2. 室堂から薬師岳へ 〜白銀の別天地〜


5月1日(土)快晴

 前半の天気がわるかったこともあり、また直前で計画を変更したこともあったのでGWの山行にしては少し遅めの出発。4月30日の夜に横浜を出て、5月1日の早朝に扇沢に着き、アルペンルートで室堂に入る。途中黒部平でいつものごとくロープウェーへの待ち時間の間に蕎麦を食べた。最近、アルペンルートを行くときの定番になっている。

 室堂の駅舎から外に出ると、春のまばゆいばかりの光が燦燦と降り注いで、まさにバックカントリースキーのシーズン真っ盛りであった。室堂平一帯はバックカントリースキーヤーのシュプールがところ狭しとつけられていた。

 とりあえず、スキーを履いてシールを付け、顔にはたっぷりと日焼け止めを塗って出発。一ノ越を目指す。

 ところが、何を間違ったか途中から浄土山と室堂山のコルに向かって進んでしまった。ペースをつかむまで下を向いて黙々と歩いていたからしょうがないが、やってもうた・・・という感じ。なんてドジなんだろう。単独行でこれでは先が思いやられる。しかしこのまま降りるのもシャクなのでコルまで上がり、ウォーミングアップがてら一ノ越側に滑り込んでやろうということにした。フリートレックも久しぶりなのでちょうど良かった。と、なんでも前向きに、悪く言えば能天気に考えてしまうのも自分の性である。

 コルから斜めにトラバースするように一ノ越方面に滑り込み、山スキーヤーのトレースに合流したところでスキーにシールを付けて一ノ越を目指す。天気が良いために雪面の気温が高く、融雪してシールが効きにくかった。

 ほどなく一ノ越に到着。風が強くなった。バックカントリースキーヤーは東一ノ越に向けて滑り出している。オートルートはこのまま御山谷を少しすべり、鬼岳に登り返すことになっているが、どうも見た感じ鬼岳への登り返し口が見つけにくそうなのと、東一ノ越へのシュプールはあるものの、鬼岳方面へのシュプールがなかったので躊躇し、悩んだ挙句しょっぱなで敗退というのも情けないので確実に龍王岳を回っていくことにした。というわけでスキーをザックに縛り、アイゼンも履かずに一般登山道から龍王岳を目指す。龍王岳のテッペンからドロップするエキストリーマーもいた。

 富山大学立山研究室のある龍王岳直下のピークから龍王岳の山頂をまくように夏道を鬼岳へと進む。遠くには本日の目的地である五色ヶ原小屋が見える。ルートは全く難しくはないし、こっちの道にはトレースがあった。

 鬼岳とのコルで小休止し、タイムロスをしているので先を急ぐ。が、しばらく行って小休止場所にピッケルを忘れてきた事に気づき取りに帰った。鬼岳への登りにさしかかろうというところで御山谷からスキーを履いて上がってくる2人パーティーを確認。彼らは一ノ越から御山谷にドロップしたのだろう。なんとなく他のパーティーがいるとホッとするような妙な気分である。とともに、追いつかれたくないという元来の負けず嫌いも顔を出すからしょうがない。

 鬼岳へは左側にトラバースするように肩へと這い上がる。ここから獅子岳とのコルまで滑れるようであるが、僕はなんとなく鬼岳の頂上が踏みたかったのでアイゼンのまま鬼岳まで上がった。そこからドロップしようかと思ったが、頂上からは滑れそうな斜面はなく、結局アイゼンのままコルまで降りた。なぜみんな肩から滑り込んでいるのか分かった。

 獅子岳へはまた若干の急登。獅子岳のテッペンで先行6人パーティーに追いつく。獅子岳からは若干黒部湖側に下ったところから急峻なルンゼがザラ峠に伸びている。ここからスキーに履き替えてドロップ。斜度40〜45度くらいでかなり感じの良いザラメで、快適にターンを決める。天気もよく爽快で、今回のベストランであった。

 しかしここまで歩き続けた足での滑降はきつく、鞍部までくるとふくらはぎがパンパンになってしまい、スキーをはずそうとした瞬間足がつってしまった。おかげでザラ峠から五色ヶ原への登り返しがすこぶるきつかった。

 五色ヶ原に這い上がると、そこは真っ平の別天地であった。遠くには五色ヶ原ヒュッテと五色ヶ原山荘が見え、あと一息で今日のアルバイトが終わると思うと疲れた身体も少し軽くなった。しかしこの時期、五色ヶ原一帯は一面の白い雪なので目標物はなにもなく、濃霧時には絶対に入り込んではならないと思った。

 五色ヶ原小屋には先行パーティーがすでにくつろいでいた。手続きを済ませ、ストーブで濡れた手袋や靴下、シールを乾かす。火力の強いストーブで濡れモノを乾かせるのも小屋泊まりの利点である。夕食時には鬼岳への登りで後ろから来ていた2人組と山の話で盛り上がった。かれらはやっぱり一ノ越から御山谷にドロップしたそうだ。自分も躊躇せずに行けばよかったと思った。また、こういったふれあいも小屋泊の醍醐味だな〜とつくづく感じた。


5月2日(日)快晴
 今日は太郎平までのロングランで、この計画で一番きつい一日となる。

 自炊のため朝食を待つ必要もなく、朝5時に出発。すでに4:30に6人パーティーが出発していたが、小屋の主人からは「あんたならすぐに追いつくやろ」と言われて少し良い気分になる。黎明の爽快な五色ヶ原を、シールを付けたスキーで突き進んだ。本当にこの五色ヶ原は自然の雄大さを目の当たりに出来る。天気も良いし、風もゆるい。スキー歩きにはもってこいであった。

 夏道は鳶山のピーク沿い、稜線沿いを進んでいるが、この時期は中腹を巻くことができる。しかし、越中沢乗越への下降は先が見えずドロップするのは危険と判断。ここで先行パーティーに追いつくが、先行パーティーにならって稜線に上がり、アイゼンで下ることにした。

 越中沢乗越で小休止とともにキジうち。この間にさっき抜かした6人パーティーにまた抜き返される。そこから非常に広くゆるい斜面を越中沢岳に向かって歩く。この斜面も広すぎるくらい広いので、濃霧時には注意が必要である。

 広い越中沢岳にたどり着くとスゴ乗越までは急峻な岩稜が続くためスキーの出番は当分ない。比較的痩せた尾根を下り、最低鞍部に出てさらに急登をスゴノ頭に向かう。最低鞍部ではビバークしている人を見かけたが、停滞してこのあたりを滑っているのか、あるいは寝坊したのか良く分からなかった。おそらく後者であろう。

 スゴノ頭への急登を終えると、今度はスゴ乗越まで一気に下る。今年は雪が多かったのかしっかり残っており、比較的下りやすかった。とともに、遠くに大きくそびえるこの山域の雄、薬師岳への激しい登り返しを考えると気が重くなる。

 スゴ乗越までくだり、小休止した後、今度はスキーにシール+スキーアイゼンでまずは間山を目指す。ここから薬師岳の頂上2,936mまで標高差約750mを一気に上がるのであるから、気合を入れなおす。

 間山までは稜線というより小広い雪面でスキーでも行きやすいが、途中であまりにも傾斜が出てきたのでアイゼンに履き替えて登った。間山から北薬師までは広いハイマツ帯を抜け、徐々に傾斜を増す雪面を登る。ハイマツ帯を抜けるのにスキーを脱いでしまったのでいまさらスキーに履き替える気にもならずアイゼンで登り続けた。快晴でほぼ無風。音もなく、白い雪と光の世界を孤高のごとく行くという感じで非常に気持ちがよかった。

 北薬師の手前、2,800mピークのあたりから急に稜線が険しくなり、さすがに3,000m近くに達したかなと言う気分になる。いよいよスキーの出番はなく、ところどころ痩せた尾根を進む。気流が少しずつ激しくなり、雲も多くなってきた。でも目標である薬師岳がいよいよ間近に迫ってきているので気分的には楽だった。

 北薬師から薬師までは岩稜帯を進む。風が吹き抜けるためところどころハイマツがむきだしになっていて歩きにくい。薬師岳への最後の登りはゴツゴツした岩稜となり、アイゼンもやっかいだったので外した。薬師岳に達すると太郎平から上がってきたバックカントリースキーヤーが大勢迎えてくれた。とともに、黒部源流の山々が一望でき、これまでのつかれが吹き飛んだ。

 さて、ここからがこの日のクライマックス。薬師岳のテッペンから薬師峠まで、これまで登ってきた標高差にほぼ等しい700mを一気に滑降する。

 薬師岳本峰からまずは南側の非難小屋のある小ピークまで吊尾根状の稜線をすべる。勢いをつけてうまくすべれば小ピークのテッペンまでそれほど踏み上げをすることもなくたどり着ける。この小ピークからは左手に東南稜が派生しているが、視界が利かないときには東南稜に迷いこまないように注意が必要である。昭和38年冬にはこの東南稜の2,650mピーク付近で愛知大学のパーティーが大量遭難している。

 ここから一気に薬師岳山荘に向かって滑り降りる。爽快!の一言であった。斜度もほどほどで雪質もよく、疲れた足など気にならないくらいであった。一気に薬師岳山荘まで滑り降りた。
薬師山荘で一休みし、今度は少し薬師沢側に進路を変えてすべる。これをすべり過ぎてしまうと薬師平を過ぎて本当に薬師沢まで降りてしまうので注意。途中、ケルンのあるあたりから右に入り込み、ハイマツと潅木帯を縫うように続いている雪面をたくみにすべり、ほぼ夏道と同じようなトレースを経ると、ポンっと薬師峠にでる。薬師岳のテッペンから休止も含めて30分かかっただろうか。しかし本当に爽快だった。この薬師岳の南面はバックカントリースキーのメッカになっているようだが、それも当然だなあと思った。こんな爽快な一枚バーンはなかなかないのではないだろうか。

 さて、薬師峠から少し上り返すと、前日の最後と同じように平原に出る。今度は太郎平である。やはり前日と同じように遠くに太郎平小屋が確認でき、今日の宿とする。15:30に到着。小屋の主人から五色を何時に出たかと訊かれ、朝の5時ですと答えると「それは相当強ええな。いっぺん滑りを見てみてぇ」と言われ、またまた気分を良くする。たしかに稜線上では先行パーティーをごぼう抜きにしてきたもんなぁ〜と今日の長い行程を振り返った。ARIには有持さんや藤川さんという、八ツ峰を日帰りでやっちゃうような化け物がいるので普段から自分は体力がない奴だと落ち込んでいたのだが、やっぱり彼らの次元が違うだけなのだろうな、とか思ったりもした。




3. 遭難者の発見

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