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−J-REITを考える(その4)−    

元々、証券会社では1口程度を購入する個人投資家よりは、法人の大口投資を優先する体質がありますので、証券会社の売り方に多くは期待できませんが、JREIT側も株価の値動きを気にするあまり目先の対策に終始している傾向にあります。
一時は険悪でもあった資産運用会社と証券アナリストとの関係も友好的になりつつあって、上場時から苦労の連続であった資産運用会社もようやく訪れたぬるま湯に浸っている感があります。
JREIT組成に尽力した不動産会社系オリジネーターも、一応資本市場への参入が果たせたということで安堵しているようにも見えますが、果たしてこれでよいのでしょうか。

「JREITは何のために創設したのか?」
「JREITが背負わなければならない役割は何なのか?」

という点をもう一度見つめて欲しいと考えています。

今日の株式市場の低迷を見ていると、個人金融資産のシェアの少なさが目に付きますが、これは、投資という考え方の弱い日本の金融資産の根本的な問題に対するアプローチがないことが原因です。
今日、リスクに対する姿勢は株式市場のみならず、金融市場にも共通の姿勢が蔓延し、金融機関も融資リスクを避け、個人金融資産もリスクを回避し、法人個人こぞって国債投資に傾斜しています。 社会活動にはつきもののリスクを誰も取らない、取りたがらない。
また財政難の国もリスクを取るには限度がありますし、国民のリスク回避志向によって国債消化が順調に進んでいる現状を肯定せざるを得ないという面もあります。
国内資本市場がリスクを取らなければ、当然海外資本はその市場から逃避しますので、今年になってからの外国資本の動きにそれが現れています。 政府と行政機構は難しい経済政策を論じて、目前の至極当たり前の現状を糊塗しているようにも見えますが、社会財である金融資産を使って自助努力を行なわなければ、資本主義が成立しないのは当然なのです。
誰がリスクを取るかではなく、皆でリスクを取らなければ資本市場は回りませんし、リスク無きところにリターンが無いのも原則中の原則です。
今日、このような観念論的な議論は影を潜めて、技術論が優先されているのも見方によっては日本的貧困とも言えます。
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