如何にして彼は其処に至ったか

ここは黒魔導士の村。
心地よいまどろみに身を浸していたジタンは、なんとなく背筋に寒気を感じて目を覚ました。
薄く目を開け、枕もとに立つ人影に気づいた彼は、慌ててベッドから飛び起きる。
そこには魔法ブースター付きブリザガをW魔法でぶっ放したくらいの冷気を放ちつつ、無表情にジタンを見下ろすミコトがいた。
「いつまでこの村に居座る気?この大喰らい。私たちの貴重な食糧が不足して困っているの。早くいなくなって欲しいのだけど」
「つ…冷てぇ〜。何で俺だけ責めんだよ。そこにもゴクツブシがもう一人いるじゃねえか」
ミコトの後ろで偉そうに頷いていたクジャが、どきっとしたように首を竦める。
そのクジャにやっぱり冷たい一瞥をくれて、ミコトが言う。
「クジャはどこにも行くあてがないプータローだから仕方がないわ。役に立たないのは一緒だけど、少なくともあなたみたいに大喰らいじゃないし」
「悪かったな、大喰らいでっ」
「そう、悪い。この不毛の地を汗水たらして開墾して、やっと作物が収穫できるようにしたのは黒魔導士たちとジェノムよ。それを統括して指揮したのはこの私。ゴクツブシは一人で十分。二人もいたらやっていけない。いい加減、霧の大陸に戻ったらどうなの。あなたには帰るところがあるのだし」
最後の台詞はトドメだったようだ。
途端にしゅんとなって、ジタンは肩を落とした。
「合わせる顔がねえし…それにあいつはもう女王様だし…となると、俺とは身分違いも甚だしいわけで。帰ったってなあ…」
「向う見ずなところがなくなったら、ジタンはジェノムとしては最低だと思うけど」
「辛辣だね、また…お前痛いとこ突くよなあ」
「じゃ、かわりに僕がガーネットを幸せにしてあげるよ!」
突如乱入してきた不協和音に、ミコトとジタンが振り返る。
「は?」
「何だ?」
「いや、ジタンはもうアレクサンドリアに行って、ガーネット姫に再会する気なんてないんだろう?だったら、姫はフリーってことで…。きっと寂しいに違いない姫を、僕が慰めてあげるんだ。それこそ僕に相応しいシチュエイション!人生って、待てば海路の日よりありだよなあ」
目をきらきら輝かせ、頬を紅潮させてクジャが語りだす。もちろん振り付き。
「僕がこの村からいなくなればゴクツブシも一人になるわけだし、全て丸く収まるじゃないか。ひょっとして僕って天才?」
ほっとくと際限なく暴走しそうである。
「ちょっと待て!どの面下げてアレクサンドリアに戻れるってんだ?あの街をぶっ壊したのはお前なんだぞ!」
「きっとみんな分かってくれるさ。いや、誰も分かってくれなくても、ガーネットだけは許してくれるに違いないよ。彼女は心優しいアレクサンドリアの至高の宝石だからね。彼女にさえ分かってもらえば僕は十分なのさ。ふははははは!これこそ純愛!ガーネット、待っていておくれ僕の小鳥!全世界を君のモノにしてあげよっ…」

ゲシッ ドガッ…

ジタンとミコトの双方からどつきと蹴りを入れられて、言葉半ばにクジャは昇天。
「どうやったらこんなに脳天気になれるんだ?」
大の字にのびているクジャを見下ろし、呆れたようにジタンはため息をついた。
「おかしい。ジタンがそんなことを言うなんて」
「?」
「脳天気はジタンの専売特許だったはず。ダガーのことになると何故そうも臆病になるのか、私にはわからない。仲間に会いに行くのに、女王だとかそうではないとか、そんなこと関係ないのではないの?」
図星をさされてジタンはちょっと慌てる。
「お前には分かんねえよ。さ、もういいだろ、この話題はおしまい!なんならさ、俺、お前と一緒になってこの村に骨を埋めてもいいぜ?夜は俺にお任せって感じでガンガン子供作っ…」

どごっ

昇天野郎、一名追加。さすが兄弟分である。
手をはたきながら、ミコトは苦笑する。
「遠慮しておく。こんな脳天気なジェノムはあなたたち二人で十分だもの」
去っていきかけて、ミコトはふと足を止めた。そして気を失っているジタンに目を落とす。
「あなたの大切な仲間のビビが言っていた…ジタンの幸せは、ダガーのお姉ちゃんと一緒にいることみたいなんだ、って。あれは彼の思い過ごし?…向う見ずで自分の想いに忠実なのがあなたの特質でしょう?それを捨てたら、ジタンはジタンではなくなると――私は思う」

ミコトの足音が遠退いてしまってから、ジタンはゆっくりと目を開けた。
――まったく、お前は最高の妹だよな。ミコト…。
胸の中でひっそりと呟く。
「まだ悩んでいるのか?」
「うわあ!」
目の前にぬっとクジャの顔が現れて、ジタンはびっくりして飛び退る。
「なんでそんなに驚くんだ。失敬な」
「いきなり顔をくっつけんな、顔を!」
「ははあん、僕の美しさに惧れをなしたんだね」
「ちがうだろ!」
「いいよ、いいよ。分かってる。みんなそうやってあまりの美しさに声を失うのさ。何をすねてるんだい?そんなに卑屈になるなよー」
「誰も卑屈になんかなってねえ!!」
「またまたあ。照れちゃって。かわいいなあ、このぉ」
クジャは肘でジタンをつっつく。
どうにかしてくれ、この兄貴…。
「大丈夫。ガーネット姫のことならこの兄に任せておくれ。お前の遺志を継いで、きっと幸せにしてみせるから」
「勝手に人を殺すなっ!」
「だってガーネットにとっては君は死人も同然だからね」
いつの間にか既に呼び捨てである。
「それに、どうせ会わないんなら、死んだことにしておいた方が後腐れなくていいだろう?ふふっ、僕って何でこんなとこまで気配りできるんだろう。我ながら恐ろしくなるよ。ああ、礼には及ばないよ。君は弟なんだから、気配りしてあげるのは兄として当然のことだしね。ところでジタン、君はガーネットと付き合いが長いから、彼女の好みだって知ってるよね。よかったら、彼女のデータをこれに書き上げといてくれないかな。お礼に結婚式には呼んであげるからさ。あ、でも死んだことにしてたらそれはできないか。よし、じゃあ、とびっきりゴージャスな祭壇を作ってあげるよ!僕が描いた肖像画を飾ってさ。ジタン…あれ?ジタン…?」

いつの間にか辺りには猫の子一匹いなくなっている。
クジャは苦笑して薄紫の髪をかきあげた。
「罪な男だな、僕って」