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[2]

鷹山と大下は港署へと戻ってきた。
受付を通ると、警ら課の武田が妙な顔で2人を迎えた。

「なんだよ。オレたちの顔に何かついてるのか?」
「あ、いえ。あのー、お客様がお待ちです。」
「どっちに?俺?勇次?」
「大下さんなんですけど…」
「(小声で)課長がオレを呼び戻したのに関係ありか?」
黙って頷く武田。
あちゃー、という表情になる勇次。
鷹山は課長の小言の相手が自分ではないとわかると、途端に明るい表情になった。

「大下!!」
遠くから近藤課長の声が響き渡る。
観念した表情で捜査課へと足を進める勇次。鷹山は後ろから楽しそうについていく。
勇次は課長席の前に立つと、帰りの遅くなった小学生が親の機嫌をうかがうかのような表情を浮かべた。
「おはようございます、課長。」
「おはようございます。夜間パトロール、無事に終了しました。」
勇次とは対照的にはつらつと鷹山も近藤に挨拶する。
「…大下、お前にお客さんだ。」
近藤課長は表情を変えずに言った。
「誰ですか?」
「…お前を訪ねて来たんだ。今、薫くんが相手をしておる。おい、吉井!薫くん、呼んで来てくれ。」
吉井は応接室へ、薫とその来訪者を呼びに行った。

「なんなんすか、課長?」
「ワシにもよくわからん。ただ、大下、お前に会いたいと言ってやってきたんだ。あとで説明してくれよ。」
「???」

そこへ、薫が来訪者を連れて捜査課の部屋へと入ってきた。
来訪者は小さな女の子だった。
まだ幼稚園かそのぐらいだろう。
泣き腫らした顔をしていた。
少女は勇次を見つけると、薫の手を振りほどき、勇次のもとへと走りより、彼にしがみついた。

「パパぁ!!!」

勇次は少女を抱き上げた。少女は泣きながら勇次の首にしがみついていた。

 

[3]

「パパぁ!!!」

そういって幼い女の子は勇次に飛びついた。

「真理亜!」

勇次もそう叫ぶとその子を抱き上げた。
真理亜と呼ばれた女の子は勇次の首にしがみついて泣きじゃくっている。

「パパだぁっっ?!?!」

捜査課&少年課、また、その時フロア内にいた面々は、事の成り行きにただただ驚いて言葉も出ない。
しばらくは真理亜の「ひくっ…ひくっ…」という泣き声だけがフロアに響いていた。

勇次は泣きじゃくる真理亜の頭をやさしく撫でている。
「真理亜、一体どうしたんだ?」
「ママがぁ、…ママがぁ、帰ってこないのぉ…!ひくっ…」

「あのー、大下? お取り込み中、悪いんだが…」
吉井が慎重に声をかけた。
「その年端も行かぬお嬢さんは…そちの子か?」
固い口調で田中が尋ねる。
「え?!あ、いや、違いますよっ!」
「それじゃぁ、パパっていうのはなんだ?パパっていうのわっ!」
近藤課長が半ば怒鳴るように興奮して言った。
「勇次ぃ、そういうことはちゃんと言っといてくれよなぁー。」
「うわぁー、先輩のお子さんなんですかぁ?可愛いなぁ(*^。^*)。全然先輩に似てないじゃないっすかー。」
「ちょっとぉ、大下さん、どういうことよー!あたしはどうなるのよぉー!!」
鷹山、トオル、薫が、近藤が喋り終わる前に、一斉に喋り出す。
瞳は自分の席に座ったまま、ショックで言葉も出ないでいる。今にも泣き出しそうだ。

「ち、違うってー!ちょちょちょちょっと待ってってぇ!!」
「何が違うんだ?え? …お嬢ちゃん、この人は誰でちゅかー?」
田中が扇子で勇次をピシッと指し示して、真理亜に聞いた。
「…パパ。」
「ほぉらー!パパなんじゃないの゙ぉー!(ーー;)」
薫が勇次に掴みばからんばかりに大きな声で騒ぐ。

「だから違うんだってばぁぁぁーー!!」

勇次が大声を出して叫んだ。
と、その声に驚いて真理亜がより一層大きな声をあげて泣いた。

「あ、ゴメン(^^;)。ゴメン、真理亜…」
「え〜ん、ひくっ…ひくっ…」
「(周りを見回しながら)ちょっと、みんなの疑問は一時休憩!いいですね!?」

勇次の勢いに押され、みんなはただ黙って頷いた。
それらを確認すると、勇次は隅のソファの所へ行き、真理亜を腕から降ろして座らせた。
勇次は真理亜の前にしゃがみこみ、真理亜の顔を下から覗き込むようにして尋ねた。

「ママが帰ってこないって、どういうこと、真理亜?」
「ひくっ…あのね、ママ、昨日ぜんぜん帰ってこなかったの…」
「何も連絡はなかった?」
「うん。あのね、帰りが遅くなったりするときはママ、必ず連絡くれるの。でも昨日はなかったの。」
「そっか。」
「あのね、ママがね、前にね、もしママがいない時に何か困ったことがあったら、
 パパに連絡しなさいって言ってたの。”みなとしょ”って所に行けばいいって。」
ここで谷村がそっと勇次に囁いた。
「今朝、この子が泣きながら2丁目の交番に来て、
 ”港署の大下さんの所に連れていって欲しい”って言ったんだそうです。」
そうして真理亜は無事に港署までやってきたという訳だ。
勇次は軽く頷いた。
「えらいぞ、真理亜。」
勇次が真理亜の頭をくしゅくしゅっと撫でる。

「…真理亜、食事は?昨日は何か食べたのか?」
「コンビニでパン買って食べたよ。」
「そっか。(瞳の方を振り返って)瞳ちゃん、この子に何か食べさせてくれる?」
「はい。」
「真理亜、これからママのこと探しにいってくるから、ここでおとなしく待ってられるか?」
「うん、わかった。待ってる。」

「瞳ちゃん、薫!この子のこと頼む。タカ一緒に来てくれ!」
勇次はもう一度真理亜の頭を撫でると、立ち上がり歩き出した。
タカは訳がわからぬまま勇次の後をついていく。
「おい!大下!ちゃんと説明しろ!」
「帰ってからしますっ!」

近藤課長の声をかわして、勇次はタカと共に署を出て行った。
真理亜は泣きはらした顔に心配そうな表情を浮かべていた。
「パパ、行ってらっしゃい…」
かすかに手を振り、勇次が出て行くのを見送った。

 

[4]

勇次の運転する港302車内。
助手席には鷹山が乗っている。

「それで、ユウジくん。僕たちはどこに向かってるのかな?」
「先ずは、さっきの女の子、真理亜のおうち。
 彼女のママ、笹川理香が昨日から行方不明らしいから、状況確認な。」
「今どき一晩や二晩、家に帰らずに遊んでるママなんて、たくさんいるぜ。」
「理香さんはそういう人じゃないんだ。真理亜に全然連絡いれないなんて、まず普通じゃない。」
「”理香さん”ねぇ…」
「…なんだよ?」
「”理香さん”は美人なのか?」
「そりゃぁ、もう。」
「だろうな。あの子を見りゃ、わかる。」
「さすがタカ(笑)。見るところはちゃんと見てるねぇー。」
「で、あの子、お前の子か?」
「タカはどう思った?」
「…お前の子じゃねぇな。だって、あの子、可愛いもん。」
「どういう意味だよ、それぇ?!」
「見るところはちゃんと見てるんだよ、俺は。」
「なんだよ、それ(苦笑)。」

理香と真理亜の住むアパートの前に到着する。
勇次は勝手知ったるといった感じで階段をのぼっていく。
トントンと部屋の扉を叩くがもちろん応答はない。
勇次はさっき真理亜から借りてきた鍵で扉を開けて中に入る。
靴を脱いで部屋にあがると、机の上や押し入れなどを確認する。
どこに何があるかすべて知っている、という感じで。

鷹山は玄関で靴を脱がずに黙って立って、部屋の中を見回していた。
表の表札には「笹川」とだけあった。
家の中には”男”の気配がない。母娘の二人暮らしのようだ。
部屋を見れば大抵はそこに住む人間の性格がわかるものだが、
この部屋は決して広くはないがきちんと片付けられていて、居心地の良い感じがする。
壁には真理亜が書いたであろうクレヨン画がピンで留められているのがほほえましい。
その中には「ママ」と覚えたてのカタカナが書き添えられた絵があった。
「パパ」と書かれたサングラスをした人物の絵もある。

部屋の中を見て回っていた勇次が鷹山のところへ戻ってきた。
「うーん、遠出するほど荷物もなくなってないし、特に置き手紙も何もないな。やっぱりおかしいな…」
「”ママ”は仕事はしてるのか?」
「ああ。そっちに行ってみよう。」

 

[5]

とあるクラブ前。
覆面車から勇次と鷹山が降り、店内へと入る。

店内を掃除中だった若い男に勇次が手帳を見せながら尋ねる。
店員はびくびくしながら小声で答える。
「この店のホステスのミホさん、昨夜は来てたか?」
「いえ。昨夜はミホさん無断欠勤でした…。」
「その前の晩は?」
「普通に出勤してました、はい。あ、でも途中で具合が悪くなったとかって言って帰っちゃったんです。
 だから昨日も寝込んで連絡ができないのかってママ、心配してて…」
「…その具合が悪くなる前は?」
「別に、普通に…確か鈴田さんたちのテーブルについてて…」
「鈴田?鈴田って、輸入会社を経営してる鈴田か?」
鷹山が”鈴田”という名前に反応して口を挟む。
「は、はい。」
それだけ聞くと鷹山は黙って何か考え込んでしまった。
「その時、同じテーブルについてたコに、ちょっと話が聞きたいんだけどなぁ…」
勇次は最後の質問をした。

店を出る2人。
鷹山はちょっと調べたいことがあると言って、どこかへ1人で行ってしまった。
しかたなしに勇次は1人でミホ=理香の同僚ホステスへ話を聞きにいった。


理香の同僚のホステスの住むアパート玄関口。
彼女は眠そうな顔で勇次の質問に答えている。

「えーっとね、鈴田さんは取引先の人を2人接待に連れてらしたの。フィリピンの会社の人よ。」
「で、その時ミホさんはどんな感じだった?」
「そう言われると、ミホちゃん、ちょっと変だったかな…。
 席につく時に、その接待相手のひとりの人の方を見た時にハッとしてた感じだった。
 その後も口数少なくってぇ…。鈴田さんたちが帰った後に具合悪いって言って急に帰っちゃったんだけど。」
「ハッとしてたって、知り合いとか?」
「うーん、よくわかんないなぁ〜。」
「そのフィリピンの人ってどんな人?」
「え?あ、やだ(笑)。フィリピンの会社の人だけど、日本人だよ。山尾さんって呼ばれてた。
 …そう言えば、山尾さんもミホちゃんのこと知ってるみたいだった。
 だって、ミホちゃんのこと見ないようにしてたんだもん。そういうのわかるのよねぇー。」


鷹山と落ち合う勇次。
鷹山はいくつか情報を仕入れてきていた。

「鈴田ってのは表向きは貿易会社を経営しているが、裏じゃ銀星会とつながりのあるヤツなんだ。」
「銀星会?」
「ああ。で、その鈴田くんと仲良しなのが、銀星会の田島で、
 こいつは、自分が得するんなら、どんな薄汚い手を使っても平気なヤツだ。」
「鈴田の接待していた相手はフィリピンの会社の人間らしいぜ。」
「やっぱりな。最近聞いた話じゃ、近々マニラから改造拳銃が入ってくるらしいってのがある。」
「それに鈴田と田島が絡んでるってわけか?」
「そう。田島が拳銃の密輸に絡んで動き回ってるのはわかってるんだ。これでこの件に鈴田も1枚かんでた訳だ。」
「その鈴田が接待してた相手、1人は日本人らしい。山尾って名乗ってたそうだ。」
「山尾…」
「その山尾と理香さんは知り合いみたいだ。恐らくはそれが原因で姿を消してるんだと思う。」
「…勇次、そろそろ彼女について、話、聞かせてくれないか?」
「ああ。」

どちらにしろ、銀星会が絡んできたとなれば、一度署に戻って報告しなければならない。
署に戻る道すがら、勇次は理香・真理亜親子について鷹山に語った。

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