3.菅原天神社


 駅の改札を出て右に折れ、階段を降りて駅前ロータリーに出、そのまま線路に少し沿っていくと踏み切りになる。その踏み切りを渡っていく道が神

社の前に行く通りだ。

 三年に一度、この神社では暗闇祭りといって、夜通し踊り狂う祭りがある。その日は必ず新月の日だから、空には月がなく、神社の舞台のまわり

のかがり火の明かりが届かないところは真っ暗な闇になる。

 この祭りはその日の朝から始まる。最初は色とりどりのきれいな花で飾った直径六mはある花笠をかついだ人々が通りをねりあるく。それもお囃

子にあわせて踊りながら行くんだから、駅の前から神社までの歩いて十分の距離を行くのに何時間もかかるんだ。

 その後は神社の境内で獅子舞がある。獅子舞といっても古い昔のもので、獅子のお頭を頭に被った人が二人、相撲の土俵のようなものに立っ

て、二人で掛け合いの踊りをするというもの。その獅子には鹿の角のようなものが二本生えていて頭の毛もそれほど長くはなく、顔も口がとんがって

いて、獅子というより狼みたいだ。二匹の獅子は雄と雌で、雄の獅子が雌の獅子を誘うというもの。時にはもう一匹雄の獅子が出てきて、雌を取り

合うという踊りもある。

 この獅子舞のあとには、神社の能舞台で能や狂言の興業が夜まで続き、夜の九時が過ぎるといよいよ暗闇祭りというわけだ。

 踏み切りを渡ってしばらく歩くと、神社の鳥居の前に出た。ほんとに大きな鳥居だ。鳥居の真中に額がかかっていてかすれた文字が読み取れた。

菅原天神社。そして鳥居の向こうには白い石で葺いた道がまっすぐ森の中へと下っている。

 二年前の祭りの時には坂道の両側には屋台のお店がたくさん建ち並んでおり、お店の人の威勢のよい掛け声が賑やかに響いていた。 今日は

人っ子一人見当たらず、あたりはシーンとして、セミの鳴き声すら聞こえなかった。

『うん。ここだ。ここに間違いない。』

 白い坂道を森の中へと下っていく。進むにつれてあたりの空気がひんやりとし、さわやかな風がほほをなでる。

 坂道を下りきった所に広場があり、左手に背の高い能舞台。正面に神社の社務所。右手に神輿や山車をしまっておく倉庫の建物が見えた。その

倉庫と社務所の間に土俵があり、土俵の前を右手に折れて、白い道はさらに神社の奥へと続いている。

 しばらく行くと白い道は二手に別れ、右に折れた少し先には萱葺きの大きな建物があり、二十段ぐらいの木の階段を登らないと建物の床には立て

ない。白い道が二手に分かれる所からその建物を見ると、その後ろにもう一つ階段があり、その上に少し小さな建物がある。入口には赤・白・黄色・

緑・黒の五色の縞もようの布がかかっていて中はよく見えないのだが、風が吹いた瞬間、ちらっと銀色に輝く丸いものが木の台に立てかけられてあ

るのが見えたような気がした。

 白い道のまっすぐな方のもう一本の先には小さな木の鳥居が立っていた。鳥居の真中の額には消えかかった墨色の文字。武蔵川水神社とある。

『水神社か。水の神様を祀ってあるのかもしれないな。』

 水という文字になんとなく気がひかれて、その鳥居をくぐってみた。白い道はすぐそこで終わっていて、その先は岩をくりぬいてつくった階段が下っ

ており、階段の先は暗い水面になっていた。

『なんだか気味の悪い所だ。水面には波もなく、まるで油をひいたようだし、太陽の光もほんの少ししかあたらない。それに水面から吹いてくる風も

生暖かくて、魚くさい。カッパでも出てきそうな所・・・・うっ。カッパ。昨夜夢に出てきたカッパに会えるかもしれない。』

 そう思ったら自然と足が動きだしていた。

 階段の数は五十一段。降りてみるとそこは川がうねって出来た淵の一つで、両側は切り立った崖になっており、崖の上には頭の上まで木がうっそ

うと繁っていて、太陽の光をほとんどさえぎっていた。

 道は淵につきあたった所で左に折れ、崖ぞいにさらに左に折れて見えなくなっていた。角まで行ってみるとそこは淵が崖に深く入りこんでいる所で

二十mもいくと高い崖で行き止まりになっているようだった。

 その崖の下、道の行き止まりの所に、白い小さな鳥居が、薄闇の中にぼんやりと浮かんでいた。そしてその鳥居の横に、背の高い人影が・・・・。

『あっ。カッパだ。昨夜の夢に出てきたカッパだ。』

 走りよろうとしてギョッとして立ち止まった。

『目が光っていない。昨夜のカッパは青白く光る目をしていた。このカッパは目が光っていない。どうしてだろう。』

 おそるおそる近寄ってみて謎はとけた。なんとそれは石でできたカッパだったのだ。すごく背の高いカッパ。僕の背丈の二倍はある。手足はすごく

長くて、すらっとした胴体の上の細長い首の上には小さな顔。とんがった口に低い鼻。くりっとした目をしている。

『なーんだ。夢だったんだ。夢に出てきたカッパは、この石で出来たカッパだったんだな。石のカッパの目が青白い光を出すわけがない。カッパなん

て生き物がいるわけないじゃないか。』

 がっかりして引き返そうとした時、視野の左の隅の白い鳥居が気になって、思わずじっと目をこらした。

 その白い鳥居の奥の空間はまわりの崖と少し違った。光があまり来ないので、みんな黒っぽく見えるのだが、白い小さな鳥居の奥の所だけ、なん

だか暗さが違う。そこだけ、円形に真っ暗闇という感じなんだ。

『洞窟だ。洞窟があるんだ。崖の岩をくりぬいた洞窟だ。昨夜見たのはこれかもしれないな。』

 昨夜の夢に出てきた小さな男の子の顔が目に浮かんだ。

『ここに行けば会えるかもしれない。』

 はやる心をおさえて、足が水でぬれた足下の石ですべらないように気をつけながら、一歩一歩慎重に進んだ。

左手で鳥居のざらざらとした石をつかみながら、右手を前に突き出して、崖の岩を手で触ろうとしてみた。でもそこには岩はなく、ヒヤッとした空気の

流れてくる空間があるだけだった。


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