1. あの日・・・ 


 わたしが学校に行けなくなったのは、それは、そう、あの日からだ。

 一九九七年の五月二十七日。

 朝おきて、いつものようにテレビをつけてから、洗面所で顔を洗って歯を磨いていたら、突然、母が大きな声をはりあげた。大変なことが起きたのよって言って、すぐ来いという。またいつもの母のなんでもおおげさに騒ぐくせが始まったと思って、ぶつぶつ言いながら、テレビの前に戻った。その時、私の目に飛び込んできた文字があった。

 『スクール・キル!』

 テレビの中のいつも見慣れた女性アナウンサーが、数日前から行方不明だった神戸市の小学生の男の子の生首が、近所の中学校の正門の前に置かれていた事、今朝の六時四十分に校舎を開けようと出勤してきた用務員さんが発見したことなどを話していた。そしてその少年の口にくわえさせられていた紙きれに書かれていた内容を説明していた時、テレビにその文字が写しだされたのだった。

 『スクール・キル!』

 少年が殺され、首を切られて、その生首が中学校の正門の前に置かれるということ自体がとてもショッキングな事ではあり、母も、報道しているアナウンサーも含めて、大人たちはこの事に衝撃を受けていたようだ。しかし、私には、この言葉の衝撃の方がすごかった。

 『スクール・キル!』

 「学校を殺す!」

 そのあと私がどんな事をしゃべり、どんな顔をして家を出たのかは、よくは覚えてはいない。気がついたら、家から学校に行く道とは反対の方に向かって歩いており、すぐ目の前は、おばあちゃんのお墓のある霊園の入口だった。
 その日はそのままそこで一日を過ごしてしまったのだった。
 その日の日記にはこう書いてある。

五月二十七日火曜日。

 今日は学校に行かずに、一日おばあちゃんのお墓の前で過ごしてしまった。午前中はぼんやりとお墓の前に座っていた。ふと気付いたら、遠くの方で学校のチャイムが鳴っていた。時計を見たら、十二時五十分。五時間目の授業が終わり、ちょうどお昼になるところだった。うちの学校は火曜日と金曜日とは午前中に五時間授業があり、昼食は遅くなる。
 おばあちゃんのお墓から離れて、近くにある公園のベンチに座って、お弁当を食べた。弁当箱の中には真っ白な御飯と、私の大好きなハンバーグとポテトサラダが入っていた。母の作ってくれるハンバーグは手作りだ。前の晩にお肉に生パン粉と炒めた玉葱を牛乳を入れて混ぜたものを冷蔵庫に一晩寝かしておき、朝焼いてくれる。ポテトサラダだって、ジャガイモを一つ一つていねいに皮をむいてからゆで、つぶして裏ごししたものにたっぷりマヨネーズと塩とバターを少し混ぜて作ったものだ。
 でも今日はなぜか美味しくなかった。口に入れてもカサカサしてのどにひっかかり、何度も水道の水を飲んでしまった。あまり食欲はなかったのだが、母が心配するといけないので無理して全部飲み込んだ。
 公園はお墓のそばのちょっと高台にあって、私が座ったベンチからは、霊園のほとんどと、側を走っている電車の線路が下の方に見えていた。平日の昼なので、ほとんど人影はなかった。聞こえるのは時々下を走る電車の音と、霊園のすぐ側にある小学校のチャイムの音。そして線路のむこう側の山を越えて聞こえてくる、私の学校のチャイムの音。ここからだと、山のかげになって、私の家も学校も見えない。
 私の担任は体育の若い男の先生で、厳しいけど細かい事にはめくじらをたてないのんきな先生なので、私が学校を一日くらい休んでも、わざわざ家に電話をしたりはしない。で私は安心してのんびりした。
 午後になって坂を下って、いつもお花を買っている花屋さんに行った。花屋のおじさんに、今日は早いねって言われたので、今日は先生たちの全市的な会合があるので午前中授業なんですとうそを言って、お墓に供える花を買ってきた。
 夕方三時ごろに霊園を出て、家に向かった。この時間なら友達に出くわす危険もない。家の近くの公園で時間を調節して、四時ごろに家に帰った。案の定、担任からは何も連絡は入っておらず、母は私が学校をさぼったということに、まったく気がついてはいなかった。
 そう。私は学校をサボッた。
 小学校に入学してからのこの8年間で初めてのことだ。
 理由は朝のテレビのニュースで見た、『スクール・キル』という言葉だ。殺された少年の口にはさんであった紙きれに書いてあった言葉の一つ。
 学校を殺す・・・。いったいどういう事なのだろう。学校は生き物じゃない。だから殺すなんてことはできない。この少年は学校の替わりに殺されたのだろうか。それほど学校を怨んでいる人がいるのか。
 この言葉を見たとたんにこんな事を考えたのだろう。頭の中が真っ白になってしまい、テレビを見たあと何をしたのかは覚えていない。気がついたら、おばあちゃんのお墓のある霊園の入口にいた。
 おばあちゃんのお墓の前で考えた。なんで私は学校に行かずにここにいるのだろうと。いくら考えてもわからなかった。おばあちゃんに聞いてみた。どうしてなんだろう。教えてって。そうしたらおばあちゃんの声が聞こえたんだ。

 「志穂。もっと自分に素直になってごらん。志穂はそのままでいいんだよ。お父さんやお母さんに褒められようとばかり気をつかっていないで、もっと自分の気持ちに素直になってごらん。」って。

 おばあちゃんの優しい笑顔が見えてきた。おもわずおばあちゃんにしがみついて、私はそのまま泣いていた。
 気がついたら、おばあちゃんのお墓に抱きついている自分を発見した。顔は涙でグチャグチャだった。でも心は爽快だった。
 私の心の中に、学校を怨んでいるもう一人の自分がいる事に気がついたんだ。
 学校を怨んでいるという言い方は正確ではない。学校にいかなきゃと思っている自分以外にもう一人、学校に行ってどうするんだ、そんなことして何になるんだと思っている自分がいるってことだ。私は毎日学校生活を楽しいと思っていた。でも私の中のもう一人の自分は、学校に行くことに疲れ、傷つき、毎日帰宅すると学校はどうだった、楽しかったかとしつこく聞いてくる母を疎ましく思っている。学校なんかないほうがいい。火事で燃えてしまえ。地震で潰れてしまえと叫んでいる自分がそこにはいた。
 このことに気がついた時、『スクール・キル』という言葉が、なぜか私の心にピッタリときた。


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