守護者が一、四聖獣チンロンモンは厳しかった。
太一や伊織たちの再三の嘆願にもかかわらず、折れることはついになかったのである。
いわく、いかに選ばれしデジモンであっても無断で現実世界に立ち入った以上、例外は許されない。
結局ブイモンはゲンナイのもとにあずけられ、そこで謹慎を命ぜられた。期間は、無期限。
ブイモンはなにひとつ反論せず、その決定にしたがったという。最初からそうなるとわかっていたようだった、とは太一の弁だ。
これ以上抗弁しても、ブイモンの立場がわるくなるばかり。一度は怒鳴りこむつもりだった大輔も、やむなく手を引いたのである。
それから6か月、なんの音さたもない。
(…あいつ、大丈夫かな。ちゃんとメシ、食ってるかな)
ラーメンを腹におさめながら、思いをはせる。このごろはいつも、そんな心配をしてしまう大輔なのだ。
(今度来たら、オレの手料理を腹いっぱい食わせてやるんだけどな。これでも、レパートリー増やしたんだから。もうラーメンだけじゃないぞ。
それから、いっぱい話をして…)
ぴぴぴぴぴぴ
無愛想な呼び出し音がした。思考をたち切るかのようだ。どんぶりを水につけてからハンガーに歩みより、内ポケットの中のケータイを取り出す。
「……もしもし」
向こうの声を聞いた大輔の声が、ふとほころんだ。
「…ああ、ごめん、今ちょうどメシ食ってたとこでさ。どしたの? 何か用事?」
くだけた口調は親しげだが、男友達へのそれとはどことなく、話し方がちがう。ほどなく、大輔は腰をおちつけた。
「…こんどの? っていうと……」
めぐる視線の先には、またクリスマスの話題がうつっている。
「…そっか。オレも、ちょうどあのツリー、見たかったんだ。うん、…うん。……行くにきまってんじゃん! こっちから電話しようかって思ってたくらいだよ」
通話口からは、少女の声がかすれかすれ、聞こえる。年のころは同じくらいだろう。少し気弱そうな、でもやさしそうな声だった。
「…うん。…うん。ありがと、電話くれて。じゃ」
ピッ。
静かになった。ぱたんと折りたたみ式ケータイが閉じられ、
「うっし!」
大輔は、小さくガッツポーズを取っていた。その顔がいささかだらしなく、ゆるむ。
「…いや〜。まさかあっちからかけてくれるなんてなぁ〜」
予想外の展開に、とてもハイになっているのである。しまいには小おどりをはじめかけて、下の人にどなられると思い、やめた。
大輔にはいま、つきあっている女の子がいる。
他校の生徒なのだが、ふとしたことから意気投合し、秋からつきあいを始めていた。
引っこみ思案で少しおどおどした子だったが、大輔といっしょの時にはよい所が引き出されるのか、水をえた魚のように生き生きとしだす。とにかく気があった。
そばにいるときが一番、自分らしくいられるとマジメに言われたときは、さすがにてれたものだ。
けれどもその時は同時に、そんな彼女がたまらなくいとおしく思えた。
これが『守りたい』という気持ちなのだろうかと、ふと思ったりもして。
「…ちょうど、クリスマスか…」
ほかでもない、デートの当日である。
まさかそんなロマンあふれる状況になろうとは、少し前なら想像もしなかっただろう。
なによりも、あの娘の顔が見られるとおもうだけで胸がおどる自分がいた。こんな気持ちは初めてかもしれない。好きな娘なら前にもいたが、その時とはずいぶん違うと思った。だからといって、その娘へのあこがれが消えるわけではないのだが、あこがれはあこがれとして、ゆっくり根をおろしている。
(…あいつも、そうだったのかな?)
守りたい気持ち。力になりたい気持ち。そばにいたい気持ち。そのままとは思わないけれど、近いものを感じていたのだろうか?
だとしたなら、そのためだけに戦えるというのは、なんて素敵なことなのだろう。
大輔も戦いたいと思った。
あの子のためならば、きっと自分は戦えるだろう。
そう、ブイモンのように。
あっというまに日にちは過ぎ、デートの当日がやってきた。
朝からの大輔のようすはというと、これが見るからにこっけいである。朝練にまるで身が入らない。おまけにそれを苦にもせず、しじゅうにやにやしっ放し。
ぶきみなくらいきげんがいい。世界一鈍感な人間でも、何かいいことがあったにちがいないと気づくだろう。
とくに親友の佐々木信二はするどかった。昼食のパンを買いに行く道中、
「…ひょっとして女か?」
ズバリ、たずねてきたのである。
「…わかるか?」
「あからさまなんだよ、おまえはさ」
「そうか〜、やっぱ、わかるか」
あきれたように肩をすくめる信二の態度にも、大輔はぜんぜんこたえたようすがない。むしろ、よけいに鼻の下をのばしている。
「…あの娘?」
「たりめーだろ。ほかに誰がいるんだよ」
反論でさえにこにこ顔である。信二は心底、重症だと思った。
「…ま、おれも人の事はいえないけどね」
おばちゃんがさばくパン売りの列にならびながら、そこでまた会話が再開する。
「なに? おまえも?」
「そりゃそうさ。一年に一度のクリスマスだぜ。狙わないほうがウソだろ。みんな、考えてると思うよ」
「なるほど」
焼きそばパンをつかみながら、大輔はうんうんとうなずく。今日はしぐさまでもいちいち大げさで、そうとうハイになっているようだ。
もっとも、こういうパターンは今回にかぎったことではない。夏あたりから、かれは有頂天になると、こういう側面を見せるようになってきている。変わったと言う者もいるが、本当のところは『隠していたものを出した』だけだろう。信二は、そう見ていた。その前後からだろう、サッカー選手として再び伸びを見せはじめたのは。
だが信二は、もうあせらなかった。
目の前の親友が教えてくれる。自分にできることをしっかりと見すえ、自然体でいることが一番大事なのだと。
「ふぁ? はにひてんはよ?」
「…食ってからもの、言えよ」
屋上に来ていた。見晴らしがいいので、この学校でも昼食スポットの定番になっている。
そして目の前の友人は、どうやら「あん? なに見てんだよ?」と言いたかったらしい。とてもそうは聞こえないが、だてに一年以上つきあってはいないのだ。
「何でもないよ。それにしても…」
二人がふりあおぐ先には、ぶあつい雲がひろがっている。目のとどくかぎりどこまでも続いていて、当分てこでも動きそうにない。
「なんか、今にも降りそうだよな…」
「いいじゃんいいじゃん! ホワイトクリスマス! 最高だ」
「雪は冷たいからいやだな」
「オレは大好きだ」
「今日だけだろ。だいたい12月に雪なんて、そうそう降るか」
「前は夏に雪が降ったぜ」
「ありゃ異常気象だろ」
「夢のないやつだなー」
「…お前がガキなんだ」
「あ、そういう事言うか?」
やばいと思った時にはすでにおそく、信二はがっちりヘッドロックを決められた。あわてて後ろに下がったひょうしに、足がもつれそうになる。
「あいた、いた、やばい、やばいって! 転ぶ! 転ぶ!」
「降参するかー?」
はた目から見ると二人してちどり足をおどっているように見えて、かなりみっともない。二、三歩またふらふらして、とうとうもろともに、尻もちをついた。
「冷てーっ!」
コンクリートの床は朝からキンキンに冷やされていて、両者ともあわてて立ち上がった。それから、ほこりをはらう。
「…ふう。まあ…あれだ」
パンの袋を拾いながら、信二は大輔に目をむけた。
「ん?」
視線が、どちらからともなく空へもどる。
あいかわらず、白っぽい厚雲が静かにたれこめて動かない。
「…降ったら、楽しいかもな。雪」
信二の言葉が意外だったのか、大輔はしばしぽかんとしていたが、
「…だな!」
すぐ、ニッと笑った。
とたんに冷たい風が吹いてきて、ふたりはあわてて校舎にもどったものである。
ぱちりと音がした。
そこは闇のなかで、にもかかわらず、あたたかい光がすぐそばにいるような、そんな希望をいだかせてくれる。
たとえるならば、赤や橙のようなあたたかい色を何重にも何重にも上ぬりし、結果的につむぎだされたような色の『空気』だ。
また、ぱちりと音がした。
もしも誰かがいたなら、上をふりあおいだだけで音の正体がわかっただろう。
ぐるぐると、らせんを巻くようになにかが回っている。巨大だ。青白く、ぼんやり光っているがあきらかに反射ではなく、そのものが光を発していた。いや、光を『発して』いるというより、それ自体が光だというべきなのかもしれない。
ぱちりぱちりとはぜる音は、それらを取りまくように走る稲びかりのせいだ。
その巨大な光のらせんを上へ上へとたどっていくと、その終点に乗っかっているのが頭だとわかる。もっともあまりに大きいので、近くでは見あやまるかもしれないが。
そこに、とつぜん四つの光がはしった。と思う間もなく、ゆっくりと上下にひろがり、まっ赤な真円があらわれる。
瞳だった。
よく見れば、その周りはにぶく光る殻でおおわれ、頭全体が兜状になっているのがわかる。下あごとおぼしき箇所からはとてつもなく長い髭が生えていて、風もないのにゆらゆらとゆらいでいた。目をこらしてみれば、そのなかにさえ走る稲妻が確認できるだろう。不用意にふれれば、黒こげになりそうだ。
デジタルワールドの守護者が一、チンロンモンだった。
ふだん彼は、あまり動かない。今日にかぎって目をひらいたのは、ちょっとした気配を感じたからである。とはいっても、彼がいるこの空間ではない、ずっと遠い場所からだが。
別に大したことではなく、予想のはんいである。彼の担当している分野からすれば、どうということのない小さな事件だ。
厳しさで知られるチンロンモンだったが、それについてうるさく言うほど、狭量でもなかった。それに、こんどは自分の監視下なのだ。
だから、ただ沈黙のうちに、ふたたび目を閉じた。
まだまだ力をたくわえねばならない。
つまらない罰を与える必要などなくなる、その日のために。
中途はんぱに『よく寝た』と感じながら目をさました大輔は、次のしゅんかん恐怖さえ感じて飛びおきた。
「…やばっ!」
練習もそこそこに引き上げてきたのはいいのだが、家にもどったところで軽く腹ごしらえをしたのがまずかった。少しだけ休もう、と目を閉じたら、つい眠ってしまったのだ。日ごろの疲れが出たらしい。くわえて今日は、ちょっとはしゃぎすぎたようだ。
あわてて時計を見ると、出かける予定を15分も過ぎている。大あわてで身じたくをして服を着こみ、小さなカバンだけの手軽な荷物でアパートを出る。
「…やべっ!」
階段をおりたところで、くるりときびすを返して部屋にかけもどった。テーブルの上には、今日のために買っておいたプレゼントがある。
そっとカバンに入れ、指さし確認をして、今度こそ扉にカギをかけた。
「急げ急げ〜!」
いっさんに駆けだした。記憶が正しければ、電車にはぎりぎりの時間だ。待ち合わせ場所はふた駅先のビルの前だから、乗りそこねてしまったらデートには確実に遅刻する。
これを最悪の事態と言わずして、なんだというのだろう。
大輔は一度もスピードをゆるめることなく、一気に走り抜けた。こういう時に、日ごろのトレーニングがものを言う。上下する視界に、駅が見えてきた。
と思うまもなく、発車をつげるベルが聞こえてくる。
(げっ! ま、待て! 待ってくれ!)
あわててポケットに手をつっこむが、そこでまたがく然とした。定期入れがない。入れ忘れだ。まっ青になった。
やむなく、きっぷ売場へまわってから構内に入ったが、時すでにおそく。
ホームは、がらんどうになっていた。
かんかんかんか
あざ笑うように、踏切の音がふっつりと消える。
(……最悪だ)
腕が抜けそうなくらい大きく、大輔の肩が落ちた。
待ちぼうけをくらうことになるあの娘は性格上、きっと我慢してしまうだろう。その方がつらかった。
ひっぱたかれてどなられたほうが、ずっと楽というものだ。
(…悪いことしちまったな。会ったら、あやまらなきゃ)
くさくさした気持ちを持ったままで遊ぶのが、なによりきらいな大輔なのである。
あきらめてベンチにでも座ろうと目を上げかけたとき、ふと前方の地面へ、影がさしているのに気づいた。
(?)
不審に思って顔を上げると、
「メリークリスマス!」
いっしゅんの間だけ、なにが聞こえたのかわからなかった。
それが『メリークリスマス』だと気づいたときにはもう、目のほうで声のぬしをとらえていたのだ。
ひとりの男が立っていた。
いつのまにあらわれたのか、サンタクロースの扮装をして、にこにこ笑いかけてくる。かたわらに、白くてばかでかい袋が置いてあった。
「………」
どう対応していいかわからず、大輔はばかみたいに突っ立ったまま、笑顔をじっと見かえしていたが、ふと疑問を持った。
今のいままで、ここには誰もいなかった。電車が行ったばかりだから、次が来るまでの間、みんな軽く時間をつぶしているはずなのだ。
それが、いきなり現れたのである。だんだん警戒心がわいてきた。
「…あんた誰?」
そう訊いてみたのも、ごく自然というべき対応だろう。
「見ればわかるじゃろう。わしはサンタクロースじゃ」
ぎょうぎょうしく胸をはっているが、すばらしいほどの棒読みである。そしてもう一度声を聞いたとたん、大輔にはあいての正体がわかった。
よく見ればなるほど、おぼえのある目つきをしている。
「…オレに何の用スか?」
「うむ。今日は君に、クリスマスプレゼントを届けにきた。ここで会えてよかった」
警戒をといたと見たのだろう、サンタの口調が変わった。はじめからそうすればいいのにと、大輔は苦笑しそうになる。
「プレゼントって、オレに? もしかしてみんなの所、回ってるんスか?」
ついつい口元をほころばせながらの質問にも、サンタは大マジメに首をふった。
「そうではない。今日はきみだけ特別だ。もちろんサンタの主義にははずれるが、たまにはそういうサンタがいてもいいだろう。そうは思わないかね?」
どこまでが本気かわからない言い方である。とりあえず大輔は聞き流して、
「でも、オレにプレゼントって、何なんスか? 見当もつかないんですけど」
これは本音だった。だいいち、突然すぎる。
サンタは居ずまいを正して、
「それはきみが決めることだ、大輔」
「…え?」
「言葉どおりだよ。今からひとつだけ…」
寒風が吹いた。
「願いを、聞かせてくれ。きみが今、一番望んでいることを。可能なかぎり、どんな願いもかなえよう」
「へえ。どんな願いも?」
「なんでもいい」
「ふうん……」
なにやら、意外ななりゆきになってきた。
かつての馴染みがいきなり現れて、願いをかなえると言う。今年のクリスマスは、よくよくおかしな事がおきるらしい。
とはいえ、ウソとは思えない。自分の願いをかなえたところで、向こうさんにいい事があるわけではなさそうだし、それならそもそも最初から、こんな回りくどいことはすまい。
「そうだなあ」
脳裏に、駅ビルの前で待っている彼女の姿が浮かんだ。
今すぐにでも飛んでゆければ、きっと喜ぶだろう。あの娘もうれしい、自分もうれしい。
「じゃあですね、オレをふた駅先…」
ふざけ半分に言いかけて、いきなり言葉が出なくなった。
ぽつんと待っているその姿に、ふと重なるものがあった。
(大輔)
(大輔ー!)
(大輔?)
(だいすけ……)
(大輔!)
「…どうした?」
うながされて、われに返る。
視線が泳いでいるのに気づいたのか、サンタの方からまた声をかけてきた。
「今、無理に答えを出さなくてもいい。あとでまた会おう。その時に…」
「待ってください」
背を向けかけた赤い服の男に、大輔はあわてて呼びかけた。今や頭の中はパンク寸前で、心臓もバクバク言っている。
「…あの」
そんな状態で、やっと声をしぼり出した。
「…聞きたいんスけど。…かなうんですか? どんな願いでも」
「かなうとも」
まるで全部わかっているかのように、サンタはほほえんだ。
「私は、願いをかなえに来たのだから」
「…………オレ…」
願いたいこと。
そう、答えは最初から決まっていたではないか。
「…願いを聞こう」
サンタ…いや、ゲンナイは、ゆっくりと大輔のほうに向き直った。顔は変わらず、笑っている。
「……5分だけだ。まだそれ以上は…」
「充分ですよ」
大輔が破顔するとともに、また風が吹いた。
一陣。
「願いは……」
二陣、三陣。
大輔の頭のなかに、同じ勢いで過去の思い出がかけぬける。
「もう、決まってますから!」
ひゅごっと音を立てて、最後の風が通りすぎ、
それきり止んだ。
やがて、ゆっくり。
ゆっくりと、白い結晶が、空から降りてくる。
雪が、降りはじめていた。
大きなクリスマスツリーのある、駅ビルの下。
その入口近くに、少女が立っていた。どのくらい前からかといえば、30分くらいだろうか。
雪をよけて、屋根の下へ身をよせている。着くだいぶ前からふりはじめていて、今年はめずらしくホワイトクリスマスだ。
ちなみに、こうして待ちぼうけをくらうこと自体は、べつにめずらしいことではない。
自分が待っている相手はそういう『ドジ』をやらかすことが多く、遅刻の常習犯のようなものだからだ。そのたびに何ともすまなさそうな顔であやまってくるから、おこる気になれない。それに自分とちゃんと向き合ってくれる人だから、くらべればささいな欠点なのである。
「ご、ごめんごめん!」
いつものように、彼があわてふためきながら走ってくるのが見える。
なにより、顔を見ただけでどことなく安心できる人なので、怒るどころではないのだ。
「ごめん…ほんとごめん。待った?」
「三〇分」
くすくす笑いながら正確に告げると、彼はこの世の終わりみたいな顔をした。それだけでもう充分だった。
それから、ふたりは連れだって歩きはじめた。
風が少しあるが、雪の降りかたはおだやかだ。とはいえ、早くも地面には粉砂糖のように、白い雪がつもりはじめている。歩くたびに、シャクシャクと音がした。
「カサ、持ってる?」
「ううん。モトミヤくんは?」
「へへっ。じゃーん!」
大輔がカバンから取り出したのは、折りたたみガサふたつ。
「こんなこともあろうかと、用意しておいたんだ。ま、定期入れは忘れちゃったんだけど」
ばふっと乾いた音をたてて、カサが一個だけ開かれる。残りはもと通り、カバンにしまわれた。
「……よく降るねー」
大輔の肩のすぐそばで、白い息とともにそんな声がする。
「…なんだか、こういうのってちょっとラッキー、かな。寒いけど」
ラッキーなのはまさに今このしゅんかんのオレです、言いたかったがさすがに恥ずかしく、大輔はだまったまま続きを聞いていた。
「案外サンタさんの、プレゼントだったりして。…なんて」
「…………」
「…どしたの?」
「…さんは」
「え?」
「いくつくらいまで信じてた? サンタさん。あ、階段。気をつけて」
ふたりの右足が、そろって階段をふみしめる。
「ええっとね…」
とび色の瞳が、カサを通して曇天を見上げた。
「んー…他のみんなと同じくらいだよ。小学生くらいまでかな。でも、サンタさんって元はホントにいた人がモデルらしいから…そういう意味なら、いるんじゃない?」
「オレはまだ信じてる」
ふたりの視線が、ふとぶつかった。
足が止まって、しんしんという雪の音が聞こえるはずがないのに聞こえるような気がして、そのくらい静かになって、それもいっしゅんで、クラクションにかき消された。
まっ白いため息がやけに目立って、冷たい風がほほを刺す。こごえる指先がいよいよ熱を持ってきたような感覚を、ふたりして味わった。
「…願いがかなってさ。あきらめかけてたことが、目の前に降りてくるんだぜ」
彼女はその時、はじめて大輔のそんな表情を見た。
大輔は、笑っていた。
「……そういうのって、素敵じゃないか」
じわりと何かが、ひたいから両肩に抜けて、背中へ抜けていくような気がした。羽根でも生えたのかと、振り向きたくなる。
彼女は理解したような気がしていた。自分が願いを、すでにかなえていたのだと。
ほんのわずかだけ、彼女は肩をふれた。
「……そうだね」
ささやく声をBGMに、そっと背伸びをした。
カサが落ちた。
雪は、まだまだ止みそうになかった。
・・・
ブイモンの謹慎を解くよう、立て役者になったのは仲間のデジモンたちだけではなく、エージェントの一人ゲンナイだったという。彼自身にメリットはないが。
もうひとつ、チンロンモンの名誉のために言っておくと、彼もブイモンに処罰をあたえるかどうか、かなり悩んだそうだ。終わりに、それだけ注釈しておこう。
それでは、メリークリスマス!
おわり