・横岳/石尊稜(2000.3.18)



 1月の黄蓮谷、いや、正確にい言うと年末の小窓尾根が終わって「燃え尽き症候群」に陥っていた。山に行く気がしないのだ。丁度良いタイミングで仕事が再び「家に帰れない」ほど忙しくなり、秋の穂高以来痛めていた足の付け根の痛みもひどくなり、それが理由で1月の大同心を敗退したこともあり、結局2月いっぱいは山に行かなかった。いろいろ理由はあるけど、やっぱり「剣燃え尽き症候群」が一番の理由。どうもモチベーションが上がらない。聞けば、福島も同じような状況らしい。

 といわけで、先週(2000.3.11(土))の広沢寺が久しぶりだった。広沢寺では、長く岩にさわっていなかったのに思ったより調子がよかったので、次の週に八ヶ岳に入ることにした。(それでも、復活山行にいきなり鹿島槍はやめた。)



 いつものとおり、金曜日の夜はバタバタ仕事を片づけなければならない。せめて22時にオフィスを出ないと、25時の約束に間に合わないから大急ぎである。この時間まで集中力を維持して仕事をするのはさすがに疲れるのだけど、山に行くために必死。

 家に23時半に着き、天気予報と気象情報を確認する。すると、三連休だというのに天気が良いのは土曜日だけ。日曜日は大荒れ、月曜日は回復傾向だけど八ヶ岳の稜線では風が強そうだった。鹿島槍に行く予定だった雨宮・福島パーティーも八ヶ岳に転進し、しかも天気を考えて土曜日一日で大同心に入るという。う〜ん、と悩みつつ、25時にバイクで我が家までやってきた酒井に土曜日一日で石尊稜を提案。すると、3日分の装備を持ってきた酒井は若干不満気であった。
 「でもさあ、俺、一日分の装備しかパッキングしていないのだよね・・・。えへっ!」と不二家のペコちゃんのように舌を出してみた。そんな先輩の姿にあきれつつ、酒井は「・・わかりましたよ、もう・・・」と牛になりながら納得してくれた。

 2月に買ったばかりのパジェロ君で一路美濃戸口へ。途中、双葉PAで寝てしまい、若干焦るも6時ちょいすぎに到着。すでに雨宮・福島がいた。

 ここで雨宮・福島をひろって美濃戸山荘へ。この美濃戸口〜美濃戸山荘間の悪路のために買ったパジェロ君は、その性能をいかんなく発揮。所々凍っている急斜面をノーチェーンで余裕で走破してくれた。う〜んパジェロ君にして良かった。

 大同心に行く雨宮・福島パーティーは先に出発。我々は余裕の石尊稜なので、ゆっくりゆっくり準備し、7時20分に美濃戸山荘を出発。柳沢北沢を約一時間ちょっとで赤岳鉱泉にたどりついた。

 小休止し、大同心組を「まあ、天気も良いしがんばりたまえ!」と送り出し、9時過ぎに出発。年輩の5人パーティーと一緒にだった。彼らも石尊稜とのことで、「こりゃ先に行かせてもらおう・・・」とたくらむ。こんなパーティーに先行されたら、日が暮れてしまう。

 中山乗越への道が沢をわたるところがある。この沢を詰める。本当は一般道をもっと中山乗越方面に詰めてから藪をこぎ分けて沢筋に降り立つ方が早いようだが、初見者の我々にはわからんかった。ところが、この沢はいきなりラッセルだった。先週中に降った雪は結構多かったようだ。


<三叉峰ルンゼと日の岳ルンゼの二俣を眺める。正面が石尊稜。>

 しばらく進むと右の藪の中からトレースが現れた。どうやら先行パーティーがいるらしいが、これでラッセルせずに済む。しめしめ、これで楽にアプローチできるわい、とニンマリ。トレースは石尊稜末端の二俣から三又峰ルンゼに入り、程良いところで稜上に上がっていった。この二俣を右に入り、さらに二俣を右にいくと、わらじの会パーティーが雪崩にあった日の岳ルンゼ。ビーコンでの早期救出を成功させた、特筆すべき事故例がそのルンゼで起こったのだった。以外に急な日の岳ルンゼをながめながら、しかしやはり新雪50cmであればさすがにこのルンゼは詰めないなあ、と思った。僕がその状況にあったら、たぶん中山尾根とかに転進する。

  稜上にあがるとバリエーションっぽくなってくる。しばらく行くと下部岩壁がどーんと現れる。先行パーティーが一ピッチ目を登攀していた。

 下部岩壁取り付きにはアンカーに適した木が数本立っているので、それを使う。我々はここでハーネス等をつけた。が、足場が悪いので初心者がいる場合にはもっと下で準備をすべき。11時登攀開始。

 一ピッチ目、原リード。超久しぶりのアイゼンなので、最初はやはり感覚がおかしい。たかだかV+なのに、いまいちアイゼンに立ちこめないという感じであった。このピッチは出だしの数歩がホールドがなく若干嫌らしいが、まあ問題はない。ピンも豊富にある。25メートルくらいのばして足幅3つ分くらいのテラスに上がり、コール。

 二ピッチ目、酒井リード。登攀チックなのは出だしの凹角だけで、あとは雪の乗った草付き。ブッシュで二カ所ランニングをとり、頭上の岩峰を左から巻くように這い上がる。これも35メートルほどのばしてコール。終了点は灌木である。

 ここから先、4ピッチほどスタカットで行くと書いてあるトポもあるが、我々はコンテで行くことにする。ところどころ岩の露出した壁が現れるが、手がかりもありしっかりアイゼンワークが身に付いていれば行ける。適当にランニングを取りながら進み、肩状のピークに上がると急に傾斜が緩くなる。ここから先が中間部の雪稜。ここでしばし休憩。

<下部岩壁1ピッチ目の出だし。原リード>
 小同心方面には人が見える。大同心に向かった雨宮・福島ペアはどこにいるのだろう。無線で呼んでみるが応答がない。いずれにせよ、我々の方が早いに違いない。ゆっくり休憩。ピーカンの、そろそろ春の青空は最高だった。

 上部岩壁は間近に見えており、ここでザイルをたたむのも面倒なので、コンテを続けることにする。酒井にトップを変わる。簡単な雪稜を進むと、上部岩壁にぶち当たる。アンカーはすぐに見つかる。

 上部岩壁一ピッチ目、原リード。このピッチをリードしないと面白くないよ、と酒井に言ったのだが、彼は「こんなバカバカしいピッチ、別にいいっす。ザイル渡すのも面倒臭いし。」と豪語しつつリードを譲ってくれた。

 凹角からリッジにでるこのピッチはホールドも豊富で程良く高度感もあり、とても気持ちがよかった。ただし、残地ハーケンやボルトはなく、ランニングは岩角やピナクルで取らなければならないので要注意。長めのシュリンゲを多くもっていくと役にたつ。

 ピナクルを回り込んでルンゼに入り、雪壁を数メートル行くと「私を支点に使って、お願い!!」と言わんばかりの丁度よいピナクルに出くわす。ここでコール。このピナクルは大きさといい位置といい、本当に支点になるためにそこにあるようなピナクル。一目でわかる。

 上部岩壁2ピッチ目、酒井リード。リッジを少し進み、左側のルンゼに入ると傾斜の緩いただの雪壁になる。出だしだけビレイしたが、ロープがほどよくのびたところでコンテにしてしまう。ルンゼをひたすら詰めると、80メートルくらいで石尊峰のてっぺんに出る。ピーカンのもと、最高のパノラマが開けていた。14:00。酒井とガッチリ握手。

 ・・・というのも束の間、すぐにハーネスをはずしにかかる。もう限界じゃっ!上部岩壁に近づくあたりから下腹部がぎゅるぎゅる鳴り始めていたのだが、ここへきて爆発寸前であった。硫黄の石室まで我慢しろなんて「死ね!」と言われているに等しい。岩陰に回り込んでパンツをおろし、目の前をうろうろしている酒井に「はやくあっち行けよ!」と本気でどなり、用を足す。ふう〜、と力が抜け幸福感が満ちあふれる。激しい便意から解放される瞬間って、なんでこんなに幸せなのかしら、ウフっ!と目を細め、パンツを上げながら振り向くと、後ろには石尊稜の稜線が真っ正面に延びていた。ちょっと恥ずかしかった。しかし今回は「登った」という達成感よりも便意からの解放感による充実感の方が大きい。ま、石尊稜だしね。そんな時もあるさ。

 さて、どちらを下ろう。早いのは地蔵尾根行者小屋経由美濃戸(中国語みたい。)。でも、これだと美濃戸で大同心ペアを相当待つことになるだろう。彼らを無線で呼び出してみると、バンドにたどり着いたところらしい。

 「それがさあ、雲稜の取り付きでヘルメットを落としちゃって、南稜に転進したんだよ。」と雨宮さん。様子を見て行けそうだったらドームを登るし、難しそうだったら懸垂で降りるとのこと。ヘルメットなしで南稜の3ピッチを登ったなんて、強者だなあ。フォローとはいえ、リードからアイゼン・キックを食らったら終わりだ。

 彼らは時間がかかりそうなので、こちらも時間稼ぎのため硫黄を回って下山することにする。絶好の天気での稜線歩きは最高だった。横岳主峰ではバンドから懸垂を始める雨宮・福島ペアが見えた。どうやらドームはあきらめたらしい。声を出して手を振るが全然気が付かない。きっと懸垂に集中していたのだろう。

 硫黄のてっぺんからは例のごとく駆け下り、15:30赤岳鉱泉着。そのまま美濃戸山荘まで降りると、大同心ペアはまだいなかった。20〜30分ほど遅れて大同心ペアが到着。登高研の恵川・伊藤ペアも赤岳から降りてきたところだった。

 美濃戸山荘から美濃戸口までの下りもパジェロ君は余裕だった。疲れた身体でここを歩くのに比べたら天国だ。その後、恒例の鹿の湯で汗を流し、ほうとうを食べて東京に向かった。

<総括>
 とても気持ちのよい山行だった。ルート自体は、阿弥陀北稜よりは難しく、赤岳主稜よりピッチ数が少ない分楽だが、岩自体はちょっと難しいという感じ。冬壁に向かうための最初の一歩としては最適のルートと言える。

 また、石尊稜取り付きは中山尾根等に比べると標高が低く、バリエーション部分が長い。横岳西面の中にあって、この尾根の特徴となっている。

 岩登りのグレード自体はそう難しいものではないが、ミスは死亡事故につながる。慎重に行動すべき。特に、上部岩壁は残地ハーケンがなく、長めのシュリンゲをたくさん持ち、技量に合わせてランニングを取っていくべき。ランニングを取る岩角は豊富である。

 天気がよければ、とにかく最高の眺めが堪能できる尾根である。

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