17.みんなそれぞれやりたいことを
僕たちはそのまま河原に残って、弁当を食べた。河原のあちらこちらに、それぞれ仲の良い友達と車座になって食べる昼食は、普段の教室で班ご
とに食べる昼食とは、一味違った楽しさがいっぱいだった。
そのあとみんなで、文化祭の発表に向けてどうするかを、今日の感想を含めて話しあった。
「今日、武蔵川にきてみて、みんなどんなことを感じたかしら。ちょっと発表してみてください。」
麻美はすっかり、クラスの顔になってしまった。体育祭のマスコット選考委員会委員長につづいて応援団の責任者、そして、文化祭のクラス参加実
行委員長だ。
「えっとー、誰からにしようかな・・・」
「はい。あたし、今日は、とっても楽しかったです。川に入ったのなんて初めてだったけど、とっても気持ちよくて、おもいっきり遊んでしまいました。」
これは佳江の発言。
「ええ、わたしも、すごく楽しかった。びっくりしたのは、こんなに臭い川なのに、生き物がたくさんいたことです。川底の虫以外にも、なんだかわかんな
いんですけど、小さな魚が群れをなして泳いでいたりして、びっくりしました。」
「そうそう。カワゲラもいたわね。」
「あれは、カゲロウよ。もしかしたら、トンボの幼虫かもね。」
「そうじゃないわ。カワゲラ。」
「こんなに汚れた川に、カワゲラがいるわけないでしょ。」
佳江と久美子は、またいいあらそいを始めている。
「おいおい。ケンカするなよ。」
ゴジラが間に入って、やめさせた。
「おれが今日びっくりしたのは、先生たちが、まるで子供みたいにはしゃいでいたことだ。カバやタヌキなんか、いつものしかつめらしい顔なんかどこ
かへふっとんじゃって、ほとんどおれたちと同じ中学生だった。」
「ほんと、ほんと。僕がつかまえようとした鯉を、横取りしちゃってさ、すげえはしゃいでいたな。」
ナオジが不満そうに口をとんがらかせて、発言している。
「でもよ、カバがあんなに素早い動きするとは、思わなかったぜ。本物のカバも、水の中ではすごくすばしっこいっていうけど。」
「それにさ、中学時代に毎日川で魚とっていて、ほとんど勉強しなかったっていうのには、びっくりしたよ。ほんとに。」
信次郎はほんとに、びっくりした顔でしゃべっている。
「そうそう。ハツカネズミだってさ、川でひっくりかえってずぶぬれになってもさ、ゲラゲラ笑ってて。いつもなら、ドブネズミなんて言われたら、キンキン
と頭のてっぺんから声を出して、どなりちらすのにね。」
「あら、佳江ちゃん。キンキン声で、悪かったわね。」
「あれっ。中嶋先生。いたの?。びしょぬれになって、風邪ひかない?。」
「だいじょうぶよ。たいしたことないもの。もう乾いちゃった。それにしても、不思議ね。川の中にいたら、気分がぜんぜん学校にいるのと違うのよ。い
つもなら頭にくることも、笑ってすませられるのよね。」
「そうそう。みんな、いつもと違ったよ。いつも問題集片手に難しい顔してて、昼休みもろくに遊ばない信次郎までが、夢中でちょうちょおっかけていた
もんな。」
アキラのやつが、にやにやしながら話しだした。
「うん。なんだか急にね。小っちゃい頃、ちょうちょおっかけてたのを思いだしたんだよ。そういうおまえだって、バッタをおっかけてとびはねてたぞ。」
「おもしろかったな。いっぱいいるんだ。バッタと言ったって、何種類もいるんだ。」
「私にも言わせて。」
みんなの輪の後ろのほうから声をかけられて、みんなびっくりして振り向いた。なんと、いつもは声など出したことのない、直美だったんだ。
「わたしね、ずっと植物を採集していたの。河原って、ただ雑草がいっぱい生えているだけだと思っていたら、そうじゃないのね。雑草って一言でかた
づけちゃうけど、いろんな種類があるのよ。一番多いのがイネ科の植物だけど、次に多いのはカヤツリグサ科の植物。この二つは小さな緑色の花し
か咲かせないから、ほとんど目立たないけど、これ以外にたくさん、いろんなきれいな花を咲かせる植物も生えてるわ。紅紫のミソハギ。それから淡
紅色のミズオトギリやタデの種類。ほかにもいろいろあるの。河原って不思議ね。今までちっとも気がつかなかったけど、たくさんの命が生きている
んだ。わたしは、もっと植物について調べてみるわ。」
直美はノートを見ながら、小さいがはっきりした声で話した。ほんとうに不思議なことが、あるもんだ。直美といい信次郎といい、いつものみんなと違
う。
「はい。わたしにも言わせて。」
久美子の声だ。
「不思議といえば不思議なのは、ここにいるとみんな、人が変わったみたいに思えるってことよ。先生たちもそうだけど、わたしたちだって違う。信次
郎が、あんなにはしゃいでいるのは始めて見たし、直美がみんなの前で話したのも始めてだわ。ユウヤが水質をはかっている時の顔なんて、メガネ
が鼻のさきまでずり落ちていても気がつかないで、すごく目が真剣なの。科学者って感じね。」
「うん。僕、すごくびっくりしたんだよ。この川の水って、ビンにくんでみるとさ、見た目にはすごく透明できれいなんだ。なのに薬品で調べてみると、い
ろいろな不純物がまじっていて、汚染された水だってことがわかるんだ。人間だけじゃなくって、自然だって、見た目だけじゃわかんないんだね。僕、
どうしてこんなに川が汚れたのか、原因をもっと調べてみたいな。それに、もっと下流や上流の水についても調べてみようと思う。」
ユウヤは、もうすっかりチビ科学者だ。手には測定結果をびっしり書きこんだノートを持って、ときどきそのデータをみんなに見せながら、熱弁をふ
るっている。
「だからわたしは、どうして自然の中にいると人間が変わってしまうのか、どうしていつもと気分が違うのか、ってことを考えてみるわ。わたし科学って
苦手だけど。」
久美子は、自分のやってみたいことを、みつけたみたいだった。
「今のみんなの発言の中にも、いろいろ調べてみたいことが出ていましたが、それを何人ずつかのチームをつくって、調べていくってことでいいです
か。」
麻美がまとめに入った。
「おいおい。勝手に決めるなよ。まだやりたいことがあるぞ。」
おチャメだ。
「僕はずっと川の中や河原を歩いてみたんだけど、どこにもたくさんのゴミがあるんだ。水の中にも河原にも。それもほとんどが普通の家にあるもの
ばかりで、ゴミ回収や廃品回収に出せばいいものばかりだ。ぼくはゴミの問題を調べて、どうしたらなくせるかを考えてみたい。」
「わたしも、ほかにやってみたいことあるのよ。」
後ろのほうから、別の声がした。舞だった。名前のとおりに、ダンスをさせるととってもうまい。自分でもいろいろ本をよんでいて、お芝居の台本を書
き、そこに自分で踊りをつけてしまう子だ。
「わたし、科学って苦手なの。でも、本やお芝居や踊りなら得意よ。さっき久美子が、どうして自然の中にいると人間が変わってしまうのか調べてみた
いって言ってたけど、それってきっと、小説家や芸術家がずっと追い求めてきた永遠の不思議だと思うの。わたしは、いろんな小説や詩やお芝居や
音楽の中から、自然と人間との関係を考えてみた作品を捜して、そこから感動する言葉やなにかを拾い出してみたいの。誰か一緒にやる人い
る?。」
「わたしのってもいいかな。」
久美子の声。
「わたしもいれてね。舞。」
麻美ものってきた。
「おれは魚をいろいろ釣ってきて、教室の水槽に入れてみせるぞ。」
「おれも参加させてよ。」
「僕もね。」
ゴジラの提案に、ナオジやアキラはおお喜びだ。彼らは勉強しているより、外で遊んでいるほうが大好きなんだ。
他にもいろいろな提案があって、それぞれみんなが自分のやってみたいことを決め、同じテーマのものがいたらグループを組んで、やっていくこと
になった。
「じゃあ、だいたい決まったわね。これでよしっと。あれっ。翔。さっきから黙ったままだけど、翔は何をするの?。」
「いや、まだ、考えてない。」
「だめね。翔は。みんな、真剣に考えているのに。第一、武蔵川について調べてみようっていったのは翔でしょ。まったく無責任なんだから。なんにも
ないの。やってみたいことが。」
「うん。ないわけじゃない。」
「じゃ、何するの?。」
「いいたくないよ。」
「どうして?。」
「笑われるからさ。きっと、笑うよ。」
「そんなこと言ってないで、言えよ。笑ったりしないからさ。」
ゴジラのやつに、後ろからどつかれた。
「うん。なら、言うけど。僕は、カッパについて調べてみようと思うんだ。」
「ははは。カッパだって。カッパがカッパ調べて、どうすんだ。ははは。」
ゴジラはおお笑いして、腹をおさえてころげまわっている。
「だから、いやだといったんだ。」
「ご、ご、ごめん。でもなんでカッパなんだ。言ってみろよ。」
「わたしも聞きたいね。」
カッパ大王の声がした。振り向いたら、カッパ大王と目があってしまった。一瞬ビクッとしたが、目をそらさずじっと見つめた。カッパ大王の目は、逃
げずに自分の心の中にあるものを出してみろと、言っているようだった。
「それは・・・ね。それは、どうして、人間はカッパっていう生き物が川にいるって考えて、しかもそれを、人間に悪さするものって考えたかってこと。馬
をひきずりこんだり、人間の子どもをひきずりこんだり、カッパって悪さばかりしている。川に住んでいる生き物に、ずいぶん人間は世話になっている
のに、カッパだけは違うんだ。きっと人間にとって川って、助けられると同時に怖い、恐ろしいものでもあったのだと思うんだ。それでね、カッパについ
て調べてみて、人間の川に対する考え方の変化の歴史を、調べてみようかなって思ってる。」
一気にしゃべってしまった。頭ん中にあったのは、あの日、神社で会ったおじいさんの話し。カッパは水神様のおつかいという話しと、人間が技術を
身につけるとともに、人間にとっての川の意味がかわったというあの話し。
もういちど、カッパ大王のほうを見た。目があった瞬間、カッパ大王の目は青白く光って見えた。その光りの中に、人影が見えた。大きなへびのよう
なものに乗った女の人の姿と、その横に立つ、ちょっと腰のまがった人。
「すばらしいじゃない。先生も応援するわよ。伝説ってものには、人間のその時々の考え方や歴史の事実が含まれているのよ。翔くん、わたしにも手
伝わせてくれる?。」
ハツカネズミの声で、われにかえった。
「うん。よろしくお願いします。」
こうして、二年五組の文化祭の取り組みが具体的に決まった。
それからの二週間は、放課後も毎日、それぞれで調べ歩いた。