summer snow-4-

夏の庭に白い薔薇が咲き乱れている。
一面が真っ白で、まるで雪原のようだ。
この花の名は夏の雪っていうの。
その薔薇の精のような少女は儚げに笑った。
私ね、このお花が大好きだったの。
無意識のうちに過去形にしてしまう言葉が哀しくて。
ジタンは彼女を抱きしめ、額に唇を寄せていた。
少女は十六になったばかりだった。
ジタンが人を恋い初(そ)めた年。
少女の瞳の中に映る自分は、ガーネットの瞳に映る自分と同じだった。
せめて少女の前だけでも、少女だけのものでいようと、ジタンは思った。
かすかに、冷たいうしろめたさが心を刺したけれど。
限られた命が目に見えてしまった者へ、ジタンは今度こそ愛情を注ぎたかった。
その「時」が訪れたときに、もう、悔やみたくはなかったのだ。

「私にできることはないかしら」
ためらいがちに申し出たガーネットに、ジタンは首を振った。
「やめといた方がいい」
「でも、いいお医者様を紹介したりするくらいは…」
「あの子と同じ身の上の子供が、アレクサンドリアにどれだけいると思う?その子達みんなに、同じ事をしてやれるのか?」
ガーネットは言葉に詰まる。
「…お前のやれることも、やらなきゃいけないことも、そんなことじゃないだろ?…ちゃんと、他にあるはずだ」
重い言葉だった。
私の、やれること。
ガーネットは胸の中で反芻する。
そんな彼女をジタンは現実に引き戻した。
「お前が、イヤだって言うなら、もう俺はあの子のところに行かない」
「言わないわ、そんなこと。…もう、言わない」
消え入りそうな声で、しかしすぐに彼女は否定した。
自分が恥ずかしかった。
「私、あなたに好きでいてもらえる自信がなかったの」
やっと聞き取れるほどの細い呟き。
ジタンはふっと口元を緩めた。
「それは、俺の台詞なのにな」
「ジタン…」
「自信なんて、誰にもないと思うぜ。きっと。だって、お前が俺の手を振り払った時、むちゃくちゃ悲しかったんだぞ、俺。胸が壊れるかと思ったんだからな」
責めるような口吻でジタンが言う。でも、目は笑っている。
「…ごめんなさい」
「だから、言わないでくれ」
からかうような口調から、す…っと真剣な表情になって、ジタンは呟いた。
「もう二度と、離れていいなんて、言わないでくれ。そう言われたら、俺はこの世の中に居場所がなくなってしまうから」
ガーネットでさえ初めて耳にするような、重く苦い囁きだった。
「…ジタン…」
胸が詰まって言葉にならなかった。ただ、謝ることしかできなくて。
「もう、言わない。ごめんなさい…ジタン…」
ガーネットは固く目を瞑った。
波のように寄せ来る後悔の念から、身を避けるように。
閉じた瞼の裏、温かい体温が自分に近づいてくるのをガーネットは感じた。
そして今日起こった全ての出来事が、思い出に変わる音を聞いた気がした。

静かに白い夏の陽が降り注ぐ。
咲き誇るsummer snowの香りの中に彼は佇んでいた。
腕に抱いた少女の体は、あまりにも軽くて。
その中に詰まっていた哀しみも、苦しみも、寂しさも、もう全部、空へ消えていったのだ。
少女は大好きだった王子様の腕の中で、この上なく幸せな微笑を湛えて、風に乗っていった。
いつまでも、彼は空を見上げていた。
いつまでも。

<完>

            


なんだか確実に中途半端でゴメンなさい。
雰囲気に流されたような作品にしたかったのですが…。ああ、力のなさを実感(^^;
尚、実はスタイナーは必死に隠していたにも関わらず、ベアトリクスはちゃんとそれを知っていて、そして敢えて黙ってあげてたのだ、というお蔵入りになった場面もあったりします。
リクエスト、本当にありがとうございました!