【時評】日本の新型インフルエンザ狂想曲

政府・厚生省の自己保身とマスメディアのミスリード−


 新型インフルエンザが、じわじわと広がっている。これまで首都圏では国内での人から人への感染例は確認されていなかったが、それが6月になって、最近の渡航暦のない高校生や中学生・小学生に感染者が相次ぎ、それも同じ一つの学校の中で大量の感染者が見つかって、首都圏でも国内感染がすでにかなり前から進行していたことが裏付けられた格好である。
 舛添厚生労働大臣は、新型インフルエンザの発生以来、繰り返し「正しい情報に基づいて冷静に対応してもらいたい」と表明してきた。しかし正しい情報を発信せず、冷静に対応するのではなく、むしろパニックと言うべき対応をしたのは、政府・厚生労働省の方であったといわなければならない。

 4月の末に、メキシコ政府が新インフルエンザの発生と流行を内外に宣言して以来、日本国政府は、メキシコ、アメリカなど流行地域からの直行便の乗客を対象に、空港を中心とした検疫に力を入れ、日本は水際で新インフルエンザの侵入を阻止して時間を稼ぐから、冷静に対応し、準備を怠らないようにと繰り返し宣言した。
 そして多額の資金を投じて乗客の体温を測定する高価な装置を導入し、もともと不足している検疫官を補うために多くの医療関係者を検疫業務へと投入した。
 しかし、メキシコ政府が新インフルエンザの発生を宣言した直後に、国内の人工透析を行っているある医療機関は、患者に対して、すでに新インフルエンザは国内に侵入しており、外出はなるべく避け、やむなく外出する際には人ごみでのマスク着用、うがい、手洗いの励行を推奨し、少しでも熱があった場合には、透析のための来院を拒否するとの通知を出していた。
 つまり空港などでの検疫では、感染しても潜伏期間中の人をあぶりだすことは不可能だし、直行便以外で乗り継いできた患者を見つけだすこともできない。しかもメキシコ政府の発表そのものも、新インフルエンザの発生直後のことではなく、すでに数週間たってのものと推測され、その間にも新インフルがメキシコ以外に広がっていることを、検疫の実態と感染症の実態を知っている人は予想していたのである。
 しかし、このような正しい情報をマスメディアが流すことはなく、メディアは政府の発表と、政府寄りの発言を繰り返す医療関係者の発言だけを流し続けた。だが、事実その後の検証で、メキシコでの新インフルエンザの発生は遅くとも3月末であることが確認され、日本国内での感染も、遅くとも4月の末であることも確認されている。政府の出した情報そのものが間違っていたのだ。

 しかもその後の報道で確認すると、豚インフルエンザがカナダにおいて人に感染している状況は、世界保健機関(WTO)によって1月には把握されており、こうして生まれた新インフルエンザが「弱毒性」であることも予測されていた。
 このため欧米諸国では、すでに弱毒性新インフルエンザ流行への対応マニュアルも策定されていた。そして弱毒性といっても、強毒性のように全ての内臓に感染してすぐさま人を死に追いやるものではないものの、呼吸器官にかなりのダメージを与えるもので、さらには誰にも免疫がないのだから、かなり大規模に流行するものであり、患者数は膨大になるとの予測に立ち、罹ると重篤に陥る人への対応も含めて、一般病院での充分な診療体制が準備されていた。
 だから、メキシコでの発症に続いて合衆国などでの感染が確認されたとき、各国政府は空港などでの検疫は実施せず、すでに新インフルエンザは国内に入ったものとして、個々人が充分に注意することと、学校や幼稚園・保育園の閉鎖や企業の業務停止などは、その場所で大規模な流行が起こっていない限り行わない対応をし、大量感染に備えて一般病院での対応をしたのだ。
 だが厚生労働省を中心とした日本政府は、このような対応をまったく準備せず、対応マニュアルは、強毒性に対するもののままであった。それは国内で人から人への感染が確認された段階で、学校や幼稚園・保育園さらには企業活動の閉鎖などの措置を取る対応であり、治療についても、感染者が少数との前提に立った、「発熱外来」が設置された特定の医療機関だけに限るという、間違った準備のまま新型インフルエンザの流行を迎えた。
 したがって5月の始め、兵庫と大阪で初めて国内での人から人への感染が確認されたとき、兵庫、大阪、京都などでは学校と幼稚園、保育園の大規模な閉鎖が行われ、企業活動にも深刻な影響を与えるほどの強力な措置が取られたのである。
 ところが、経済活動へのダメージのあまりの深刻さに驚いた橋下大阪府知事を先頭にした地方政治家たちは、「弱毒性」であることを強調し、「たいしたことはない」のだから様々な活動制限を解けと政府に強力に圧力をかけ、政府もその圧力に屈して人の活動の制限を解除した。しかし結果は「弱毒」であることだけが強調され、かえって人々の新型インフルエンザへの備えを弛緩させる役割しかはたさなかった。
 だが新型インフルエンザは、弱毒性とはいえ通常の季節型インフルエンザに比べて数倍の感染能力があるので感染者は急速に増え、発熱外来はパンク状態で、多数の患者が治療されずに放置される状態すら現れた。
 しかもこの時点に至ってもなお、弱毒性インフルエンザの感染でも確実に深刻な状態に陥ることが分っている人工透析患者など、慢性病患者や妊婦などへの対応はまったく取られず、これらの人々は、新型インフルエンザ感染への恐怖に苛まれたまま社会的に放置されたのだ。

 厚生労働省を中心とした日本国政府の新型インフルエンザへの対応は、以上のごとく異常なものであり、国会での委員会審議に呼ばれた現役検疫官からさえ「政府は検疫官に無理を強いて、本来意味をなさない空港での検疫を過大視して、政府は頑張っているとの姿勢を国民に見せる看板に検疫を利用した」と指弾されたのだ。
 厚生労働省の異常な対応は、自らが弱毒性の新インフルエンザへの対応策をまったく策定しておらず、しかも大流行への対応もまったく策定していなかったという根本的なミスを隠すために、空港での水際作戦という派手な目立つ行動だけに世間の耳目を惹きつけ、自らの誤った対応に世間の目が行かないような〃保身のための対応〃に終始したと言う以外にはない。間違った情報を流したのは厚生労働省だったのであり、舛添大臣は官僚の単なるスポークスマンとして行動し、官僚の無策をチェックする政治家としての任務を放棄したのだった。
 そしてマスメディアもまた、政府の間違った対応を暴露し批判して正しい情報を流すのではなく、政府発表を戦時中の大本営発表のごとく信奉し、新型インフルエンザへの間違った対応をさらに広げ、社会的な混乱をもたらしたのだ。ここには、北朝鮮の核実験やミサイル発射に対応した政府とマスメディアの、ためにする大騒ぎと同質の、無責任な態度が見られる。
 新型インフルエンザは、秋にはもっと大規模に広がることは確実である。このままでは日本は深刻なことになるに違いない。

(K)


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