《アメリカの安保戦略の行方》
アメリカは何処へ行く?
−対イラク開戦とパクス・アメリカーナの終焉−
▼大義なき戦い
3月20日、米英はイラクへの攻撃を開始した。まず首都バクダッドへの限定的な空爆から始まり、開戦2日後の22日には、クエートから地上軍が侵攻を開始し、24日現在では、アメリカ第三歩兵師団はバクダッドから80キロの地点にまで侵攻し、イラク南部はほぼ制圧したとアメリカ当局は宣言した。
しかしこれほど奇妙な戦争はない。20日の第一撃からして異常である。アメリカ国防総省は、この空爆がフセイン大統領とその二人の息子を狙ったものであることを明らかにし、イラク内部に潜入した工作員による情報で3人が確実に数時間以内に立ち寄る場所を巡航ミサイルで爆撃し、目標の建物は崩壊して多数の負傷者が出たことを認めた。そしてこのチャンスを生かすしかないというブッシュ大統領の決断で、最初の一撃は急遽決定したことを明らかにしたのである。
なんとこの戦争は、いきなり敵国の首脳の暗殺ねらいから始まったのであり、それを合衆国政府が公式の場で認めたのである。
なぜこの戦争はこのような異常な始まり方をしたのか。それは、この戦争には大義がないからである。
この戦争は、国連だけではなく世界各国の民衆と政府、そしてアメリカ国民のかなりの数の人々の支持を得ていない。戦争は通常、戦争を行う国の国民の圧倒的多数の支持を得て行うものであるが、今回の対イラク戦争については開戦直前まで、アメリカの世論は「新たな国連決議」を開戦の必要条件としており、開戦後はブッシュ支持が多数を占めているという世論調査の数字が出てはいるが、ここ数日間のアメリカにおける反戦運動の高揚に見られるように、決してアメリカ国民の絶対多数が開戦を支持していないことは明白である。
そしてこのことは、アメリカと共に攻撃を開始したブレア政権下のイギリスにおいても同様である。新たな国連決議なしのイラク攻撃はイギリス下院において支持されたとは言え、与党労働党から130名にもおよぶ反対票が出たことに象徴されるように、イギリスにおいても多くの国民はブレアの行動を支持してはおらず、これはアメリカを支持した他の国々でも同様である。
そしてさらに今回のイラク攻撃は、国連のアナン事務総長が指摘したように、国連憲章違反なのである。
国連憲章では、「平和を脅かすおそれのある国」に対しては安保理決議なしでも攻撃することを認めているが、これはその国が侵略行為をした場合に当事国が自衛のために攻撃する場合を想定したものであり、今回イラクはどこの国も攻撃してはおらず、ましてや国連決議に基づいたイラクの武装解除のための国連の査察が継続している中での突然の攻撃であるから、国連憲章違反であることは明白である。
米英によるイラク攻撃は大義がない。だからこそブッシュは、これは「自衛のための戦争」であると強弁し、フセイン独裁政権を転覆することが目的であって、イラクを占領することが目的でないことを明言せざるをえず、「独裁を倒し民主主義を広める」戦争と言ってきたのである。
しかしこれは詭弁であり、イラクから見ても明白な侵略行為であり、「攻撃が始まればイラク軍の多くは無抵抗で降伏する」というアメリカ政府の言に反して、イラク国軍・国民の激しい抵抗を受けることは確実である。だからこそ、できればフセインを初戦で暗殺して政権を一気に崩壊させ、戦争を短期間で終わらせることを考えざるをえなかったのである。
▼資本主義の衰退、新たな時代への突入
アメリカは一体なぜ、国際法まで無視して大義なき戦争を始めねばならなかったのか。
この戦争の直接的な目的は、イラクにアメリカの意向にそう政権を樹立し、イラクの石油をコントロールすることを通じて世界の石油の価格や生産量をアメリカの利益に合致したものへとコントロールすることにある。そしてこの戦争をきっかけとしてアラブ地域の政治地図を塗り替え、アラブ地域の王権や独裁的政権をすべてアメリカ型民主主義の体裁をもった親米政権に変え、世界のエネルギーの中枢を占めるこの地域全体をアメリカの統制下に置くことをも目的としている。
さらにこの戦争は、この間アメリカの世界戦略から相対的に自立した動きを見せつつあるヨーロッパをアメリカの統制下に置き、これを通じてロシアも、中心的には将来的なアメリカのライバルになりうる中国や日本をその統制下に置き、世界をアメリカの下に一元的に支配できる体制、アメリカ帝国とでも呼ぶべきものへと再編するというのがその究極の目的である。
アメリカがこのような戦略をとったのは、第二次世界大戦後にアメリカの時代を支えた「パクス・アメリカーナ」と呼ばれた戦後資本主義の高揚が70年代に頂点に達し、以後緩やかな退潮期に入る中で、世界的に資本主義的競争が激化したことに理由がある。この資本主義の退潮期での競争の激化の中でアメリカの経済的な優位は崩壊し、今日のアメリカは唯一の国際通貨であるドルの力で世界の富を集めているだけであり、この状態もユーロの成長とともに風前のともし火となっているからである。
この状況を打破するためアメリカは、80年代から90年代にかけてアメリカの支配下にある国際機関を通じて、世界中にアメリカの資金をばら撒き、とりわけ旧植民地諸国を急速にアメリカ型資本主義へと改変し、そこに巨大なアメリカ市場を形成しようとした。だがこの戦略、すなわち一般にはグローバリゼーションと呼ばれているものは、この旧植民地諸国の社会や伝統を崩壊させ、そこに巨大な貧富の格差を持ちこむことを通じて、かえってアメリカ的なるものへの憎悪を生み出してしまった。
とりわけアラブの地域においては、その地域の民主的発展を阻害するためのトロイの木馬として作られたイスラエルの存在とそれへのアメリカの支援ゆえに、このアメリカ的なるものへの憎悪は他の地域よりも増幅され、アメリカ本国を痛撃することとなった。2001年9月11日のテロがそれである。
この事件を直接のきっかけとして、80年代から徐々に変化していたアメリカの世界戦略は大きく変化し、アメリカは現時点において唯一絶対的な優位を誇る軍事力を背景に、世界を政治的に再編成し、そのことで世界の経済を統制し、世界の富をアメリカ一国に集中する体制を今後も維持したいと行動し始めたのである。
国際法をも無視したアメリカのイラク攻撃は、世界資本主義の退潮という新たなる時代の中で、アメリカの優位を維持するためのさらなる世界のアメリカ化=グローバリゼーションの展開が生み出した伝統的社会の崩壊と貧富の格差という矛盾が、今やアメリカ本国に還流し、その国内政治や国際政治をも痛撃する時代に入ったことを示している。
▼「民主主義」と衝突する帝国の野望
ではアメリカブッシュ政権のこのような野望は、実現するのであろうか。
今回のイラク攻撃に至る過程を見ているかぎり、このアメリカの総合安保戦略は世界中で大きな抵抗に会い、その抵抗いかんによっては崩壊する危険すら見えている。
テロ直後のアフガン戦争の時にはアメリカの下に結集したかに見えた国際社会は、アメリカがイラクを攻撃のターゲットにし始めるや、その対応は大きな変化を見せた。世界の国々の多数は、アメリカによるイラク攻撃の提案に躊躇もしく反対の姿勢を見せ、そしてこれはEUとなったヨーロッパ、とりわけその中心であるドイツとフランスの抵抗となって現れたのである。そして、とくにフランスの安保理での拒否権行使をも辞さない強硬姿勢を背景にして、安保理の多くの理事国はアメリカ・イギリスの動きに抵抗し、ついにアメリカをして、イラク攻撃案の採決を断念せざるをえないところにまで追い詰めてしまったのである。
この安保理での攻防を見ると、ドイツ・フランス両国は明確にEUをさらに進化させてヨーロッパ連邦へと導き、アメリカよりも国土も国民の数も、そして生産諸力も数倍する巨大な国家を建設し、アメリカによる世界覇権の確立を阻止しようとする戦略を持って行動している。そしてテロ以後アメリカにすりよってきたプーチン政権下のロシアも、EUや中国さらには日本にも接近し、相互の経済協力を図ることでアメリカからの相対的な自立へと舵を切りつつあるように見える。
さらに中国も、慎重に対米関係を決定的な対立には行きつかせないように配慮しつつも、東南アジア諸国連合と関税ゼロ協定を結ぶことを指向し、アメリカからは自立した経済圏の確立を図ることを通じて、同じく相対的な自立の道を歩んでいる。
アメリカ・イギリスのイラク攻撃を「支持」した44ヶ国のリストを見れば明白なように、世界の主要国で米英の動きを支持したのは日本だけであり、世界の主要国や他の国々の多くはイラク攻撃に反対し、安保理の再開とそこでの協議による早期の停戦および査察の再開を提言しているのである。さらにこの国々の動きに共通していることは、EUの成立や関税ゼロ協定の成立に見られるように、国家主権の一部制限・放棄をしてまでも地域間の協調体制を強化する、すなわち民主主義の拡大による安定を志向していることである。
そして以上のような政府レベルの動きとは相対的に自立した動きとして、世界各地で行われている反戦運動の広がりとその背景も見ておかなければならない。
とりわけ激しい反戦の動きが広がっているのがヨーロッパであり、アラブであり、さらにアメリカ本国である。そしてこの三つの地域の反戦の動きはほとんど同質である。
アラブの地域には「同じイスラムの国への攻撃を許せない」という感情の要素はあれ、反戦・反米の運動への大衆的動員の背景には、この半世紀の間のこれらの国々における資本主義的発展と都市の成立があり、これらの国々における「民主化」の要求の高まりともあいまって、ヨーロッパやアメリカにおける反戦の動きの大衆的広がりと同質の基盤があることを見逃してはならない。
しかも戦争を強引に進めるアメリカブッシュ政権の御膝元であるアメリカ本国でも、激しい反戦の動きがある。そしてこの動きはアメリカ社会を二分するものである。議会多数派もこの間ブッシュを支持してはいるが、ブッシュ支持をめぐって民主党は二分裂し、与党共和党でさえ、伝統的に民主主義派である北東部と中北部、西海岸の共和党を中心として少数であるがブッシュへの反対の動きが起きている。
世界をアメリカの帝国の下に再編成しようというブッシュ政権の野望の正面に立ちふさがるものは、世界中に広がった「民主主義」の流れといっても過言ではない。
▼アメリカ資本主義の基盤との衝突
ではなぜアメリカの新たな安保戦略は、かくも激しい抵抗を受けるのであろうか。それは、アメリカが世界を新たに帝国主義的に再編しようとすること自体が、アメリカ資本主義の発展を支えてきた基盤そのものと衝突してしまうからである。
ではいったいアメリカ資本主義の発展の基盤とは何なのか。
1920年代に革命家トロツキーは、「ヨーロッパとアメリカ」という講演(1926年)の中で、新たな資本主義・アメリカの特徴を以下の4点に要約した。
アメリカ資本主義の第一の力の源泉は、無尽蔵の自然・資源と、資本主義の発展を妨げる歴史のガラクタのない社会環境、そして、もっとも活動的な人間分子の移動にあった。また第二の源泉は、労働の高度な機械化によって引き起こされた急速な技術革新と労働生産性の向上による、国際競争力の圧倒的な強さにある。さらに第三の源泉は、大量生産−大量消費のシステムを構築したことにあり、預金銀行やクレジットの導入によって大衆の一定の生活向上をはかる事で、市場の拡大と資本の集中を同時にはかる社会システムを構築したことにある。そして第四の源泉は、政治的には一定の大衆民主主義の形態をとった労使一体の構造にあり、これはヨーロッパの階級協調主義とは違って、資本と労働との利害の一致という外観に基づいたものであるとトロツキーは分析している。
トロツキーは、以上のような新しい資本主義の特徴をもって旧資本主義ヨーロッパを超えた力を持ったアメリカではあるが、資本主義の退潮を救うことはできず、かえってその矛盾がアメリカ自身に還流し、かくして世界資本主義は崩壊にむかうと予測した。しかし彼の予測に反して、アメリカはその強大な力でドイツ・イタリア・日本のファシズムを屈服させるや、世界をアメリカ的に再組織してしまったのである。
こうやって成立した第二次世界大戦後の新たなる資本主義の特徴は、上記のアメリカ資本主義の特徴の第二から第四までの特徴を備えており、大量生産−大量消費のシステムを基盤に極めて豊かな社会を建設し、これを基盤とした極めて民主主義的な社会システムに労働者階級を組み込み、安定した成長社会を築き上げたのである。
そしてこのシステムの世界化とともに、世界は極めて民主主義化した。このことを国際政治の場において象徴するのが国際連合なのであり、ヨーロッパ連合の成立でもあったのである。
国際連合は戦勝国である5大国が事実上の支配権を持つとは言え、この5大国間の協調こそが国際政治の基本であり、加盟国全体の合意がその決定の基本でもある。そしてこの国際政治の「民主主義」の原則にそって様々な国際的課題に半世紀にわたって取り組んできたことで、戦後の国際政治の流れは、主権国家相互の協調と、場合によってはその主権の自発的な制限によって平和と安定を図ろうとすることが基本的なスタンスとなっていったのである。
国連安保理においてイラク問題が討議され、アメリカ・イギリスのイラク攻撃案が葬り去られるまでの過程を見ると、国連における多数派はこの国際協調と言う民主主義の原則に従った行動しているのであり、これを破壊しようとしているのがアメリカ自身であることは明らかである。また安保理において最も強硬にアメリカに抵抗したのは統一ヨーロッパであるEUを率いるドイツとフランスであったことも、帝国化するアメリカと民主主義の衝突を物語るものであった。
EUはアメリカ資本主義の世界化の申し子である。EUは、二度と世界大戦を起こさせないために、400年にわたって戦争を繰り返してきたヨーロッパを経済的にも政治的にも統合し、ヨーロッパに平和で豊かな社会をつくろうとするものであった。そしてこの半世紀にわたる国際協調の動きの中では、アメリカの動きと対抗しようとするフランスの思惑が見え隠れしていたとは言え、アメリカはこの動きを支持し支援してきた。なぜならヨーロッパが平和的に統合されることは、アメリカ資本主義に新たな広大な市場を提供することでもあり、おりしも始まった冷戦の中で、ソ連の影響力がヨーロッパに伸びてくることに対する防波堤の意味も持っていたからである。
しかし70年代初頭における過剰生産を原因とする世界資本主義の退潮の始まりと共に、EUの存在意味は変化した。それはアメリカにとって新たなるライバルの出現となったのである。アメリカ的資本主義の旧植民地への拡大とともにおきた緩やかな成長の時期には表面化しなかったこの対立は、帝国化するアメリカの行動の開始によって、今や政治の表面にまで現れてきたのである。2月14日の安保理でのフランス外相ドビルパン氏の発言の締めくくりの言葉は「戦争と占領と残虐の歴史を知っている古い欧州であるフランスからのメッセージだ。フランスはその価値観を忠実に守り、より良い世界を共に築く力があると信じる」であった。この発言は、EUがアメリカの国際戦略から自立することの宣言でもあると同時に、アメリカの国際戦略の変更にたいする民主主義化されたヨーロッパの困惑の表明でもあったのである。
また戦後の資本主義の特色は民主主義の拡大、すなわち直接民主制の拡大であった。
生産現場における労働組織が、労働者の自発性を組織した民主主義的なものになると同時に、資本主義経営そのものも民主主義化され、合議と合意とによってなされるようになった。そしてこのことを基盤に、社会システムにおいての民主主義は拡大し、あらゆる政治の場においては「参加型政治」に象徴される大衆の直接的関与が進展した。
今や政治の場においても、大衆の意思の統合なくしてはいかなる政治も進展しない時代に入っている。このことの表れが、帝国化するアメリカへの支持をめぐる世界の世論の二分化である。ましてアメリカのブッシュ政権は、その成立において総得票数ではゴアに負けており、その政策の行き詰まりとともに、アメリカの大衆の間には「おれたちはブッシュに投票していない」という意識が常に頭をもたげてくる。9・11のテロとアフガン戦争時におけるブッシュに対する圧倒的な支持とは裏腹に、今や国論を二分する状況はこのことを示しているのである。
▼資本主義の終わりの始まりの時代へ!
世界的な過剰生産を原因とする世界資本主義の退潮。この中で経済的な優位を失ったアメリカの利益を、唯一の卓越した力である軍事力によって世界を再編することで維持しようとするアメリカのブッシュ政権の新安保戦略は、今やアメリカ資本主義の世界化を支えた「民主主義」の構造と衝突し、危機を表面化させつつあるのである。
時代は新たなる時代へと入ろうとしている。かってトロツキーが第四インターナショナルの宣言の中で述べた「世界の危機がアメリカに還流し、世界資本主義の終焉にいたる危機がはじまる」時代が、今や目前にあるといって過言ではないであろう。
だが危機はそのまま自動的・直線的に世界資本主義の終わりにいたるのではない。
今その危機は、戦後資本主義の発展が作り上げた民主主義の構造の崩壊の危機という形で現れており、当面はその世界構造の再構築をめぐる戦いとなって進展する。したがってここにおいて帝国化するアメリカに対抗する軸は「民主主義の擁護と発展」である。
世界的には国連体制の再認識・再構築をいかにはかるかということであり、世界の各地では、アメリカの世界戦略から政治的にも経済的にも相対的な自立をはかるために、地域間の経済的な政治的な統合を図る動きが進展する。そこではいかに主権国家の主権を制限するかがテーマとなる新たな国際協調が課題となる。そして異なる経済基盤と文化的伝統を持つ国々の協調を進展するためには、さまざまな決定における大衆の参加を含めた、より広範な民主主義の拡大が伴うに違いない。またこれは同時に、民主主義の基盤である資本主義の、その暴走をいかに制御するかの問題でもあり、経済におけるさまざまな民主化が課題ともなろう。
この「民主主義の擁護と発展」がアメリカの帝国化と対抗する中で問題となる時代において、いかなる新たな民主主義のシステムを実現できるのか。この課題に私たちは広範な人々と連携しながら取り組みかつ答えていかなければならない。そしてこの戦いのはてに、新たな世界は見えてくるに違いないのである。
(3月26日記す)