蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十四章 流浪の民(1)  
              第十三章・4へ  
 
 

 

 <流浪の民>

      一  

 ソボ、トレス、カラフォム、ポルーマ。それら小さな村々は、キーナス北部の草原地帯を、東西に走る道沿いにあった。そこを西に突き当たると、ハンプシャープという大きな町に出る。道の東端は、キーナスを縦断する街道に通じているので、人の往来は多い。大きな荷馬車が隊列をなして進む姿も、よく見られる。
 しかし、なぜかその道を外れ、草原の中を突き進みながら西へ向かう隊商がある。荷馬車の数は五十を超え、他に幌の付いた馬車が二十台あまりの大きな隊列だ。列の後ろには、さらに羊や牛の群れが連なる。追っているのは、小さな子供達。女や年老いた者の姿も見受けられる。彼らは、ただの隊商ではなかった。流浪の民、キャノマン。今ではわずか数隊しか残っていない、旧世界の時代から、この地を旅していたという民だ。
 旧世界の終焉。破壊が地上を覆い尽くし、ありとあらゆるものが引き裂かれた。辛うじて難を逃れた者達も散り散りとなり、恐怖と孤独の中に息を潜めていた。そんな風に細々と生を紡いでいた人々の橋渡しを、彼らが務めた。誰よりも早く、どの民族よりも強く立ち上がり、荒涼とした大地を見据え、そこに踏み出した。それはキーナスに限らず、アルビアナ大陸全体に及んだという。今の世界の繁栄は、彼らなくしてあり得なかったといえよう。
 しかし、新世界における彼らの歴史は、その所業に見合わぬ不遇のものとなった。決まった土地に止まることを知らず、国というものを持たぬ彼らは、多くの誤解を受け迫害された。どこかの村で盗みがあれば、それは彼らの仕業。どこかの町で疫病が流行れば、それは彼らがもたらしたのだと。自分たちとは異なる選択をする者に、容赦なく石が投げられる。無慈悲な壁が立てられる。賢王と謳われたアーロンの時代より、王の名の元でその存在が保護されなければ、彼らの血は途絶えていたかもしれない。それでもなお、そう、ちょうどこの一筋の道と彼らが進む軌跡との距離が示すように、互いの間には深い溝が残っていた。
「ふう」
 左腕を掲げ、額の汗を拭う。大きくうねる長い黒髪を束ねる。継ぎ当ての入った衣の裾を、太腿のあたりまでたくし上げ、女はもう一度吐息を漏らした。
「ふう……」
 幌の中は、そこで湯を沸かしているのかと思うほど、蒸し暑かった。後ろの部分は開け放たれているのだが、それだけでは風が通らない。濃紺を、さらに深めたかのような色の瞳で、傍らを見る。心配そうに、ダスマヌの木の皮で編まれた籠を覗き込む。艶やかな銅色の肌を、しわくちゃにして泣く赤ん坊。その声に、元気がない。
「ちょっと外に出てくるわ」
 赤ん坊を、くるんでいた布ごと抱き上げて、女が言った。
「ここじゃ、あまりに暑くて、この子がかわいそう」
「ああ、だけどリーマ。あまり隊から離れないようにして歩くんだよ」
「分かってるわ。おばあさん」
「いいかい、リーマ。この辺りは――」
「分かってるって」
 返事もそこそこに、リーマは馬車からひらりと飛び降りた。
「リーマ、リーマや」
「もう行っちまったよ。ソンニ」
 リーマの祖母と同じく、顔にも手にも、くっきりと深い無数の皺が刻み込まれた、老婆が言った。
「大体ソンニは、あの子を甘やかし過ぎだ。いつまで、好き勝手させておくんだね」
「でも、アーレン」
 馬車の後ろから射し込む光を受け、ソンニは顔を背けた。白濁した目は物をほとんど映さないが、明暗だけは朧げながら分かる。声と翳を頼りに、馬車の奥にいるはずのアーレンの方を向く。
「カラディアが死んで、まだ一年しかたってないんだよ」
「もう一年、もうだよ、ソンニ」
「そうだけど」
 口篭もりながら、ソンニは抵抗する。
「だってあの子は、心底カラディアを好いていたんだよ。カラディアもリーマを、それはそれは。本当に、仲睦まじい夫婦だったのに……」
「泣くのはおよし」
 鋭くそう言いながらも、布切れを差し出す。一頻りソンニが泣くのを待ってから、アーレンは切り出した。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第十四章(1)・1