蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第四章 対峙(1)  
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 <対峙>

      一  

 黄金の光、光の粒。
 無数に煌くその粒の上を、小舟が滑るように突き進む。
 小船の上には四つの人影。
 漕ぎ手は二人。二人の若者。
 櫂を漕ぐたび、水面の粒子が潰れて弾ける。弾けた粒子は、さらに無数の黄金の粒子となって、湖を彩る。

 舟は進む。真っ直ぐに。
 櫂の軋む音と、その音を包み込む、まろい水音だけを携えて。

 漕ぎ手の他のもう二人。
 そのうちの一人の体が、小さく左に傾いた。
 輝く湖面を覗きこみ、そっと左手を流れに添える。
 白く細い指に、冷たく透明な水が纏わりつき、しなやかな襞を作る。
 襞は、いつのまにか薄蒼くその色を変えた湖の上を、細く、長く、たなびいていく。

 舟は進む。真っ直ぐに。
 湖に浮かぶ、小島を目指して。

 ただ一人。
 先ほどから、身じろぎもしない者がいる。
 じっと前を見据えている。
 湖面と同じ、深く蒼い瞳で。
 しかし、その瞳の煌きは、水の持つ輝きとは異なる。
 むしろ、炎に近い。
 燃え上がる炎の揺らめきが、その瞳に満ちている。

 瞳の中に映し出された風景が、蒼い炎に焦がされていく。
 少しずつ、少しずつ。
 その姿を大きくしながら――。


「凄い……」
 どこまでも透き通る水を湛えたシュレンカ湖。その湖に浮かぶ小島に立って、ユーリはしばし言葉を失った。目の前には、直径二メートルはあろうかという白亜の円柱が何本も立ち並び、全体で大きな四角形を形作っている。屋根は平坦。水の神殿だ。
 カルタスの、ここキーナスの地にも、神は存在していた。森、山、水、空。この身近な四つの自然が、それぞれの地に住む人々の守り神となっていた。村や町には、その神を祭る神殿もあった。とはいっても、それらは荘厳でも華美でもない。大きさも、神殿というよりは、祠と称した方が適切であろう。村や町のはずれにひっそりと建っている小さな祠に、ユーリ達は最初、全く気付かなかったくらいだ。それほど質素で目立たないものであった。
 しかしそのことが、人々の信仰心の薄さを表しているわけではない。ただ、形で神の存在の大きさを示す慣わしがないだけである。神を擬人化、具象化しないのも特徴の一つだ。それゆえ、彫像なり絵画なり、そういったものも存在しない。当然、神殿の中も簡素となる。ただのがらんどう。祈りを捧げる祭壇すらない。そもそも、ここで祈りを捧げるという風習もないのだ。
 祈りは、人々の心の中で、その自然と触れる度に捧げられる。特別な言葉はない。それぞれの言葉で、それぞれの思いを、胸の内で呟くだけだ。この地の信仰は、悪戯に神を恐れ敬うものではない。神殿は、神に恐怖し平伏す場ではない。その地が何の神の恩恵を受けているのか、何の自然の恵みを受けているのか。ただそのことだけを、神殿は静かに示しているのだ。
 例えば森、森の神殿。壁は円形に型取られ、屋根は円錐となっている。木の形を模したものだ。こぢんまりとした民家とそう変らぬ大きさの神殿を、ユーリ達はディード村で目にした。
 一方、ポルフィスの町で見たのは、山の神殿。こちらは前方にやや小さめの正方形、後方に大きめの正方形が位置する。それぞれの正方形には尖った屋根。連なる山々を示しているのだ。
 他には空。アルフリートの話によると、ブルクウェルにはこの空の神殿があるそうだ。形は十字。星を示しているのだと言う。大きな特徴は屋根がない事。空と繋がる意味でもあるのだろう。
 最後に水の神殿。形は四角、屋根は平坦。この屋根が大海を表している。四角い壁には、波を示す模様が刻まれるのが特徴だ。場所によっては、中央部分に膨らみを持たせた流線を描く円柱で、それを示す場合があるという。比較的、規模の大きい神殿がその形を取るらしい。
 そして。
 この目の前にある神殿が、その中で最も大きいもの、しかも、ずば抜けた存在であることを、アルフリートに説明されるまでもなくユーリは認識した。と同時に、それはこの地が特別な存在であることを、強く示していることも。本来、その大きさに何かを込める風習がないにも関わらず、この規模だ。単純に、水の神への敬意から来たものだとは思えない。
 何をそこまで恐れているのか。
 妙な胸騒ぎを覚えて、ユーリは息苦しさを感じた。

 
 
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