海から吹きつける遅い夏の風。
小高い丘に聳え立つ<白亜のおくつき>の白い外壁が、夕日を浴びて金色に輝いている。
昼間の暑さが影を潜めた、少し肌寒いくらいの空気の中、ガーネットはこの丘に降り立った。
屋敷の周囲には青草が敷き詰められたように群生し、折からの潮風に激しくなびいている。
その岬の一番海に近い突端に、彼はいた。
築かれたばかりの真新しい白い塚の周囲には、可憐な白い花が供されている。
その前に静かに佇む彼の背中を、ガーネットは黙って眺めた。
声をかけなくとも、彼は自分に気付くだろう。いや、既に気付いているだろう事を、ガーネットは知っていた。
背後で風がくるりと回った。その気配は何も言わずに彼の肌に馴染んだ。懐かしい香りが彼を包む。
「死んだんだ。俺をかばって」
塚を凝視めたまま、ジタンは洩らした。
「聞いたわ。ルビイさんから、全部」
懐かしい、優しい声がジタンの耳を――心を揺らす。彼は一時、目を閉じて空を仰いだ。
こうして癒される心の潤いを、知らぬままに彼女は去った。
救いたかった。
悔恨の念が胸を衝く。
自分に与えられた僥倖を、同じように彼女にも、少しでいいから味わわせてやりたかった。
「こうするしかなかったのよ」
静かにガーネットが語り始める。
復讐のために、愛してもいない男に身を任せた瞬間、マルガレーテの心は死んだのだ。
「あなたとともに生きるか、あなたとともに死ぬか。彼女の道はどちらかしかなかったんだわ」
そしてジタンの心が永遠に自分のものにはならないと知ったとき、彼女は後者を選ぶしかなかった。
「でも、彼女は最後に全部かなぐり捨てて…あなただけを選んだ。あなたを救ったことで、最後に彼女は生き返ることができたと思うわ。たとえ、一瞬でも」
それは瞬きするほどの刹那だったかもしれない。それでも彼女の魂は、死の間際に光を取り戻したのだ。取り戻せて死んだのだ。
静かな声が金色の光の中、優しく辺りに染み渡る。
どんな言葉を弄したとて、今のジタンの心を軽くすることはできない。ガーネットにとってそれは自明の理だった。同じような慟哭を幾たびも潜り抜けてきたから。だが、そんな時だからこそ、人の温もりを人は渇望するのだということも分かっていた。
自分が口を利けなくなったとき、ジタンが傍にいてくれたように。
ジタンが己のさだめに射すくめられ、打ちのめされたとき、自分が傍にいようとしたように。
今もまた、彼の傍にいたいと彼女は思った。
だから、ここにやってきたのだ。
「ここにいるわ。わたしは――どんなときでも、あなたの傍にいる」
それしかできないから。
そう言って彼女は小さく笑った。
どんな言葉でもよかった。
ジタンは再び目蓋を閉じて、彼女の声を反芻する。
自分に必要なのは彼女自身だった。
そこにいてくれるだけで不思議に塞がれてゆく胸の穴を感じて、彼はゆっくりと振り返る。
「来てくれると思ってた」
どこかはにかむように、珍しく小さな声で彼はつぶやいた。
おずおずと差し伸べられた手を、そっと細い指が受け止める。彼はその指をきゅっと握った。すがるように、しかし、優しい力を込めて。
吸い寄せられるように絡まりあった指先は瞬く間に互いを包み、深い緑の野に一つの影を落とす。
言葉は、もう、いらなかった。
黄金満ちる岬の空に、遠い潮騒が木霊する。
愛を求め、求めても叶わぬ愛に殉じた乙女を偲ばせる白い花が光る風に揺れ、一つの季節の終わりをそっと告げた。
⇒LAST-POET
|