生活の〃安心〃を目差す社会へ人の営み変える発想の転換を!

―災害列島日本@新潟県中越地震―


 2004年の日本は多発する台風に地震と異例の災害続きの1年であった。
 しかし今年の「自然災害」多発の姿をよく見ると、そこには「自然災害」を軽減するための人間活動の極度の低調化とでもいうべき現象が見られ、その淵源は、日本の社会経済システムが「経済の成長」を目差すことにあまりに傾斜しすぎており、その結果として生活の〃安心〃という根本的問題がなおざりにされている事態が見て取れる。
 この小論は日本の社会経済システムが、私たちの生活の〃安心〃を破壊する「自然災害」という、必ずやってくる現象に対していかに無防備でそれに備えることをしてこなかったかを明らかにすることで、日本の社会経済システムをいかなるものに変えていかねばならないかを考察するものである。
 その第1回として、今回は直近に起こった新潟県中越地震を取り上げる。

▼〃予想〃されていた中越地震

 新潟県中越地震は、10月23日午後5時56分におきた震度6強の本震(マグニチュード6.8)と以後の余震で成り立っている。
 被害の規模は死者26人、けがをして手当てを受けた人は3300人以上。261棟の住宅が全壊し299棟の住宅が半壊、2286棟が一部損壊した(25日夕現在)。死者の多くは住宅の倒壊が原因である。そして上越新幹線や上越線、そして関越自動車道と国道17号線という、関東地方から新潟県南部に入る交通網はすべてトンネルの崩壊や路盤の崩壊、そして高架橋の破断などで使用できなくなっている。さらに各地の地すべりのために特に山間部の道路は壊滅的打撃を受け、他地区との交通を遮断され孤立した地域が54ヶ所も生まれ、避難すらできない人も数多くでた。
 しかしこの地域は、1828年にマグニチュード(以下Mと表示)6.9の地震以後170年以上も大地震が起きていない「地震の空白域」であり、「近い将来」に大地震が起きることが予想されていたという。
 この地域は、本州の東半分が乗る「北米プレート」が、北西からの「ユーラシアプレート」と南東からの「太平洋プレート」の両方から押されて、地層が北東から南西方向に幾重にも皺のように褶曲してできた丘陵が連なり、その丘陵の裾野や内部に数多くの活断層が存在し、体に感じない地震も含めて絶えず地震の起きている地域である。そして今回の地震を起こした「六日町盆地西縁断層」は01年に始めて存在が確認され、この8月には北側にも断層が延長している可能性と近い将来に活発な活動を起こす可能性のある活断層として、国の地震調査委員会が調査・検討すべき候補に登録されたばかりだ。
 今回の地震の震源域は、この「六日町盆地西縁断層」を北東に延長した魚沼丘陵内にあり、長さ22km幅17km傾斜角度は北西に38度の断層面が地下の10km付近の地点で1.4mほど北西方向に縦にずれた物である(国土地理院の発表による)。新潟県南部と関東地方を結ぶ交通網はすべてこの断層面の真上にあり、大被害を受けるのは当然なのである。

▼阪神淡路大震災で注目された活断層

 日本は特に地震が活発に起きる国であり、近年は太平洋側の東海地震、東南海地震、南海地震が近い将来起きることが予測され、その後にも関東大震災を起こした南関東地震が再来すると言われ、「対策」がかまびすしく叫ばれている。しかし活動周期もわかっているこれらの大地震と違い、今回の新潟中越地震のような活断層が起こす直下型地震は、その実態がほとんど未解明である。
 直下型地震の危険性が真の意味で注目されたのは、1995年1月の阪神淡路大震災以後である。阪神地方は「地震の少ない」地方であり、この地域を直近に襲った内陸で起きた大地震は1596年(慶長元年)のM7.5の地震であり、これは阪神淡路大震災を起こしたのと同じ活断層が原因であった可能性がある。そのため活断層の存在は全国的にも注目をあび、直前に全国の活断層の新たな研究成果を元にして東大出版会が出した「新編日本の活断層」は、高価な学術書としては異例に版を重ね、この書の100万分の1の活断層地図を元に、これに人工衛星ランドサットの画像を重ねた「活断層マップ」は多数出版された。
 しかし、活断層は活発なものでも1000年に一度動く程度であり、しかも前兆現象がほとんどないので予知は難しい。また活断層の断層面が地表に出ていることは少なく、出ていてもほんの一部分に過ぎず、したがって活断層の多くは未発見であり、活動の周期が分かっていないものが多い。
 だがプレート境界が複雑に入り組んだ日本列島の各地には無数の活断層が存在し、それがいつ活動するかわからないのだから、この手の地震に対する対策は全国でなされる必要があり、特に活断層が集中する地帯では緊急にその必要があるのである。
 「活断層マップ」を見れば、小千谷市を中心とした中越地域が日本有数の活断層の集中地域であることは一目瞭然である。ではその活断層の集中地帯である中越地方では、阪神淡路大震災の教訓を生かしてどのような対策がなされたのであろうか。

▼活かされない教訓@−道路・鉄道−

 どのような対策が取られていたかは、実際に起きた被害の状況をみればよくわかる。
 まず甚大な被害を蒙った上越新幹線について見ておこう。
 ちょうど震源域を時速200kmほどで走行中だった「とき325号」は停止できず、列車は地震発生後90秒後、約3.5km走行して半ば横倒しになって止まった。新幹線は、地震波をいち早く感知して列車を止める「ゆれだす」というシステムがあるので「安全」であると言われてきた。しかし今回の地震では「ゆれだす」が完全に作動したにもかかわらず、列車を停止させられなかった。
 理由は明白である。「ゆれだす」は海洋型大地震の特徴である2種類の地震波の到達時間の「ずれ」を利用して作動するシステムであり、直下型地震のように地震波到達時間にほとんど差のない地震には対応していないからである。阪神大震災の時は、新幹線の営業開始前だったのでシステムの根本的欠陥が露呈することはなかったのであるが、9年間まったく何の対策も取られていなかったことは明白だ。
 また震源域にある魚沼トンネル(全長8625m)は、長岡側から6kmほどの地点で幅200mほどにわたってレールの土台の路盤が数10cm盛りあがり、天井も側壁もコンクリートが剥がれ落ちていた。阪神大震災でも大きな被害はなく「安全」といわれていた山岳トンネルが、なぜ被害を受けたのか。これも原因は明らかである。阪神大震災は断層が横にずれた地震であり、だから地下の構造物は衝撃を受けない。しかし今回の地震は断層が縦にずれた地震であり、魚沼トンネルはその震源域の真上にある。真下からおそろしい衝撃を受けたのだから壊れるのが当然である。しかも中越地方の活断層はすべて縦断層であり、トンネルが横切っている魚沼丘陵は褶曲丘陵で内部に断層があることは予測されていた。したがってこのトンネルの破断は予測可能な出来事だったのである。
 さらに「とき325号」が立ち往生した浦佐―長岡間の高架橋8本に「せん断先行」がみられ、横方向に橋脚がずれて橋脚の内部まで崩れてしまい、高架橋の崩落につながる恐れがあったという。JR東日本は阪神大震災後に危険地域の橋脚は補強工事を行ってきたが、この地域は対象地域外であったために補強はされていなかったという。危険地域とは活断層に近接する地域であり、なぜ活断層が集中するこの地域が対象外になったのか。これは阪神大震災後、関越自動車道の小千谷から越後川口にかけて橋りょうの耐震工事を実施した日本道路公団とは好対照であり、理解に苦しむ。
 だがその関越自動車道も、小千谷市周辺の路面に最大約1mの段差が生じ、結果的に中越地方と関東を結び救援物資を運ぶべき大動脈といえる新幹線と高速道路はまったく使用不能となったのである。
 また一般国道も大きな被害を蒙り、中越地方と関東をつなぐ17号線は各地で寸断され、とくに震源域に近い川口町和南津トンネルではコンクリートが崩落し通行不能である。また山間部を走るほとんどの道路が各地で崩落し通行できない状態である。
 活断層に囲まれ山間部であるこの地方で大地震が起き、生命線である道路や鉄道が寸断されれば救援物資すら送れなくなのに、なぜ重点的に補強しておけなかったのだろうか。全国で車の通らない高速道路や利用客のいない鉄道を次々と建設するくらいなら、災害で破壊される可能性の高い道路や鉄道を補強しておくことのほうがどんなに生活の〃安心〃を高めることだろうか。

▼活かされない教訓A−家屋・ライフライン

 より生活に直結した部分でも今回の地震は大被害を与えた。全壊家屋は25日現在で261棟。阪神大震災の10万5564棟に比べれば極小の部類に入るが、巨大都市と過疎地の差を考慮し、あるいは都会の家に比べれば柱も太く倒壊しにくい豪雪地帯の住宅という特性を考え合わせれば、決して少ない数ではない。しかも25名の死者の多くが家屋倒壊によるものであることは、5502名の死者の8割が家屋倒壊が原因であった阪神大震災と同様である。映像を見ると,崩壊した家屋は柱が折れてぺしゃんこである。耐震補強がなされていないことは一目瞭然だ。
 しかし木造家屋の耐震補強が進んでいないのは、全国的な傾向である。日本木造住宅耐震補強事業者協同組合が01年7月〜04年6月に耐震診断を実施した4万4682件のうち、アンケートの回答を得られた7212件でみると、5171件(72%)は改修が必要だったが、工事を考えている人は2477件(34%)にとどまる。予算は50万円以上100万円未満が969件(39%)と最も多く、50万円未満が654件(26%)で続く。工事を考えていない理由では、「経済的な理由」が1215件(42%)でトップだった(毎日新聞9月23日)。
 木造家屋の耐震補強は通常100〜200万円かかる。そして古い木造家屋に住んでいる人の多くは高齢者である。収入の少ない高齢者が現金払いである耐震補強に200万円もの金を用意することは大きな負担である。だから地震で家屋が倒壊する危険を感じ耐震診断を受けても、補強工事にはなかなか踏みきれない。これでは木造家屋の耐震補強が進まないのもあたりまえである。
 またライフラインも甚大な損害を蒙っている。東北電力によると約9万5000戸が停電したし、都市ガスは約5万6000戸で供給が止まり、断水は約11万戸に達した(毎日新聞10月25日)。電気は電柱をつなぐ電線で、都市ガスや水道は道路の地表近くに管を埋設して送るのが一般的な方法である。しかし地震によって道路が波を打つように崩れると、電柱は倒れ地表近くの管は切断されてしまい使用不能となる。こうした破壊を軽減するには地中のより深い所に耐震性の構造物を設け、その中に電線や電話線、水道管や下水道管、そしてガス管を入れて固定することが有効だといわれている。
 しかしこの工法は、ほとんどの地域で実施されていない。在来の道路を全部作りかえる必要があり、膨大な費用がかかるからである。しかも直下型の縦ずれ地震では、その構造物さえ破壊される。やはり従来の水の供給手段である井戸を保全したり、各戸が雨水をためる装置を備えることや、練炭や薪などの燃料の備蓄、太陽光発電システムの設置など、各戸が最低限の生活基盤を自給できる体制の確立も必要なようである。

▼地震被害の軽減のために

 新潟県中越地震の被害状況を見ていると、この地域ではほとんど地震にたいする準備ができていなかったことがわかる。それが今回の地震で大きな被害をもたらした最大の原因であろう。対策さえとっていれば、この地震による被害はずっと軽減できたのである。ではなぜできなかったのか。
 まず地震の予知と対策の問題がある。近い将来大地震が予測されていたとはいえ、それは一部の専門家の間だけのことではなかったか。この〃事実〃は、関係自治体や住民にどの程度知らされていたのだろうか。地震発生後の住民インタビューでも「地震の少ない地域」「突然でびっくり」という感想ばかりだし、映像で見るかぎり家具の転倒防止策を施した様子もあまりみられず、自治体のあわてぶりとあわせて「大地震が予想されていた」とは到底思えない。
 地震の予想が住民や自治体に周知されない理由のひとつに、地殻変動の観測・研究・検討体制がある。
 日本の地震観測・研究は、全国的なデータは公的機関である気象庁や国土地理院が提供し、それと独自のデータに基づいて各地の大学や幾つかの公的研究機関が地域を分担して研究する形になっており、地震予知連がその関係機関の連絡調整機関でもある。主な研究機関は、大学では北海道・東北・東京・名古屋・京都・九州の各大学であり、公的研究機関である防災科学研究所や産業総合研究所地質調査総合センターの所在地も茨城県のつくばであり、日本海側にはその地域に拠点を置き、常にその地域を監視して研究する機関がないことがわかる。
 これが日本海側のデータが不足と地震「予知」ができない理由のひとつであり、海洋性の巨大地震が大都市に近接しているため、研究と対策が太平洋側に偏っているという問題も日本海側のデータ不足を助長する。そして専門的研究機関が地域にないところでは、研究成果を地域の防災に役立てることができにくい理由にもなるのだから、この体制を改める必要があろう。
 これと平行して地域に「防災委員会」をつくり、住民自身が情報をあつめて検討し行政に防災政策を提言していく、「行政任せ」にしない地域の体制づくりも必要だろう。
 また交通網の耐震化が進まない理由も明らかである。阪神淡路大震災以後、危険な地域における高速道路や鉄道や一般道路の高架橋や橋などの補強工事は、それぞれの企業や行政ごとの対策に任されてきた。しかもその企業や行政ごとの対策も、地域毎や部門毎の対策に任されていたのが実態である。さらに高架橋や橋の補強工事では強度が大幅に不足するような手抜き工事がなされ、工事の検査すらなされていなかった事態が昨今曝露されて来てもいる。
 活断層の存在する地域は無数にある。その全ての地域の交通網に耐震工事を施すには、現在の各企業や公共企業体ごとの計画や施工という体制を改めて、危険地域を特定して優先順位を立て、集中的に交通網を耐震化するための予算を傾斜配分して実施していくことが必要である。
 さらに家屋の耐震化だが、今各地で行われていることは、自治体による耐震診断費用の補填や補強工事費の一部負担である。しかしこれは地方財政が危機に在る中で大きな予算を取ることは難しいし、申告は持ち主の自己責任に任せられているのだから、住民の「地震意識」に左右される。
 木造家屋の耐震補強を推進する最も有効な手段は、耐震補強を施した家屋には一定期間の固定資産税の免除を行い、工事費を減税で相殺することである。しかし国土交通省の来年度の税制改正要望にあるように、行政側は住宅やオフィスビルなど各種建築物を耐震改修した場合、持ち主の所得税や法人税から工事費用の10%程度を控除する制度の創設を盛り込むことぐらいで(毎日新聞9月23日)、「金銭的理由」で耐震補強ができない現状はほとんど改善されない。これでは住宅地の耐震化が進むわけはない。
 国としての住宅地の耐震化を進める統一的な施策の作成が必要だし、それを進めるための「優遇税制」が必要である。しかしこれには産業の拡大・発展のみを善として、そのためにのみ公的資金をつぎ込むという長い間の公共政策の不在という事態、そして公共事業は特定の企業と地域資本を潤すためになされるという今までの「ばらまき行政」を根本的に改める必要がある。
 ライフラインの耐震化も同様である。太陽光発電や風力発電の各戸への普及だが、一般家庭1戸の電気を全てまかなうには最低4kWの発電システムが必要で、その費用は400万円ほどである。しかし余った電気を電力会社に売る価格は通常の料金と同じ1kW22円程度なので、このシステムの年間総発電量が4500kWあっても節約できる金額は99000円程度、耐用年数は30年なので寿命一杯使っても費用をまかなうことはできない。このシステムを普及させるには、ドイツのように通常の料金の倍から2倍で電気を売れる制度を導入する必要がある。これなら10数年から20年で費用を回収できる。これに所得税減税などを組み合わせれば急速に普及するであろう。しかしこれも、エネルギー政策と税制の根本的転換が必要である。

▼政治の根本的転換が急務

 地震の被害を軽減するにはこれ以外にも工場の耐震化や、海岸部であれば石油コンビナートの耐震化、さらには防潮堤の耐震化の問題も加わってくる。
 石油コンビナートについては1964年の新潟地震のとき、石油タンクに固有の揺れの周期があり地震の揺れの周期とそれが同調した場合は、震源から遠い所でもタンクが破断し火災が起こることが指摘されていた。なのに何の対策もなされなかったことは、昨年の十勝沖地震で起きた苫小牧の石油コンビナート火災で証明されている。
 地震の被害を小さくし地震に強い町をつくるということは、国土全体で各地の危険度を見積もり、対策の優先度を割り振り、その上で町全体を耐震化するための統一的な政策が実施されることを要請している。そのためには、安全対策が行政や企業に「まる投げ」されている状態を改め、住民自身が主体となって地域の耐震化を進めることが肝要だし、それへの専門家の直接的関与が重要である。またこれを全国的に推進していくためには、産業の拡大・発展に価値を置き、それを援助するのが国政や地方行政であり政治であるという発想を根本的に改め、地震から生活の安心を守ることが政治の基本であるという発想の転換が不可欠である。
 地震はあくまでも自然災害である。しかしその災害を軽減し生活を安全にして〃安心〃なものにするのは人の営みである。新潟県中越地震の被災状況は、その人の営みの根本的転換の緊急さを告げている。

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