少女の殺意は親に向けられていた
−佐世保同級生殺害事件の真実−
▼ 闇に葬られた真相
長崎県佐世保市の小学校で、小学校6年生の11才の少女が同級生の少女の首をカッターナイフで切って殺すと言ういたましい事件が起きてから、すでに2ヶ月がたとうとしている。
この事件は、7年前の神戸での小学生連続殺傷事件、昨年の長崎での幼児殺害事件と続く、子供が子供を殺す事件の流れの中で起きたものだが、初めて少女が起こした殺人事件だったが故に、先の2件以上に社会へ大きな衝撃を与えた。事件後、事件の直接のきっかけとなったインターネットへの小学生の関わりや、事件の一つのヒントとされた映画の子供の精神へ与える影響が問題とされたり、事件を起こした少女の事件前のさまざまなシグナルを見逃してしまった学校教育のありかたなどが問題とされたが、どれも事件の本質に迫ったものではなく、事件のきっかけや周辺の出来事を問題にしたにすぎず、先の2件と同じく本事件の真実も深い闇の中にあるようである。
「なぜ仲良しの少女が一方を殺さねばならなかったのか?」「11才の少女がそれほど明確な殺意を持ったのはなぜか?」。この2つの根本的な疑問に、事件後の様々な検証作業が答えていないために、加害者・被害者双方の親だけではなく同年代の子供をもつ親や教師たちに、またしても「子供がわからない」という深い動揺を生み出しているのである。
なぜ子供が子供を殺すのか。
実はこの問いに対する答えは、先の2件の事件でもそうであったのだが、事件の当初から提出されていたのである。
事件の本質は親子関係にある。事件直後の新聞報道やテレビでの少年事件に関わってきた人々の証言が明らかにしたことは、端的に言えば、親が子供を「虐待」した結果がこのような事件だということである。「虐待」といえば物理的な暴力や性的虐待しか想起しないのが世間の常識であるが、「きびしいしつけ」もまた虐待であることを多くの少年事件関係者が示唆していた。
つまり加害少年・少女が殺害したいほどの憎しみを持ったのは、実際に殺された子供ではなく、本当は自分の親だということを関係者の証言は示唆していた。
だがこの「真実」がほのめかされたとき、突然真実追究の前に大きな壁が立ちふさがり、真実は闇の中に押しやられようとしている。おそらくは本事件も、少女の精神的未発達でかたがつけられ、その「未発達」を生み出した原因にはまったく触れられずに終わる可能性がある。
この小論は、事件を起こした11才の少女の心の背景に迫るとともに、なぜ真実追求がゆがめられてしまうのかを考察したものである。
▼「家族神話」に縛られた絶望
佐世保の加害少女(便宜的にA子とする)は、学校関係者や同級生の保護者の証言によると、「明るく元気で、きちんとあいさつを返す子」「ふだんは活発な子」であり、「授業参観などでも進んで手をあげる活発なタイプ」だったという(毎日新聞6月2・3日)。しかし、教師の目には「活発な反面、暗いところがある」と映ったようだ(毎日6月3日)。
問題はこの「暗さ」の背景である。 同級生は次のように証言する。
「あそこの家は厳しかった」「女児は『お父さんが、決まり事はきちんと守れってうるさい』と打ち明けた」(毎日6月5日)そうである。つまり、親の厳しいしつけがA子の暗さの原因なのである。
「きちんとあいさつを返す」は、親に「きまり事としてのあいさつ」を厳しくしつけられた結果であり、「授業参観などでも活発に手をあげる」は、その親の期待に添うように活発な姿を親に見せている結果なのだ。だが、A子には「いいこ」を演じることは苦痛でしかない。それゆえの暗さなのであろう。
新聞に報道された次のような事実も、「きびしいしつけ」を予測させる。家族は休日になると2キロほど離れたスーパーに車で両親、姉の4人で日用品を買出しに出かけた(毎日6月5日)。何気ない「仲の良い」家族に見える風景ではあるが、あの神戸の酒鬼薔薇の家庭も、休日になると家族そろって庭で卓球をする「仲の良い」家族であった事実と重ねてみると、その「仲の良さ」がつくられたものであり、「親子は一緒にいなければいけない」という「きまり」に縛られた「擬似家族」でしかないように思えるのである。
子供は小学校も上級になると大人から離れて行動しようという傾向を強める。たまには良いかもしれないが、いつもいつも休日は親子で一緒にいることを「きまり」として押しつけられたのでは息が詰まるであろう。勉強ができてあいさつもきちんとできる良い子に育ってほしいという親の期待も普通のことだが、それを「あたりまえのこと」として押し付けてくると、自我が目覚め始めた子供には、自分という存在を否定されているように感じるものである。
しかし親なしでは生きていけない子供は、「親の期待」や「世間の決まり」を押しつけてくる親に対しては、その不満を自分の心の中に溜め込むしかないのである。
A子の毎日も息が詰まるようなものであったに違いない。だからこそ彼女は4年生の文集で自分の性格を「裏と表があるらしい」と書いたのであり、5年の2月に自分のホームページに自作の詩を紹介し、「苦汁、絶望、苦しみが私を支配する」「最後は起きあがるものいいと思う」と書いた(毎日6月5日)のであろう。
▼娘を追い詰めた親の「わがまま」
それでもA子の心は、5年生の終わりまではじけることはなかった。それは彼女が好きなことに没頭できたからであり、そこで「心の許せる」友を得たからである。
今回の事件の直接の背景は、5年生の冬に、彼女が大好きだったバスケ部をやめさせられたことにあるようである。
A子と殺された御手洗怜実さんはとても仲良しだったという。御手洗怜美さんは4年のときに転入してきたのだが、絵のうまい2人はすぐに友達になったという。2人はバスケ部に所属していたのだが、「怜美さんがバスケ部に入ると、補導された児童も後を追うように入部した」(毎日6月2日)そうで、A子の入部の動機は仲の良い友と一緒にいたいということだったようである。しかし活動しているうちにこれが好きになり自分にとってかけがえのないものになっていったに違いない。怜美さんが手術と家事の手伝いでバスケ部をやめたあとも続け、レギュラー直前にまでいったのはそういうことだったのだろう。
しかし転機は訪れた。5年生の2月、つまり今年2月にA子はバスケ部をやめた。周りには「お母さんにやめさせられた」と話したという(毎日6月4日)。理由は勉強との両立ができていないから。その後の週刊誌の報道によると、どうやらそれは中学校受験の準備がからんでいたようである。
それ以後「やさしくてみんなに好かれていた」A子の様子が変わる。授業中、教師から顔を背けて絵を描いたり、ほおづえをついて居眠りをする。放課後、気の弱い男子2、3人に「ばか」と毒づいた。クラスメートはA子を「怖い」と感じ遠ざけたという(毎日6月4日)。
大好きなことを親のわがままで奪われたことは、彼女にとって自分を否定されたに等しい屈辱であったに違いない。しかし親には逆らえない。この心の葛藤が「いいこ」を演じつづけることをやめるという形で噴出していたのである。
しかしそれでもA子の心は「切れ」はしなかった。怜美さんという「自分を理解してくれる友」がいたからである。荒れているA子に対して怜美さんだけは、「バスケやめたんだね」と心配したという(毎日6月4日)。
二人はバスケ部をやめてからも仲の良い友だったようだ。一緒にホームページを作ったり掲示板で書きこみをしたり、チャットで会話を楽しんだり。親に自分を否定されてしまったことに苦しむA子にとっては、「唯一の自分を理解してくれる親友」であったに違いない。
▼「親友の裏切り」に噴き出す「殺意」
この最後の糸を切ってしまったのは、「親友」である怜美さんの何気ない一言であったようだ。
今回の事件の直接のきっかけはA子が語っているように、「掲示板で悪口を書かれたこと」である。
5月下旬に彼女と怜美さんを含む同級生たちは学校内でおぶさるなどしてふざけあっていた。その時にA子は怜美さんや同級生に「重たい」と言われた。以前から自分の体重を気にしてホームページにも「減量するぞ!!」と書いていたA子は、自分が「太っているといわれた」と思い、怜美さんたちに文句をいったが期待した反応はなく、さらに掲示板でも文句を言ったが、それにたいして怜美さんから「ぶりっこ」と書かれた(毎日6月4日)。これが事件の直接のきっかけだったのである。
どういう言葉のやりとりの中で「ぶりっこ」という言葉が投げつけられたのかはわからないが、その時の気持ちを「この世からいなくなれと思った」とA子は供述しているそうだ(毎日6月4日)。
A子はこの言葉に怒り、怜美さんのホームページのキャラクター人形を消したり、ホームページの内容を書き換えたりし、その「犯人」が誰かを察知した怜美さんとの間に激しい口論があったようである。
「ぶりっこ」。なにげない一言ではあるが、A子にとっては自分の本質を白日の下に晒されたも同然な言葉である。なぜなら彼女は親の過剰な期待に応えるために「いいこぶりっこ」をしてきたのであるから。そしてそれゆえに親との間に激しい葛藤があり、それに苦しんでいたのだから。自分の本質を示す「ぶりっこ」という言葉、そして「ぶりっこ」である自分自身をもっとも嫌っていたA子。この言葉を衆人監視の掲示板に書かれたことは彼女を全面否定したに等しい。このことにより、彼女の傷ついた心は破裂してしまったのである。「この世からいなくなれ」は、明確な殺意である。
以後彼女は、この殺意が本当はだれにむけられたものかもわからないまま、自分を否定する憎き人間をこの世から抹殺する方法を模索し、そしてついに6月1日午後0時20分ごろ、それを実行してしまったのである。
▼「悪夢」から覚めた後の地獄
A子の怜美さんにたいする「殺意」は、正確には怜美さんに向けられたものではなかった。怜美さんがA子に「ぶりっこ」と言う言葉を投げかけた結果、怜美さんはA子の目には、A子の存在を否定する憎き魔物に映ったに過ぎなかった。
すでにA子の心の中に「親を殺したい」という、自己を否定する者を殺そうとする殺意が芽生えていたが、その殺意の対象すら意識できないなかでA子は苦しんでいた。そこに「親友の裏切り」によって目の前に、自己の否定者が姿を現したのである。A子は否定者への殺意に突き動かされ、その魔物を殺した。
しかし目の前に首から血を噴き出して倒れている怜美さんを見たときに、A子の心には大きな動揺が起きた。目の前に倒れている否定者の死体は、「仮面」が外れてみれば親友のそれだったからである。
彼女は激しく動揺した。だから死体を前にして、そこに15分も留まったのである。だからこそ血だらけのまま教室に戻って担任に発見されたとき、A子は「激しく動揺した様子であった」(毎日6月3日)のであり、警察に補導されたあとも「ごめんね、ごめんね」と泣きながら話していた(毎日6月3日)のである。
そして事件後冷静になってから彼女は、事件について問いただした佐世保児童相談所長に事件の背景について話すときに、両手で頭を抱え涙を流していた(日経6月3日)のだし、長崎少年鑑別所で付き添い人の弁護士と初めて面会した時に、「何でやったのかな」とうつむいて話したのだ(毎日6月4日)。
自分が起こした惨劇の現場を目にした時、彼女は自分が殺した相手が、彼女にとってかけがえのない親友であったことに初めて気づいたのではないだろうか。彼女にとって「親友に裏切られ」てからの時間は悪夢の中だったに違いない。
A子が殺したかったのは両親である。そのことに彼女は事件の前も後も気づいてはいないだろう。しかし心の奥底の殺意は違った形で外に現れ出ていた。
A子が事件の前の2月に自分のホームページに載せたという「許せない」という自作の詩が、毎日新聞の6月7日朝刊に掲載されている。
『詩@許せない
皆は親なんていなかったら良かった・・・・・なんて言うけど、不思議だ。
私なんて親が死んでもう、親なんて・・・・・いないのに。とにかくずるい。
恨めしい。
親なんていらないなんて・・・・・。
親を亡くした私の気持ちわかる?
親がいなくなったらこんなに・・・・・。
さみしい
親のいる人が羨ましい
家事とかの問題では無い。
心の事だ。
楽しかった時には戻れない。
親に怒られてもそれはそれで良かった。
あなたの親がいなくなったらわかることでしょう。親に限った事ではないけれど、身内の人が死んでも悲しいでしょう?
なのに皆はいなくなって欲しいといった。
その皆の親がいるのがずるい。』
この詩は「親を疎ましく思う」皆を非難する形をとっている。しかし「皆」は彼女自身であり、皆を非難する私も彼女自身なのである。心のうちにふつふつと沸いてくる親を疎ましいと思う気持ち、極端に言えば「この世からいなくなってほしい」という気持ち、これを認識すらできない複雑な心の中の葛藤が無意識のうちに描かれているのだろう。2月といえばA子がバスケ部をやめさせられた時期である。
彼女の明確な殺意は、この時期に生まれたものであろう。
この詩はA子の心の奥底の殺意を示すだけではなく、現実の作用としては、殺された怜美さんとA子との繋がりをより深め、怜美さんにとってもA子を親友と思う心を生み出した可能性がある。それは、この詩への2件のアクセスの1つが怜美さんと見られ、「うぅ・・・その詩と共感してんなぁ〜共通点ありありだもぉん・・・」と書いているからである(毎日6月7日)。母を亡くした怜美さんにとっても、A子は自分の気持ちをわかってくれる数少ない友になったのであろう。
しかし現実は残酷である。ちょっとした言葉のやり取りの行き違いから、A子は親友を死へと追いやってしまった。
この現実に彼女が気がついた時、なぜ自分が親友を殺したのか理解できない悲しみとともに、自分が起こした惨劇によって両親の期待をも決定的に裏切ってしまったことに気がついたはずである。彼女の心は慄いたに違いない。彼女は「頼れる」ものを全て失ったのであるから。
A子は弁護士との最初の面会で「被害者と自分の両親に謝りたい」と話した(日経6月3日)し、事件後に初めて両親と面会した時に、両親の姿を見ると驚いてこわばったような表情になり、横を向いたり目を伏せたりして、ほとんど自分からは何も話さなかった(日経6月5日)そうである。A子の心は親の期待を裏切ってしまったことと、親友を殺してしまったことに慄いているのである。そして自分がそうした行動に出た理由もわからないまま。
このままではA子にとっては、悪夢からさめた現実は地獄となる。
▼「真実」から目をそらす世間
これまでの記述で使用した資料は、事件直後の1週間の毎日新聞と日経新聞の記事である。事件直後の新聞の報道はA子をめぐる人間模様をかなり浮き彫りにしていたし、その歪みをも正確に掴み取る方向に行っていたと思う。
しかし、事件発生以来A子にまつわる人間関係を詳細にレポートし、事件の核心は親子関係にあることに肉薄していた毎日新聞は、6月7日に「つかめぬ動機深まる疑問」と題した記事を掲載し、加害児童が殺意を持つまでの経緯が明らかになってきたにもかかわらず、その動機(「ぶりっこ」と言われたこと)では、人を殺害するにたる動機とは思えないと言う捜査幹部らの発言を引用する。曰く、「刺激的な表現じゃない」「そんなことぐらいで」と捜査陣は頭をひねっているという。
親による虐待に由来する親への無意識の殺意という問題から目をそらしては、この事件の真相が見えないのはあたりまえである。そしていくらA子を問い詰めても、彼女自身が事件の全貌を意識できないのだからそれは無理であろう。
毎日新聞は、この7日の記事以後、ネットの問題など瑣末な問題に話題を移し、文部科学省など役所の対応に紙面を割き、親子関係の歪みを実証することをやめてしまった。
ではなぜこの方向を徹底して調査し、事件の真実を社会的に明らかにしないのか。
いやこれはまだ少年審判の過程でも可能である。本人や家族や周囲の人々への徹底したカウンセリングを行い、A子を巡る人間関係、とくに親子関係に焦点を当てることが今すぐ必要である。必要なのはA子の精神鑑定などではないのだ。
なぜこれをしないのか?。
▼ 階級社会の維持装置「闇の教育」の実在
それは親子関係に問題があることを明らかにすれば、その往きつく先は殺意の対象が親であり、親に対して殺意を抱くほど、親は子供を「虐待」してきたという事実が明らかになるからである。しかもその「虐待」は世間の常識をはるかに超えて、「しつけ」や「愛情」の名による子供の魂の圧殺であり、さらにそれは家庭の問題であるだけではなく、学校教育という公共の場でもなされていることを気づかせるからである。
実は人間が起こす犯罪の多くの背景には、その人の育ってきた人間関係、とくに親子関係や学校での師弟関係に問題があることは多くの実例が証明しており、それは年長者による「しつけ」や「愛情」の名の下での、年少者の魂の圧殺なのである。
このことに最も早く気がついたのは、精神分析学・心理学の始祖の一人であるフロイトであった。彼は1896年に出版された「ヒステリー病因論」という論文において、自分があつかった18人のヒステリー症例の全てにおいて親による性的暴行が病気の背景にあることを明らかにしている。
だがこの論文に対する世間の反応は敵対的なものであり、フロイトは自己防衛のため、親の虐待が様々な精神疾患の背景にあり、それがさまざまな犯罪を引き起こすという自己の画期的な発見を撤回し、様々な精神疾患はその人の心の内に在る社会的には認知されない性的衝動がその原因であると言う新説に逃げこみ、これが今日の心理学・精神分析学の公理となっているのである。
この精神分析学・心理学の公理が、世間との葛藤の中で発見者自身の手で改竄されたという事実をはじめて指摘したのは、スイスの精神分析家であるアリス・ミラーである。
彼女は様々な精神疾患の背後には親を含む年長者による年少者への虐待があり、それが様々な犯罪を生んでいること。そしてこれに19世紀末に早くも気づいたフロイトはこの事実を認めようとしない世間に圧殺されかかり、自らの説を改竄してしまったこと。さらにはこのような虐待は家庭だけではなく、学校をはじめとした社会組織全体に巣くっており、これは階級社会になって以後の人類社会ではあたりまえのことで、虐待によって「強い者には従がう」という精神的屈従性向を人々に魂の中に植え付ける「闇の教育」であることを次々に明らかにした(文末の参考文献を参照)。
しかしこのアリス・ミラーへの世間の反応も、フロイトの時と同じであった。心理学会や精神分析学会からの執拗な攻撃を受けた彼女は、ついに精神分析家であることもやめてしまい、ペンをとることもやめてしまった。
今回の子供が子供を殺すという事件の背後にも、親による「しつけ」という名の虐待があったことは明白である。そしてこれは学校における規則による生徒いじめや、企業などの職場ですら存在する「いじめ」という名の虐待と同質であることも気づかされる。
つまり年長者による年少者に対する虐待(もしくは強い者による弱い者に対する虐待)は現に社会の中に広く存在し、これは階級社会を維持するための装置であり、ミラーのいう「闇の教育」だということなのだ。この事実を、階級社会の悲劇を認めようとしない世間は直視したくないのである。
だからこそ心理学・精神分析学の手を借りて、犯罪を起こした子供本人の問題に矮小化し、彼や彼女たちを少年院に隔離し、専門家による心理療法を受けさせることもなく、ただひたすら「社会の規則」に適応させるための「贖罪教育」で犯罪者は矯正されたと強弁するのである。
事件を起こした少年・少女たちの叫びは、社会を家庭を、そこにおける人間関係のありかたを替えることを要求しているのに。
(7/30)
参考文献:
@ 魂の殺人:新曜社1983年刊。アリス・ミラー著。(闇教育の実在を告発した問題の書)
A 沈黙の壁を打ち砕く:同上 1994年刊。(闇教育の実相をさらに深め、深く分析した書)
B 禁じられた知:同上 1985年刊。(なぜ闇教育の実在に気づいたフロイトはその自説を改竄したのかを探求した書)
C 才能のある子のドラマ:同上 1996年刊。(ミラーの最初の著書。「いいこ」の心にどのような闇が潜んでいるかを分析)
D マリー・ベル事件―11才の殺人犯:評論社1978刊。ジッタ・セレニー著。(1968年にイギリスで起きた少女が幼子を殺す事件の詳報とその背景を分析した)
E 魂の叫び―11才の殺人者、メアリー・ベルの告白:清流出版1999年刊。ジッタ・セレニー著。(前著の続編。40才になったメアリー・ベルに付き添い、事件の背景となった親の虐待・事件の真相・裁判の過程・その後の「矯正」教育の実態などをあきらかにし、少年裁判のありかたに疑問をなげかけた問題の書)