蒼き騎士の伝説 第一巻 | ||||||||||
第二章 起端(1) | ||||||||||
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エルティアラン遺跡への軍出動命令を聞いた時、ロンバードは耳を疑った。が、一方で、何か自分の与り知らない深い理由があるのでは、とも考えた。
アルフリートは若く、覇気に富み、活力に満ちている。そしてそれらを使いこなせるだけの知力にも恵まれていた。自分の持つ力を正しい方向へ導く知恵を持っていたのだ。彼は自分の回りに権力を恐れる者を置かなかった。ロンバードのような尽言、苦言を呈する者を好んで側に置いた。先王亡き後、弱冠十七才で即位して以来、賢王アーロンの再来と人々に称えられる政策を、次々と行ってきた所以がここにあった。王として最も必要であろう資質、人々の声に耳を傾けるという生まれながらの資質を、失うことなくここまで来た。そう、ここまでは。
「陛下」
「もういい!」
アルフリートは立ち上がった。その滑らかな動きに伴って、黄金の髪が揺れた。
「そなたの説教は、もう沢山だ!」
「…………」
ロンバードは、かつて経験したことのない激しい痛みをその胸に覚えた。多くの戦場で、いかなる困難な状況下でも決して怯んだことのない老騎士が、がっくりと肩を落した。深い揺らめきを湛えた灰色の瞳は、もう正確にアルフリート王の輪郭を捉えることができなかった。心に溢れる言葉を、声にすることができなかった。
陛下、陛下。アルフリート様……。
「閣下――ロンバード閣下!」
シュベルツ城の長い回廊でそう呼びとめられて、ようやくロンバードは我に返った。一体どうやってあの執務室からここまで来たのか、正直、覚えていなかったのである。
息せき切ってロンバードを呼びとめたのは、あの控えの間にいた若者であった。息子というよりは、孫に近い若さである。
「貴殿――は?」
「申し遅れました。ティアモス将軍下のフレディック・ヘルムであります」
若い騎士は歯切れのある声で答えた。
「ところで閣下。エルティアランへは、閣下も出陣なさるのですか?」
「…………」
「実は先の戦いで、私の父は閣下のお供をする光栄に預かったのです」
「父君が? ヘルム、ヘルム……。おお、あのキール・ヘルム殿のご子息か」
「覚えてらして下さったのですね。父も喜ぶでしょう」
「キール・ヘルム殿は、誠に立派な騎士であった」
ロンバードは真っ直ぐに、若者の明るい空色の目を見た。
「しかし、貴殿のもとにお返しすることができなかった。申し訳ない」
「何をおっしゃるのです。父は名誉の戦死を遂げたのです。騎士として本望だったでしょう」
「名誉の……」 声にはならぬ声で、ロンバードは呟いた。
「父にはまだまだ劣りますが、私も閣下のお役に立てるよう、命を賭ける所存でおります」
少し頬を紅潮させ、弾むような口調で「命を賭ける」などと言うこの若者に、ロンバードは苦笑した。やがておもむろに口を開くと、孫に話しかける時と同じ優しい声で言った。
「貴殿は、戦いが好きかね?」
「……?」
「もしそうなら、今すぐ軍を去りなさい。戦うことが好きなものが軍人になってはいかん」
「あの、閣下。それは――軍人としての倫理のありようをおっしゃっているのですか? でしたら私は戦うことが好きではありません。私は――」
「好きでもないものに、貴殿は命を賭けるのかね?」
ロンバードは目を細めながら言った。
「本当に好きなもの、好きなことのために命は賭けるものだ」
フレディックは、驚きを持ってロンバードを見つめた。数多の戦いで常に先陣を切り、勇猛果敢と謳われた騎士の言葉とは思えなかったのだ。しかし、自分に向けられた優しい目に嘘偽りがないことも、彼は敏感に感じ取った。少し間を置いて、フレディックは答えた。
「――はい、閣下」
ロンバードは満足げに頷いた。頷きながら、この彼の持論を賛美してくれた友を思い出していた。その友が病の床で、ロンバードの手を握りながら言った言葉を思い出していた。
――息子を、アルフリートを頼む――
「私もエルティアランに出征する」
ロンバードの言葉にフレディックは顔を輝かせた。
「そうですか。あの辺りはラグル族が公然と蛮行を行っていると聞きます。今回の遠征は遺跡調査団の護衛とのことですが、衝突は必須ですね。これを機に、陛下はあの一帯の治安を取り戻そうとお考えなのでしょうか」
それは違う。
と、ロンバードは心の中で答えた。
たかがラグルの跳ねっかえりどもを押さえつけるのに、これほどの戦力は必要ない。目的は他にある。絶対に阻止せねばならない目的が。
「閣下?」
突如険しさを増したロンバードの表情を伺うように、フレディックが言った。
「うむ? いや、何でもない――」
そう言葉を濁しながら、ロンバードは一つの決意を固めた。
友との約束を果たすことを。
そのために、今まで一度も賭けたことのない、命を賭けることを。