「世間」共同体の「村八分構造」の発動と共同体の「危機」の顕在化

―イラク人質“たたき”に見る日本社会の旧構造の姿とその変容の可能性―


▼異様な日本社会の姿

 4月8日に発生したイラクでの日本人人質事件は、その被害者であるはずの人質たたきの異様なほどの姿から、「日本社会の異様さ」を全世界に明らかにした。
 人質たたきの異様な姿が最初に世界に明らかになったのは、3人が解放される直前、14日に外国人特派員協会で行われた人質家族の記者会見だった。この会見はそれぞれの家族の「ご迷惑をかけた」との謝罪の言葉で始まった。
 翌15日の南ドイツ新聞は「誘拐された日本人家族に口枷」「だれがどのように彼らを黙らせてしまったのだろうか?」と題して、記者会見の状況を以下のように伝えた。
『東京の政界の観察筋では, 日本政府の役人の人質の家族たちへの「助言」があったのではなかろうかとの推定がなされている。その証拠はなにもないのだが、しかし家族らの畏縮ぶりは見過ごせるものではない。「どうかみなさん、 わたしたちの家族の命を危険にするかもしれない質問をしないでください」と井上綾子は嘆願した。 彼女は数日前には撤兵と小泉との面会を公然と要求していたのである。』と。
 そして再び日本社会の異常さを世界に知らしめたのは、18日に羽田空港に到着した3人の人質の憔悴しきった姿であった。そしてこの時3人は記者会見にも「体調不良」を理由に出席せず、「本当に申し訳ありません」とのメッセージを家族に託さざるを得なかった。この事件は、人質となった5人とその家族の心に大きな傷を負わせ、彼らに今も、周囲の目を避けて暮らさざるを得ない状況に追いこんだのである。
 この人質たたきは、世界の多くの人々に日本という国・社会に対する大いなる違和感をもたらした。
 パウエル米国務長官は16日に放映されたJNNのインタビューで、イラクで人質になっていた3人について『イラクの人々のために、危険を冒して現地入りする市民がいることを、日本は誇りに思うべきだ』と語り、『危険地域に入るリスクを理解しなければならないが、そのリスクを誰も引き受けなくなれば、世界は前に進まなくなってしまう。彼らが危険を冒して人質になっても、責めて良いわけではない。私たちには安全回復のため、全力を尽くし、それに深い配慮を払う義務がある』と人質たたきへの違和感を表明した。
 また4月20日付フランス紙ルモンドは、「日本では人質に解放費用の支払い義務」と題した記事で、『日本人は人道主義に駆り立てられた若者を誇るべきなのに、政府などは人質の無責任さをこき下ろすことにきゅうきゅうとしている』と指摘、人質が「イラクで仕事を続けたい」と発言したことをきっかけに『政府と保守系メディアに無理解と怒号が沸き起こった』とし、費用負担要求について『この慎みのなさは制裁まで伴っている』と非難した。
 さらに4月23日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、『解放された人質3人の帰国を待っていたのは温かな抱擁ではなく、国家や市民からの冷たい視線だった』と指摘し、『政府の勧告を無視してイラク入りし「タテ社会の中でお上にたてついた」ことが三人の“罪”となった』と報じ、日本では「政府に背き個人の目的を追求することが許されない」と断言した。そして、同じ日、ロサンゼルス・タイムズは「敵意の渦中への帰還」という見出しで人質への対応問題を特集し、小泉首相が政府の退避勧告を無視しイラク入りした人質を、自己責任論を振りかざし非難したと伝えるとともに、対照的な例として、カナダの人道援助活動家の人質が地元モントリオールで温かい歓迎を受けた例を紹介、日本の例は『西側諸国とはまったく違った現象だ』と評したのである。
 まさに欧米社会にとっては、日本は、「不可解な国」になったのである。

▼「不可解な国」・キーワードは「世間」

 この人質たたきはどのような社会的状況を背景にして為されたのだろうか。先にあげたニューヨークタイムズの記事が『「タテ社会の中でお上にたてついた」ことが三人の“罪”となった』と報じたことはひとつのヒントではあるが、これだけでは不充分である。なぜならば、この理解では与党と右派メディアが発動したバッシングに、なぜ多くの人が積極的に加わり、人質とその家族を攻撃したのかを明らかにせず、「日本政府・社会はおかしい」と言う程度の理解になってしまうからである。
 事実は、この「お上に逆らってはいけない」という「タテ社会」は、相互扶助的でもあり同時に相互監視的機能をも持った「ヨコ社会」によって支えられており、今回の事件はこの「タテ」と「ヨコ」の構造をもった社会全体が、小泉政府の危機を救うために動員されたのである。
 帰国した3人を診察した精神科医、斎藤学・家族機能研究所代表は、『特に高遠さんは「世間を敵に回している」との思いが強く、精神的に不安定。他の2人も「会見に応じるなら3人で」との意向が強く、人前に出るのが難しい状況だ』と説明し、『3人は今、世間から隔離されており、これも一種の拘束状態』と指摘した(毎日4月21日)。この言明は、人質とその家族が戦わざるを得なかった「タテ」と「ヨコ」の構造をもった社会のことを「世間」という、本来の名前で明確に伝えるものである。
 では、世間とは何であろうか。
 西洋中世史家の阿部謹也氏は著書「『世間』とは何か」(講談社現代新書:1995年刊)で、その特徴を以下のように描いている。
 『世間とは個人個人を結ぶ関係の環であり、会則や定款はないが、個人個人を強固な絆で結び付けている。しかし、個人が自分からすすんで世間をつくるわけではない。何となく、自分の位置がそこにあるものとして生きている。』『世間には厳しい掟がある。一つは長幼の序であり、もう一つは贈与・互酬の原理、(さらには)世間の名誉を汚さないということである。』『世間の中では長幼の序が支配している。したがって能力のある者がそれなりの評価を受ける保証はない。しかし世間の掟を守っている限り、能力の如何を問わず何らかの位置は世間の中で保てるのである。』『日本人にとって周囲と折り合ってゆける限りで世間の中で生きる方が、競争社会の中で生きるよりは生きやすいのである』と。
 したがって阿部氏によれば日本には西洋的な意味での個人は存在しない。
『日本の個人は世間向きの顔や発言と自分の内面の想いを区別してふるまい、そのような関係の中で個人の外面と内面の双方が形成されているのである。いわば個人は世間との関係の中で生まれているので』あり、日本の個人は「世間」から自立したものではない。だから日本人は自分の意見を述べるのを不得意とし、周囲の反応を見てからしか意見を述べることはできないし、自分が何らかの嫌疑をかけられた時にも、「自分は無実だが世間を騒がせたことを謝罪したい」と、自分の行為の正統性を主張するより先に、「世間」に謝罪するという、西洋人には理解しがたい行動をとるのだと阿部氏は述べている。
 阿部氏の結論は、「日本には欧米的な意味での個人も社会も存在しない。あるのは『世間』だけである」と言いきったに等しい。
 さらに阿部氏の論考に補足して言えば、このかなり昔からあった「世間」という共同体を再組織し、その論理に「君への忠」という「封建道徳」を結合することによって「国家への忠誠」という「愛国心」を生み出し、国民国家としての日本の統合を成し遂げたものが、あの教育勅語であったことだ。
 この勅語によって為された「世間」と「国家」の結合によって日本は欧米諸国に対抗して近代化を成し遂げ、植民地化からの危機を脱したのであり、この「世間」と「国家」の結合を通じて「大東亜戦争」を完遂しようとはかったのである。
 さらにこの「世間」と「国家」の結合は敗戦とその後の民主化によって表向きには断たれたように見えるが、「世間」は「会社」や「労働組合」「農協」などという形で再生され、それと役所を中心とした国家機構が結合して、その「共同」の力を動員することで驚異的な経済の成長と発展を実現した。
 そして、これにより「豊かで平和な」世の中=「世間」を維持することが「国家目標」となることによって「お上依存」という形の新たな「世間」と「国家」との結びつきが出来たのである。

▼人質と家族を押しつぶす「村八分」

 この「世間」という言葉をキーワードにして、人質家族および解放されたあとの人質の言動を見てみると、これらの人々が「世間」を見て動いていることがよくわかる。
 4月14日の外国人特派員協会での記者会見で、高遠さんの妹は「大変なご迷惑をかけ、深く謝罪します。世界中の方が協力していることに感謝します」と述べ、郡山さんの母は「全世界の方々にご心配をかけ、深くおわびします」と会見の冒頭で謝罪した。ここでは「世界」という言葉が使われているが、会見の場が外国特派員協会ということと、3人の救出のためにNGOが国境を越えて連携していることを念頭において使った言葉であり、通常なら「みなさん」という、「世間」一般を指す言葉を使っていただろう。これは、3人が解放された直後の電話で高遠さんの母が「皆さんのおかげだから、感謝しなさい」と諭した場面では、明確に「みなさん」になっていることでもうかがえる。また人質解放翌日の記者会見で、高遠さんの妹が、姉がイラクでの活動を続けたいと言ったことにコメントを求められたとき、「断固反対です。家族として、これだけの人に迷惑をかけたことを(本人に)説明する」と言い、「ひと」という「みなさん」と同様に「世間」一般を指すことばで表現したことからも、これらの家族たちが、「世間」というまわりを気にして動いていることを示している。
 またこれらの発言で「迷惑をかける」という言葉が使われていることにも注意が必要だろう。
 迷惑とは「他人からやっかいな目にあわされて困ること」であり、行為の是非を価値判断する言葉ではなく、その行為によって「世間」に「めんどうな問題を引き起こした」という意味の言葉であり、行為が周囲の人間関係におよぼす影響を否定的にとらえる言葉である。
 また人質になった人々も同様な言葉を使っている。
 アンマンで出迎えた逢沢外務副大臣に郡山さんが言った「ご迷惑をお掛けしました」という言葉、18日に羽田空港でメモに託した今井さんの「本当に申し訳ありません」、同日解放された安田さんの「ご迷惑を掛けており、今は自己責任論を語る立場にない」との発言、そして5月7日に出された高遠さんの「国民の皆さまへ多大なるご心配をお掛けし、心よりおわび申し上げます」とのコメント。
 どれも「世間」という周囲の人間関係の中で使われる謝罪の言葉であり、「世間」へさまざまな影響を及ぼしたことへの謝罪である。そして特に今井さんの「申し訳ありません」という言葉は、弁解の余地がなく、相手にすまないという意味であり、自己の行為の評価ではなく、「世間」に「迷惑」をかけたことへの全面的な謝罪の言葉であることに注意したい。
 人質とその家族の多くは、「世間」による「村八分」攻撃に押しつぶされかけたのである。

▼「世間」の動向に左右される没主体性

 また「世間」の動向に縛られていたのは人質とその家族だけではなかった。日本人の多くがそうであったのである。
 ここに毎日新聞東京本社の読者室に寄せられたイラク人質事件についての読者の意見の傾向の変化という興味深い資料がある(毎日4月27日朝刊)。事件発生の翌9日から人質3人が帰国した翌19日までほぼ毎日30件ほどの意見がメールやファックスで寄せられたが、その読者の意見の傾向は、事件の節目で三転しているという。
 事件発生から「撤退期限」である11日までは人質の自己責任を問う意見はあるものの、意見の多数は自衛隊撤退の是非を問うものであり、その7割が撤退賛成であった。しかし人質たたきが広がった後の12日になるとその比率が逆転し、撤退反対が多数を占めるようになり、さらに13日になると人質やその家族への批判に関することが寄せられた意見の多数を占め、15日に最初の人質が解放された後になると、7対3の割合で人質やその家族への批判が多数を占めた。しかし3人が帰国し、後に人質になった2人も解放された18日になると人質たたきに対する批判のほうが多数を占め、メディアやジャーナリストの報道姿勢を問うものも出てきたという。
 この読者の意見の傾向の変化は、人質たたきの高まりとそれに対する批判の高まりの傾向にほぼ照応している。
 つまり人質事件が起きた当初においては、この事件が客観的に問うていた自衛隊派兵の是非を素直に論じていた人々が、他のメディアで人質の「自己責任論」が噴き出し、閣僚や与党幹部たちの人質非難がエスカレートするや、この「世間」の雰囲気を察知して自衛隊撤退論者は沈黙し、人質たたきに同調する意見が多数を占める。しかしこの人質たたきが「費用の負担」請求にまでエスカレートし、海外メディアを通じたそれへの批判や国内メディアで人質たたき批判が展開され、そして帰国した人質の憔悴しきった姿を見るや、「世間」の雰囲気が変化したことを察知して人質たたきへの同調者が沈黙を始め、しだいに人質たたき批判へと変化した。
 読者の意見の表明の方向性は、「世間」の論調の雰囲気を見て決められているのである。そしてこのことはメディアの動向についても言える。
 朝日新聞が人質たたきについて初めて社説で論評を加えたのは16日。しかも「これ以上苦しめるな」という腰が引けた論調であった。同じ日の毎日新聞の社説は、なお「今回の事件で3人の行動は軽率のそしりを免れない」であった。朝日新聞が人質たたきについて批判的な社説を載せたのは21日、毎日新聞は22日になってのことである。
 そしてこの毎日新聞の読者意見の傾向分析が記事になった27日は、その前日の26日に参院決算委員会で、自民党の柏村武昭参院議員が「自衛隊のイラク派遣に公然と反対していた人もいるらしい。もし仮にそうだとしたら、同じ日本国民であってもそんな反政府、反日的分子のために数十億円もの血税を用いることは強烈な違和感、不快感を持たざるを得ない」と述べたことを契機に人質たたきの持つ政治的な意味が自己曝露され、人質たたき批判が大きな流れになった翌日である。
 メディアもまた「世間」の動向を見て動いていることは明らかであろう。
 人質およびその家族たたきは、「世間」という不定形の人間関係における、その行為の可否を問わずに、行為の結果「世間」へ「面倒な問題を引き起こし」、その人間関係に波風を立てたということのみを問題にする社会構造を動員し、まわりの言動を見て自分の言動をも決定するという、「世間」に依存した主体性に欠ける日本人の性癖を利用して、人質およびその家族を、さらにはあわよくば自衛隊派兵に反対する人々をも、「日本社会」から「村八分」にするという動きだったのである。

▼「世間」への反感と共同体崩壊の不安

 ではなぜ多くの人が、政府・与党・右派メディアの人質たたきに動員されてしまったのだろうか。
 アメリカ在住の作家・冷泉彰彦氏が5月1日発行のジャパン・メールメディアの「情念の政治利用と憲政」と題するレポートで注目すべき指摘をしている。
 『日本の小泉政権の政権運営を見ていますと、ブッシュ政権とはまた違った形ではありますが、似たような情念の政治利用という面が見え隠れします。小泉政権の心情的な支持層は都市の賃金労働者のようです。年齢もそれほど高くない、30代から40代というところでしょうか。年金問題では「自分は損な世代だ」と感じ、その他の政策に関しても「既得権者への憎悪」から、郵政民営化や道路公団改革に興味を持つ層です。もっと言えば、家庭を持ちたくても持てなかったり、仕事の上でもリストラの恐怖や労働環境の悪化に直面する層でもあります。この層は、恐らく投票率は低いでしょう。既成の政治家は自分の利害を代表してないという思いがことのほか強い層だと思います。とにかく、時代の変革のまっただ中にいる層です。過去の遺産はもう回ってこない、変化に期待するしかない、だが、変化の痛みが一番強烈にやってくる世代でもある、そんなことから、既得権益への怒りと、変革への期待と不安に揺れる層です。この層の描く社会観は、「人間の社会は、複雑な利害関係の中で、人々の顔色を伺い自尊心をすり減らし、辛うじて生き延びる場所」だというようなイメージではないかと思います。北野武さんがずいぶん昔に「日本人であることはそれだけで牢獄の中にいるようなものだ」という過激な発言をしていましたが、そう感じる人々が多いと言うことなのでしょう。その牢獄の外の世界に勝手に行きながら、まるで牢獄の息苦しさとは無縁のような無邪気に「NGO」などをやっている人は「さすがに自己責任でやってくれ」という愚痴が出る、それも人の心の流れとしてはあり得るのだと思います。自衛隊のイメージも、この情念を投影しています。政治家が無知無力なために、アメリカの圧力が断れずに派遣され、行動の意味を疑いながら、発砲や交戦には厳しい制約を課せられ、ナジャフ情勢には不気味なものを感じながら「サマーワ」の宿営地にこもる、そんな自衛隊の存在が一部の世論には共感の対象になったのではと私は見ています。閉じこもる自衛隊の存在が、ふと「牢獄の外の無邪気なNGOの若者」と比べると、自分たちに近い息苦しさそのものに見えてくる、今回の騒動を経て派兵への支持率が上昇したのは、そんな情念のメカニズムもあるように思います』と。
 今回の人質たたきがとりわけ酷かったのが、若い世代が駆使するネットにおける掲示板だったこと、そしてここに書かれている日本社会の姿、「人間の社会は、複雑な利害関係の中で、人々の顔色を伺い自尊心をすり減らし、辛うじて生き延びる場所」は、先に述べた「世間」そのものであることを考え合わせると、冷泉氏の指摘は極めて的を得たものと思う。
 今回のような異様な「村八分」、通常の言葉で言えば「いじめ」が発生するのは、その「世間」が危機に陥っているからにほかならない。
 いじめといえば、かつて作家の田口ランディ氏は、氏のメールマガジン(00年6月20日)でいじめの本質を以下のように描写した。
 『いじめの本質とは関係への飽くなき固執なのだ。ある集団が、一人の人間をいじめるとき、その行為にはル−ルがある。それは「いじめられている奴が絶対にシ−ツを放さないこと」である。いじめは、まず「シ−ツを持って歩く人々」が「シ−ツを持ち続けている」ことによる緊張にストレスを感じている下地があって起る。だいたい「シ−ツを持ち続けて歩く」ということ自体、不自然で疲れる作業であり、それを日常的にやっている人々は緊張のため疲れているのである。そこに、シ−ツに皴を寄せる者が登場する。集団の中で最も緊張しストレスを抱えている者が、シ−ツに皴を寄せた者を攻撃する。このときはまだ、個人対個人である。
 シ−ツを持ち続けるためには「シ−ツは必要なのだ」という了解が必要である。いったいなぜ自分たちはシ−ツを持ちながら歩いているのか?。そのことについて考えてしまうと危険なので、シ−ツを持つ人はいつも「シ−ツを持たなければいけない理由」を探している。そして、シ−ツに皴を寄せた者を攻撃したときに、攻撃されても相手がシ−ツの端を掴み続けているのを見ると、安心するのである。「そうか、こんなに攻撃しても、彼はこのシ−ツを放そうとしない。つまりこのシ−ツはやっぱり必要だったのだ。だから自分は持ち続けていいのだ」。
 このとき、いじめられている人といじめている人の間には相補的な関係が成立してしまう。いじめる側はいじめることによって「シ−ツの必要性を確認する」。いじめられる側はいじめに耐えることによって「シーツを持とうとする」。
 このとき、シ−ツはお互いにとってより明確にその存在を示し始めるのである。それまで曖昧としていた「シ−ツの存在」が急浮上して、まるで意志をもったかのように「いじめる者」と「いじめられる者」の上に神のように君臨する。
 では、シ−ツとは何だろう。たぶん、それは、私たちが近代に入って、複雑化した社会を合理的に生きていくために発達させてきた「関係性」というものではないかと思う』と。
 見事ないじめの分析である。そしてここにいう「シーツ」こそ「世間」であることは論をまたない。
 政府与党と右派メディアの仕掛けに乗って人質たたきと言う「いじめ」が発生したということは、「世間」という共同体の織り成す日本社会が危機に陥り、その社会に対する反感とそれが崩壊することへの不安が蔓延しているからこそ可能だったのである。

▼「世間」の危機とかいまみえた克服の道

 またこのことは同時に、今回の人質たたきと言う「いじめ」が一旦は成功したかに見えても完全には成功しなかった構造をも明らかにしている。
 「いじめ」が成立するのは、「いじめられ」ている人も「世間」に帰属したいと強く願っており、「いじめ」ている人も、さらにはその外部で傍観している人も「世間」に帰属したいと願っているという前提条件が必要である。そしてそれが「世間」という閉じられた空間で起きているという場の条件も必要である。
 たしかに一度は人質たたきの発動に呼応する「世間」の「村八分」構造は人質とその家族、そして自衛隊派兵に反対する人々を封殺したかに見えた。それは「世間」という家父長的共同体、日本社会の旧構造がまだ生きているからであり、同時に「世間」から離脱してさまざまな活動をしている人々が、その「世間」を意識的に対象化し、それの持つ論理構造と主体的に闘争してそれを克服していないという弱さゆえに成功したかに見えたのである。
 だがそれは完全には成功しなかった。それは「いじめ」にあった人質たちがそれぞれに傷を負いながらも敢然として「世間」に対抗しつづけていることであり、NGOを始めとする、今回の人質の救出に国境を越えた連携によって多大な貢献をなした人々から人質たたき批判が為され、政府の情報操作のカラクリさえも明らかにする書物が発行されていることにも伺える(作品社5月19日刊「日本政府よ嘘をつくな!−自衛隊派兵・イラク日本人拉致事件の情報操作を暴く」を参照)。
 かつては「非国民」という言葉を発するだけで異分子は排除することができた。しかし今回は、この「村八分」の構造が排除しようとした相手は、日本一国にのみ基盤を置いた孤立した勢力ではなかった。
 人質となった5人と、彼らを救出すべくイラクの反米勢力に対して彼らは友人であることを説いた人々は、日本という狭い「村社会」を超えた全世界のネットワークを駆使する人々であった。彼らには「世間」と主体的に闘争してこれを克服するという経験はなかったが、人質たたきの動きをおかしいと感じそれと闘争するエネルギーと共に、共に戦う人々のネットワークを持っていた。そしてこの人々はインターネットという権力や「世間」の統制しにくい情報手段を持っていた。
 したがって「世間」共同体の「村八分」構造は、はじめてそれを越えるネットワークを持った敵と戦わざるをえなくなったのであり、その目的を完全に遂行することはできなかったのである。戦いは今も続いている。

▼増加する「世間」からの離脱傾向

 今や日本にも、「世間」という家父長的共同体を主体的に克服し、社会のあらゆる問題に主体的に関わって行く可能性を持った人々が数多く存在する。そしてこの人々の割合はかなりの数に上っているのである。「世間」の縛りはかなりほころび始めている。
 4月26日に社会生産性本部が、同本部が3〜4月に開催した研修会に参加した今年度の新入社員740人への興味深いアンケートを発表した(日経4月27日)。
 上司から「会社のためにはなるが自分の良心に反する手段で仕事を進めるよう指示された」場合「あまりやりたくないが指示通り行動する」と答えた人が43・4%だという。これは昨年の数字を10ポイント以上上回る「過去最高」の数字だというが、若者においては、会社という「世間」の縛りに約半数が従がわないことを示している。また友人よりも職場の飲み会を優先するとした人も、昨年より8・8ポイント増加した64・2%で「過去最高」というが、これも同様のことを示している。
 また統計数理研究所による「第11次日本人の国民性調査」によると(毎日4月29日)、「楽しみは男女どちらが多いか」という問いに対して70年代までは「男」60%、「女」10%だったのが、今回は始めて「女」が多数意見となり、特に女性の56%がそう答えた。そして「生まれ変わるとしたら男女どちらに」という設問に対しては、男性がいつでも90%「男」と答えているに対して、女性は「女」と答える人が、1958年の27%から増えつづけ、今回は69%になったという。
「世間」という社会は長幼の序を基本とする家父長的共同体であるため、それは男性優先の共同体でもある。男性にとって「世間」は今だ「気の重い」物でありつづけているが、女性の多くは「世間」で優遇されてこなかった分、「世間」からの離脱の傾向が激しいということであろう。
 また人質たたきの最中、4月17・18日に毎日新聞が行った世論調査では、政府が自衛隊撤退要求をはねつけたことを支持する人が65%、支持しないが29%であった。約30%が政府の対応を支持しなかったのである(毎日4月19日)。この30%という数字は、日の丸・君が代の法制化を支持しない人の数とほぼ同率であり、この世論調査で自衛隊撤退せずを支持した人の27%、つまり政府の対応を支持した人の中で、回答者全体の17%にあたる人々もが自衛隊派兵そのものには反対であることから、この政府対応反対の30%の層は、派兵反対という意味では、もっと大きく約50%にも広がる層であり、この30〜50%の層が、「世間」から離脱する傾向を内包した層であることが想像される。
 人質たたきという「世間」共同体の「村八分」構造を動員した「いじめ」に対して、異議を申し立て、反人質たたきキャンペーンをはった人々は、この層の最先端を行く人々であり、この人々を主体として「世間」との戦いは開始された。
 この後景に見える30〜50%の層を、世界の富を暴力によって独占しようとする人々とその組織にたいする闘争に組織する論理とネットワークを作り、その主張を社会全体に伝えるメディアを獲得することが、日本社会の旧構造を崩壊へと導き、「もう一つの日本」を作り上げる上での核心点であろう。

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