ローズピーク&サウスピーク

頂上を目指して


 腕時計の目覚ましで起きれるかどうか心配だったが、なんとか朝2時に目を覚ます。当然あたりは真っ暗。でもワラスハットは電気が通じているので準備も楽チンだった。着替えてパッキングをし、ラバンラタのレストハウスに向かう。
 レストハウスはすでに賑わっていて、朝食を取っている人もいたが、僕はいくらなんでもこの時間に朝食はないな〜、って感じだったので、降りてきてから朝食を取ることにする。行動食があるから頂上までは持つだろう。レストハウス内の椅子に座ってサイユンを待つ。
 ところが、約束の2:30になってもサイユンは現れない・・・、どうしたのかな〜、と心配しつつ、どんどん頂上に向かうトレッカーたちの姿に若干焦りつつ、待つ。昨日友達になったオーストリア人のお兄ちゃんが、どうしたの?と話しかけてきたので、僕のガイドが来ないんだ、と言ったら、きっと寝坊してるんだよ、だって。さらに「ガイドのbed roomは階下にあるみたいだよ」と教えてくれた。でもま、寝床まで襲撃するほどでもない。マレーシアの時間感覚は沖縄に共通するものがあるようだ。ヒマラヤを一緒に歩いたナレンドラは時間には正確だったような気がする。奴は凄くまじめだった。南国の島国だとこれくらいでないといかんのだろうな〜。
 15分ほど待つとサイユンがやってきた。「sorry, sorry」と飄々としたものだったけど、それがなんとなく憎めないのがサイユンのキャラであった。早々とレストハウスを出、暗闇の中ヘッテンを付けて頂上を目指す。
 ラバンラタレストハウスから先は荒涼とした岩稜帯になる。かなり急峻で、梯子やロープが据え付けられているが慣れていいない人には危ないかもしれない。
 まず、いきなりの急登。パナール・ラバンの大岩壁の右端を這うようにして高度を稼ぐ。急峻な登りには梯子や階段がつけられている。既に昨日の登りで僕のペースを知っているサイユンはガンガン飛ばす。先に出たパーティーをほとんどごぼう抜きにしてしまった。
 やがてロープがかかったU級程度の岩がでてくる。これもフィックスをたよってゴボウで登る。岩は登山靴でもフリクションがバリバリ利くので登り易い。そのうち上に向かって左にトラバースするようになり、しばらく行くとサヤッサヤッ小屋(3,668m)が現れる。ここで休憩を入れた。中には公園の管理担当の人がいた。ベッドも付いていてなかなか快適そう。完全自炊するのであればここに泊まるのも悪くないかもしれない。どうやって予約をするのかわからんけど・・・。ここで日本から持ってきたバーム粉末を溶かした水を飲み、初日のパレスホテルの部屋にサービスで置いてあったチョコや日本から持ってきたクッキーなどの行動食を口にする。
 サヤッサヤッ小屋を出て再び頂上を目指す。またフィックスのかかった岩稜の急登。岩稜帯は日本とは全く違って、ハイマツもなければコケすら生えていない。熱帯雨林にあるはずなのに、まるでヨーロッパアルプスの岩肌みたいだった。ちょっと意外。おそらく標高が高いからなのだろうなと思う。なんといっても、既に日本で唯一のツンドラ気候の富士山の頂上の標高を越えているのだから。
 フィックスがかかっているとはいえ岩稜の急登は結構キツイが、イーブンペースを保ち、呼吸を整えながら岩肌を登る。ほどなく一番先頭を歩いていたアメリカ人のパーティーを抜かし、とうとう我々が先頭になってしまった。サイユンはさすがにガイドだけあって余裕で飛ばしていく。
 サヤッサヤッ小屋を出てしばらく急登を続けると、突如傾斜が緩み、プラトー状の地形に達する。ここらへんから左にサウスピーク、右にドンキーズ・イヤーズ・ピークなどが見えるはずだけど、真っ暗で何も見えない。しかも広いのでルートを外すと危険。マーキングはなく、フィックスロープが目指す最高峰ローズピークに導いてくれる。くれぐれもフィックスロープを見失ってはならない。
 プラトーに出てからは、緩やかな登りを黙々と進む。緩やかとはいえ、標高が高いせいか結構キツイ。イーブンペースを崩さないように、呼吸が乱れないように気をつけながら行く。
 やがて薄暗がりのなか、目の前にピナクル状のピークのシルエットが確認できるようになると、サイユンが「あれがローズピークだよ」と教えてくれた。それは他のピナクル群を同じで、プラトー状頭頂部からニョキっと角が突き出ている感じ。ピナクル自体は結構カッコいい。
 頂上が見えると急に元気になり、最後のピナクルの急登も嬉々として取り付く。しかし、経験の差か、この登りでサイユンに少し離される。やっぱり4,000mを毎日のごとく往復している奴にはかなわない。



<peak! ニッコリ (^^)
 目の前にpeakを表す英字の看板が見え、頂上に達した。我々が一番乗りで、サイユンと握手。頂上は狭い。しかーし、予定より全然早く、4:30に到着してしまった。日の出は5:30くらいとのこと。なんと一時間も待たなければならない!登り切った直後の身体が暖かいうちは良かったが、そのうちさめてくると赤道付近の熱帯雨林とはいえ4,095.2mの標高は涼しいを通り越して寒い。たまらず雨具を着込み、念のため持参したシュラフカバーにくるまって寒さに耐えながら一時間もご来光を待つことにした。サイユンは風がよけられる岩陰で休んでいた。
 後から登山者が続々とやってくるのを眺めつつ、丁度小一時間待つと、東の空が明るくなりはじめた。シュラフカバーから出てカメラを構える。いよいよ赤道直下の高峰の夜明け!

<キナバル山からの夜明け>
 キナバル山からの朝日は本当にすばらしかった。あたり一面の岩峰群をほの赤く染め、まさにモルゲンロートそのものだった。しばし息を飲んで佇む。この山は頂上でご来光を見るのが定番となっているようだが、この光景を見て強く納得した。

 そんな風に恍惚としながら佇んでいると、やがてモルゲンロートも消え去り空が青くなりはじめる。明るくなると、ロウズピークの周りを取り囲むピナクル群がはっきりと見え、見れば見るほど登りたくなる。北西には親指岩ピーク(oyayubiiwa peak)という日本人が付けた日本名がそのまま公式名称になっているピークがあり、その基部にはロッククライマーが使う避難小屋が認められる。第二の高峰、セント・ジョーンズ・ピークはクラックが発達しており、基部から頂上まで4〜5ピッチは切らなければならないだろうか。我々が来た道、サヤッサヤッ小屋方面には若干低いピークが連なっている。面白いのは名前で、キング・エドワード・ピークはなんとなく昔エドワードっていう王様がいたのかなと思ったりするが、アグリー・シスター・ピーク(Ugly Sister Peak)はさすがに強烈である。醜い尼さんの意なのかもしれないが、思わず我が姉の顔を思い浮かべてみたりもした。

<親指岩ピーク:3,975.8m>
 すっかり陽が登ったころ、サイユンが「そろそろ行こう」と言うので頂上を離れる。帰りはサウスピークに寄ってもらうことにしてあるので、早めに行かなければ。といっても、どう考えてもここのコースタイムは僕らのペースの2〜3倍の設定なので、余裕に決まってるじゃん、と思ってはいたが、ま、過信は禁物だしね・・。
 プラトー部に降り立ち、しばらく下り、サヤッサヤッ小屋への急斜面にかかるところで、さしずめ独立標高点という感じでニョキっとサウスピーク(South Peak 3921.5m)が飛び出ている。我々は急斜面を降りず、サウスピークにトラバースする。サウスピークに向かうのは我々だけで、下山するパーティーは好奇の目で我々を見ていた。
 サウスピークの基部に付くと、まあピナクル部分は50mあるかないかという感じで、しかも南側に回り込むと傾斜もなく、確かにこれはノーザイルで行けるわな、という感じだった。ノーザイルなので念を入れて持ってきたフラットソールに履き替えたが、登山靴でもなんとかピークまでいけそうだった。しかしそこでサイユンが立ち止まる。「僕はここから先は登れない。どうぞピークまで行ってきて」と言ってニコっと笑う。へ、登らないの?どうやらサイユンはトレッキングガイドで、クライミングの心得はないようだった。ま、どうせノーザイルだし一人で行くか、ということで荷物をサイユンに預け、一人で上がる。ワイドな溝に沿って進み、U〜V級程度の登りであっという間にピークへ。ピークは50cm四方くらいで、避雷針のような棒が立っている。ちっこいピークとはいえあまり人が登らないピークに立つと爽快。サヤッサヤッ小屋へ下山するパーティがこっちに手を振っているので、僕も手を振って答える。ちょっと優越感に浸る。ひとしきり頂上を楽しみ、サイユンが下で待っているので下降する。登りより慎重に下った。

<サウスピーク>
 ちなみにサウスピークのノースフェースは30m×2くらいの面白いフリールートが拓けそうだった。実際にルートがあるのかは不明。基部にアンカーらしきものは見あたらなかった。それから通常のパーミッションではサウスピークは登れないことになっているらしい。僕の場合、ロッククライミングピッチを登りたい!という当初の希望を察してEB社がガイド側にお願いしてくれたのでサイユンが立ち寄ってくれたが、本当は違法なのかもしれない(^^;;;
 さて、一般道に合流して、急斜面をサイユンと一緒に駆け下る。二人でヒョーとか奇声を上げながら、またもや下降する他のパーティーを抜き去りつつ、風を切りつつ下り、あっという間にラバンラタレストハウスに到着。アップダウンがないルートというのは登りも下りもまことに早い。

 ラバンラタレストハウスで朝のパナール・ラバンの大岩壁を眺めながらご機嫌な朝食をとる。ここでもマレーシア料理の定食という感じの朝食だった。
 朝食を取り終え、お茶をすすりながら岩壁を眺めているとサイユンが近づいてきて、「何時に出発する?」と聞く。時刻はまだ8:00だし、早く下っても迎えのニヴェルはいないだろうからゲートで延々と待つことになるだろうし、11:00に出よう、というと、それはさすがに遅いので10:00にしよう、とサイユン。さっきの調子で駆け下れば一時間半もあればゲートまで下れてしまうであろうが、コースタイムは下り4時間だそうなので(ちなみに登りのコースタイムはゲートからラバンラタレストハウスまで6時間半。我々は2時間半程度で上がってしまった)、サイユンがガイドとしてそう言うのも無理はないか・・・。ということで彼に従う。時間が空いてしまったので、また個室のワラスハットに戻って昼寝。昨日の寝不足を解消する。

<ラバンラタレストハウスから:借景>
 10:00になってワラスハットにサイユンが起こしに来てくれた。準備をしてラバンラタレストハウスまで戻って鍵を返し、下山する。またもや二人で風を切るように駆け下り、あらゆるシェルターを無視する。そんな風にして下る間にも、サイユンはすれ違うガイドやポーターすべてに声をかけて、とても楽しそうに二言三言会話をする。会話は現地語なので全然わからなかったが、向こうの人はそういうものなのか、それともサイユンの人柄なのか。
 結局、僕の予想どおり1時間半程度でゲートまで降りてきてしまった。ほら言わんこっちゃない〜、もっとワラスハットで寝ていればよかった〜と思ったのも束の間、なんとニヴェルは早めにゲートに来てくれていた。エキゾチック・ボルネオ社の車で寝ていてたニヴェルを起こすと、我々の早い到着に若干驚いたようだった。ま、ラッキーだった。車で公園事務所に向かう。
 公園事務所では登頂証明書を発行してもらった。登頂証明書は立派だったが、僕の旅行はトランクなど持たないわけで、日本まで皺を作らずに持ち帰るのは至難の業、というか不可能だった。
 サイユンと握手をして別れる。とても良いガイドだった。またよろしくね、と。ま、サイユンにとっては僕などキナバル山に五万と訪れるトレッカーの一人でしかないのだろうけど。

<登山ゲート付近で見つけた花。スミレみたい・・・>
 さて、今日はコタ・キナバルまで戻る。とりあえず公園内のゲート近くにあるバルサム・レストランで食事をとる。テラス様になっていてジャングルを眺めながらの食事は南国だな〜、という感じだったが、ここもまたマレーシア料理の定食コースという感じのものを出された。これで4回目。美味しいのだけど、いい加減ヌードルとか他のマレーシア料理を食べたいな〜と・・・。席に着けば何も注文しなくても食事が出てくるので楽だけど、食事までツアーでアレンジしてもらうというのもちょっと考え物かなと思った。

 一昨日に来た道をコタ・キナバルへ向かう。ジャングル高原を越え、左右に断続的に現れる焼き畑を眺めてエコロジカルに疑念を抱きつつニヴェルが運転する車で山を下りた。
 下る途中、ニヴェルが突然「君は車を持っているの?」と聞いてきた。持っている、と言うと、車種やら値段やらを熱心に聞くので、丁寧にミツビシ製のパジェロで4WDで中古で値段は○○万円だったと答えた。するとニヴェルはひゃ〜と言った表情になり、ローンを組んだのかと聞いてくる。そうだ。ローンを組んだ。で、ローンは払い終えたけど、その間はあまり貯金はできなかったよ、などと話す。するとニヴェルは「やっぱり君はリッチじゃないか、車も持っていて遙かボルネオ島にまで旅行に来れるのだから」。言われてみれば確かにそうだな、と思った。きっとボルネオ島では自分の車を持つのも結構難しいのだろうなと。同年代のニヴェルが僕を通して何を見ていたのか、ちょっと複雑な気持ちになった。
 さらにその後の会話でニヴェルがなんでそんなことを言うのか、一部氷解する感じだった。「君が今晩泊まるホテルはタンジュンアル・リゾートって言うんだけど、知っているかい?」とニヴェル。僕は「知らない」と答えると、「five starsだ」だって。え〜!マジ?と、目ん玉飛び出るくらいのビックリ仰天。これまで貧乏旅行しかしたことのない僕は5ツ星ホテルになど泊まるつもりもなく、頭にもなかった。おそらくエキゾチックボルネオ社の粋な計らいなのだろうけど、まさか五つ星をアレンジするなんて。ま、きちんとiternaryを確認しなかった自分も悪いといえば悪いが、つまり日本で言うところのオークラとか帝国ホテルなわけだよな・・・、とほとんど茫然自失だった。というわけで、最終日、チェックインするその日に、最後に泊まるホテルが五つ星であることが判明した。まったく我ながらおめでたい性格である。

<タンジュンアルリゾートでの夕陽>
 車はコタ・キナバルの市街地に入り、なんだか逗子マリーナのヤシ並木みたいなリゾート気分の道に入ると、エントランスから5ツ星そのもののタンジュンアル・リゾートに滑り込んだ。ああ、こんな天国のようなところに山帰りの臭くて汚い姿で降り立つとは、世にも珍奇なミスマッチと言わざるを得ないな〜とブルーになりつつチェックインを済ませ、「じゃあ明日の午後2:00に迎えに来るから」と、僕を一人にするなっ!という我が心の叫びを知るよしもないニヴェルは無下もなく言い放ち、去っていった。と、ベルボーイが近づいて来るではないか!何を部屋に運ぼうっちゅうんじゃ〜・・。まさかこの汚いザック・・・。うお〜、寄るな〜、触れたら爆発するぞ〜と心の中で叫んでみたが、ニコニコ愛想の良いプロのホテルマンスマイルを浮かべながらキナバル山の土にまみれたての汚いザックをつまみ上げられると、もはやこれまでと堪忍せざるを得なかった。ベルボーイに連れられ、まるで南の王国の宮殿のような廊下を我がツインルームに向かう。悪臭を放っているに違いない我が身をベルボーイから遠ざけつつ、部屋に入ってやっと好奇の目から隔離されたと思いきや、なにやらフリフリのフリルがついた嫌に高級感ただよう部屋に、貧乏性が根に付いた我が身はシャワーで泥を拭い去ったとしてもマッチングするわけもなく、哀れ遙かコタ・キナバルの落ち着かぬ夜を過ごす羽目となった。ただ、目の前のホテルのプライベートビーチの遙か水平線に沈む夕日は、本当に天国のように綺麗ですこぶる感動した。しかしそれも、ふと我に返ればカップルで寄り添いつつ見るべきものであることに気づき、ゆめゆめ一人で眺めてはならないと、三十路独身は誓うのであった。

<キナバル山頂付近の朝焼けに染まる岩肌>


















帰国

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