24.日賣命の洞窟にて
「ようきたの、二人とも。待っておったのじゃ。でも、道真どのに案内されてとは驚きじゃ。」
「うむ、ちいっと関わりがあっての。この娘の足のケガをなおしてやってから、他人とは思えんようになったのじゃ。では、わしはこれで。」
道真さまはこう言うと、ふっと姿を消してしまった。
僕たちはあっけにとられて、何を言ったらよいかわからず、しばし茫然としていた。
「翔、ようきた。わたしに、聞きたいことがあるのじゃろ?。」
「ええ、よくわかりますね。」
「わからいでか。」
「その前に、一つ聞いてもいいですか?。」
「うむ。話してみなさい。」
「どうしてカッパ大王の手紙に、水神さまの伝言が、あったのですか?。」
「そのことか。それはの。カッパ大王が、急に行かねばならなくなった時に、どうしたらよいかと、わたしに相談に来たからじゃ。」
「では、カッパ大王が急に姿を消したのは、水神さまのお指図ではないのですか?。」
「そう思ったか?。わたしにも、予想外のことがある。」
「神様でも、わからないことってあるの?。」
麻美が、横から口をはさんだ。
「うむ。そうじゃ。娘よ。わたしらとても、万能ではないからの。」
「で、カッパ大王は、何を相談しにきたんですか?。水神さまに。」
僕は先が聞きたくて、急いでたずねた。
「それはの。なぜカッパ大王が、翔、そなたの前に現れたのかを、翔が知りたがっておるのだが、それに答えているひまがないので、どうしたら良い
かということじゃ。それに、急にそなたの前から、カッパ大王が消えてしまえば、そのことが、翔の頭に、こびりついて離れなくなってしまうだろうからじ
ゃ。」
それは、本当だった。あの時、カッパ大王の手紙を読んでいる時から、その疑問が、僕をとらえて離さなくなっていたのだ。
「それでの、わたしの伝言を書いた紙の上にカッパ大王が手紙を書き、それを、そなたに渡るようにしたのじゃ。」
「では、その質問の答えは、日賣命さまが答えてくれるのですね。」
「そうじゃ。」
「では、教えて下さい。なぜカッパ大王が、僕の前に姿を見せたのか。それも、学校の先生として現れたのかを。」
「それはの。カッパ大王は、そなたに、託したいことがあったからじゃ。」
「僕に、託したいことですか?。」
「そうじゃ。カッパ大王の父は、だいぶ以前から容体が悪くて、カッパ大王はじきに、人間世界から離れねばならなくなっておった。人間世界から離れ
れば、カッパ大王のなすべき仕事を、継ぐ者がいなくなるのじゃ。」
「カッパ大王のなすべき仕事とは?。」
「それじゃ。それは、人間どもに、川への恐れと敬いの心を取り戻させ、川の自然を、これ以上壊させないことじゃ。」
「川の自然を守るために?。」
「そうじゃ。川だけではない。人間は、自分自身が自然の一部だということを忘れてしまい、自然を、自分の思いどおりにどうにでもなるものだと思い
違いをしておる。その思い違いが、自分たちへの災いとなっておる事にも、気がつかずにじゃ。」
「自分の思い違いが、自分自身への災いになってるって、何をさしてそう言うの?。」
麻美の目は真剣だった。
「川も空気も山も海も、全て、死につつあることはわかるじゃろ。」
「はい、それは、よく分かります。」
「それが、人間の、思い違いからきておることもわかるな?。」
「はい。」
「だが、災いはそれだけではない。自然を、どうにでもできるものと思ったその時から、人間は、自然の一部である人間自身を、どうにでもできるもの
と考えてしまったのじゃ。」
「それは、どういうことでしょう?。」
「わからんか?。今、そなたたち人間どうしの心はぎすぎすして、剥き出しのザラザラな傷ついたままの心を、おたがいにさらけだし、それを日々、さ
らに傷つけておるであろう。」
「ええ、そう言われれば・・・・。」
「それは、どうして、そうなったと思うかな?。そなたは。」
聞き返されて麻美は、しばらく遠くを見るような目をして、考えていた。
「ええ。なんかその、人間を道具、いや手段としてしか見ないというのか、そんな風潮があるからだと思います。」
「もう少し、具体的に言ってみなさい。」
「例えば、学校の先生たちは、生徒を、自分のうっぷんを晴らす道具か何かのように考えている人が、多いんです。自分のひいきの野球チームが負
けたからって機嫌が悪く、ちょっとした事で生徒をどなったり、ののしったり、なぐったり、けったりする、教師がいます。体育祭や合唱コンクールで優
勝できなかったからと言っては、生徒をなぐる教師もいます。それに、生徒を規則でがんじがらめにして、苦しむのを楽しんでいる教師もいます。何
か人を、自分の前にひざまづかせて、楽しんでいるという感じです。」
いきなり、クマジイの顔が浮かんできた。僕たちの担任。酒の飲みすぎで、身体をこわして入院した教師。四月からはまた、僕たちの担任に戻って
くるんだ。
「教師だけでなく、そういう人は、生徒にもいます。自分の言うことをきくものを集めて、クラスの弱いものをいじめて、喜んだりしている人たちです。そ
れを、見て見ぬふりをする人も多いし、かえって面白がって、いじめに加わってくる人までいます。」
夏休みまでの僕のクラスの出来事が、僕の頭の中を、ぐるぐる回転していた。
「親でもそうです。同じ自分の子供でも差別して、気に入らない子供には、御飯を食べさせなかったり、ちょっとしたことでもののしったり、まるで楽し
んでいるみたいな人がいます。」
母さんの顔が浮かんだ。でも母さんだって、小さい時に同じ目にあったんだ。
「そうじゃない人でも、自分の子供を、自分の満足の道具にしている人は、たくさんいます。こどもを二才ぐらいから勉強づけにして、有名幼稚園、有
名私立小学校、有名私立中学校と、どんどん受験させ、末は有名な一流企業に入れて、自慢しようという親が。」
信次郎の両親の顔が、浮かんだ。まさに、そういう人だった。中学受験に失敗した信次郎はかわいそうに、好きな鉄道のことも、ずっとできなかっ
たんだ。
「子供にたいしてだけじゃありません。大人どうしだって、そうです。夫は妻を、子供をつくり育て、自分のめんどうも見させる、ハウスキーパーみたい
に思っている人もいるし、夫を出世させて、自分が自慢する道具みたいに思っている妻もいます。いじめは家庭内だけでなく、職場にだって、ありま
す。」
父さんと母さんの顔が、浮かんだ。
「女の人と見ると、すぐお尻を触りにくる人や、女の人に、平気で煙草を買いにいかせたり、そうじやお茶くみやコピーなんかを言いつけて、道具あつ
かいにしている会社。みんな、なんか変です。」
「そのとおりじゃ。でも、どうして、人間が人間を、道具のようにあつかうようになったのじゃろう。そなたは、どう思うのじゃ。」
これまた、難しい問題だ。
「でも、それがなぜ、カッパ大王が僕に託そうとした事と、関係あるんですか?。」
思ったとたんに、口に出していた。
「わからんか?。翔。カッパ大王は、そなたに、わたしが今言った質問の答えを、考えてもらいたかったのじゃ。」
「人がなぜ、人を道具のようにあつかうようになったかを?。」
「そうじゃ。そなたなら、その答えをみつけられると、信じたからじゃ。」
「僕には、わかるって?。」
「そしての、それを、カッパ大王にかわって、人間たちの間に広めてほしかったのじゃ。」
「それが、カッパ大王のなすべき仕事なんですか?。それで、わたしたちの前に現れたの?。そうなんですか?。ねえ、日賣命さま。」
麻美は、くいいるような目をして、日賣命の目を見つめて聞いた。
「そうじゃ。」
「では、なぜ、教師として、わたしたちの学校に来たのですか。翔に、自分の仕事を受け継いでほしいのなら、翔の前にだけ、姿を見せればよかった
のに。この洞窟で見せたように。」
『そうだ。麻美の、言うとおりだ。』
「それはな、人間は、一人では生きられないからじゃよ。」
「僕だけじゃ、頼り無いってことですか?」
ばかにされたように感じた。
「そうじゃ。そなた一人の力で、そなたのまわりが、変わってきたと言うのかな?。そなたのまわりの者たちを、自分ひとりの力で変えたというのか
な?。」
「そ、そ、それは。みんなが、自分の力でかわったんだ。もっとも、カッパ大王が手助けしてくれたし。そうだ、それに、麻美がいなければ、僕ひとりじ
ゃ何もできなかった。」
「そうじゃろ。そなたに自分の仕事をひきついでもらうには、そなたのまわりの人達をかえ、そなたに、自信をもたせることが、必要だったからじゃ。」
「そういうわけだったの。」
「でも、それだけじゃ、なぜ、僕に、カッパ大王の仕事を引き継ごうとしたのか、説明にもなってないや!。みんなを変えることができるのなら、何も僕
に引き継がなくったって、いいはずだ。他の誰でも、いいわけだし。」
なんかやけになって、叫んでいた。
「翔。おちついて、聞きなされ。翔は、カッパ族の子孫じゃ。それも、かなり血の濃い子孫だからじゃ。」
水神さまに言われて、はっと気がついた。前にカッパ大王が、そんな事を言ったっけ。
「それの証拠に、そなたは、カッパによう似とる。」
「悪かったね、カッパで。」
「そう、ひがむでない。カッパは神ぞ。水の神ぞ。地球上の全ての生き物の、命のみなもとの水の神ぞ。わたしと同じく、水の神なのじゃ。その血がそ
なたの身体の中には、流れておるのじゃ。」
神と言われて、ビックリした。そうだ。そうだった。昔はね。
「それは、むかしのことでしょ。日賣命さまが来られる前の。」
「そうじゃ。じゃが、そのあとも、水神であることには、かわりはなかった。ただ、人間が、そう信じなくなっただけじゃ。」
そのとうりだった。そうなんだ。
「人間の中に混じっていったカッパじゃったが、なぜかそなたの所では、ここ何代か続けて、カッパの血が流れているもの同士が夫婦になって、それ
で、そなたが生まれたのじゃ。そなたの中には、ふつうの人間よりも多くの、カッパの血が流れておる。じゃから、そなたには、カッパの気持ちがわか
るのじゃ。」
カッパの気持ちといわれて、わからなくなった。カッパって、何を考えているんだろう。
「それはな・・・・・・。」
日賣命さまは、僕の考えたことを見透かしたように、話しだした。
「カッパの頭のお皿の水がなくなると、カッパはすぐ死んでしまうと、人々の間に伝えられたように。カッパは、清い水がなければ、生きられないのじ
ゃ。」
「あっ、だからカッパ大王は、この社の所とか武蔵川上流でないと、本当の姿を現せないのね!。」
麻美が、いきなり叫んだ。
「そうじゃ。このままでは、カッパの生きられるところは、のうなってしまう。それは、人間にとっても同じことじゃ。」
『うん、そうだ。武蔵川の上流と、僕たちの住んでいる下流とでは、水が全然ちがう。』
「カッパ大王はの、水をとうして、人間と自然の関係、人と人との関係を、考えてもらいたかったのじゃ。じゃが父の死によって、その仕事は続けられ
ん。それで、カッパの血を濃くもつそなたに、仕事を継いで欲しかったのじゃな。」
ようやく話が見えてきた。でも、なんか不安だった。そんな大変なこと、僕にできるんだろうか。第一その、人間が人間を道具のようにあつかうよう
になったのはなぜか、という質問の答えは、僕には、ぜんぜん見当もつかないんだ。なのに、僕が、カッパ大王のかわりができるのだろうか?。
「翔。自信を持て。そなたは、自分の力を信じよ。そして、友を信じよ。そなたは、一人ではないのだ。」
それはそうだった。
「よいな、これで、カッパ大王の伝言は伝えたぞ。では、さらばじゃ。」
言ったとたんに、日賣命さまの姿がかすんできた。
「あっ、待って下さい。まだ、お聞きしたいことが、あるんです!。」
麻美と僕とは、同時に叫んでいた。
「なんじゃ。まだあるのか。二人とも。」
日賣命さまの姿が、そこにあった。
「翔。そなたの質問を、先に聞こう。」
「カッパ大王は、今、なにをしているのですか。手紙には、関東地方のある大きな川の水源地帯で、川を守る仕事をしてるって書いてあったけど。そ
れってなんですか?。」
「それはの、山に降る雨の量を調節し、川に流れる水の量を調節し、海から蒸発する水の量を、調節する仕事じゃ。」
「それは、神様の仕事でしょ。どうして、日賣命さまが御自分でなさらないの?。」
麻美が、横から口をはさんできた。
「わたしは水の神じゃが、もともと、この国の水の神ではない。」
「韓国からわたってきたってことは、韓国の水の神ってことなのね?。」
「そうじゃ。その国にはその国の水の神があって、その神でないと、その国の水を治めることはできないのじゃ。人間は、それがわかっておらん。」
「それで、カッパ大王が、水を治めているってわけですか?。」
「うむ。わたしがカッパ族に、それを依頼したのじゃ。代々カッパ族の長が、それをつかさどるのじゃよ。」
「それで、カッパ大王は、どこにいるのですか?。今は。」
「知りたいか?。」
「はい、いつか、行ってみたいのです。」
目の前の暗闇が、いきなり青白く光り、その中に景色が浮かんできた。うっそうと繁った森の奥の、そこを抜けた山の斜面にある、大きな岩が見え
た。
「ここに、いるのですか?。」
「そうじゃ。」
「この岩の中に?。」
「よう見てみ。この岩を。何か、彫ってあるじゃろうが?。」
そう言われて、目をこらして見た。たしかにうっすらと、コケにかくれてよく見えないが、何かの姿が、彫られている。
「背の高い生き物・・・、手足が長くて・・・、口がとんがってて・・・、頭にお皿・・あっ、カッパだ。カッパ。」
「そうじゃ。カッパじゃ。その昔、この山奥の水源地帯に、人々が水神の社をつくったのじゃ。カッパが、水神として崇められていた時じゃ。だが、人間
は、とうの昔に、この社のことを忘れておるがな。」
「この社は、どこにあるの?。差し支えなければ、教えていただけないかしら。」
「うむ。娘よ。そなたも、カッパ大王に会いたいのか?。やはり。」
「はい。いつか必ず、会いにいきたいと思っています。」
日賣命さまは、しばらく黙って、遠くを見ているような目をしていた。そして、小さくうなずくと、こう言った。
「これはの、この社は、奥利根川の水源地、越後沢山や兎岳の奥、越後駒ヶ岳と中の岳の間の斜面にある。ここに降った雨は、一方は日本海に注
ぐ信濃川や阿賀野川となり、他方は利根川となって太平洋に注ぐ。この大きな三つの川を調節するのが、カッパ大王の仕事なのじゃよ。」
「どうやって行けばいいのですか?。」
「うむ。今では、人も入れぬほど険しい山の中じゃ。捜すしかないの。それでも行くのかな?。そなたたちは。」
「はい。いつか必ず。カッパ大王に会える自信ができたら、会いに行きます。」
「そうか、これでよいの。」
「あっ、わたしの質問にも、答えてくださいませんか。」
「そうそう。忘れておったな。麻美。そなたの聞きたいこととは、何かな?。」
「はい。カッパ大王が、翔に姿を現したわけはわかりましたが、なぜわたしにも、本当の姿を現したのでしょうか。わたしにも、カッパの血が濃く流れ
ているのでしょうか?。」
日賣命さまは、麻美の質問にはすぐに答えず、大きな黒い瞳を見開いて、麻美の目をじっと見つめていた。そういえば、麻美の瞳と、よくにてい
る・・・・・・。
しばらくして、日賣命さまが口を開いた。
「それはの。そなたが、わたしの血筋の者だからじゃよ。」
「わたしが、日賣命さまの血筋ですって?」
「そうじゃ。そなたの本当の名は、白川麻美だったの。」
「そうです。」
「そして、そなたの父の名は、白川勝彦、母の名は白川水都江、旧姓を、上敷水都江と言ったはずじゃ。」
「はい、新聞の死亡記事には、そう書いてありました。母の旧姓までは知りませんが。」
『そうだ。麻美の両親は、亡くなっていたんだっけ。』
「白川と上敷の両家はの、代々わたしを、守ってきた者たちなのじゃ。」
「ということは、菅原の一族ってことなのですか?。」
「そうじゃ。そして、両家は代々婚姻を通じて結びついており、両家の交わりから生まれた女子だけが、わたしの巫女を、つとめてきたのじゃ。」
「麻美。巫女ってなんだ?。」
「神様の代理を努める人よ。神様の言葉を伝えたりする人。」
「ふうーん。てことは、麻美にも、神様の言葉を伝える力があるってことか。」
「ある。確かにある。だが、本人が目覚めぬ限り、その力が現れることはないのじゃ。」
日賣命さまは、麻美を、じっと見つめていた。心なしか、その目は潤んでいた。
「そなたは、白川の家と上敷の家とから生まれた、たった一人の女子じゃ。わたしは、その力が、そなたに蘇ることを、期待しておるのじゃ。」
「日賣命さまの言葉を、人々に伝えよ、といわれるのですか?。」
「そうじゃ。」
「でもそれは、どうやってわかるの?。」
「自分で悟るしかないの。そなたにその力が具わった時、自然とわかるものじゃ。しかもそれは、自分の考えと区別はつかんじゃろうな。」
「それじゃ、日賣命さまの言葉かどうかが、分からないじゃないですか?。」
「いや、そうではない。わたしの血をひくそなたが、ある日忽然と確信をえたこと。それが、わたしの言葉ぞ。そなたとわたしは別のようでいて、実は
一体ぞ。そなたの心は、わたしの心でもあるのじゃ。」
「あたしの考えたこと思ったことは、みんなわかってしまうの?。」
「そうじゃ。わたしの心でもある。」
「でもあたしには、あなたの心が、わからないわ。こうやって話してみて、やっと少しわかるくらいですもの。」
「そなたには、力がまだ宿っていないのじゃな。」
「その力は、いつ宿るの?。あたしに。」
「もっと、様々な喜びや苦しみや悲しみを、経験してからじゃろう。」
「では、ずっと先?。」
「それは、わからぬ。経験は数ではなく、その濃さ、質じゃからの。そなたが誠実に生きておれば、自然と力は宿るものぞ。あわてるではない。いつ
か、わたしの心がそなたの心となる時がこよう。麻美。わたしの子。いつかまた、まみえる日もこよう。さらばじゃ。」
とたんにあたりが真っ暗になり、気がついたら僕たち二人は、菅原天神社の拝殿の階段に座っていた。
「ああ、行ってしまったわね。」
「うん。行ってしまった。」
「わたしたち二人とも、神様の血をひいていたってことなのね。」
「そうらしいな。でもさ、日賣命さまは、麻美のことを、わたしの子って呼んだよ。」
「ええ。そうね。」
麻美は、遠くを見るような、ぼんやりとした目をしていた。黒い大きな瞳で、日賣命さまの瞳と、うりふたつだった。
「もしかしたら、わたしは、日賣命さまの生まれ変わりってことかもね。神様はそうやって代々、子孫に生まれ変わっていく。」
「それって、天皇家だけのことかと思っていたよ。それも、まゆつばだと思ってたんだ。でも、本当なのかもな?。でも、おかしいよ。」
「何が?。」
「どうして、天皇家だけが神様の子孫って言い伝えていて、なんで僕らは、自分が神様の子孫だって、知らないんだろう。」
「そうね。」
麻美は、しばらく考えこんでいた。どこか、遠くを見るような目をしていた。急に小さくうなづくと、麻美はこう言った。
「人間はみんな、神様の子孫なのよ。それぞれ、違った色々な神様の。でもね、その中で、力を得た神様と、消された神様とあったのよ。」
「カッパみたいにか?。」
「そうよ。そして、たくさんの神様が消されたのよ。神ではなくされたの。力を持った神様と、その子孫たちによって。」
「その力を持った神とその子孫が、みんなの神を神ではなくして、その記憶も消してしまった、っていうわけだ。」
「そうよ。だからわたしたちには、気がつかない力が、みんなあるのよ。神様からうけついだね。きっとそうよ。翔。」
なんだかよく分からないが、麻美の目は、キラキラと輝いていた。自信に満ちたその大きな黒い瞳は、日賣命さまの瞳そのものだった。