12.麻美ちゃんお嫁においで!


「ただいま!。」

「何やってるのよ。翔。今、何時だと思ってるのよ。いったい、夜も9時過ぎるまで、どこをほっつき歩いているのよ。ノラ犬じゃあるま・・・・・・・・・・・」

「おばさん、今晩は。遅くなってすみませんでした。」

「あら、麻美ちゃんも一緒だったの。」

「ええ、朝から二人で武蔵川で話していたら、なんだか面白くて、時間のたつのも忘れてしまったの。本当にごめんなさい。御心配をおかけし

て・・・・・・。」

「おや、そう。朝から二人でって、おやすくないわね。でも安心したわ。麻美ちゃんと一緒だったのなら。」

「それ、どういう意味だよ。僕一人だと信用できないっていうのか?。」

「そうよ。翔ったら、どこで何してるのかわかったものじゃないわ。その点、麻美ちゃんなら心配いらないわ。優しくて賢くてしっかりもので、勉強もでき

るし、本もよく読む、お父さんやお母さんに、学校であったことをちゃんと毎日お話ししてるっていうし。少女時代のお母さんとそっくりよ。」

「へえーっ。麻美とお母さんが、そっくりだって。し・ら・な・か・っ・た・な!」

「何よ。その言い方。人をばかにして。」

 麻美とお母さんが、同時に同じことをさけんだ。さけんでからお互いに顔を見合わせて、プッと吹き出し、あとはゲラゲラ笑いがとまらない。

 笑いころげている二人の顔をつくづく眺めてみると、たしかによく似ている。笑い方までそっくりだ。

『まてよ。そっくりだってことは、麻美のやつも、母さんと同じで、何か心の中に大きな傷があって、それを隠すためにも何にでも頑張って、いつも元気

でにぎやかなのかな?。つうってことは、母さんも麻美みたいに、誰かの前ではめそめそ泣いているのかな。それっていったい誰なんだろうな?。』

「翔。急に黙り込んで、私達の顔をじろじろながめるなんて、変な子。そんなとこに立ってないで、早く麻美ちゃんをキッチンに御案内しなさい。二人と

も晩御飯まだなんでしょ!」

 いつものように母さんにどなられて、われにかえった。僕はぼおっとして、二人にみとれていたらしい。

「うん。腹がペコペコだよ。麻美あがれよ。こうみえても、母さんの飯はうまいぞ。」

「あっ。すみません。でも、悪いから。家に帰れば、なんか残り物でもあるし・・。」

「翔。こうみえてもってのは、よけいよ。麻美ちゃん、遠慮しないで。どうぞ。ところで、今日は御両親いらっしゃらないの?。」

「うん。親戚の結婚式に出ているんだってさ。麻美のやつ、なんだか知らないけど、結婚式に行かなかったんだ。親戚なんか関係ないとかなんとか言

っちゃってさ。」、

「あら。そう。それならなおさらよ。一人で食べる晩御飯なんて、味気ないわ。私もお父さんもお兄ちゃんも出かけていないから、一人で食べようかと

思っていたのよ。一緒にお相伴してちょうだいよ。翔と二人で顔つきあわせて食べるかと思うと、ぞっとするから。ちょうど3人分あるから、一緒に食

べましょうよ。楽しくなるわ。」

「あれ。父さんや兄さんの分はいいの?。食べちゃって。」

「父さんは、仕事で遅くなるからって言ってでかけたの。お兄ちゃんは、さっき電話があってね、友達と会ったから食べていくって。せっかくつくったの

に。薄情なんだからね。高志は。」

 父さんはよく仕事だって言っては、日曜日にもでかけてしまい、夜も遅い。兄さんは高校にはいってから、クラブ活動だなんだっていっては、遅くなら

ないと帰ってこない。その分だけ母さんの関心は僕に向いてきて、どなられることも多くなるってわけだ。

 キッチンのテーブルには、三人分の夕食が並べられていた。

「うおっ。豪華版じゃん。僕の大好きなビーフシチューにポテトサラダ。コーンスープまでついていて、最高だね。これに、食後のメロンさえあれば、も

う、天国だ。」

「お安いもんね。その程度で天国なら、毎日が天国ね。お望みのメロンも、冷蔵庫で冷えているわよ。」

「うっひょーっ。最高。お母さんの顔が、神様に見えてきたぞ。」

「何いってるの。いつもは、鬼婆だっていうくせに。この程度で天国だなんて考えだから、いつも天国にいったみたいに、ぼけっとしているのね。来年

は受験でしょ。ぼけっとしてないで、頑張ってくれなくちゃ。しっかりしてね、翔。あらっ。麻美ちゃんごめんなさい。うっかりして。どうぞお座りなさい。」

 麻美はキッチンの入口に立っていた。僕ら親子のやりとりを、大きな丸い目を一杯に見ひらいて、口をぽかんと開けて。びっくりしているようでもあ

るが、目はどこか悲しそうでもあり、今日の麻美はなんかへんだ。

「麻美。かけろよ。ここに。兄さんの席だけど。」

「ええ。ありがとう。」

 今日の夕食は、いつもと違ってにぎやかだった。やはり麻美がいるせいだろうか。いつもはすぐ人の話しにちゃちゃを入れて、僕のことなどすぐか

らかってくる母さんが、人がかわったように、楽しそうにおしゃべりしているんだ。父さんや兄さんが相手だと、こうはいかない。専らしゃべっているの

は兄さんだけで、父さんは新聞を読みながら、フンフンと空ら返事だけ。母さんは兄さんの話しにあいづちをうっているだけで、自分からはしゃべらな

い。そのうえ、僕が話しはじめると、兄さんが話してるのようるさいわね、とか言って、僕の話しなんか聞いてくれない。兄さんが食事をすませて先に

自分の部屋にいくと、あとはもう御通夜だ。

 今日の母さんは、どこかちがう。僕が二人の話しの間にわりこんでもいやな顔一つせずに、話しを聞いてくれる。そのうえ麻美に、自分が中学生の

時に感動した本のことなんか話していて、そんな時の母さんの目はキラキラと輝いていて、まるで少女時代にもどったかのようだ。こんな母さんはは

じめて見る。

 食事が終わって、デザートのメロンを食べた。

「ああ、美味しかったわ。それに、なんて楽しい夕食でしょ。やっぱり、女の子が一人いると違うわね。母さん、ひさしぶりにおもいっきりおしゃべりして

しまったわ。」

「ええ。私も。おばさまが、私と同じ本を読んでいらしたなんて、ビックリしました。」

「そうよ。私も同じ。ああ、女の子を生んでおけばよかったわ。女の子がいてくれれば母さんだって助かるし、女どうしいろんな話しもできるし。」

「悪かったな。男で。でも、掃除や洗濯なんか手伝ってるじゃない。」

「そうね。最近どうしたのか、急に手伝ってくれるようになって、母さんうれしいわ。でもね、やっぱり、女どうしじゃなければ分からないことってあるの

よ。いいなぁ。女の子がほしいな・・・・・・。あっ、そうだ。いい事考えた。」

「なんですか。いいことって。」

「麻美ちゃん。あんた、家にきなさいよ。」

「えっ。わしたが。ここに住むのですか?。どうして?。」

「ええ、そうよ。麻美ちゃん。翔のお嫁さんになってちょうだいよ。そしたらもう、私、天国だわ。」

「ええっ。私が翔のお嫁さんに!。だって、わたしまだ十四ですし。中学も卒業してないのに。結婚なんて。」

「あんたも気が早いわね。さては、翔に気があるのね。でも嬉しいわ。」

 母さんのやつ、勝手に早合点している。

「もっとずっと先の話しよ。そうねえ。麻美ちゃんが大学を卒業してからでいいわ。これからの女は、大学ぐらい出てないと。ちゃんと自分の一生をか

けた仕事ぐらい、もっていないといけないわ。だから大学を出てからでいいわね。もっとも翔の頭じゃ、まだ大学にも入れないで、四浪とかってことに

なってるかもしれないから、結婚なんて、まだまだ先の話しかもしれないわ。」

「母さん。勝手に決めるなよ。僕の気持ちも聞かないで。第一、麻美に失礼だよ。」

「あら、ごめんなさい。じゃ、翔は、麻美ちゃんのこと嫌いなの。」

「嫌いじゃないけどさ。結婚だなんて。まだ考えたこともないよ。僕まだ、中学生だよ。気が早いよ、母さんは。」

「そうでもないわよ。母さんなんか、中学生の頃は真剣に恋をして、結婚することばかり考えていたわ。もっとも、その人とは縁がなかったけど。麻美

ちゃんも、好きな人がいるんじゃないの?。」

「いえ。わたしは、まだ・・・・・。」

「あらっ。まだ恋をしたこともないの。もったいないわね。じゃあ、翔なんかどうかしらね。でもだめね。翔じゃ。」

「どこが、だめなんだよ。」

「あら、いいとこなんかないじゃないの、あんたは。勉強はできないし、本も読まないし、朝は自分で起きれないで遅刻はたくさんするし、悪いとこだら

けじゃないの。」

「ひどいな。でも、母さんがあげたことって、今でも僕、できてないかな?。」

「えっ。そうね。最近じゃ朝も自分で起きるし、遅刻はしなくなるし、家に帰ってくれば、少しは机の前に座るようになったし。そういえばなんか変ね。

翔。なんか、急に変わってしまって。なんか、お母さんに隠していることないの。また悪いことやってない?。」

「あるわけないじゃないか。自分の息子を、なんだと思っているんだ。」

「でも、翔にも、いいとこありますよ。」

 麻美のやつが口をはさんできた。

「翔って、人前ではつっぱって見せたり、えばったりするわりにどじだけど、」

「どじはないだろ。よけいだよ。」

「人の話しは、最後まで聞くものよ。でも、翔ってとってもやさしいのよ。わたしなんか、よく翔になぐさめてもらっているの。翔って、人の話しを良く聞い

てくれるし、人のことをかばってもくれるんです。」

「あら。よその人にはやさしいのね。母さんにも・・・・・・・あっ、そうそう。忘れるところだったわ。今日ね、翔がいない間に、郷田くんがお父さんと御一

緒に見えたのよ。それに、川波先生も一緒に。」

「ええっ。何の用だったの?。」

「翔ったら、水くさいわね。去年、坂口雄哉くんを脅してお金をまきあげたって話し、郷田くんに脅されてやったんだってね。どうしてだまっていたの

よ。」

「だまっていたわけじゃないけど。」

「ちゃんというもんよ。そういう大事なことは。そうか。郷田くんをかばっていたってことなのね。郷田くんのお父さんたら、床に頭つけて謝ってくれた

の。翔くんがとった百万円のうち、七十万円はうちの息子がまきあげているので、七十万円はお返ししますって。さきほど坂口くんのおうちにうかがっ

て、あやまってお金をかえそうとしたんだけど、坂口くんのお父さんに、もうすでに小村さんからお返しいただいているので、直接小村さんにお返しに

なったらどうでしょうと、いわれたそうよ。お金では、人の心を傷つけたことの償いなんかにならないけど、うちの次郎も二度とやらないと反省している

ので、うけとってくださいって。」

「郷田は、なんて言ってたの?。」

「郷田くんは、泣いてあやまっていたわ。でも、翔って見直したわ。罪を一人でかぶるなんてね。お父さんも、そう言ってたわ。」

「べつに、一人でかぶったわけじゃないけどさ。」

「ところで、川波先生って変わった先生ね」

「どこが変わっているのさ。」

「一緒にみえた時、初対面だからってあいさつされたんだけど、カッパ大王ですってあいさつされたので、ビックリしちゃったの。あんたたちがつけた

んですって。先生にどういうつもりなの?。」

「ええ。わたしたちがつけたんですけど。先生も気にいってしまって、それ以来、自分からカッパ大王ですって言うんですよ。今までカッパってあだなつ

けられたことはあるけれど、大王なんてよばれたのは初めてで、すごく偉くなったようでうれしいっておっしゃるんですよ。」

「あら、そう。面白いかたね。」

「あら、大変。もう十一時半だわ。急いで帰らなくっちゃ。おばさま。ありがとう。とってもおいしいお食事で。それにおばさまと話すのも、とても楽しかっ

た。」

「いえ、わたしもよ。わたしにも娘がほしいなって、今日ほどおもった日はないわ。またきてくださいね。昔、幼稚園にいってたころは、毎日のように来

ていたのにね。」

「はい。また、おうかがいします。わたしも、おばさまとお話しするのを、楽しみにしていますわ。」

「麻美。送っていくよ。もう外は真っ暗だし、何かあるといけないから。」

「あら、平気よ。痴漢なんか、けりあげて投げとばしてやるから。」

「勇ましいんだから。でも本当にやりかねないな。麻美なら。」

「いってらっしゃい。翔。麻美ちゃん。こんな頼り無い子だけど、一応は男ですから、何かの役にたつでしょうし、自分で誘った責任もあるから、送らせ

てくださいね。」

「はい。ありがとうございます。じゃあ、翔に護衛されていきますか。ちょっと、心もとない護衛だけど。」

「悪かったね。強がりいってるけど、さっきの洞窟の中では、僕に抱きついて震えていたくせに。」

「あらっ。洞窟ってなんのお話し?。」

「あっ。いやあ。これはこっちの話し。じゃ、いってくるね。」


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