蒼き騎士の伝説 第二巻 | ||||||||||
第十一章 義と約と(2) | ||||||||||
1 | 2 | |||||||||
二
「よく来てくれた」
そう言って微笑を湛えたアルフリートとは、八年ぶりの再会であった。まだ少年の姿だったあの頃に比べると、正装に身を包んだ姿は風格をも感じさせている。
「長らくご無沙汰をして、申し訳ありません」
足元まである白い衣を煩げに揺らし、シオは玉座に一礼した。
「全くだ。何度も使いを出したのに、結婚式にも来てくれなかった。薄情にもほどがある」
アルフリートは右頬に掌を宛がいながら、また笑った。懐かしい笑顔がそれに重なる。少し表情を和らげて、シオが答えた。
「心より、謝罪を申し上げます」
「だがこれはお互いさまだな。聞いたぞ。そなたが結婚していたとはな」
「はあ、まあ。どういうわけか、そのような次第になりまして」
「何か祝いの品を贈らねばならぬな。何にせよ、めでたいことだ。本来なら、宴でも催すところだが」
そこでアルフリートは急に表情を強張らせた。
「今はそれどころではないのだ」
「で――しょうな」
リルの鉱石のような瞳を見据えながら、シオは淡々と言葉を紡いだ。
「随分と、強引な招待でございましたから」
「そう、怒るな」
アルフリートの口元に笑みが戻る。強い視線で、シオはそれを見つめた。王が目を伏せる。
らしくない。
胸の内で、シオはそう呟いた。姿形に昔の面影を見出すことができる。話し方も、声の調子も、記憶にあるものと同じだ。なのに、しっくりこない。自分の中にあるアルフリートと目の前のアルフリートとの間に、どうしてもずれが生じる。八年の歳月がそうさせるのか。それとも――。
シオは軽く眉をひそめて言った。
「それで、私にどうせよと」
「うむ」
アルフリートはそう言うと、小さく右手を上げた。扉に控えていた二人の騎士が退出する。その空間に、アルフリートとシオだけが残る。
シュベルツ城は機能的な城だ。無意味な装飾や無駄な空間は持ち合わせていない。この謁見の間も、王城にしては実に質素だ。もちろん、時に数十名にも及ぶ一行を迎えるような場合もあるので、いくら簡素とはいえ、それに対応するだけの広さは備えていた。しかし逆に、王と自分、二人だけで会話をするような場合には、その大きさがかえって邪魔となる。遠過ぎる互いの距離、気後れするほどの余剰な空間。王の威厳を示すには効果的かもしれないが、古くからの友と密な話を交わすには相応しくない。何より、扉の外にいる兵士が気になる。
らしくない――。
「そなたのことだ。すでに聞き及んでいるとは思うが」
アルフリートの声に、シオはいったん思考を止めた。
「先日、ファルドバス山のラグルと諍いがあった。仕掛けたのはやつらの方だった。ポルフィスの町を、まるごと破壊したのだ。女も子供も皆殺しにした上、火を放つという残忍極まる方法で。しかし、この突然の凶行には裏があった。陰で示唆した者がいたのだ。信じがたいことだが、それは……それは、フィシュメル国であったのだ」
言葉を重ね、声を少し高ぶらせ、十分な間を開ける。そんなアルフリートを、シオは黙したまま見つめた。表情の欠片も変えることなく、ただ見つめた。
「そうか」
意図的に開けた間が、何の役目も果たさなかったことに気付くと、アルフリートはまた目を背けた。
「この事も、すでに聞き及んでいたか……」
アルフリートの瞳が不安定に揺れる。だが、それはほんの一時であった。
「なら、かえって話は早い」 形の良い唇から発せられる声に、厳しさが加わる。
「もはやフィシュメルとの衝突は避けられぬ。そなたの力が必要だ」
蒼い目が、シオを捉えた。その奥で、銀の光が煌き立つ。剣のように鋭く、氷のように澄んだ輝き。そう、それがアルフリートの瞳だ。だが、目前の王にはそれがない。ただぎらついた、刃の光ばかりが目立つ。
らしくない。
シオは大きく息を吐いた。
「申し訳ありませんが、すでに私は隠居の身。今更この私に――」
「フィシュメルは小国なれど強国だ」
シオの言葉が耳に入らぬかのように、アルフリートは話を続けた。
「特に歩兵を中心とした陸軍は、我が国を凌ぐものがある。下手をすれば足元をすくわれかねない。それに、この機に乗じてオルモントールが仕掛けてくるやもしれん。いや、間違いなく仕掛けてくる。その前に、先手を打ちたい」
シオの目が、冷たく光る。
「つまり陛下は、端からオルモントールとも事を構えるおつもりで私を?」
「そういうことだ。フィシュメルだけなら、そなたの手を借りることもなかったであろうが、同時に二国を相手にせねばならぬとなると……分かってくれるな」
「――はて」
シオは小首を傾げた。
「どうお返事したらよいものやら。話の内容は確かに理解致しましたが、それを受諾するかどうかについては。ご期待には添えられませぬゆえ、この場合、分かりませんとお答えするのがよろしいのでしょうかな」
「私は」
わずかに声を震わせて、アルフリートが言った。
「真剣に話をしているのだぞ」
「これでも、真面目にお答えしているつもりなのですが」
「いい加減にしろ! これは――」
「命令――ですかな?」
刺のある音を含ませて、シオが言った。アルフリートの頬がみるみるうちに紅潮する。瞳のぎらつきが一層増す。それが極限に達しようとした瞬間、アルフリートの目が左に泳いだ。何かを見ているわけではない。目は、むしろ内に向いていた。左手をこめかみに宛て、外界を、目の前のシオすらも遮断して、ひたすら自らの中を探る。
ほどなく、アルフリートの頬に冷静さが戻った。唇に薄く、笑みが浮かぶ。