蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
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「やつらの武器には、毒が塗ってあるんだ!」
 その言葉が終わらぬうちに、テッドは行動を起こした。毒を吸い出し、傷口を清浄する。さらに、傷と心臓の間の静脈を圧迫する。
「くそ、毒とはな」
「大丈夫だよ!」
 少年がまた叫んだ。
「フロラスの葉を磨り潰して塗れば、毒は消える」
「フロラスの葉――薬草か?」
「うん、これ」
 そう言うと少年は、先がギザギザの、赤茶色の葉がたくさん付いた枝の束を、テッドの前に差し出した。
「おいら達、このフロラスの葉を取りにここに来たんだ。ジッチャンは、絶対森に入るなって言ってたんだけど。でも、かあちゃんが。かあちゃんは、ずっと、ずっと」
「ああ、話は後でゆっくり聞くから」
 少なくとも、毒を分析し、解毒薬を作るまでの繋ぎにはなるだろう。こういう時は、その土地の人間の知恵に頼るに限る――とテッドは判断した。
「とにかく、それをよこせ」
 テッドは少年の持つ薬草に手を伸ばした。
 が――。
 彼の手は、空を握ったに過ぎなかった。
「……おい?」
「100ティマ」
 背後にフロラスの葉を隠したまま、少年は言った。
「――なん?」
「一つ100ティマ。五つ買えば、400ティマにまけてやるよ」
「…………」
「いくつ買う? 一つ、二つ、それとも五つ?」
「……てめえなあ。命の恩人相手に商売しようってか。ん?」
「テッド。子供相手に何を凄んでいるのです」
 淡々とした声でミクが制した。その声の調子が癇に障ったのか、テッドは憮然とした表情でミクを見た。が、ミクはそんなテッドには目もくれず、少年の前に膝をつき、優しい口調で言った。
「残念ながら、私達は今お金を持ち合わせていません。でも、薬は必要です。どうか助けて下さい」
「そんなこと……そんなこと言われても」
 テッドとは勝手の違うミクの穏やかな話し方に、少年は口篭もった。ほんの少し頬を膨らませ、俯く。
「悪いけど、おいら達、どうしてもお金がいるんだ。だから、だから、ただってわけにはいかないんだ」
「分かりました。では、何か物と交換するのはどうでしょう?」
「物?」
 少年はまん丸な胡桃色の瞳をミクに向けた。微笑と共に小さくミクは頷いた。
「う〜ん、そうだな」
 少年はまた俯いた。何故か頬の辺りが微妙に赤い。少年の話し方は、ますます歯切れが悪くなった。
「物っていっても、いろいろ――あるし……。んと、んと、ちゃんと高く売れるもんじゃなきゃ――」
「おい、お前」
 痺れをきらしてテッドが口を挟んだ。
「いい加減に、しろよ――な」
 威圧するような態度と口調に、少年は向きになった。
「なんだよ……オッサン」
 同じ次元でテッドが返す。
「なんだと――このガキ!」
「お兄ちゃん!」
 ミクが戒めるより早く、それまで一言も喋らなかった少女が叫んだ。少年にしっかりとしがみついたままの少女。大きな瞳には涙が溜まっている。そして、その少女の視線の先に、ユーリがいた。
 酷い顔色だ。呼吸も早くなっている。思った以上に性質の悪い毒なのかもしれない。
 テッドは勢いよく立ちあがった。
「おいっ、ボウズ。ゴタゴタ言ってねえで、そいつを――」
「やる……よ」
「…………?」
「――やるっ!」
 少年は顔を背け、フロラスの葉を握り締めた手だけを前に突き出した。
 瞳が微かに濡れているようだ。
「……ああ」
 テッドは少年の小さな手から、薬草を受け取った。
「助かるぜ」
 少年はそっぽを向いたまま、強く妹を抱き寄せた。少女はそんな兄の顔を、不安げにしばらく見つめていた。木漏れ日が、少女のふっくらとしたピンク色の頬の上をかすめて踊る。やがて少女は、可愛らしいおでこを擦り寄せるように、兄の胸に顔を埋めた。

 


 ユーリ達一行が、クルムとカリン――森で出会った幼い兄妹――その二人の住む村へ辿り着いたのは、翌日の午後であった。
 もっともこの日まだ、ユーリの体調は万全ではなかった。フロラスの葉の効果もあって毒はすっかり消えていたが、明け方近くまであった高熱のせいで、かなり体力を消耗していたのだ。テッドやミクはもう一日待っての移動を提案したが、ユーリは笑顔でそれを聞き入れなかった。幼い兄妹、そしてその兄妹を想う人達のことを考えての判断だった。二手に別れる案もなくはなかったが、またあの得体の知れない生物と対面する危険性を考えると、別行動は良策ではない。結局一行は、その日の朝、村を目指すことにしたのである。
「もうすぐだ!」
 昨日から、何を話しかけても黙りこくったままのクルムが、少し上ずった声を上げた。
「あのちょっと赤い幹の木を越えて、百歩行ったところにディード村がある。走るぞ、カリン!」
 そう叫ぶと、クルムはカリンの小さな手を取り、転がるように走り出した。
「おい、お前ら、慌てんな。すっ転ぶぞ! あ〜あ、言ってる側から転んでやがる」
「無理して出発したかいがありましたね。でも」
 ミクは笑顔をすぐに曇らせた。
「私達が村の人達に歓迎されるとは限りません。場合によっては、森の中より危険であるかもしれないという覚悟をしておいて下さい」
「心配ないさ」
 テッドは陽気な声で言った。
「いざとなったら、ユーリを担いで俺はずらかるよ。後はお前さんに任すから、よろしく」
「担いでって――僕は大丈夫だよ」
「嘘つけ」
 テッドはユーリを振り返った。
「こんなにゆっくり歩いてるのに、息が上がってんじゃないか」
「そんなこと……ない」
「へいへい。じゃあ、いざとなったら、俺を担いでくれよ。頼りにしてるぜ、ははっ!」
「テッド! もう少し緊張感を持って下さい」
「へ〜い」
 いざとなったら……。
 その可能性が決して低くはないことを、三人は分かっていた。彼らは間違いなく、カルタスから攻撃を受けたのだ。そして今、初めてカルタスの人間、子供ではなく大人に会うこととなる。
 そこに、何があるのか。
 胸の内に暗雲が広がる。が、それとは裏腹に、彼らの視界に一段と明るい日差しが飛び込んでくる。
 三人はついに、森を抜けた。

 

 
 
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