蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第一章 伝説の世界へ(1)  
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 <伝説の世界へ>

      一  

「どうしてくれるんだよ、ユーリ」
 その機能を極限まで追求した結果、期せずして、芸術的ともいえる優美な流線型を描くこととなった白銀の船。それだけに、左舷後方、ぽっかりと抉られたような穴を空けている無残な姿が、テッドはやりきれなかった。
「俺のエターナル号を、こんなにしちまって……」
「あの状況下でこの程度の損傷で済んだのですから、ユーリは良くやりましたよ」
 冷ややかな口調でミクが言った。
「メインコンピューターが無傷だったのです。いくらでも修復できます」
「いくらでもだと? それがどれだけ大変な作業か分かってんのか。第一、材料はどうする? ストックのあった倉庫はこの通り、綺麗に吹き飛んじまったんだぜ」
「調達するしかないでしょう。とにかく、人の住む所に行きましょう。この場所では――」
 そう言うと、ミクは辺りを見渡した。
 深い森だ。船の不時着に伴い、辺りは何本かの木々がなぎ倒されていた。その空間の上方だけ、目に痛いくらいの青空が覗いている。後はただ、ちょうど地球の針葉樹のような木立が、延々と広がっているだけだ。
「大きな川か湖の近くに着陸できていれば、人里にも近かったのでしょうけど」
「無茶言うな。エンジンが全部いかれた状態で、そう思ったところに船を止められるかよ。ユーリにケチをつけるのは筋違いだぜ」
「私は別に――」
「二人とも……」 小さな声で、ユーリが言った。
「ごめん」
 テッドとミクは、いかにも申し訳なさそうな表情のユーリを見た。もちろん、二人ともよく分かっている。このユーリの神業とも思える操縦のおかげで、自分達が奇跡的な確率で生きていることを。分かっていないのは、当の本人だけのようだ。
 二人は互いに顔を見合わせた。どちらの顔にも微笑が浮かんでいる。先にテッドがユーリを振り返った。
「とにかく、ここでこうしていても始まらないぜ。村か、町か、人のいる所へ行かなきゃ」
「そうですね。各自装備を整えて、できるだけ早く出発しましょう」
「うん。でも――」
 ユーリは曇った表情のままでそう言うと、いったん言葉を切った。長い睫毛が頬に影を落す。やがて、意を決したように口を開いた。
「一体、カルタスに何があったんだろう」
 その疑問は、テッドやミクのものでもあった。
 一体カルタスに何があったのか。何故、惑星上に高度文明の反応が見られないのか。にも関わらず、何故、衛星上にあれだけの破壊力を持つ武器が備えられているのか。そして何故、自分達を攻撃したのか……。
 もっとも今の彼らには、それらの疑問を解決するための情報があまりにもなかった。
「それを知るためにも、早くここから出ようぜ」
 明るくきっぱりと、テッドは言った。
「そうすりゃ、何か分かるさ」
 琥珀色の瞳に、はっきりと自信の色が浮かぶ。彼のこうした思考は、こういう時には頼もしく感じられて悪くない――とユーリは思う。だが、ミクはあまり気に入らなかったようだ。厳しい表情で釘をさす。
「楽観視はしない方が良いですね。私達は攻撃されたという事実を忘れてはいけません。村や町を見つけたとしても、受け入れられるとは限りません。装備は十分なものにしなくては」
「へいへい。仰せのとおりに」 
「テッド、私は真面目に――」
「分かってるって。それより早く用意しようぜ」
 その言葉より早く、テッドは先に立って船内に入った。軽く溜息をついてミクが続く。そしてユーリも。
 太陽はまだ、昇ったばかりであった。

 

 食料は十日分、いや、もう少し必要だろうな。ミクの言うとおり、カルタスの人間が必ず助けてくれるという保証はねえ。
 攻撃と不時着の衝撃で、破片やら残骸やらが散らばる船内を進みながら、テッドは思った。
 服は最小限にしておくか。カルタスが地球と同じで助かったぜ。
 この事実は、すでに地球で得ていた知識であった。カルタスから送られてきたディスクに、惑星の詳細なデータが入っていたのである。
 それによれば、驚くほどカルタスは地球に酷似していた。惑星の大きさ、質量、重力、自転周期、構成する物質の成分、その成分比。自然環境は地球と全く同じ、違っても、その誤差が五%内外に止まるといった酷似ぶりである。さらには恒星との関係もよく似ていた。地球の太陽に比べれば二十億年ほど年をとった恒星ではあったが、大きさ、エネルギーは誤差プラスニ%、カルタスとの距離もその誤差プラス三%であった。
 さすがに恒星系内の惑星の数、分布などは太陽系と違っており、またカルタス自身も二つの衛星を持っていたりと、異なる部分もあるにはあるのだが。偶然という言葉で片付けるにはあまりにも疑問が残るほどの、よく似た環境であることは間違いなかった。
 服はそれでいいとして、武器はどうする? エネルギー充填が必要なレイナルガンは、使える回数に限りがある。そりゃあ、携帯用のエネルギーパックをありったけ持ってけば話は別だが、他に商売道具も持ってかなくちゃいけねえし。
 テッドは、半開きのままになっている通路の扉をくぐり抜けた。
 彼のいう商売道具は二つあった。技師としてのものと、医者としてのもの。もっともどちらの知識、技術も、テッドだけが有しているわけではない。万一に備えて、いかなる状況下でも一人だけで対処できるよう、六年にも及ぶ訓練の中で、三人とも一通り修得していた。ただ、それぞれに得意分野がある。テッドの場合はこの二つ。特に医者としては、訓練前に実務経験も持っている。要するに、彼はもともと医者であったのだ。
 薬の選択もやっかいだな。何を選ぶか。どの位の量が必要か。
 テッドはある部屋の扉の前で立ち止まった。衝撃で、わずかに歪んでいる。
 森を抜け、上手くカルタスの人間に会えたとして、そこからどうなる? この船を直すことができるのか? 下手すると、俺達は一生カルタスから――。
 彼にしては珍しいマイナス思考を自ら振り払うかのように、テッドは目の前の扉に手をかけ、渾身の力を込めた。
「うううっぉっ!」
 船内の補助電源はかろうじて生きていたので、照明に関して不自由はなかった。が、その他は十分作用しておらず、重い扉を手動で開けるのにかなりの労力を強いられた。
「ぬうううう――かあっ、こんっちきしょう!」
 雄叫びと共にようやく開かれた扉の向こうは、テッドの私室であった。物心ついてからというもの、整理整頓された部屋に、テッドは一度も住んだことがなかった。しかし、この目の前の光景は、そんな彼ですら見たことのない惨憺たるものであった。
「こいつぁ……」
 開かれた扉の前で、腕組みをしながらテッドは呟いた。今の彼に、先の見えない旅への不安など微塵もなかった。それよりも重大な問題が彼に振りかかっているのだ。旅に必要な物を取り出すために、ぐちゃぐちゃに散らかっている部屋を片付けるという難題が……。
「こいつは……大変だぞ」
 左手で頭を掻きながら溜息混じりにそう言うと、ようやく諦めたのか、テッドはその部屋に足を踏み入れた。 

 

 
 
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