君が愛しき言(6)



何度唇を重ねただろう。
会えなかった日々の寂しさを埋めるように、抱き締めあい、吐息を重ね合う。
微睡みに絡めとられるまで、二人は離れなかった。
言葉もなく、ただお互いの温もりを確かめ合うために…。


「ガーネットはこのアレクサンドリアを離れられない」
天蓋付きのベッドに横になり、肘をついて頭を起こしたジタンは、隣に横たわるガーネットに語り始めた。…というより言い訳を始めたと言った方がいいかもしれない。
「それなら俺がお前の傍にいるしかない…だろう?でも、盗賊稼業ってか役者稼業のままの俺じゃ、傍にいるったって限度がある。それに、周囲は容認してくれるかもしれないけど、あくまでそれは容認であって、いわば同情みたいなもんじゃないか。俺は、誰にも遠慮することのない形で、お前のそばにいたかったんだ」
空いた方の手でガーネットの黒髪をすくって弄びながら、ジタンは遠い眼差しになって続ける。
「そのためには、地位も財産も必要だった。それが世の中の、世間一般の価値って奴だから。俺にとっちゃどうでもいいことだけど――でも、お前を手に入れるためには必要だったんだ。だから、俺はシドに頼んでいろんな事を教わった。そしてザクセン法を盾にして、まずは土地と地位を得たんだ」
「そして、交易で富を得て…?」
ガーネットもお返しにジタンの髪の感触を確かめる。彼女の細い指先が自分の頬に触れるのが心地よくて、ジタンは目を細めた。
「ああ。シドからいろいろなことを学んだおかげで、アレクサンドリアの状況も理解できた。ダガーの置かれている状況も。本当は、すぐに迎えに行こうと思ったんだ。だけど、キング公の息子から求婚されたって聞いて、事はそう単純に運べないと思った。こればっかりは、シドの力を借りるしかなかった。そしたらシドが、力を貸してやるから、その代わりに自分の言うことを聞けって言うからさ…」
「それがヴァランタン卿になるわけね」
「だって、貴族なら貴族らしい名前がいるってシドが言うんだぜ?おかげで俺の名前はジタン・アンドレア・ヴァランタン・トライバル・ド・アルカンなんて長ったらしい変な名前にされちまったんだ。参るよな、ヴァランタンなんて。トレノの方言で読むと、ヴァレンチノになるってさ。それはカッコいい男の名前って決まってるんだから、いい名前なんだ!とか力説するんだぜ、あのおっさん」
くすっ、と、ガーネットは小さな忍び笑いを洩らす。その時のシドとジタンが目に浮かぶような気がして。
「それで、ガーネットを驚かせてやろうって話になって、変装までするはめになったんだ。ごめんな、ダガー…。悪いと思ったんだけど、…でも」
ジタンは全然悪びれていない表情でガーネットの額に自分の額を寄せる。
「実はちょっと面白かった」
「…もう」
怒りは既に溶け去ってしまっていた。
顔にかかるジタンの熱い吐息が、自分の身体の奥に甘い疼きを呼び覚ますのを感じて、ガーネットはそこから逃げ出そうと身じろぎする。しかし、いつの間にか腰に回されたジタンの手が、それを許してくれなかった。
「ヴァランタン卿は、正式にガーネット女王に結婚を申し込む。承諾…してくれるんだよな?」
「どうしようかしら」
ガーネットは悪戯っぽく微笑む。
「あ、そういう事言う?俺必死にお前への贈り物考えて、見繕って、大変だったんだぜ?」
「そうなの?あんまり趣味がいいから、きっとエーコかヒルダ様かに頼んだのだと思ってたわ」
「…今日は意地悪だな、ダガー」
「いつものお返し」
そう言ってガーネットは楽しそうに笑った。
それがあまりに可愛くて、ジタンは彼女を引き寄せる。
「早く俺のものにしたいよ。お前を――全部」
「これ以上あなたのものになんてなれないわ。だって、私の心は全部、ぜーんぶあなたのものだもの。あ、でも女王としてのガーネットはアレクサンドリアのものだけど」
「えっと、そういうことじゃなくてだな、あの…」
微妙に分かってないガーネットを前に、ジタンは焦る。
「?それ以外に何があるの?」
「…いや、いい。でも、これは、いただきます」
言って、ジタンはガーネットの唇をついばんだ。
うっとりと、目を閉じてそのキスを受け、それからガーネットは花が綻ぶような笑みをこぼす。
「不思議」
「何が?」
「ううん、なんでもない」
ちょっと頬を赤らめ、彼女は勢いよく首を横に振った。それから懐くようにジタンに身体をすり寄せた。
「しばらく、このままでいてくれる?」
ジタンに触れられると――そして彼に抱き締められると、どうしてこんなにも心地よいのか、それが不思議だったのだ。でも、理由なんてどうでもいいのかもしれない。自分より一回り大きな身体に包み込まれて、まさに至福を感じながら、ガーネットは思った。
「…もちろん、喜んで」
腕の中の細い身体を優しく抱き寄せ、ジタンは彼女の耳に囁きを返す。激情をちゃんと制御できるようになった自分って、なかなか偉いんじゃないかなどと思いながら。
分かちがたい魂を二つの体が共有している――。そんな感触を二人で味わうだけで、今は十分だった。
頬を寄せてまどろむ二人の吐息は、重なり合って一つの音楽を奏でる。
幸福な明日を乗せた朝陽が、この美しい湖の都に訪れるまで。

<君が愛しき言・完>