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覆面車を運転する勇次。
「…笹川理香とは2年前に知り合ったんだ。」
勇次がぽつりぽつりと話し始めた。鷹山は黙って聞いている。

2年前。
勇次はひとりで、ある飲み屋に入った。
そこで、たまたま席が隣り合い、妙にうまのあったのがやはり1人で飲んでいた笹川理香だった。
姉御肌というか、ざっくばらんな性格の理香と意気投合し、いい気持ちで飲んだ。
そのまま2軒、3軒と2人ではしごをし、したたかに酔っ払った。

朝、勇次が目覚めると、そこは理香の部屋だった。

「(ハッとして飛び起きる)っ!」
「おはよう。」

理香が台所からくすくす笑いながら覗いている。
勇次は理香の部屋の居間に毛布をかけて寝ていたのだ。

「あ、オレ…」
「ゆうべのこと、覚えてる?」
「…う〜んと、最後の店を出て…」
「私ンちでもっと飲もうってことになって、で、2人とも家に着いたらダウンしちゃったのよ(笑)。」
「そっか…」
「朝ごはん…食べられないわよね?(笑) 牛乳でも飲む?」
「いただきます…。」

まだぼーっとしてる頭で昨日の記憶を辿る。思わずベルトを確かめ、ホっとする勇次。
と、床に座り込んでいる勇次の腕をつんつんと引っ張るものがあった。

勇次がそっちに顔を向けると、そこには勇次のことを不思議そうに覗き込む真理亜の顔があった。
その可愛らしさに、勇次は思わずにっこり微笑んだ。
すると真理亜も微笑み返して、勇次に抱きついてきた。
「パパ!」
「えぇ!?ちょ、ちょっと…!」

「あ、こら!真理亜、その人は”パパ”じゃないのよ。」
「え゛ー…」
真理亜は残念そうな声を出した。勇次にはしがみついたままだが、少し顔を離して勇次の顔を見つめる。
「パパじゃ、ないの?」
今にも泣き出しそうな顔で質問されて勇次は困った。で、助けを求めるように理香の方を見る。
理香は牛乳を入れたコップを持ちながら台所から出てきた。勇次と真理亜の近くに座り込む。
「ごめんね。この子、真理亜って言うの。私の娘なの。」
勇次の膝の上に乗り、勇次を見つめている真理亜の髪を理香はやさしく撫でる。

「いま2歳とちょっとなんだけど、最近言葉を覚えるのがすごくってね。夜、託児所とかに預けてるから、
 そことかでお友達と話したりしていっぱい単語覚えるみたいなの。もう、毎日質問攻めよ(苦笑)。
 それでね、”パパ”ってなあに?って聞かれたから、おうちにいる人よって答えちゃったのよねぇ…」
「この子のお父さんは?」
理香は悲しそうに首を横に振った。
「母と娘の二人暮しなの。だから真理亜にもうちにはパパはいないのよって言ってるんだけど。
 …それが、実はね、家にあげた男の人って、大下さんが初めてなのよ。だから真理亜、誤解しちゃったのかも。
 朝起きたらあなたがいたから(苦笑)。」
「そっか…」

勇次は真理亜の方に顔を向けた。やさしい顔で見つめると、下から覗き込む真理亜の視線とぶつかった。
「パパじゃ、ないの?…ちがうの?…わたるくんにも、けんちゃんにもパパ、いるんだよ。
 …ねぇ、まりあにだってパパ、いるよね?…ね?」
真理亜の目から大粒の涙が溢れてきて、泣き始めた。
「真理亜!泣かないの!」
理香は困ったように怒る。きっとここの所ずっとこういう感じなのであろう。
勇次は真理亜が泣き出したので慌てた。どうしたらいいのかオロオロして、とりあえず真理亜を抱きしめる。
「真理亜、泣くなよぉー。おじさん、困っちゃうよ〜。」

理香が真理亜を抱き上げようとするが、真理亜は勇次にしがみついてぐずついて離れない。
勇次はよしよしという感じで真理亜の背中を軽く叩く。
「理香さん、本当にパパはいないの?”パパ”になる予定の人は?」
「そんなのいないわよー(苦笑)。」
「…じゃ、さ、オレが”真理亜のパパ”になってもいいかな?」
「え?」
「”パパ”というあだ名の知り合いのおじさんってこと(苦笑)。…ダメ、かな?」
「ダメってことはないけど…、大下さんこそ、いいの?」
「ああ。だって、真理亜、カワイイんだもん。それにオレ、泣いてる女性にはもともと弱いしさ(笑)。
 もう少し大きくなれば真理亜だってちゃんとわかるさ。だからせめてそれまでの間、ね?」

「ほら、真理亜。もう泣き止め。」
勇次は真理亜を抱いたまま立ち上がった。
真理亜の顔が自分の顔の位置より少し高くなるように、両手で真理亜を”高い高い”するように少し持ち上げる。
真理亜は泣くのを止めて勇次の顔を見つめる。

「そんなに泣いてると、せっかくの美人が台無しだぞ。」
「だってぇ…」
「そんなに”パパ”が欲しいか?」
「うん。」
「よーし、それじゃぁオレが”パパ”になってやる。」
「ほんと?」
さっきまでぐずぐずと泣いていたのが嘘のように笑顔になる。
「ああ。ホントだ。」
「わーい!パパだ!パパだぁ!」
勇次が真理亜を腕に抱き直したので、真理亜は勇次の首にしがみついて喜んだ。
「だけど、真理亜。他の子のパパみたいに毎日は一緒にいられないんだ。それでもいいか?」
「うん。いいよ。よっちゃんちはパパに月に1かいしか会えないって言ってたし。
 うーん、でもまりあはもっと会いたいけど…がまんする。」
「あははは。大丈夫、もうちょっとは会えるよ(笑)。」

こうして勇次と理香・真理亜親子との奇妙な関係は始まった。

理香は夜ホステスとして働いていた為、その間真理亜は託児所に預けられていた。
勇次は理香に昼の仕事についてはどうかと進めた。あるいは紹介してもいい、と。
それは理香は断った。生活の為に働いていることは事実だが、ホステスという仕事が自分には一番合っている。
この仕事が好きだし、プロとしてのプライドもある。
真理亜には悪いとは思うけれども、しようのないことだと言い切った。
「代わりに真理亜とは昼間一緒にいられるわ」と屈託の無い顔で理香は微笑んだ。
勇次はこうした理香の強さに惹かれたのかもしれない。
母親、母性、…勇次はこうしたものを感じさせる女性に無条件に弱かった。

真理亜もまた母親に似て芯の強い、しっかりしていて素直ないい子だった。
容貌も母親に似て、将来はとびっきりの美人になるだろうと思わせる顔立ちで、
そこに子供らしい表情をくるくると浮かべる。とても可愛らしい女の子だ。
勇次は暇を見つけては真理亜に会いにいった。
非番の時など、3人で出かけたり、理香の家で食事をしたりした。
時には、夜、理香の仕事の間、理香の家に泊まり、真理亜と2人で過ごしたりもした。
真理亜も勇次にはとてもよくなついた。
勇次は子供が好きだった。幼い弟妹の面倒をずっとみていたからかもしれない。
どこかで”守ってやりたい”という気持ちが働く。
だが最近は逆のような気もしている。
刑事という殺伐とした生活の中で、子供の無邪気さに、勇次自身が癒されているのかもしれないと。

理香・真理亜にとっても勇次の存在は心強いものだった。
やはり母娘2人暮らしで、どこか肩肘はって生活してきたのだろう。
勇次がいることで、どこかほっと力が抜けた感じがしていた。

周囲には、3人を夫婦・親子だと勘違いしている者もいるぐらいだった。
擬似家族とでも呼べばいいのか。
お互いがお互いを必要とする心地良い関係がそれからずっと続いていったのだった。

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