蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十一章 義と約と(1)  
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 <義と約と>

      一  

 王都ブルクウェル。ぐるりと周囲に張り巡らされた高い城壁が、その歴史を静かに物語っている。
 遥か昔、コンターム川のほとりに生まれたこの街が、ラグルの侵攻により王都となった時は、今の三分の一程度の大きさであった。その頃は、川を挟んだ北側にのみ城壁が存在していたが、やがてオルモントールとの諍いが激しくなると、ちょうど対になる形で南側にも作られた。その後、街の拡張に伴い、いったん北側の城壁が崩される。そして新たに全体を取り囲む今の形に作り直された。
 よって、このブルクウェルの城壁は、南側とその他の部分では微妙に色合いが違う。古いものと新しいものの混在。それは城壁だけではなく、街の中にもあった。
 ブルクウェルのほぼ中央を、東西に横切るコンターム川。その岸辺に立ち並ぶ建物の中で、一際目を引くのが旧王城だ。重厚な造りのその城は、現在は別の目的のために使われていた。国中から集められた見識者達が、日夜ここで研究に励む。傍らではまだ歳若い者達が、それらの知識や技術を学ぶ。そう、ブルクウェルは学問の街でもあった。旧城の周辺は特に古い建物ばかりであるが、その雰囲気とは裏腹に、集う者達の活気で溢れていた。
 この旧城の側には、これまた時代を感じさせるトマル橋という石橋があった。街の中央よりやや西に位置しており、川の北岸と南岸を結んでいる。街には他に、この場所を挟んで東西に一つずつ橋があった。東寄りにあるのは、街の南門、ルバトラナ門を抜けるとすぐにあるイリドマート橋。三つの橋の中で最も幅広く、ここから前方の小高い丘を仰ぎ見ると、現王城であるシュベルツ城を捉えることができる。
 しかし、この橋をそのまま進んでも、城には辿りつけない。橋の向こうへ続く広い通りは、途中で行き止まりとなっているのだ。王城へは、最も西にあるシムス橋から回り込まなければならない。
 このシムス橋を少し北へ行くと、この街のもう一つの出入り口、フェスデアル門の前に出る。街の西、やや北寄りに位置するこの門は、ルバトラナ門に比べると歴史が浅い。その昔、ここは城壁であったのだ。
 北のラグルに備え、ブルクウェルの門は南側にだけ付けられていた。街に攻め込むためには、高い城壁を超えるか、南門に回り込まなければならない。南門に辿りつくためには、街の西端から出て大きく南へ向きを変えている、コンターム川を越える必要がある。幅も広く深さもあるこの川は、長い間ブルクウェルの自然の砦として、役を果たしてきた。しかし時代が移り、ラグルの脅威が弱まると、ブルクウェルは必要に迫られて新たな門を作った。キーナスの大動脈ともいえる街道に、この場所が面していたのだ。
 フェスデアル門の建設に伴い、そこから西へ真っ直ぐに、川と平行する形で大通りが作られた。通りの両側にはびっしりと商店が並び、三つの橋から伸びる道と交差するところは、大きな広場となっている。旧市街に比べこの辺りはしっかりと区画整理が為されており、同じ街とは思えないほどだ。また連なる建物も、それぞれの店を表す多様な形と色の看板が賑やかで、落ち着いた色調の旧市街とは全く異なる空間を作り上げていた。
 しかし、イリドマート橋と交わる広場の一つ前、その前の道を左に折れたところから、周囲の景色は再び一変する。細い路地に左右の家々が倒れ込むように迫り、恐怖すら感じる。見通しが悪く、加えて曲がりくねっているため、進むにつれ方向感覚にずれが生じる。初めて訪れて、全く迷わず目的の場所へ行くことは、ほぼ不可能であろう。正面に、右に左に、さらには背後に、時折垣間見えるシュベルツ城の断片を意識しながらミクは思った。
 シャンティアムの谷を離れてから七日目。通常なら十日はかかるこの距離を、かなりの無理をしてミク達の馬車は進んだ。体の節々が痛い。疲れからか頭痛もする。悪酔いした時のように、軽く吐き気がするのも厄介だ。だがそれら肉体的な不具合よりも、精神的な苦痛の方が、大きくミク達を苦しめた。
 昼も夜も、常に監視の目を光らせている騎士達。行動はおろか、一言囁くことも叶わぬほど、辺りの空気が張り詰めている。旅の始めこそ、やれ食事が不味いだの、用意された衣服が気に入らないだのと、ささやかな抵抗を示していたシオも、ここ数日は黙り込んだままだ。今もなお、神経質そうに眉をひそめ、頬杖をつき、小窓から外を眺めている。若芽色の瞳に次々と映し出される景色の影。その忙しない点滅が、シオの心の内をそのまま示しているかのようだ。そしてミクも、苛立ちのピークを迎えていた。

 
 
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  第十一章(1)・1