蛇の鱗を思わせる肌。秀でた額。赤く光る二つの目。これらの特徴が印象的過ぎるためであろうか、そのことだけが目に焼き付く。
そっくりだ。いや、同じだ。
テッドには、王家の墓で相対したガーダと、ここに座っているガーダとの区別がつかなかった。うなじの辺りに寒気を覚える。じわじわと、再び胸に影が過る。
「ほら、まただ」
ガーダの唇が歪にひしゃげた。その笑みが、テッドの緊張をさらに高める。無意識のうちに、手が銃を求める。
「案ずるな。私はあいつではない。お前の見知ったガーダではない」
ガーダはの右手がじわりと動く。息が詰まる。どっと汗が吹き出る。ひび割れた手が、顎の下に落ち着くのを見届けてもなお、それは止まらなかった。
ガーダの言葉は本当かもしれない。だが、たとえそうだとしても、違う個体であっても、種族的には一つだ。姿形が同じであるなら、あの力も……。
「お前が恐れているのは、これか」
顎の下で、ひらりと掌が舞った。身構える時間はなかった。円卓の表面が炎の海と化し、赤く、青く、燃え上がる。見た目以上の熱がテッドを襲い、思わず右腕を掲げたところで火が消えた。役目を終えたガーダの手が、再び顎の下に納まる。
「何をそんなに恐れる」
口の端から、軽く息が漏れる。
「力なら、お前も使うだろう。我らとは、仕組みが違うだけで」
赤い目が、テッドの顔を離れ一点を指した。その先にある物が何であるか、気付いた時にはもうそれはなかった。テッドの右手が、銃の形をなす空間を握ったまま硬直する。無造作に円卓の上に投げ出された、その空間と同じ形の物を見つめる。唇が乾く。テッドはごくりと一つ、唾を呑みこんだ。
「くくっ、哀れな者よの。囚われ人は」
喉の奥で笑い声をたてるガーダを、テッドは精一杯の力で睨みつけた。
「囚われ人……だと?」
「そうよ。小さな器に閉じこもったまま一生を終える、お前達、人間のことよ」
「――器?」
「その体のことだ。お前の意識が封じ込められている、牢獄。唯一、お前の支配下にある物。だが、私は」
ガーダの赤い目が、円卓の上の銃を捉えた。その視線で、そっと押す。氷の上を滑るように、銃は円卓の上を、さらには何もない空間を飛んで、テッドの側まで来た。緩やかに降下する。音もなく、元の場所に帰る。
「これが……」
テッドは呻いた。
「これが、お前の力。お前達……ガーダの。意識を、肉体から解放する……」
「そうだ」
「そしてその意識を……他に入り込ませ、働きかける」
「そうだ」
「信じ……られん」
反射的に出た言葉を、テッドは繰り返した。
「そんなこと……信じられん……」
「何もそんなに驚くことではあるまいに。お前の身近にもいるではないか、力の使い手が。囚われ人の身でありながら、なかなか」
ガーダの目が糸のように細る。その線で、自分の脳をミクロの単位で裁断されるかのような不快を覚える。
「お前が信じようが信じまいが、力は存在する。お前の側に、そしてここに」
ガーダは掌を上に向けた。その上空の、ごく限られた空間に冷気が満ちる。水分が結晶化し、一つの塊となり、空を漂う。
「こんなものが怖いのか」
ガーダの手が氷塊をつかむ。自然の摂理に抗って、煌き続けるそれを、打ち見る。
「恐れるべきは、どう力が生み出されるかではない。どう、使われるかだ。お前の持つその武器は、これまでどれほどのものを傷つけた? 記憶に問うてみるがよい」
頭の中の扉が開く。膨大な数の、過去の断片。それらがスライド写真のように、目まぐるしく落ちる。
全て事実だ。だが、これは、こうなったのは……。
「理由を探るな」
割れた声がテッドの周りで渦を巻く。
「事を掘り下げすぎては、かえって真実が遠くなる。潜らずとも、全てはその表層に見える」
脳裏の画像が外に飛び出す。音を伴い、動きを伴い、四方からテッドに迫る。
「事象だけを捉えよ」
地の底から沸き上がるように、ガーダの声が響いた。ぶつっと映像が途切れる。次の瞬間、テッドは忌まわしい歴史の中に立っていた。
血を流し、砕け散り、時にはその姿を跡形もなく失いながら、人が死ぬ。空を仰ぎ、地に伏し、男も女も、年寄りも子供も、誰一人免れることなく息絶える。
「悪はどこにある? 誰にある?」
天から戒めるように、ガーダの声が降り注ぐ。
肉塊の山。血の川。悲嘆と怨念の風が吹く白骨の大地。目を塞ぎ、耳を塞ぎ、息を止め、蹲る。全ては過去のことだ――では済まされる光景に恐怖する。
違う。これは過去ではない。これは現在であり、未来だ。地球には今もなお、争いの種が残っている。カルタスから高度な文明を授かっていながら、ともすれば憎しみに、ともすれば欲にかられて人は人を傷付ける。ありとあらゆるものを破壊する。得るものは何もない、誰かを恨んでも。もう十分に満ち足りているはずだ、これ以上望まなくても。それなのに人は、人は……。
いや――。
テッドは両手で顔を覆った。
それこそが、人なのだ――。