プロローグ

  産声

 まだ学生の頃、スイスのベルナーオーバーランでトレッキングをしたときから、ヨーロッパアルプス登攀は一つの目標で、ここ2、3年の間、夏になるヨーロッパの可能性を考えていた。 
 でも、国内にまだ興味のあるルートがたくさんあったこと、まだ早いかなという気持ちもあったこと、パートナーがうまく見つからなかったことなどで、結局、実現しなかった。

 今年4月、仕事の関係で一年間オランダに赴任している雨宮さんから「ヨーロッパにこない?」とお声がかかり、すぐさま「行きます!」と手をあげた。まさに「タイミング」だと思った。山行を計画するとき、特にパートナーを見つけるときにはタイミングが重要だ。
 と、ふと気づくと、手を上げたのは僕だけではなかった。
 最近クライミング熱がぐつぐつ沸騰し、週に一回パンプ2に通って、週末は必ず山に入っている「女ランボー」こと豊山嬢。あ、女ランボーって書いちゃった。許してね。彼女も「行くわよ!」って雄叫び(?)を上げていた。

 その後、GWに明神岳/東稜に行ったときに、パーティーを組んだ石崎嬢とイチローに、小梨平の雨音のテントの中で「オレ、夏にヨーロッパ行こうと思うんだ〜」ってあさっての方向を向いてつぶやいたら、あれよあれよとこの2人も行くこととなった。

 というわけで、雨宮、豊山、石崎、前田、原の5人でヨーロッパアルプスに挑むこととなった。



 ターゲット

 さて、メンツが固まり、まず第一に決めなければならないのは「ターゲット」。どこを登りたいか、である。
 今回はまず漠然と「ヨーロッパ」というテーマで遠征が決まったわけで、具体的に「アイガー北壁ねらいます!」ってなわけではなかったからこれが結構一苦労だった。
 僕は目標ルートだったマッターホルンのヘルンリ稜を登りたかったのだが、雨宮さんがすでにトレースしているということでボツ。僕もヨーロッパは始めてだし、向こうのクライミング事情や現地での情報収集状況、その他「登るためのノウハウ」を身に付けたかったので、これまで何度もヨーロッパを登ったことがある雨宮さんの意見は尊重した。他のメンツは、はじめはこれといって目標もなかったようだけど、行くとなったらみんなスゴイ勢いで研究しだし(僕は完全に圧倒されていた!)、あそこがいい、ここがいいとメンバー間でメールが飛び交っていた。そうそう、今回も計画段階での打ち合わせはほとんどメールで進んだ。時間のない社会人クライマーにとっては、とてもありがたいツールだ。

 そして、ある程度の方向性が固まった。

 ・アプローチが短く、短い期間で多くのルートにトライできるシャモニをベースとすること。
 ・ターゲットは今回のパーティーの技量を考えてAD前後のルートとすること。

 で、二転三転、七転八倒の末、

 ・エギーユ・ヴェルト(Aiguille Vert : 4122m) ウィンパー・クーロワール(AD)orモワヌ稜(AD)

 が第一のターゲットとなった。理由は「かっこいいから」。それだけ(^^;;;
 ヴェルトは、シャモニ側から見ると、有名なドリュの向こう側に連なるピークで、鋭いピナクル状のピークが何本も天に向かって突き上がっており非常にかっこいい。ウィンパー・クーロワールは有名登山家の名を持つとおりの良ルート。でも、実は僕はクーロワールは反対だった。クーロワールは気温や雪の状態など外的なコンディションに大きく影響を受ける。今回のメンツは雪壁となったルンゼルートの登攀経験がなく、同時に外的な要因によるコンディションの悪化を察知できる能力も低いと思ったからだった。で、僕は「モワヌ稜!モワヌ稜!」と言いつづけた。リッジルートであっても雪が乗れば悪いけど、皆それぞれ日本での経験があり、「万が一」のときの退却も比較的容易だと考えたから。でもところが、ウィンパークーロワールの記録は出ているのだが、モワヌ稜の記録は結局見つけ出すことができなかった。唯一、ピオラの本に少しだけガイドが載っているだけだった。
 記録が出ていない、ということで、僕も強烈にモワヌ稜を押すことをためらった。もしかしたら、クーロワールの方が登りやすいのかも・・・。
 結局、最終的には現地で情報収集して判断することとなった。

 ヴェルトはシャモニからでもアプローチとアタックで3日間かかる。残りの日数でミディ・コスミク山稜(Aiguille du Midi/arete des Cosmiques)とランデックス・南東稜(Aiguille de L'index/arete sud-est)に登ることにした。また、天候不順などの場合にそなえて、その他いくつかのルートを選定した。

 ちなみに、グランドジョラス・ノーマルルートも考えたが、モンブラントンネルが不通のままでイタリア側に抜けるのが容易でないため、やめた。


 ※ヨーロッパアルプスのルート・グレードは、簡単な順に

    F(facile)  簡単
    PD(peu difficile)  やや困難
    AD(assez difficile)  ある程度困難
    D(diffidile)  困難
    TD(tres difficile)  非常に困難
    ED(extremement difficile)  極端に困難

 となっている(引用:山と渓谷社「アルプス4000m峰登山ガイド」)。さらに日本と同じように+、−が付く。ピッチグレードは日本と同じで、ローマ数字。でも低いグレードのピッチでもナチュプロを使わなければランナウトってなピッチが多く、全体的に日本より辛めに見た方が良いと思う。

 ちなみに、マッターホルン/ヘルンリ稜はAD-。今回狙ったヴェルトのルートより簡単。グランド・ジョラス/北壁ウォーカー側稜はED。難しい。でも、登った人に言わせると、傾斜は思ったよりなく、ガッカリだそうだ・・・。



 文献

 僕らは以下の文献を参考にした。といっても、僕以外のメンバーが熱心に資料を集めてくれた。僕はいつもの「なんとかなるさ」ってな調子だった。

  ・アルプス4000m峰登山ガイド リヒャルト・ゲーテゲ著 島田荘平・島田洋子訳 山と渓谷社編
  ・モン・ブラン山群〜特選100コース〜 ガストン・レビュファ著 近藤等訳 山と渓谷社編
  ・Mont Blanc Massif 〜selected climbs〜  volume T・U  by Lindsay Griffin  ALPINE CLUB GUIDE BOOKS
  ・ピオラの本(題名忘れた・・・)
  ・その他、HPに掲載されている記録



 航空券

 5月のGW明けに押さえた。担当は僕。ジュッセルドルフに赴任している職場のM上司に大変お世話になった(大変ありがとうございました。)。でも結局使ったのはM上司に紹介してもらったチケットでなく(大変失礼いたしました。)、インターネットで予約ができる格安航空券会社「フレックス」で抑えたシンガポール航空の14万円チケット。この旅行時期であればこの値段は安い。
 シンガポール航空は当然シンガポール経由。シャモニに一番近いジュネーブには就航しておらず、チューリッヒin/out。所要時間は東京〜シンガポールが約6時間。シンガポール〜チューリッヒが約10時間。南回り便に共通していることだけど、昼に成田を出る便に乗ると(日付で)翌日の早朝にヨーロッパに着く。一方、ANAやJAL、ヨーロッパのキャリアの直行便だと、昼に成田を出る便は(日付で)その日の深夜(だいたい23時くらい)にヨーロッパに着くため、その日は空港周辺のホテルに泊まらなければならず、結局行動開始は翌日からになるのでシャモニでの行動条件に差はない。むしろホテルで寝坊する心配がないので、南回りの方が良いかも。僕らの便は朝の6時にチューリッヒに着き、そのままレンタカーを借りてシャモニに向かった。昼にはシャモニに入れた。
 ちなみに、僕はシンガポール航空の大ファンである。先般、シンガポール空港で事故がおきてしまったけど、サービスも良いし、きれいだし、機内食も豪華でおいしい。また、僕はスターアライアンスのマイレージコレクターなので、ちょうど良い。



 現地での宿
 
 雨宮さんの提案で、シャモニでのベースはホリデー・アパートを借りることにした。結果から言うと大正解だった。当初、貧乏な我々はロジェールキャンプでテント生活を送ろうかと思っていたが、ロジェールはミディへのケーブルの駅から遠くて不便。キャンプに置いておく荷物にも気を使わなければならない。それに比べ、今回泊まったホリデーアパートはミディケーブルの駅から徒歩2分くらい。シャワー付きだから山から下りてすぐに汗を流せるし、キッチンも付いているので自炊もバッチリ。3部屋あって、ソファーベッドも含めてベッドはちょうど5つ。値段は一週間(6泊7日)、リネン(シーツやタオル)、使用後のクリーニング込みで530GBP(なんでフランスなのにポンドで提示されたのか不明(^^;;)で約89,700円。一人あたり一日約2,990円。日本にくらべたら格安。鍵もキチンとしているし、駐車場も貸してもらえてレンタカーも入れられるし、目の前の広場にコンビにや雑貨屋、カフェがあって超便利。自炊すれば食費も節約できる。我々は女性陣の大活躍もあり、大いに自炊した(石崎さん、豊ちゃんありがとう)。
 宿の手配は雨宮さんが担当。これもインターネットで予約。便利な世の中だ・・・。



 レンタカー

 有持師匠や雨宮さんらのアドバイスで、ヨーロッパでの移動はレンタカーを使うこととにした。これも正解。まず、大きな荷物も積めるし、空港からもストレスなくシャモニに入ることができる。高速道路はすいているので早い。それに無料。フランスは有料だったけど・・・。スイス国内は制限速度があるので注意。
 シャモニはこじんまりとしているけど、それでも各ケーブルの乗り場までは移動することもあるし、特にガイアンの岩場なんかに行くのにもレンタカーは便利。ま、最初は左ハンドル、右車線に慣れるのに緊張するけど。
 レンタカーはランボー豊山が担当。これもインターネットで予約。値段は1800ccのワゴン車(ミツビシだった。車名は不明。日本では売ってないモデルみたいだった)で、車両損害補償、車両盗難保険、空港料込みで2週間で1092sfrnで約76440円。僕と豊山は一週間で帰っちゃったから、大体1,365円/人・日。これも鉄道移動代を考えたら安い。
 それから日本で国際免許を取ること。運転試験場に行けば30分くらいで発行してもらえる。写真が必要。



 保険

 必ず現地で山岳スポーツ保険に入ることをお勧めする。シャモニではスネルスポーツで簡単に加入できる。神田さんがいればなおスムーズに入れる。
 我々は日本で保険加入に必要なメンバーのID(本籍、生年月日、住所、電話番号、等々)を英語でまとめた一覧表を作成していった。スネルスポーツでこの一覧表を見せれば英語が苦手な人でもスムーズに加入できると思う。
 


 トレーニング

 事前のトレーニングといっても、普段の活動の延長線上で行った。ざっと、

 1.雪訓(滑落停止、クレバスレスキュー等々)
 2.北岳バットレス4尾根登山靴登攀
 3.クラック練習(ナチュプロセッティング)
 4.富士山高所順応

 などなど。でも1.と3.は原はサボった(^^;;;4.は夏の富士山の混雑に嫌気がさし、5合目まで車で行って退却。というわけで、個人的にはヨーロッパに特化したトレーニングは2.の北岳バットレス4尾根登山靴登攀しかやらなかったが、これはとてもためになった。ヨーロッパは基本的にミックスで、ルートによってはアイゼン、登山靴(プラブーツ)、フラットソールを履き替えながら登る。今回もアイゼンの着脱はかならず行うようなルートだったので、下部bガリーをアイゼンで登り、四尾根を重登山靴で登ったこのトレーニングは最適だったと思う。
 日本から参加の他の3人は雪訓にもクラック練習にも参加していた。でも、僕は結局全然トレーニングしなかった。



 装備

 飛行機の重量制限もあり、食料はすべて現地調達にした。装備は基本的に日本のGWくらいの時期の登攀装備を用意した。ウィンパークーロワールを登るということで、アックスは一応2本用意した。全体的に残置ボルトなどは少ないと聞いていたので、ナチュプロは多めに持っていった。ま、ルートによりますが。それから、ルートによってはフラットソールも。



 出発

 トレーニングは少なくでも登る自信はあったが、なんせ初めてのこと。他の準備は心配なことが多く、「ああ、こんなんで出発できるのかな〜」ってな感じで出発日を迎えた。

 さてさて、どうなることやら。



成田からシャモニへ

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