如何にして彼は其処に至ったか<2>

「何考えてんだ、クジャの野郎」
村はずれの墓地にやってきて、お墓の周りの草むしりをしながらジタンは愚痴をこぼしていた。
「人の気も知らねーでさ」
――きっと、なんにも考えてないと思うな
「へ!?誰だ?…幻聴か?」
突如聞こえてきた懐かしい声。ジタンは驚いて辺りを見回した。
――ここにいるよ、ジタン。
見えない。どこにも、姿は見えない。でも、声は聞こえる。
「ビビ!どこだ、どこにいるんだ?」
――ジタンには見えないんだね。でも、僕はここにいるよ。
「なんで俺には見えないんだよ。みずくせーぞ!」
――見えないのは、ジタンの心のせいだよ。
「どういうことだよ」
――自分にうそをついてるから、曇ってて見えないんだと思う。
「なんだよそれ」
――僕は帰るところを見つけられたけど、そこにずっとはいられなかった。ジタンはいつでもそこに戻れるのに、なぜ戻ろうとしないの?僕はできなかったけど、ジタンはできるのに、なぜちゃんとしないの?
「だって…そりゃ、お前…」
――ジタンは傷つくのが怖いんだよね。僕たちが心配していた気持ちは、ジタンには伝わらなかったのかな。みんなジタンに帰ってきて欲しいって、ずっと思ってたんだよ。僕は会えずにお空にいってしまったけど、みんなはまだずっと待ってるよ。
「ビビ…俺は…」
「黒魔導士のビビちゃんじゃないか!」
自分の不甲斐なさを噛み締めようとしていた矢先、背後からやたらに元気のいい声がかかった。
恐怖の脳天気男の出現である。
――クジャ。
「久しぶりだねえ、元気にしてたかい?」
ジタンの傍らをすたすたと通り抜けて一段高い塚に上ると、クジャは両手を空へ差し上げた。
「何やってんだ、クジャ」
「え?ビビと握手してるんじゃないか」
「お前には…見えるのか」
「ってことはジタンには見えないの?うわあ、かっわいそうだなあ」
思いっきり馬鹿にされてる気がして、ジタンは押し黙った。
「可愛いビビちゃん、臆病者のジタンはここから出るのが怖くて一歩も動けないんだ。だから代わりに、この偉大な兄が大陸に渡ってガーネット姫を幸せにしてあげようと思うんだけど、どうかなあ?」
――えっと…ちょっとムリな気がする…
「やっぱりそうか!不可能を可能にする男、クジャ様って言いたいんだね!声援、ありがとう!じゃっ、ビビ、そしてジタン、僕は今から出発するので、あとはよろしく」
「ち、ちょっと…」
元気に片手をあげると、クジャは鼻歌をうたいながらごきげんで村の方へ戻っていった。
――要するに、おでかけする挨拶にきたんだね、クジャは…。
「ああ…って、あいつ!本気かよ!?」
――走り出さなくていいの、ジタン。
「みんな、俺の気持ちがわからなさすぎなんだ!」
堪えきれなくなって、ジタンは叫ぶ。
「みんなに会っちまえば、否応なく俺はダガーのことを思い出す。思い出したら、会いたい気持ちが抑えきれなくなる。でも、あいつはもう女王なんだぜ?金輪際手に入れられないものに心を奪われつづけなきゃいけないなんて、最悪じゃねえか!一回会って、ああ懐かしいね、生きてて良かったね、で終わらせられるような半端な気持ちじゃないんだよ!」
――変なの。だから走るんじゃなかったの?わからないから、とりあえずやってみるって、ジタンはそういってなかった?ぜんぶわかってしまったら面白くないって。ぼくたちはそんなジタンにひっぱられてここに辿り着いたんだよ。
「ビビ」
――どうなるかなんて
「やってみるまで分からない…」
その瞬間。
ざっと風が吹きぬけた。
風に掬い上げられた草の端が空を舞う。その緑の向こうに薄く浮かんだとんがり帽子――
「ビビ!」
やさしくてかなしい光を湛えたビビの懐かしい瞳が笑う。
思わず駆け寄ってジタンは空に手を差し伸べる。
その手に応えるように、空に溶け込むように、ビビの姿はすっと消えていった。

「心は決まった?」
ビビの余韻を手の内にもとめて、じっとその場に立ち尽くしていたジタンは、姿をあらわしたミコトを見て目を丸くした。
彼女はぐったりと気を失っているクジャの襟首を掴んで引きずってきていた。
「この暴走する兄を大陸に行かせたりしたら、また大変なことになる。それならあなたが行った方が人畜無害だと思って。もし何かあっても、傷つくのはあなただけだし」
「お前って、やっぱり辛辣だな」
「生憎、そういう特質に作られているので。そしてそれが私の個性なの。それに私の言ってる事に間違いはないでしょう?」
言いながらミコトは、まだ襟首を掴んだままのクジャの身体を、それなりにやさしく草むらに横たえた。
「私も様々なことを学んだわ。そして変わった。あなたは私やクジャよりもずっと適応能力値の高い個体だった。しかも私たちよりも長いことこの地に留まり、順応している。つまり、あなたは誰よりも日々成長しているし、日々変わっていっているのよ。――前進しないなんて、もったいないわ。私たちのためにも、あなたがジェノムの道を切り拓いていってくれなければ。それがあなたの役目の一つなのよ」
ミコトの頭が言葉に合わせるように揺れる。金色の髪が、澄んだ美しい光を弾くのを、ジタンは目を細めて眺めた。
この髪の色がこんなにも綺麗に見えることに、彼は今初めて気づいた。
「お前、綺麗だよ」
「突然何を言い出すかと思えば…。それはとても自己陶酔の台詞なのだけど。分かっているの?」
冷静に対処しつつもミコトの頬はほのかに赤味を帯びる。
「だな。確かに」
ミコトの当惑には構わず、ごく自然にジタンはミコトの頭をくしゃくしゃとなでた。
「なっ!何をするの!」
「親愛の情を示してるんだ。妹がいるって、こんな気持ちなんだろうな」
「冗談じゃない!あなたたちのような脳天気の妹なんかになりたくない!」
ジタンの手から慌てて逃れ、一生懸命怒ったポーズをとるミコト。
その愛らしさに笑いがこみ上げてくるのを堪えて、彼女から視線をはずし、ジタンは空を見上げた。
抜けるような、どこまでも青い美しい空。

…帰るか。

胸の中でひとりごつ。
心の中に、あの青空が戻ってきたような気がした。