10月22日(日) 晴れ ヴェローナ、ヴェネツィア、そしてトリエステへ

朝頑張ってなんとか電子メールを送信できるように設定できた。ぷららでは、おらが使ってる複数メール・アドレスでは海外で受信はできても送信はできないというつまらん制約があったのが原因だった。パソコンショップのにいちゃんにお礼の電子メールを送って、ななちゃん、雅敏への返事と、会社の同僚の田辺、菅谷、松崎にバーリで撮った花嫁との写真を添付して、かみさんと離婚した後イタリア娘と再婚した旨電子メールを送った。

宛先:ななちゃんへ

件名:着いたヨー

やっと空港に着いてレンタカー借りて・・・23時位かな。ダンナが車を探しに行ってる間、荷物の番をしてたんだけど怖かった―!近寄る人みんなに荷物を狙われてるようで・・・レンタカーは、ベンツのワゴンで、これまた心配・・・車ごと盗まれるかも。

一夜明けて、今日はとても天気がイイ!!目の前が海で、サイコ―!!昨日の心配事もどこへやら、ずっと”このホテルでもいいやって、感じ。朝食もおいしかったし、幸せー。しかし、幸せは長く続かないもの・・・ダンナは車を運転してるうちに、イタリア人に変身しちゃった。恐れていた事が現実に。もうー死ぬー!!あぶなーいと、ずっと叫んでたので、のどが痛いです。帰ったら、離婚するので離婚届け用意しといてもらえませんか?もちろん、承認のところには夫妻のサインお願いします。

マジで生きて帰れないかもしれない。

PS:だんなです。奈々ちゃん遅れてゴメン。2人で喧嘩ばっかりしてるので、ななちゃんに今度どちらの言い分が正しいか、仲裁に入ってもらう事になりましたのでよろしく。

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か:ミラノからロミオとジュリエットの舞台で有名な街ヴェローナへ。ジュリエットの家のモデルとされるところには行かず、古代ローマ最大規模の野外円形劇場アレーナへ行った。アレーナはローマのコロッセオより大きいかもしれない。ヴェローナはフィレンツェのように、情緒がある美しい街。

ヴェネツィアでえらく気に入った買い物ができた。マスケラといって、年に一度の祭り用の仮面だそうだ。買ってすぐ顔につけてヴェネツィアの町を歩いたが、みんなが注目する。だってここぐらいでしかつける機会ないもん。海の水が臭いと聞いていたが、もう秋だからかなんの臭いも無し。でも、みんなが良い良いと言うほどおらはヴェネツィアには興味が湧かず、早々に帰りたくなった。松島に毛が生えたようなもんだ。

か:ヴェネツィアはローマやミラノ以上に観光客が多い。まず私達はヴァポレットと呼ばれる水上バスで移動した。潮風がとても気持ちよく、ヴェネツィアの街並みを海から眺められる。時間の都合上、サンマルコ広場周辺しか行けなかったのが非常に残念。マスケラを付けたダンナと一緒に歩くのが恥ずかしくて離れて歩いた。それにしても、ローマから北の観光地に行くとこ行くとこダンナはケチつけるねー。

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とうとうヴェネツィアで駐車違反のキップをクルマに貼られた。もうすぐイタリア出国で、まさかドイツのハーツまでおっかけて来る事はないと思うが、同じEUだし、罰金がユーロで書かれてたのが気になる。たった\3,000.程だから払ってもいいんだけど、どこで払えばいいのか分らんし、急いでたから無視して、キップは記念にすることにした。ほっといたらどうなるのかも知りたいのだ。

昨日、日本のガイドブックでトリエステという海岸沿いの町にあるよさそうなホテルを見つけた。四ツ星だ。電話したら残念ながらオーシャン・ヴューじゃなかったが、そのホテルがオーシャン・ヴューのあるホテル・リヴィエラという別のホテルを紹介してくれた。電話したら全ての部屋がオーシャン・ヴューだと。何泊するのか聞かれたので「料金による」と答えたら、「スペシャル・レートでL260,000をL190,000にする」というので2泊予約し、急遽トリエステに行く事に決めた。後で分かったがホテル・リヴィエラは最初に電話したホテルの提携ホテルだった。ホテル・リヴィエラに泊まって驚いた。三ツ星ホテルで派手さこそないが、最高のホテル。かつ値段も安い。思いきって1泊延長し、計3泊することにした。3泊はこの旅行中初めて、かつ今後も無いだろう。やっとゆっくりできる。こんなに良くて安いところに泊まると、高い金だしてHotel Splendidoに泊まるなんてのがあほらしくなってくる。ホテル・リヴィエラだと2人で一泊\10,000程で済むのがHotel Splendidoだと\75,000程するのだ。ホテル内のレストランのボーイがまたいい。英語もばっちりで、魚をテーブルの前でさばいてくれた。御見事。

か:トリエステの町に入ったものの、ガイドブックに載っていないホテルなので、例のごとくホテルまでの道を聞く事に。道聞き担当の私も少し慣れたとは言え、夜に一人でバールに飛び込むのは初めて。お店に入るとみんなに注目されて緊張したけど、カウンター内にいたウェイターに場所を教えてもらえたし、カウンターの酔っぱらいおじさんもおもしろくて楽しかった。でもちょっと走ってから、また迷ってしまい、消防署の人に聞いてみた。とても親切で、しかも英語で話してくれて助かった。「あそこはとてもいいホテルだよ」と、言ってたがホントかなー?言われた通りにクルマを走らせたが、それらしいホテルが見当たらずまた喧嘩に。「ホントに合ってるのかー!しっかりきけよ!」とダンナ。「この道に出たらずっと真っ直ぐ行けっていってた!」10qもないよと言ってたが、結構離れたところでホテルを見つけ一安心。このホテルに来てホントよかったー。初めはどんなホテルかも分らずとっても不安だったけど大当たり!消防士さんもお薦めのこのホテルは、誰にも教えたくない。ご主人様有難う!ホテル内のレストランは小奇麗でアットホームな雰囲気がとても落ちつく。お料理も美味しかった。ダンナの頼んだレバー・ステーキのバカデカイのには驚いた。

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10月23日(月) 晴れ トリエステ

部屋のテラスからの海や半島の景色が素晴らしく、朝飯はルーム・サービスを頼んでテラスで。このホテルこそ穴場と言うヤツだ。トリエステなんて海景色の美しいこと意外特に特徴のない、イタリアのはずれ(スロヴェニアとクロアチアの国境はすぐそこ)に来る日本人観光客はそうはいまい。トリエステ滞在中、アジア系の人間には一度も会わなかった。

か:朝の冷え込みにも負けずテラスで朝食をとったが、目の前の景色の良さが寒さを気にさせなかった。

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再度インターネット・アクセスにもたついた。原因は簡単だった。いままでずっと、パルスだったのが、受付で聞いたら、なんとこんな田舎のホテルなのにトーン信号だったのだ。残念ながらローマなんちゅう遠いとこしか海外ローミング・サービスのアクセス・ポイントがない。

昼はTシャツ1枚でいいくらい暑く、実際泳いでるやつもいたぐらい。それが夜になるとえらい冷え込む。

か:洗濯物もバッチリ乾いた。午後は近くのミラマーレ城へ行きました。こじんまりとした可愛いお城。ここでも他の観光客とデジカメで盛り上がった。その後、山の上の方に行ってみると、ロッククライミングしてる人達がいた。こんな急な場所ですごい!見てる方が恐い。夕食前だったけど、浜辺のオープン・スタンドバーで寒いのを我慢してビールとソーセージ・バーガーを。

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こっちの運転は楽なものの、南イタリアでは走ってるクルマの前を人が平気な顔してゆっくり歩いていくのに対し、こっちでは人が猫みたいに走りぬけるので、スピード出すと危ない。

旅行中ゆっくりできた時間が無く、持ってきた本どころかガイドブックも全く読んでない。全部インターネット接続に苦労してきたせいだ。携帯電話が世界統一されれば随分楽になるんだけどなー。

どこのアウトグリルに行っても必ず置いてあったので買ってみたのが、Laura Pausiniというイタリア人女性ポップ・ヴォーカリストのCD tra te e Il mare。イタリア語の歌詞なのに、それがぜんぜん違和感無く、美しいメロディーがとても気に入り、今日だけで10回ぐらいリプレイしっぱなし。

他のイタリア人女性ヴォーカリストでいいのがないか、ホテルのフロントで2人に聞いてみたら、Anna Oxa, Mia Martiniというのを教えてくれた。フロントのおっさんはダメだが、女の子は英語ばっちりで助かる。Laura Pausiniはまだ22歳くらいだそうで、他のCDはないかもと。でも以外にも2人とも“イタリアの奇跡”ことフィリッパ・ジョルダーノは知らなかった。「あすはスロヴェニアとクロアチアに行ってみたいが大丈夫か?」と聞くと「全然安全で海岸線が綺麗」だと言う。ビザもいらないと。どうしよう。おらはあらかじめ防衛庁にに申請しないと米国以外の国には入国しちゃいかんことになってるんだ。また、「ここに日本人が泊まる事があるか?」と聞いたら「ある」と。みんなミキ・トラベルで予約してくるらしく、おらが直接ホテルに予約入れたといってもなかなか信じてもらえなかった。

夕飯にピッゼリア(ピザ・レストラン)に行ってかみさんが気がついたが、イタ公もピザの端は食べないやつがいるみたいで、おらは生まれながらのイタ公だとわかった。おらも普段はピザの端は食べず、かみさんにあげるんだ。ほとんどの人はフォークとナイフで切って食べるが、中心以外は手で食べてる人もいるらしい。

か:イタリアのピザって、どこもメチャ大きいがその理由がここでわかった。みんな具のあるとこしか食べず、端の部分はほとんどの人が残している。うちのダンナがいっぱい…って感じで驚いた。本人にはあまり教えたくなかったが、話したらやっぱり鼻た〜かだかになっていた。トリエステは海辺にあるからか、北に位置する割に食べ物は南イタリア的。

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10月24日(火) 曇り トリエステ

先に出てきたLaura PausiniのCD、tra te e il mareを朝までかけっぱなしにしたが、まだ飽きない。今朝も朝飯はルーム・サービスを頼んでテラスで。今日はイタリアで活動できる最後の日だ。

か:りす発見!赤茶で大きくキツネみたい。しっぽだけでも、我家のしまりす“さんぺい”よりデカイ。さんぺい元気かー!お前がいたら夫婦喧嘩も少なかったろうに。今朝は曇っているせいか、よけい寒く感じる。日中との差がありすぎてカゼひきそう。

Amazon.comでイタリアのCD買えるかどうかわからんから、まずCDをトリエステ市街に買いに行き、上記3人のCD計6枚を買った。

ハーツの説明書には、スロヴェニア、クロアチア等の東欧諸国の国境検問では、レンタカーでの入国は拒絶されるし、車両保険も下りないと書かれてる。しかし、ダメもとで国境に行ってみた。クルマのナンバー・プレートでレンタカーと分かったのか、検問でパスポートの提示とクルマに関する書類の提示を求められ、結局レンタカーでは入国できないと言われて折り返す事になった。でもスロヴェニアの道路はこの足で踏んだぞ!パスポートには何も記載されなかったから仕事上の問題もなし。相手してくれた警官だか兵士はちょっとカッコイイ女で感じは良かった。でも写真撮影を止められた。やっぱ東欧だなー。

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おらが検問でもめてるときに、同じくハーツのレンタカーで入国しようとして検問でもめてる英国人がいた。名はMark。彼はスロヴェニアへの入国ができるようにハーツと契約していたのに、検問でそれが認められなかったそうで、結局レンタカーは国境に置きざりにし、ビジネスの相手に検問まで迎えに来てもらう事となり1時間待つと。一人残すのも可哀相だから、おら達夫婦は40分くらい彼と一緒にカプチーノを飲んで雑談した。プロ・サッカー選手のエージェントだそうで、日本にも1月に来たとの事。スロヴェニアの選手は優秀で安いとさ。カプチーノをかみさんの分も含めておごってくれたので、おらもおごった。結局2人で3杯飲んだ。クルマの事やら、イタリアの事やら、サッカーの事やら、おもろい話ができた。同い歳くらいかな。おらのメルセデスのぶつけた跡見て、「イタリアの運転はひどいからなあ」、てとこから始まって、彼の経験では、スピード違反の請求がこなかったり、米国でクルマを大破したがそのまま返却して、何にも請求こなかったから、おらの駐車違反もぶつけたのもほっといて大丈夫だと。「ハーツはでかい会社だからそんなこといちいち気にしない」と。ハーツの規約をその晩読んだが、違反を無視した場合、違反料プラス小額の手間賃の請求をあとでクレジットで引落すと書いてあったが、罰則は何も書かれてなかったので駐車違反の件はたぶん大丈夫だろう。でもぶつけた件はちゃんとハーツに説明して契約外のでかいクルマを貸すからそっちが悪いと食い下がるか、シカトして返すか悩むなー。

か:Markは“カキモト”という日本人エージェントをとてもほめていた。国境のカフェで飲んだ、カウンターに置いてある樽から出されたワインが“生ワイン”ってカンジでメチャうまだった。あのワインを樽ごと欲しい!実は朝食時、あまりの気持ち良さにキャンティを飲んだが、ここでもまたワインが飲めるとは。なんて幸せな日なの。

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今晩はホテル・リヴィエラのレストランで夕飯。やっとボロネーゼ、つまりミート・スパゲティが食べれた。ボロネーゼだけは日本のミート・スパゲティとは大違いで、挽き肉たっぷり!ソースはそんなになくて、全然違う味だが美味しい。ここはメニューに無くても、聞いてみてできるものがあればオーダー受けてくれるのが嬉しい。高いけど。ティラミスを食べたが、コーヒー・リキュールを効かせたスポンジは端っこにちょこっとあるだけで、クリームが盛りだくさんあり、めちゃくちゃおいしい。

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10月25日(水) 晴れ ザルツブルクへ

かみさんが部屋代は朝食つきだと気がついた。どおりで、朝食のルーム・サービスが人数単位でなく部屋単位でたった\500程度のわけだ。だったら一度くらい普通に朝食とろうとレストランへ。

か:これでトリエステともお別れかと思うと無性に寂しいー!カプチーノも飲めなくなるかもー。

昨夜欲しくなった、ホテルに飾ってあったブラジル産のきれいな石でできたブックレットをチェックアウトの際に買った。相当重いが、クルマだからよかろう。

イタリアからオーストリアの国境越えはあっけなく、検問も無しで、いつの間にかオーストリアに入ってた。国境直前で見た川の色の見事さには感動した。青というよりは薄緑に近いような、今まで見た事のない神秘的な色。

か:国境付近の景色はスイスとよく似ている。イタリアと違って、標識に書かれている文字が全く読めない。どうしよう!

オーストリアのアウトグリルはすごい。ホテルと、レストランと売店が一緒になってて、ものすごくきれい。昼食をとったが、味も美味しい。イタリアでは見る事の無かったシチュー風ステーキを食べた。でもレストランで写真不可とはスロヴェニアじみてるナ。

欧州周遊でつらいのは通貨の購入だ。イタリア・リラの残りをオーストリア・シリングに替える必要があるから、日本円からイタリアア・リラに変えてるところからさかのぼると手数料が倍かかるし、手間もかかる。でも2002年からはユーロ紙幣が出回るので、欧州旅行も楽になるだろう。

トリエステを1030AMに出発し、ザルツブルクのホテル・ブリストルに0430PMくらいに到着。オーストリアに入って北に行くほど運転も、人間もおとなしくなる事を再度実感した。

ホテル・ブリストルはSummit Club参加の老舗の高級ホテル、かつスーペリアだけあって、超豪華。Summit Club 入会時にもらった“2泊で1泊料金無料チケット”があったから泊まる気になったホテルだ。部屋の入り口に小さな部屋があり、そのまたあとに入り口があって貧乏性のおらにはスペースがもったいないと思える。シャンデリアもすごい。部屋の前の小さな公園を挟んだ正面の建物は、モーツァルトが17-24歳の間住み、数多くの作品を生み出した家だそうだ。ただし、第2次大戦で大破し、改築されてる。とても疲れたので晩飯抜きで寝る。

か:ザルツブルクのシンボル、ホーエンザルツブルク城も部屋から見えるじゃありませんか。安全そうな街なので1人で買い物に行ってみた。しかし、コンビニのようなお店がなく8PM近かったからかバールしかやってない。しかたなく途中で見かけた移動バスのハンバーガー屋でハンバーガー、ビールなどを買い、寒かったのでホテルに戻った。このホテルには、チャップリンに似たおもしろいドアマンがいる。よく話す世話づきなおじさんだ。

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***イタリアの旅を振り返って***

現地でイタリア料理を食べた限り、日本のイタ飯の味は悪くない。米国のがまずすぎるのだ。ただ、日本のと比べて特においしいと言うものもそれほど無し。ステーキは焼き具合を指定されないので、いつもウェルダン。レアー好きなおらにはダメだ。レヴァー・ステーキはユニークだったがちょっと参った。魚料理は味が薄いし、サーモンでさえあまり感心しない。でも昨夜のスパゲティ・ボロネーゼは日本にはないものだったな。同じイタリアでも南と北では人も運転も道も大違い。普通の人の観光にはローマ以北がいいと思うが、熱き血わくおらは断然南イタリアが気に入った。おら住みたい!概ね天気に恵まれたのは幸いだった。イタリアではスパゲッティ食べる際に、粉チーズも、タバスコもかけない。スプーンも使わない。何故かイタリアでは全てのホテルでチェックイン時にパスポートの提示が義務づけられている。

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