ネオ・コンに追随する小泉外交

−日本外交がアジア諸国に見限られる危険な懸け−


▼ 急転回する北朝鮮情勢

 インタファックス通信は24日、ロシアのロシュコフ外務次官の発言として、「北朝鮮核問題をめぐって、北京で中国・北朝鮮・アメリカの3カ国協議が近く再開され、その翌日には、これに韓国・日本・ロシアの3カ国を加えた6カ国協議を開らくことをアメリカが認めた」と伝え、同時にこれは「中国の尽力のおかげ」との同次官の発言をも伝えた。
 これは22日付けワシントン・ポストの「北朝鮮の核問題をめぐり訪朝した中国の戴秉国外務次官が、18日にワシントンでパウエル米国務長官らと会談した際、米側は(1)北京での米朝中3カ国協議の再開催に応じる(2)その直後に日韓、またはロシアまで含む多国間協議を行う――との方針を北朝鮮に伝えるよう戴次官に依頼した」との報道とも一致し、早ければ8月上旬、おそくとも8月中には、北朝鮮核問題をめぐる多国間協議が開催されることは確実であろう。
 なおこの22日のワシントン・ポストの記事は、「北朝鮮が核施設の検証可能な破棄に応じるなら米国は北朝鮮を攻撃しないという公式の保証を与えることをブッシュ政権当局者らが考慮中だ」とも伝えており、北朝鮮核問題が解決に向けて急転回する可能性を示唆している。
 そしてこれは7月1日の毎日新聞が「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を5月末に訪問したカート・ウェルダン米下院議員(共和党)が、金桂寛(キム・ゲグアン)外務次官と会談した際、核兵器開発計画の放棄と引き換えに日韓両国が中心となって今後10年間にわたり年30億ドル(約3600億円)〜50億ドル(約6000億円)の支援を行うなど10項目の提案をしていたこと」、さらに「経済支援のほか1年間の米朝不可侵条約の締結などを、多国間協議の傘の下で米朝間で合意。1年後に進展を見ながら不可侵条約の恒久化を図る」との提案を同議員が金外務次官に提起し、同次官の同意も得ていたということの実現可能性をも示唆している。

▼独断専行が目立つ小泉外交

 しかしこの北朝鮮核問題をめぐる動きは、この問題が暗礁に乗り上げた時に直接被害を蒙る周辺4カ国の中で、日本の動きの鈍さをひときわ目立ったものにしている。
 北朝鮮をめぐる周辺4カ国のうち、北朝鮮の経済危機を救う莫大な援助と資本投下などの経済援助を行える国としては日本が最大であり、かつ最も実現可能な国である。そしてもし核問題がこじれ、アメリカと北朝鮮間に戦争が勃発した場合に、最も国土防衛能力が劣るのも日本である。
 それゆえ北朝鮮核問題は、日本にとって最も身近な問題であり、その安全保障上、最重要な課題だと言わねばならない。
 しかし日本政府の対応は、昨年9月の日朝ピョンヤン宣言締結を除いて、終始アメリカ政府の後追いに過ぎず、アメリカ政府が「圧力」といえば圧力をかけることを公言して経済的締めつけに走り、アメリカ政府が「多国間協議」といえばそれが望ましいと言うのみで、実際には何も動こうとはしない。
 なぜ日本は、北朝鮮核問題を平和的に解決するための最も強力な梃子を持っている国であるにもかかわらず、主体的に解決に向けて動こうとはしないのか。
 それははっきりとしている。小泉外交を担っている勢力の国際路線は、アメリカ政府追随それもブッシュ政権を動かしているネオ・コン追随を基本としているからである。
 安倍官房副長官は22日の毎日新聞のインタビューで、小泉外交を以下のように評価した。「小泉首相は、外交政策においては極めて原則に忠実だ。意外に思う方も多いかもしれないが。日米同盟を中心に据え、それを基盤に外交を進めるという方針を微動だにさせないことだ。その上で、小泉首相は、首脳間の信頼関係をテコに外交を展開していく。首脳会談を、事務的な処理の場ととらえずに、人間関係を構築することに力点を置き、率直な話し方で、自分が何をやろうとしているかを分かりやすく伝えるのが小泉流だ」と。
 小泉外交の性格を示したものとして、これ以上のものはないであろう。
 一体いつから日本の外交の原則は「日米同盟」になったのだろうか。日本は日米安全保障条約を結んではいても、それは「日本の国土防衛」上の必要であり、外交政策としては国際協調を基本としてどの国とも友好関係をもち、日本の経済発展に寄与する国際環境を構築するとの立場で動いてきた。したがって国際場面では、アメリカとも対立する動きをとることもあったのである。
 たとえば地球環境問題における京都議定書の実施の問題や国際貿易における自由貿易の拡大の問題において、日本はEUと共同戦線をはりアメリカと対抗してきた。また中東の産油国などの第三世界の国々とも友好的な関係を結び、アメリカがイスラム革命を推進してきたイランと敵対関係に入ったあとでもイランとの友好関係は維持してきたのである。
 周辺事態法において「国土防衛」を拡大解釈し、海外における日本の権益や日本の出先機関・自衛隊の部隊艦船にまで広げて、自衛隊の海外展開に道を開いて、アメリカの先制攻撃戦争に荷担したこと。そして先般成立した「イラク新法」においては、「専守防衛」だったはずの自衛隊をいまだ「戦地」であるイラクに派兵し、自衛隊員の命を危険にさらすという動きを開始したこと。
 これらの動きは、事実上の憲法第9条の改正であり、違憲行為と言わざるをえない。これを小泉外交は、「日米同盟が基軸」との論理一本で外圧を背景として押しとおしているのである。
 そしてこの小泉外交の基本路線は自民党内においてすらろくな討議もされず、合意もえないまま推進されているという点にも、これまでとは違う問題がある。
 先の安倍官房副長官の言にもあるように、小泉は首脳外交を基本とし、首脳との個人的信頼関係をテコとして動いている。ということは、その外交方針の決定は小泉本人と、それを取り巻く側近のみで決定されているということだ。これはかねてから小泉が言明していた「大統領的な首相」ということにも符合している。
 したがってその外交・安保案件をめぐっては、護憲を旗印とする野党の社民党や共産党、そして民主党内護憲派の反発を招くだけだけではなく、自民党内護憲派である旧主流派の反発や、護憲的基盤をもつ政党である与党・公明党の反発すら招いている。先に周辺事態法の採決にのぞんで、自民党の元幹事長である野中が「国家の大計ともいうべき法律を記名投票ではなく起立採決で決めるとは同意できない」と明言し、採決をボイコットしたことなどはこのことを示している。
 小泉外交は、アメリカのブッシュ政権、とりわけそれを動かしているネオ・コンの戦略に追随することを日本国内の政治的合意も得ないまま独断専行的に行い、日本の伝統的な外交政策・安全保障政策を根本的に転換したのである。

▼可能だった日本のイニシアチブ

 実は小泉は、当初からこの戦略をとっていたわけではない。このことは北朝鮮核問題をめぐる日本政府の迷走ぶりを振り返って見れば明白である。
 小泉は昨年9月、突如ピョンヤンを訪問して金正日との会談に臨み、金正日から「拉致問題」と「工作船」についての謝罪を引き出し、5人の拉致被害者の帰国とその他の拉致被害者の調査の継続を確約させるとともに、日本の植民地支配を謝罪し、早期の国交回復を宣言する「協約」を結んだ。この動きも小泉周辺の一部と外務省の一部で極秘に計画実行されたものではあるが、ブッシュ政権のネオ・コン的動きを掣肘し、日本が北朝鮮核問題をはじめとするアジアの諸問題に主体的に関わっていくきっかけになりうるものであった。
 だが今やこのピョンヤン宣言は事実上棚上げされ、日本は北朝鮮との交渉能力を失ってアメリカに追随し、交渉の仲介役は中国にとって代わられたのである。
 ピョンヤン宣言が棚上げされるきっかけとなったのは、5人の拉致被害者の帰国問題であることは周知の事実であろう。5人は一時的に帰国し、以後は日本と北朝鮮とを家族を含めて相互訪問を繰り返し、どこに住むのかは拉致被害者家族の自主的決定にまかせることとなっていた。そしてこの後は国交正常化のために、植民地支配の補償問題と今後の経済協力のありかたをつめ、国交正常化を図る中で残りの拉致被害者の調査なども行っていくことになっていた。
 さらにピョンヤン宣言は、朝鮮半島の非核化も宣言していたのであるから、核開発の放棄と経済援助をリンクさせることも可能であったし、北朝鮮への経済援助の実施にあたってはそのエネルギー面での自立が不可欠であるがゆえに、ロシア・中国・韓国をも含めた、オホーツクやシベリアでの石油や天然ガスの共同開発なども俎上に載せ、北東アジアの安全保障とともに、北東アジアの経済協力と経済共同体創設に向けたイニシアチブを日本がとることも可能であった。
 しかし小泉政権は、5人の拉致被害者の北朝鮮への「帰国」を認めず日本に留め置き、北朝鮮との約束を反故にしておきながら謝罪もせず、その後行われた国交回復交渉においても「拉致問題の解決」を前面に立てて植民地支配の補償の問題や経済協力の問題を俎上に載せることを拒否し、自ら北朝鮮との交渉のパイプを断ってしまったのである(この外交方針の転換のキー・パーソンが安倍官房副長官であることも明白だ)。
 そして以降は、ブッシュ政権のネオ・コン派の求めに従い北朝鮮への経済的圧力をかけることに専念し、北朝鮮と日本との貿易のパイプである北朝鮮籍船の日本寄港を設備の不備や不正輸出を理由に厳しく取り締まり、日本寄港を事実上不可能にしてしまった。
 これは日本にとっては些細な行動に見えるが、北朝鮮にとっては死活問題である。なぜなら日本と北朝鮮とを年間20から30回往復する万景峰号には北朝鮮に渡航する人々がたくさん乗船するが、この乗客たちが税関に申請した所持金だけで年間35億円にものぼる。これは外貨不足に悩む北朝鮮にとってはのどから手が出るほど欲しい金である。また万景峰号などの貨物船が日本に荷揚げする荷物は北朝鮮からの輸出品であり、寄港する船は年間1000隻を超える。
 日朝間の年間貿易額は日本への輸出が266億円、日本からの輸入が171億円(2001年)だが、この額は北朝鮮の全体としての貿易額の5分の1を占めており、日本からの輸入は北の高級幹部のための贅沢品であり、軍事転用ができるハイテク品も含まれている可能性がある(以上の数字は、時事通信社の世界週報6月24日号掲載の、コリアレポート編集長のピョン・ジンイル氏執筆の「万景峰号運行再開の狙いは何か」から引用)。
 日本が「法規の遵守」を口実に北朝鮮からの船の寄港を事実上止めてしまったことは、北朝鮮経済にとっては大きな打撃であるとともに、軍などの高級幹部の不満を(直接的な意味でも)招きかねないことなのであり、朝鮮情勢を一気に流動化させかねない危険性をも孕んでいるのである。

▼日本外交の地盤沈下

 では小泉外交がこれほどまでに自らの主体性を放棄してまでブッシュ政権にすりよることが、日本の利益になるのだろうか。
 結論的には、否である。
 それは一つには、アメリカのアジア外交の基軸が対日本外交から対中国外交に転換し、日本を戦略的なパートナーとはみなさず、アメリカの従属国あつかいをしかねないという懸念があるからである。
 アメリカの外交雑誌『フォーリン・アフェアーズ』7月号に、「アジア政策の大転換」と題する論文が掲載された。著者は元駐タイ大使のモートン・アブラモビッツと元駐韓大使のスティーブン・ボスワース。
 この論文の主張は、北朝鮮危機においてその平和的解決を仲介する上でもっとも大きな役割を果たしたのは中国であり、ブッシュ政権はすでに中国を戦略的パートナーとして遇しており、それは冷戦の崩壊によって東アジアの戦略的位置が低下したことにもよるというものである。
 これはニクソンによる米中国交回復以来の傾向でもあるが、中国が急速に経済の開放を進め、しかも中国の世界における経済的位置が高まることによっても促進されていたが、アジアにおける最期の冷戦構造である38度線における軍事的対立が解消すれば、アメリカのアジア政策の重点は中国と東南アジアへと移ることに基礎があるというのが、この論文の主張でもある。
 そのアメリカの動きが変わってきている兆候は、東南アジア諸国連合における「アジア経済共同体」創設の動きが活発化していることにも現われている。東南アジア諸国のこの提案に中国は積極的に対応しているが、アメリカはこの動きに異を唱えることなく静観しているからである。安定化したアジアに、東アジアと東南アジアを含む広範な同質な経済圏ができることは、それが政治的統合に入らないかぎりはアメリカ経済の発展に寄与するからであり、このことはアメリカの貿易においても日本の位置が低下する可能性を意味するだろう。
 問題の第二点は、アジアの諸国との関係である。
 先の毎日新聞のインタビューにおいて安倍官房副長官は、小泉のアジア外交を以下のように評した。「中国を公式訪問していないことだけだ。韓国のノ・ムヒョン大統領との首脳会談は極めて成功裏に終わったし、小泉首相は韓国でも非常にポピュラーだ。東南アジア各国の首脳とも信頼関係を築いている。昨年1月にシンガポールで小泉首相が行った『東南アジア諸国連合と率直なパートナーとして共に歩む』という演説は大きな共感をもって受け入れられた。中国公式訪問も近い将来、実現するだろう」と。
 本当にアジアの各国の首脳との信頼関係が築かれているのだろうか。昨年1月の小泉の発言はたしかに大歓迎された。しかし問題はその後の中身を伴った行動である。
 先般、東南アジア諸国連合の会議を目前に控えてタイ、インドネシア、シンガポール、韓国の首脳が相次いで訪日した時の主要な議題は、「アジア経済共同体」創設を見据えた上で、早急に2国間の自由貿易協定を結びたいということであった。しかし小泉はこれに同意するのではなく「問題を検討するための学習会を始めよう」という態度に終始した。東・東南アジア諸国との自由貿易協定締結の足かせになっている農産物の自由化問題が、自民党の反対で進展しないからである。
 したがって小泉の「率直なパートナーとして共に歩む」という言葉は単なるリップサービスに終わっているのである。
 アジア諸国が「アジア経済共同体」創設へと動いているのは、アジア金融危機に見られるようにアメリカの投資家の投機的行動によってアジア経済がかく乱され経済成長を阻害される状況や、それからの立ち直りの過程で、アメリカが主導するIMFからアジア各国の社会経済を破壊しかねない「解決策」を強制されるような事態を防ぐために、アジア規模で資本や労働力の移動が自由な自立的経済圏を作りたいという緊急の要請があるからである。
 小泉は、この構想実現の障害となっている日本農業の旧態依然たる保護政策の質的転換を図るという、真の意味での構造改革には手をつけず、自民党旧主流派におもねっているために、アジア各国政府の期待を見事に裏切っているのである。
 総じて小泉政府の外交政策は、その内政と同様に真の問題点には手をつけず、抵抗の少ない所で比較的成果が見えるところだけに手をつけるという、政治ショー的な性格を持っている。したがって冷戦の崩壊以後、東アジアの戦略的位置の低下により、アメリカの後ろ盾を失うのではないかという保守派の怖れを利用し、さらにネオ・コンが、アメリカなどの軍事予算を膨らますために意図的に情報操作して流す「北朝鮮危機」を利用して、自民党政府が長い間手をつけられなかった安全保障政策の変更という問題を強引に進めているのである。
 この、あまりのアメリカのネオ・コン追随主義のその場主義的外交姿勢は、周辺のアジア諸国の信頼を失うどころか警戒感すら生み出し、日本経済の「再生」にとって不可欠なアジア市場の創設ともいうべき「アジア経済共同体」の形成過程からも、やがて日本は信頼される中心メンバーとは遇されなくなる怖れがある。
 小泉外交は、アメリカのネオ・コンに追随する戦略をとることによって、日本をネオ・コンの企画する先制攻撃戦争へと深く関与させることとなった。そしてこのことは「経済主義」を採ることでアジアの多くの国との間に培ってきた信頼関係を損ない、日本がアジアで孤立する危険すら孕んでいるのである。

▼アジアで孤立する日本

 現在イラク情勢はますます混沌とし、アメリカ軍司令官すらが「ゲリラ戦状態」と認めざるを得ない状況となり、駐留米軍の早期交代が不可欠となっている。
 それゆえ世界展開が可能なアメリカ軍の予備力は底をつき、ネオ・コンが呼号する「北朝鮮との戦争」は、当面はかなり困難な状況が生まれている。そしてイラク戦争の開戦の大義名分であった「イラクの大量破壊兵器保有」の問題が、ブッシュ政権とブレア政権による情報操作であった疑惑が浮上し、両政権の存続すら危ぶまれている。
 つまりアメリカの単独行動主義として世界中を震撼させたネオ・コンの戦略が、そのあまりの杜撰な強引な展開ゆえに支持を失う可能性すら出てきたときにも、まだ小泉はこれを無条件に支持しているのである。しかも憲法の規定を無視した上でである。
 これは国の安全のために多様な担保を確保するという外交の常套戦略からしても、極めて危険な賭けといわざるを得ない。
 アジアと日本の良好な関係を守り、日本がアジアの中心的な国のひとつとしてその平和的な発展に寄与するためには、憲法第9条を守り、平和的に経済発展をはかるという従来の外交戦略の基本に立ち返ることが緊急に求められている。
 小泉政権を支えるネオ・コン追随派を孤立させるために、保革という旧来の枠を越えた連携による広範な闘争が組まれる必要があるのではないだろうか。

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