レベルから、権利闘争の再構築・反教育臨調のの闘いの展開を通して、大衆行動を組織していくこと。

4)反失業・合理化反対闘争を含めて、地区労運動を再構築していくこと。

5)以上の闘いと結合しながら、各県教組・高教組ごとに「連合」不参加をかちとる闘いを攻勢的におこなうこと。 

 この方針は基本的に正しい。しかし、このような闘いが何故行われてこなかったのか。ここにこそ、今現在、日教組がかかえている問題点が集約さ

れている。

この論考では、この問題点を明らかにするとともに、横堀氏の提起の積極的意味をてがかりとしながら、今後の教育労働運動の進むべき道を明ら

かにしていきたい。そして当面の労働戦線再編の闘いのなかでの闘いの方針も明らかにしていきたい。

2.教育再編・労働戦線再編の性格と背景

さて、日教組運動のかかえている問題点を明らかにする前に、今かけられている教育再編・労働戦線再編の攻撃の性格と背景を、簡単に振り返っ

ておこう。なぜなら、このこととの関わりでのみ、日教組のかかえる問題点や今後の進むべき道は語れるからである。

1)教育再編攻撃の実態

戦後教育は、当初それが掲げた理念とは反し、1950年頃からの政府・文部省の教育政策によって、大きく変質してきた。しかし、今日、臨時教育

審議会(以下臨教審と略す)の答申をてことして、国家・資本の側は、学校─教育をさらに変質させる攻撃をしかけてきている。 日の丸・君が代を

強制し、侵略の事実をごまかしつつ、資本の新たな海外侵出を美化する国家主義教育の導入。「個性の尊重」の名の下に、差別構造を拡大する諸

施策(飛び級制・能力別学級編成の導入・6年制中等学校の設立と単位制高校などの高校教育の多様化など)。さらには、「生涯教育体系」の確立

の名の下に、企業・行政・学校・地域・家庭を一体化し、一生涯に渡って、能力に応じて考え方と技術とを植えつける「教育体系」の確立が行われよ

うとしている。そしてさらに、研修の強化、免許法の改正などによる教育労働者の管理強化などの攻撃。

この攻撃は、「戦後民主教育」を根本的・最後的に解体・再編成しようとするものである。

「戦後民主教育」は、明白に「国家のための教育」を否定していた。したがってそこにおいては、「国を守る気概」も「国益のために働くこと」なども、児

童・生徒に植えつけるべき考え方としては、掲げられてはいなかった。(これは、憲法において、国民皆兵制にもとづく軍隊が位置づけられてはおら

ず、国旗・国歌も制定されてはいないことに対応している) 今日の教育再編で特徴的なことは、この点を根本的に改変しようとしていることである。

(もっともこれは、1965年の中教審の答申、「期待される人間像」以来積み重ねてきた攻撃の集大成でもあるが。)

さらに、飛び級制や能力別学級編成の導入、6年制中等学校の設立と単位制高校などの高校教育の多様化などは、「戦後民主教育」の「能力に応

じて教育を受ける機会を均等に与える」という理念を、徹底的に能力によって差別・選別する理念ととらえかえして、能力による別学体制の完成へと

おしすすめていくものである。

そして、新しい内容として、「生涯教育体系」の確立がある。これまでは、「教育体系」と言った時、それは学校教育を意味していた。学校教育にこ

そ、「資本のためのマンパワー形成」の役割が期待されていたのである。しかし、今日、その役割は学校だけに限られず、企業・行政・地域・家庭に

まで広げられ、それぞれの役割分担と相互の関連性が明確化されようとしている。そこにおいては能力に基づく競争原理が貫徹するとともに、それ

を補完する体制イデオロギーの注入が行われ、「参加と協力」「生き甲斐づくりと社会参加」の掛け声の下に相互管理・監視の体制がつくられていく。

「国民」は、その能力と特性に応じて、一生涯に渡ってそれぞれの場で「教育」を受けるようにしようというのである。そこにおける「教育」が、「国家の

ために働く」ことを意識させ、能力に応じて様々な技能を習得させるものであることは、言うまでもない。

「臨教審」答申をてことする今日の教育再編は、「戦後民主教育」の民主主義的側面を根本的に剥ぎ取り、露骨な、国家・資本のための、差別的・管

理的な「教育」へと変質させ、さらにその役割を学校だけでなく、社会全般に渡っておしひろげていくものである。言い換えれば、今日の教育再編は、

国家・資本が、社会全般を管理・統制し、それを維持するための管理機構へと変質させようとする国家・社会再編の一環として行われているというこ

とである。

教育労働者は、このような国家・社会再編の一環としての教育再編を担い、推進していく主体へと転換することが迫られている。研修の強化・免許

法の改悪は、勤務評定の導入・教頭の法制化・主任の制度化などの攻撃を最終的に完成させ、教育労働者を国家を担う公務員へと変質させること

を意図している。そしてその闘う組織であった日教組を、最終的に国家に忠実な教職員の職能団体へと変化させるものである。

2)国家・社会再編の背景

ところで、今、なぜ、このような国家・社会の再編成がなされなければならないのだろうか。

今日、政府・自民党は、「日本の国際的役割」を政治の場において明確に主張し、それを果たすために努力しなければならないことを主張している。

それは、国際紛争を解決するための国連軍への物的・人的寄与の問題であり、これは明白に自衛隊の海外派遣の問題を孕んでいる。また、「シー

レーンの確保」「国力に応じた、応分の防衛費の負担」などの掛け声の下、自衛隊の増強・アメリカ軍との共同体制の強化・在日アメリカ軍の諸費用

の日本負担分の増額も行われている。さらには、世界の貧困国に対する「経済援助」「戦略的援助」の応分の負担も唱えられており、これは、海外

に侵出した資本の安全にとっての「保険」として積極的に捉えられている。

このようなことにあらわされた「日本の国際的役割」とは一体なんであろうか。

ここでいう国際紛争は、イラン・イラク戦争や、パレスチナ問題、そしてまたニカラグアの問題などで明らかなように、帝国主義的支配に対する民族

解放闘争とそれを抑圧しようとする帝国主義の側との闘争の問題である。ここでの「紛争の解決」とは、民族解放闘争を抑圧するか、中途でおしとど

め、帝国主義の政治的・経済的抑圧の下にそれらの諸国をつなぎとめるものでしかない。また、貧困国に対する「経済援助」「戦略的援助」も、フィリ

ピンや韓国の例で明らかなように、その国を帝国主義の支配の下におしとどめ、極端な貧富の差の下で労働者・勤労国民を支配する政権を維持す

るためのものでしかないこともまた明らかである。「シーレーンの確保」の下で、自衛隊の防衛分担とされている東・東南アジアとは、まさしく以上のよ

うな「紛争」がいつ勃発してもおかしくない地域であり、そしてこの地域は、日本の資本が侵出し、その経済を握っている地域でもある。

このようにして見てくれば明らかなように、今日、日本は、戦後におけるその国際的役割を、根本的に改変しなければならない地点に立っていると言

える。

日本は戦後、アメリカの核の傘の下で、「軍事費」も「戦略的援助」にもほとんど力をさくことなく発展し、海外にその資本を雄飛させてきた。しかし、

今日、アメリカの国際的な力が低下した中で、各地で民族解放・経済的自立を掲げた闘争が発展する状況において、アメリカと共に、その国際的な

帝国主義的支配の体制を積極的に維持する役割を担うことが求められているといえよう。これが、今日における「日本の国際的役割」なのである。

しかし、日本がこの国際的役割を果たそうとする時、戦後の日本の国家・社会体制は、そのままではとてもその任に耐えうるものではなかった。国家

意識などはなく、ただそれぞれが各自の利害に基づいて動くことが許された体制。社会の中の諸階級・階層が、それぞれの闘う組織・圧力団体を持

ち、その利害を政治の場に突き出してくる。国家は、その利害の調整の役割を果たすのみである。

自民党は、その支持基盤を広範な農民・小商店企業主においており、それと大資本とのあいだの利害調整の機構でしかなかったし、労働者を資本

の軛につなぐ組織としての民社党は、労働者の一部の支持を受けているにすぎない。一方社会党は労働者の大多数の支持をうけ、農民や一部の

小商店主にまでその支持基盤を広げ、彼等の利害を政治の場に持ち込む役割を果たし、その闘いにかなり政党としての動きを規制される傾向にある。

そして民間企業の大部分においては、労働者を資本の軛につないでしまう労働組合機構がほぼ確立していたとはいえ、民間中小の部分や政府・地

方自治体・公共企業体の部分においては、改良主義的ではあれ労働者階級の利害を代表して闘う組織としての総評があった。

さらに戦後の高度経済成長期を通じていったんは安定したかに見えた社会体制も、公害の深刻化・労働疎外の深化拡大・新たな「貧困」の発生と貧

富の格差の拡大などによって各所でその矛盾が吹き出し、社会安定の基盤であった家庭・学校・企業においてすら、「国民」の多くを囲い込む力を

失いつつあった。

日本の国家・社会体制は、相対的には安定してはいたものの、その内部に孕まれた様々な矛盾が、限定されているとはいえ、吹き出すことのできる

ような状態であったのである。

それをいかに変えるか。そして今後、日本の経済的発展の中で培われてきた差別・抑圧の構造の下、様々な不満が渦巻き、ふきあげてくることが

予想される。(「教育荒廃」と呼ばれる状況も、そのことを予想させる一つの現象ではあるが。)これをいかにして防ぐか。しかもそれを、戦前のような

剥き出しの支配としてではなく、「参加と協力」という「共同幻想」の下で、労働者・勤労国民のエネルギーを取り込みつつ実現する。

このような観点から、今日、国家・社会の再編成のための攻撃がなされているのである。

3)労働戦線の再編・教育再編と対決する意味

以上のような観点からなされる国家・社会再編の中心をなすのが労働戦線の再編であり、政党の再編である。改良主義的ではあれ、労働者階級の

闘いの組織としてある総評、労働者階級の様々な闘いの武器として、そしてそれを広範な「国民」運動として組織していく場としての総評。これを解体

し、労働運動組織を完全に国家に統合しようとするのが労働戦線の再編成である。

その時中心をなしたのが、国労の解体と日教組・自治労の職能団体化である。

総評労働運動の戦闘力の中心を担う、全国単産としての国労。そして「国民」統合の要石である地方行政機関と教育の場を担う自治労と日教組。

階級的労働運動を解体し、社会を再編成していく要の位置にこの三つの労働組合は存在していた。したがってこの間、この三つの労働組合に集中

的な攻撃がしかけられていたのである。

国労があるから国鉄の赤字が出たかのようなキャンペーンの下に行われた、国鉄の偽装倒産・解体攻撃。「ヤミ・カラ問題」「行政との癒着」をねた

に、草の根市民運動を動かしながら進められた行政改革の攻撃。「共産主義を教える日教組」などのキャンペーンや「聖職教師」の掛け声のもと

日教組の路線転換を強制しつつ進められている教育再編攻撃。この三者は、まさに労働戦線の再編の攻撃と一体となってしかけられてきたのであ

る。 このような攻撃を基盤として、社会党の変質、社・公・民による政党再編も展開されている。労働戦線の再編をもとに、社会党を労働者階級の

不満・要求が政治の場に吹き出す水路であることから転換させようというのである。

国労を解体するために、なりふりかまわず、政府・資本の強力な指導の下で行われた不当労働行為。これに対して闘うということは、国家と対決す

る、国家に統合される労働組合であることを拒否することを意味した。おなじように自治労や日教組が、「行政改革」や「教育改革」に反対して闘うこ

とは、国家に統合される労働組合であることを拒否することであり、さらに行政や教育という国家機構の中において、その国家政策の遂行を拒否し

阻害していくということをも意味していた。    

教育再編攻撃と闘い、「連合」に行くことを拒否して労働戦線再編の攻撃と闘うということは、このように、国家による、国家・社会再編と闘うというこ

とを意味していたのである。

3. 国家・社会再編に抗する闘い   ───教育を中心として────

以上のような意味あいをもってしかけられている国家・社会再編の一環としての教育再編・労働戦線の再編に対して、いかにして闘うのか。この問題

を考える前に、このような攻撃に対して、労働者・勤労国民の側がいかに闘っているのか、ということを見ておこう。なぜならその中にたとえ現在は弱

く、また不鮮明ではあっても、私達が闘う時の基盤、方向性が表現されているからである。(全般的にはとても記述できないので、教育に関わる部分

を中心にして述べてみたい。)

この間、「教育荒廃」という現象が起こってくると共に、教育を捉え直す様々な傾向が運動として発展してきている。その多くは、いまだ国家との対決

の方向には向かってはいないものの、国家が進めてきた教育政策に対して、かなり根本的なところで疑問をもち、それにかわる方向を示しつつ闘わ

れている。

すべてをあげきれないので、その中の特徴的なもののみをあげてみよう。

「共に生きる教育」。「共育・共生」。このような考え方が、社会の中においてかなり大きな勢力となりつつある。この考え方は、すでに被差別の子供

たちに教育を保障する闘いとして、部落解放教育や在日朝鮮人・韓国人教育の運動の中でも提起されてきたものであるが、これが今日ほど一般的

に流布されたのは、ひとえに障害者解放の闘いの発展にともなってである。とりわけ、70年代後半の79養護学校義務化に反対する闘いの中で、

障害児の普通級入級運動が、全国各地で繰り広げられた。この10年以上にわたる闘いの進展によって、「共育・共生」の考え方がかなり広まった

のである。

一般の社会生活から排除されてきた障害者の側からの提起によって、社会の差別的構造が少しずつ明らかになってくると共に、教育の場も、それ

が掲げてきた理念とは違って、能力による差別・選別の場であることが、少しずつ明らかになっている。

この考え方は、世論をほぼ二分するほどではないだろうか。そして政府・資本の側が、能力による差別・選別を強化しようとしている今日、この考え

方の広がりは、これと対決する闘いの拡大にとって重要な基盤となるであろう。(もちろん、障害者を分断して、体制にとりこもうとする攻撃がかけら

れており、共生にも枠がはめられようとしていることにも、注意をはらっておかなければならないが。)

また、今日各地において、学校の「校則」を見直す闘いも繰り広げられている。学校が荒れてくる中で、それを制圧するためにかなりの「体罰」が行

われてきた。それにたいする疑問・闘いが広がるとともに、それが児童・生徒の人権を阻害するものであることが明らかになってきた。そして学校の

画一的な、管理主義的な「校則」が「体罰」の裏に存在し、この校則自身が児童・生徒の人権を阻害するものであることも指摘されてきたのである。

さらにこの傾向の運動を担う人々が、この学校の管理主義がどこに起因するかに気がついた時。それは政府・資本の進めてきた教育政策そのもの

とぶつかる質を持つことになるだろう。

「マンパワー形成の選別機構」と化した学校教育の現場においては、効率のみが優先される。児童生徒を同時に同じスタート地点に立たせて、同じ

スピードで走ることを要求する。一人一人の児童・生徒の興味や能力に違いがあることを無視して。この時教育はすでに、外的強制でしかありえな

い。この強制のベルトコンベアーからはずれたり、その動きを阻害しようとする者を取り締まるために、学校は管理主義に陥らざるをえない。

「体罰」を横行させる「校則」を生み出したもの。それが国家の教育政策にあることが明らかになってきた時、この闘いも政府・資本の教育政策とぶ

つからざるをえない。この水路を通しても、国家の教育政策と闘う傾向は発展する可能性を持っているのである。

さらに教育委員の公選制を求めた闘いも、これらの闘いと結合して行われた時、大きな意味を持ってくるであろう。

以上の闘いは、現在の所、様々な市民運動として展開されている。それ自身は国家と対決するものとはなってはいない。しかしそれは、このような闘

いを国家との対決に向けて結合していく水路がないから、個々に分散した市民運動として行われているのである。とりわけ日教組に代表される教育

労働運動の側が、これらの闘いに呼応し、その主張するところを統合しつつ闘いを自らのものとして行っていく質を持っていなかったことに、その最

大の原因がある。

日教組運動自身は、政府・資本の進める教育政策の個々の側面には反対して運動を進めてきたが、その実態としては、政府・資本の進める教育

政策を実行してしまうことになっていた。日教組はむしろ職能団体としての性格を強め、国家に奉仕する道を自ら進んでいたのである。従って、以上

に述べたような闘いは、政府・資本の進める教育政策と根本の所で対立する質を孕んでいたために、みずからの闘いとしては取り組めてこなかった

のである。

そしてさらに、日教組運動のこのような体質は、自らが進めてきた、反戦・反基地・平和をめざす「平和教育」の取組の持つ質を、発展させることもで

きなかったのである。

反戦・反基地・平和をめざす「平和教育」は次のような傾向を内包するものである。

過去の戦争、とりわけ第二次世界大戦がなんのために行われたのか。そしてまた、現在日本に置かれているアメリカ軍の基地が、過去において何

につかわれ、何のために置かれているのか。このことを、現在の日本の国家・社会体制、そして世界体制の問題と関連させて捉えた時、それは労

働者階級の解放にむけた政治教育となるであろう。そしてその中において、自らの生き方が問題とされるであろう。

このような傾向を「平和教育」は内包している。しかし、現実はそうではない。地域的に、そして取り組んでいる教育労働者個々によってかなりの差が

あるとはいえ、現実の平和教育は、過去の戦争の悲惨な姿をとりあげて、「戦争はいやだ」という意識を育てるレベルに一般的には止まっているし、

またそのレベルに止めようとする統制が強力に日教組自身からかけられている。戦争を過去のこととしておしこめ、心情的・道徳的レベルにおしこ

めて、現実の社会の矛盾に目を開かせる水路とはさせないということである。

近年、障害者解放のたたかいのたかまり、そして部落解放教育の成果から学ぶ取組、さらには広がりつつある反核のたたかいや日の丸・君が代に

反対する闘いなどと結合しながら、「平和教育」の運動の中に新しい傾向が生まれつつある。そこにおいては、「平和教育」は、人間の生き方を教え・

考えるものでなくてはならないことが語られ、社会のそして世界の矛盾に目を開かせるものでなくてはならないことが語られている。すでにそこにおい

ては、戦争を「被害」のレベルで語ることを越え、さらには戦争を「加害」のレベルで語ることさえも越えて、戦争を複合的に、社会矛盾の発露として

受け止めていこうとする傾向が発展しつつある。

この傾向は、反差別の闘いや、反戦・反核の闘いから大きなエネルギーを得ており、それと結合し、日教組運動の周辺・外延部において、かなり市

民運動的なものとして展開されている。

このことも、労働運動が、そして教育労働運動が、このような闘いの質を自らのものとして展開できないことの結果としてとらえておく必要があるだろ

う。

その他にも多くの闘いがある。しかし、全体的な共通した特徴があることに気がつくだろう。

それは、これらの闘いが、労働運動の、そして教育労働運動の周辺・外延部、さらにはその外部において行われ、多くの労働者・教育労働者がその

闘いに参加してはいるが、労働運動・教育労働運動の主体的課題とはなっていないこと。市民運動として、個々人の自発的・主体的参加によって繰

り広げられていることである。そしてそこでは、産別・単組・地域を越えた、労働者の連帯と共闘の組織が形成されていることも注目しておかなけれ

ばならない。教育運動における様々な「塾」運動の形成も、その一類型である。

国家による、国家・社会再編の一環としての教育再編に抗しうる質を内包したこれらの闘いが、全国的に結合された統一的な闘いとして繰り広げら

れていないこと。そして、それが、社会を動かす主体である労働運動の周辺・外部において闘われていること。ここに今日、国家・社会再編が、多く

の反対の声を浴びながらも実態としては進行していく根拠がある。それはまさしく、戦後労働運動が、総評が、日教組が、これらの闘いの提起する

所を結合・発展しえないような運動の質をもっていたからに他ならない。

その原因は、これらの労働運動が、労働の質・その社会的役割を問う姿勢を持たなかったことにある。言い換えれば、労働者の労働現場における

存在に目を向け、自らを「人間としてあつかえ」という意識の確立から、「自ら人間たらんとする」意識・思想の確立、つまり、人間を資本主義の軛か

ら解放せんとする運動の内実を持っていなかったことである。

ここに、私達が今後克服しなければならない問題点と、今後の進むべき道が示されていると言えよう。

4. 我々の進むべき道

以上、かなり不充分ではあるが、教育再編・労働戦線再編の攻撃の性格とその背景、さらにはそれに抗する質を内包した闘いなどについて述べて

きた。問題は、今、そして今後、どのように闘うのかである。

この問題を考える時、先に述べた、横堀正一氏の当面の闘いの方針の持つ意味と、なぜこのような方針が、かなり以前から提起されていたにもか

かわらず、現実の闘いとして展開されてこなかったのかという問題が、非常に参考になる。

当面の第一の課題として、氏は次の課題をあげた。

「1)5条件を徹底的に大衆的に宣伝し、労働戦線統一の性格を暴露し、幹部の闘いの放棄の姿勢を大衆的に批判・許さない闘いを作ること。」と。

「徹底した大衆路線、大衆行動の組織化」と氏は言う。労働戦線統一を巡る闘いの最後の局面に来てもなおこのことを叫ばねばならないところに、

日教組運動の、ひいては総評運動の根本的な問題点が存在する。

日教組が敵の攻撃の質と狙いを明らかにする大衆教育をせず、それと対決する大衆行動をとらないのは、何も今に始まったことではない。戦後の

一時期、サンフランシスコ条約締結・日米安全保障条約締結を巡る闘いから、勤評・学テの闘いにまでいたる時期においては、現在から考えると、

比較にならない程の大衆討議・教育がなされ、大衆行動が組織された。(しかし、それが、どのような質と深さにおいてなされたのかは、検討の余地

があるであろう。)この時期以後、つまり60年代中頃以後は、大衆討議・教育・大衆行動の組織化ということはかなり形骸化され、一方的な提起と動

員ということになっていたと言えるだろう。

とりわけ主流派右派の握る県教組・高教組においては、この「大衆路線」の形骸化は、かなり早い時期から進行していた。主流左派や反主流派の

握る県教組・高教組においても、学テ闘争以後、徐々にこの形骸化は進行していただろう。反主流派の握る教組においては、この形骸化の上に、

組合運動がなされていたことも確かである。1961年の学テ闘争から10数年たって闘われた主任制度化に反対する闘いにおいては、徹底した大

衆討議・教育がなされ、職場からの大衆行動が組織化されたのは、一部の主流左派の教組のみであった事実。このことからこの形骸化の進行度

合が読み取れる。

総評労働運動は、1955年から60年ごろの闘いを通じて、それまで個々の分会や支部が持っていた交渉権をすべて中央の執行機関に委譲させ、

幹部請け負い・中央交渉型の運動に転換していた。政府・資本に対して、利益の分け前を要求するものに運動の質が転換していたのである。このよ

うな運動においては、大衆討議・教育を徹底させ、職場での闘いを基礎にした大衆行動を組織することは、幹部と政府・資本との取り引きをぶち壊し

かねない。大衆行動は、取り引きの枠内に、止められたのである。

このような背景において、横堀氏の「徹底した大衆路線」を見た時、それは今までの日教組運動・総評労働運動の根本的転換の質を内包している、

むしろそれを目指しているものと言えよう。そして「徹底した大衆路線」の提起自身が、日教組・総評運動の根本的転換を意味していたからこそ、こ

の闘いの展開が遅れているのである。まして、今回の労働戦線の再編の攻撃は、かなり政治的な性格を持ったものである。この性格を暴露すると

いうことは、職場において、徹底した労働者教育・政治教育を行うということを意味している。このことこそ、独立左派・主流左派を含めて、もっとも取

り組んでこなかったことなのであるから、その闘いの組織の仕方の根本的転換ゆえに、多くの困難を伴っているのである。

それゆえ、闘いを静観してしまったり、闘いを拡大することを放棄し、セクト的に固まってしまう傾向や、さらには労働運動に見切りをつけ、市民運動

に自らを解消してしまう傾向すら生み出してしまうのである。

同じことが、氏の提起する第3・4の課題についても言える。

「3)職場レベルから、権利闘争の再構築・反教育臨調の闘いの展開を通して、大衆行動を組織していくこと。4)反失業・合理化反対闘争を含めて、

地区労運動を再構築していくこと。」

この方針は何を意味しているのか。横堀氏は、職場における権利闘争の再構築をかなり重要なものと位置づけている。前掲書の第一の項目の「民

主主義を失った職場-ある新設校の実態ー」において、学校においては労働者の基本的権利すらが全く無い状態であることを明らかにしている。女

性教師の妊娠・出産に関わる権利すら保障せずに、「女教師はどうしようもない」と罵る校長。進行する個別管理・分割統治。職員会議・教科会議の

諮問機関・伝達機関化。勤務時間を無視した無定量勤務の強制と文書の検閲。不当配置転換や組合活動への規制。しかしこのような状態は、すで

にかなり以前から、全国の学校をおおっていたことである。そしてこの状態を許してきたのも、また日教組自身に原因がある。

勤評・学テ以後「25坪の教育実践」にのめり込み、政府・資本の教育政策を忠実に実行する方向へ進んでいった日教組は、71年の給特法におい

て、労働基本権のの一部である、労働時間の問題において、権利を事実上放棄するにいたった。ここにおいて日教組は、労働基本権の放棄への

道を確立したと言っても過言ではない。

そして現在日教組委員長が、「教師は泥んこになって頑張っている」ことを強調し、「教師の自己変革」について説教をはじめる事態に至る中で、現

場においては、無制限の労働時間の延長を初めとして、労働基本権を云いする者は教師ではないかのような状態が作られつつあるのである。

教育臨調反対の闘争についても同様である。児童・生徒を競争の中においこみ、差別・選別することに慣れきってしまっている教育現場において

は、すでに、自らの労働を対象化し、その意味を考える傾向は、かなり弱まってしまっている。そのような中で、臨教審の「改革」の意味を考え、職場

に現れている臨教審攻撃に対して闘うということは、自らの労働の質を捉え返すことを意味している。

地区労運動の再構築についても全く同じである。教職員組合は、各地区においては最大級の規模の労働組合であり、地区労運動の中心を担うべ

き位置にある組織である。しかし、現実にはその運動への関わりは、まったく形骸化している所が多いと言わざるをえない。

「父母・国民を組織する」という自らの教育運動においてさえ、それは一方的なお願いと強制でしかないのに、他の労働者の問題に積極的に関わっ

ていけるわけがない。地区労や県評の運動にたいしては、形式的な動員と、署名ぐらいでしか関わらないというのが実態であろう。他の労働者の問

題を自らの物として学び、共に闘う。すでに教育労働運動においては、全くないに等しい考え方ではないだろうか。

横堀氏の提起で、反失業・合理化反対の闘いの中心をなしているのが、国労の清算事業団闘争との連帯である。国労の清算事業団闘争は、それ

を支える広範な労働者の組織化なくしては、長期に渡っては闘えない。そしてこの闘いを共有化し、共に闘うということは、国家の不当労働行為にた

いして闘うということを意味している。教育労働者の労働基本権の剥奪の攻撃も、国家・社会再編の一環としてなされている以上、それに対する闘い

は、国労の闘争と同じレベルの質を要求されている。国労自身は意図的に国家と対決するレベルで闘いを組んだわけではないが、不退転の決意で

闘っているうちに、客観的にその質を持ちはじめている。教育労働者がこの闘いを自分のものとして共に闘うということは、自らの労働基本権剥奪

の攻撃の意味するところに気がつくきっかけとなるであろう。そしてそのことは、労働者としての連帯感・意識を強めていくことにもなるであろう。

したがって、職場から権利闘争の再構築・反教育臨調の闘いを作っていくことも、日教組運動の再生・新たな発展の方向性の模索を意味しているの

である。

横堀氏の当面の方針の2)、「我々の側の統一綱領の作成」とは、まさしく、以上のようなことも含めた、新しい労働運動の質の獲得、その内容の明

確化を意味している。またそうではなく、単なる総評労働運動・日教組運動の綱領の焼き直しであっては、現在の闘いに何の役にも立たない。「連

合」加盟に反対していく時、それは「連合」に吸収合併されようとしている総評労働運動を総括し、その継承すべき点と克服すべき点とを明らかにし

た、運動の綱領の存在は不可欠の要素である。これを明らかにしながら闘いを展開した時、この闘いは階級の多数を獲得できる展望をもつのであ

る。

「連合にはいかない」方針を決定させる闘い。そのための広範な勢力を結集した大衆的な闘いの展開が、今問われている。この闘いを繰り広げるこ

と自身が、すでに新しい労働運動の質を内包しつつ進められねばならないことを、横堀氏の闘いの方針は提起しているのである。

1)我々の進むべき道─その運動論─

では私達は今後、どのような労働運動を進めていくべきなのであろうか。すでにその大部分は、以上の記述の中に述べられている。以下そのことを

簡単に列記するに止めておきたい。

▲運動課題の第一▼

これは、労働者の労働条件・権利を守る闘いである。「行政改革」「教育臨調」攻撃の中で、教育労働者の賃金は抑制され、労働条件は悪化してき

ている。そして職場においては、管理統制が強まるなかで、時間外勤務が強制されるとともに、本務外の労働が強制されてきている。このような状態

の中で教育労働者の多くは健康を害し、命すら奪われかねない状態に置かれている。

この状態にたいして闘いを組織していくことが重要である。その際、教育現場におけるすべての労働者の問題が等しく取り上げられるべきである。

▲運動課題の第二▼

教育運動である。政府・資本の側は、教育をますます独占資本の支配する社会を維持するための機構へと変化させようとしている。国家への忠誠

を誓う意識を注入しつつ、能力によって徹底的に、早期に選別・差別する体制へと教育を変化させようとしている。そして教育労働者を、その忠実な

実行者へと変質させようとしている。私達は、このような国家の忠実なしもべであることを拒否する闘いを、日常的に現場で実践しなければならな

い。この実践があって始めて、他の労働者との真の連帯は形成されるし、次代を担う世代との連帯も作られる。

その際、どのような内容をもった教育運動であるべきなのか。それは次のような様々な闘いの教訓に学ぶべきものであろう。

教育労働者の闘いの姿勢・その労働の質の転換を提起したものとして、70年の福岡伝習館高校の闘いと、それに触発された諸闘争があった。ま

た、教育の内容とその実践の方法としては、部落解放教育や障害者解放教育運動から多く学ぶ必要があろう。そしてまた、反戦・反基地・平和の教

育運動からも、かなり多くのものが学ばれなくてはならない。さらに多くの民間教育運動の成果にも学ぶべきものが多い。その一つとして87年に発

表された女性による民間教育審議会の答申がある。この答申は、以上の様々な闘いの成果を総合し、政府・資本の側が推進しようとしている教育

に反対する教育の内容をかなり具体的に提言したものとして注目にあたいする。これらの闘いは、憲法・教育基本法に体現される「戦後民主主義」

「戦後民主教育」の立場に立った闘いではある。しかし、「戦後民主主義」が根本的に清算されようとしている今日、このような民主主義的闘いの中

から、ブルジョア民主主義(法的・形式的平等の下における実質的な差別・不平等の拡大をその特徴としている)をのりこえる質が獲得されつつある

ことは、先に述べた通りである。

この運動は、かなり地域の労働者の教育要求の掘り起こしと、その教育への参加をともなって闘われなければならない。そしてさらに、児童・生徒主

体の教育として、彼等の主体的な取組をも組織していくものであるだろう。

またこの教育運動は、教育において「人間的なもの」を回復していく性格を色濃くもつものと思われる。そうしてこそこの教育運動は、労働者階級に

止まらず、全ての勤労諸階層をもひきつけるものとなるにちがいない。

▲運動課題の第三▼

課題の第三は、政治闘争である。総評労働運動・日教組運動もかなり政治闘争に取り組んできた側面があった。しかしそれは、労働者の社会全般

にたいする理解を深め、その矛盾に目覚めさせるとともに、階級的連帯の意識を強化するものとしては闘われてはこなかった。実際の取組は、カン

パニア的な動員。しかも労働者教育・政治教育なしでの動員という形に形骸化されていた。この状態を乗り越えることが重要である。

この闘いにおいて、労働者全体の問題を闘うだけではなく、他の階級の政府・資本に対する闘いにも学び、共に闘っていくことを通じて、教育労働者

が労働者階級の一員として、抑圧された全ての諸階級・階層の課題に目を開き、その状態の変革にむけて、自己の意識を変革していくことが可能と

なるであろう。

ここにおいて、現在闘われている、反戦・反基地・反核・反原子力の闘いがかなり重要な位置を占めてくる。

▲運動課題の第四▼ 

さらに意識的に取り組んでいかねばならないのが、国際連帯の闘いである。現在行われている国家・社会再編が、帝国主義の国際秩序の維持・新

たなる搾取の拡大のために行われている以上、この帝国主義国際秩序と闘っている全ての諸国の闘いと連帯した闘いが重要である。とりわけ重要

なのが、日本資本が侵出している所の労働者の闘いとの連帯であり、現在その差別的な支配構造の下で、日本へ出稼ぎにこなければならず、そこ

で無権利状態で働かされている人々を支援する闘いである。

この双方の性格を兼ね備えた課題として、在日朝鮮・韓国人の闘いとの連帯の問題がある。

この国際連帯の闘いは、教育労働者が労働者階級の一員として、帝国主義国際秩序の矛盾とそこにおける自己の位置と任務に目覚める、重要な

契機となるであろう。以上の諸課題が闘われなければならない。しかし、そこにおいて獲得すべき運動の質は、次の点に要約されるであろう。それ

は、自己の労働の質、社会における自己の存在のあり方を問いなおし、自らを「人間としてあつかえ」という意識の確立から、「自ら人間たらんとす

る」意識・思想の確立。つまり、人間を資本主義の軛から解放せんとする意識・思想の確立へと向かう運動の質を獲得しなければならない。日常生

活の中から、労働者の意識をこのようなレベルへと変えていく労働運動。これが新しい労働運動の性格なのである。

そしてこのような運動をたたかっていく時、意識的に遂行されなければならない闘い方がある。それは、職場・地域・産業別の枠を越えた、連帯の闘

いということである。権利・労働条件を守る闘いも、教育を変えていく闘いも、社会の様々な課題を闘っていく政治的な闘いも、すべてこのような職

場・地域・産業をこえた運動の陣形を持って闘われる必要があるであろう。

2)我々の進むべき道─その組織論─

以上のような運動の諸課題を以上のような観点で闘って行く時、自ずからそれを実現できる組織形態というものがある。現在の労働組合は、産業別

組織の形を取っており、さらにそれが、企業別組合の連合体として成り立っている所に、日本の産業別組合の特徴がある。しかし、この形では、個

々の職場・企業の枠に押し込められた、狭い職能集団と化してしまう危険がある。そのことはすでに、総評労働運動の歴史において明白になってい

るだろうし、日教組運動などもその典型であろう。日教組は実際には全国単産としてあるのではなく、各県教組・高教組などの連合体であり、その県

教組も各地区教組の連合体となっているところもある。しかも職場は通常は20〜40人規模の小規模な集合体であり、そこにおける職種は、圧倒

的に教師が占めている。この形態では、各県毎、各地区・各職場毎の状況に労働運動が制約され、さらには圧倒的多数を占める教師の利害によっ

てのみ組合が運営されてしまう危険が大きい。しかも、運動の組織の仕方が、上からの機関命令型が多く、職場・地区を越えた活動家の自主的な

繋がりがなく、きわめて組織依存型となっている。

その上、地区労運動においても、単組連合型の組織になっており、地区労に参加している各組合の活動家が、産業・組合を越えたかたちで結合し

ておらず、ここにおいても組織の上部執行機関に依存する形になっている。このような組織形態をかえねばならないであろう。とりあえずは、産業別

組織の中で活動家の職場・地域を越えた共闘の組織を形成し、また、同じ地区の活動家が、産業・組合を越えた共闘関係を形成し、恒常的な活動

の機関を形成して、組合機関に依存しないで闘える状態をつくる必要があるだろう。そして将来は、清水慎三氏の提唱するゼネラル・ユニオンの形

態も模索されるべきであろう。

5. 当面の闘いの課題

さて、長々と続けてきたこの論考も、ここで結論をださなければならない。我々の目指すべき労働運動は以上のようなものであるとしても、現在の労

働戦線の再編をめぐる闘いの中でいかに闘うか。このことが今最も問われている。

ここでもっとも大切なのは、          

 1)日教組を「連合」に行かせない闘い 

である。

『いま最も大切なことは、「行く先」を求めて右往左往するのではなく、戦後40年間営々ときづき上げてきた日教組という私たちの陣地とその路線を

防衛することを優先させることです。くり返し強調しなければならないことは、今私たちが決めなければならないのは「行かない」ということであり、「行

く先」を決めることではありません。しかも、私たちの「行かない」決定が右翼再編に反対してたたかっている多くの労働者・労働組合に勇気を与える

からです。私たちが「行かない」決定ができれば、「行く先」を求めずとも、やがて自ずから一つの結集軸となることができるでしょう。』(横堀正一著、

前掲書。132ページ)            

 このことが今もっとも問われていることである。つまり、反「連合」の広範な勢力を結集して、各県教組・高教組でどれだけ多くの「連合」にいかない

の決定をさせられるか。私たちの統一戦線形成能力が今とわれているわけである。

日教組が「連合」に加盟することを決定した時、それはただちに、日教組の分裂を意味してしまう。この事態を阻止しなければならない。

早ければ3月。遅くとも秋までには、日教組大会において、日教組としての「連合」加盟問題の最終決着がつけられるであろう。どの時期に決着がつ

けられるかは、ひとえに反「連合」の闘いの広がりにかかっている。「3月臨時大会においては、右派は攻勢をかけない」と決めてかかってしまうこと

は危険である。

社会党左派系の組合幹部・活動家にたいして、断固として反「連合」の旗を掲げるべきことを要求し、ともにその観点から大衆討議・大衆行動を組織

していくべきことを訴える。そしてまた共産党系の組合幹部・活動家に対しても、共に反「連合」の闘いを組むことを提起し、「連合」へと組織を解消し

ようとしている右派幹部の裏切りを大衆的に明らかにするとともに、「連合」へいっても階級的な闘いができるかのように大衆を欺いている一部幹部

の欺瞞性を暴露する闘いの大衆的展開を要請する。

共産党系の教育労働運動において、この間、「教師聖職論」が「民主的教師論」に衣替えされ、その運動路線に変化のきざしが見えている。反「連

合」の旗を掲げて共に闘うことは、それを通して、新しい運動の質を広範に共有する可能性を開くものである。

このことが今最も大切なことであり、すでに反「連合」の旗を掲げている単組・支部は、共同して「連合」に行かないことを宣言し、その旗の下に全国

の教育労働者は結集すべきことを訴える全国闘争にうってでることが、今必要なのである。(もちろん、この闘いにおいては、日教組の中央執行部

を握る覚悟と、その準備の必要があることは言うまでもない。)

この闘いの中で、先に述べたような新しい労働運動・教育労働運動の内実を掲げ、労働運動の質的転換のための闘いを繰り広げることもまた、極

めて重要である。両者は一体のものとして闘われなければならない。

そして以上のような闘いを中心的に担わなければならないのが、独立左派系の組合幹部・活動家なのである。さらにこのことは、自らの闘いの仕

方、大衆の組織の仕方の転換として要請されていることも忘れてはならないことである。

2)教組活動家の分会・単組を越えた地区的結合の形成とその全国的な結合の組織化。

「連合」にいかせない闘いをすすめるにあたって、重要なのが、このことである。(横堀氏の相対的に正しい方針において、以下の2)3)4)の闘いの必

要性がうち出されていないことは、大きな欠陥である)

自分の所属する単組において、反「連合」の大衆的な闘いを展開するにおいては、「連合」路線に反対する活動家の分会・単組を越えた地区的結合

を図ることが緊要である。この結合の形成をはかることなくしては、機関を動かしえないからである。

また、そのような地区的結合体が、全国的に結合して、共通の闘いの綱領と方針をもったものとなることがどうしても必要である。これは、反「連合」

の統一戦線を形成する上でも不可欠であり、今後の新しい労働運動を進める上でも必要である。

3)産業別・組合を越えた活動家の地区的結合の形成。

このことはまた、新しい労働運動をつくる上でも不可欠であり、反「連合」の統一戦線が、新たなる階級的ナショナルセンターへと飛躍していく上でも

必要不可欠である。そしてこの闘いは、現局面においては、国労の清算事業団闘争を軸にして闘われるべきであろう。

4)「全労協」を展望した闘いの陣形の形成。

そして最後にこのことが大切である。現在の労働戦線の再編の闘いにおいて、「連合」と対決し、統一労組懇ともちがった綱領をもち、階級的に闘っ

ていく労働組合の全国的結合体をつくりあげることは、今後の日本の労働者階級の闘いの再生と発展にとって、絶対に不可欠である。現在の統一

労組懇の路線的中味においては、「連合」路線と対決し、労働者階級の多数を引きつけるものとはなりえない。共産党の路線が、本質的には階級

協調の性格をもっているからである。そして、右翼再編をねらっている者どもは、共産党を攻撃し、それと共同歩調を取るものをもっと厳しく攻撃す

る。なぜならば、共産党系の労働運動以外に階級を代表する運動体がつくられてしまっては、現在の国家・社会再編は、その根本の所で頓挫する

可能性が出てくるからである。

このことを展望する上で重要なのは、労研センターの拡大・強化であろう。労研センターが、真に分会・単組を越えた、労働組合活動家の戦闘組織

として作られねば、「全労協」もまた存立しえない。労研センターの地区組織の形成とそれの強化・そして労研センターの産業別組織の形成とそれの

強化。このことが重要である。とりわけ、日教組の中において、労研センターの産業別組織がつくられることが重要である。そして主流派左派の幹

部・活動家がここに踏み込むことは、日教組における「連合」勢力の拠点・社会党党員協を解体することを意味している。そしてこのことは、今現在

の反「連合」の幅広い勢力結集にとって、多大な寄与をなすことであろう。

私たちが今なさねばならないことは以上のような諸課題である。繰り返して言うが、「日教組における左派結集はありえない」とか言って、独自の組

織形成に向かって走ることは、完全な日和見主義であり、「どんな反動的な労働組合においてもとどまって闘うべきだ」と言って、反「連合」の闘いを

展開せず、情勢を静観するような動きもまた、日和見主義である。

1月7日。天皇裕仁は死んだ。予想どおり、様々な活動が自粛され、政府は「国民」にたいして喪に服すべきことを強制しようとしている。とりわけ、官

公庁においてはこの攻撃は露骨であり、教育の場においては一層露骨であろう。

日の丸・君が代の強制・各種の服喪・追悼の行事の強制がかけられてくるであろう。そして組合はこれに対して、かなり弱腰の対応をするであろう。

この天皇制攻撃に対する教育現場でのたたかい。この中に、戦後40年にわたる教育労働運動の総決算がある。その運動の質の全てが問い直さ

れるであろう。そしてそのことはまた、私たち左派の闘いの仕方・大衆の組織の仕方が根本的に問われることともなろう。

この闘いを、労働戦線再編に対する闘いと一体のものとして展開し、新しい質をもった教育労働運動の形成にむけた、反「連合」の闘いとして展開し

ていこう。

新元号は「平成」である。これは、「国の内外にも天地にも平和が達成されるという意味がこめられている」(内閣総理大臣談話による)そうである。

なんと支配階級の願望を良くあらわした元号であろうか。その意味することは、帝国主義国際秩序の安定と日本における挙国一致に向けた国内体

制の確立ということであり、徹底した搾取の実現と安定ということである。彼らの言う「平和」とは、そういうものだ。

「平成」元年となった1989年。この年を、新たなる激動の開始される年とし、真の人間解放を意味する「平和」をつかむための闘いの元年としていこ

うではないか。

(1989年1月8日       記 )

 


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