蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十五章 白き牢獄(2)  
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      二  

「返事は?」
「だめです。相変わらず、のらりくらりと上手くかわされているようです。そちらの首尾は?」
 ユーリは小さく首を横に振った。
「近付いただけで、剣を向けられたよ。とてもじゃないけど、直接交渉は無理だ」
「そうですか。では、やはり待ち続けるしかありませんね」
 フレディックの明るい瞳が翳る。
 ハンプシャープに着いてからもう五日、ユーリ達はただ無為に時を過ごしていた。そしてそれは、離宮を取り囲む兵の指揮官であるコルトも、同様であった。
 王の使いとして手紙を携え、二人の蒼き鎧の騎士が現れた時、コルトは苦々しい思いで彼らを迎えた。てっきり、自分が御祓箱になると思ったのだ。
 下級の身分ばかりとはいえ、二百名余りの兵士を仕切る立場にあるのは、なかなか居心地が良かった。それに、仕事も楽だ。初めの頃こそ、本殿に立てこもるフィシュメル兵が討って出ることを想定し、緊張した日々を過ごしていたが、全くその気配がないことから、いつしかそれも緩んでしまった。もちろん、その可能性がなくなったわけではない。それに備え、常に兵士を巡回させ、警備に当たらせている。さらに、兵士の訓練も怠りなく行っている。フィシュメル兵の中には、あの豪傑で名高いダフラン将軍もいるのだ。
 コルトは、考え得る限りの最善を尽くしていると思っていた。そしてそれを春先から、夏が終わろうとするこの今まで、続けてきたのだ。なのに、代わりの騎士をよこすなんて。しかも、二人ともキーナ騎士団ではなく、アムネリウス騎士団だというではないか。
 どの騎士団に所属していようが、下級、上級、そして蒼き鎧の位以外に、差は認められない。だが、実際のところ、キーナ騎士団は特殊な位置付けにあった。王都を守る立場にあるという地理的状況もそうだが、それゆえ選りすぐりの者が多く配備されるという現実があった。
 キーナスにおける各騎士団は、基本的にその領地に属していた。通常は、それぞれの領土を守るため、そこに存在している。そして何か事が起こると、王の命のもと、戦いに馳せ参じる。そういう形を、古くはとっていた。しかし、各領主の裁量に任された軍では、力にばらつきが出てしまう。また、常にオルモントールとの睨み合いに明け暮れるペールモンド騎士団や、ラグルとの諍いが残るアムネリウス騎士団、イルベッシュ騎士団に対し、そうでないところは実戦経験を持たない。当然、これも力の差となる。よってキーナスは、定期的に所属を変えることで、各騎士団の均等化を計った。人員の一部を、入れ替えたのだ。
 こうすることで、キーナスは強力な軍隊を持った。また、結果的にこの方法は、各領土の力の均一化にも繋がった。エルフィンにまつわる伝説を持つ身ゆえ、もともと内乱には縁遠い国であったが、さらにその可能性を低くすることとなったのだ。加えて、王都を守るキーナ騎士団には、その名も高い、確かな腕を持つ騎士達が多く集められた。キーナス最強の騎士団、それが王直属のキーナ騎士団であり、続く七つの騎士団は、みな均等な力を有するという、安定した形を作り上げた。
 コルトは下級の騎士だった。しかしそれでも、キーナ騎士団に所属しているという誇りがあった。そもそもこの辺り一帯は、ロイモンド騎士団の管轄である。そういう意味では、このハンプシャープの駐屯も、本来はロイモンド騎士団に任せるべきことであった。いくら騎士団同士の交流が深くとも、大きな戦闘でもない限り、一線は画されるべきだ。にも関わらず、駐屯が許されているのは、自分達がキーナ騎士団であるからに他ならない。それを、たとえ自分より、遥か上の位を示す蒼き鎧を身につけていたとしても、地元の騎士団でもなく、王直属の騎士団でもない若造に、いきなり取って代わられるのは穏やかならざる気持ちであった。
 しかし、このコルトの小さな憤慨は、ほんの二言ばかりの会話を交わした時点で、泡と消えた。彼らは、自分の代わりを務めるために来たのではなかった。王より賜りしお言葉を、直々に国妃に伝えるためだけに、来たのだった。
 そうと分かれば、さっさと用事を済ませてもらって、早々に帰ってもらうに限る。コルトは決して職務を怠ったわけではない。それこそ必死で、二人の騎士との謁見を国妃に願い出た。だが、全ては門前払いという形で拒否された。なだめても、脅しても、時に泣き落としに近いと思える態度で臨んでも、がんとして受け入れられなかった。
 結果が出なければ、何もしていないのと変わりない。
 蒼き鎧の騎士を追い払いたいだけのコルトとは違って、ユーリ達にとってそれは深刻であった。無論、彼らも、全くコルトに任せきりにしていたわけではない。初めてあった時から、ユーリ達はコルトに過剰な期待をかけてはいなかった。人の器とは、案外そのまま表に出るものである。真面目な質はあるものの、極めて凡庸な風貌。最初の申し入れが断られた時点で、コルトにこれを覆す才気はないと判断した。
 よって当然のごとく、ハンプシャープに着いたその日の夜から、ユーリ達は別の道を模索した。まず試みたのは、コルトを介さず、直接フィシュメル側と交渉を持つことだった。粘り強く、何人かのフィシュメル兵との接触を計る。しかしこの計画は、さしたる形を為す前に、もろくも崩れた。少なからずの好意を示してくれたフィシュメル兵の態度が、昨夜から急変したのだ。はっきりとは分からないが、どうやらダフラン将軍の指示があったようだ。武勇伝ばかりが目立って噂される将軍であるが、その実、知力にも優れた人物であるらしい。ユーリ達の行動を不審に思い、警戒を強められてしまった。
 こうなるともう一つ、本殿に密かに潜入し、直に国妃に会うという策も難しくなる。もっともこちらは、それ以前の問題が大きかった。堅い本殿の警備。しかもそれは、フィシュメル兵側だけではなく、キーナス側にもいえた。

 
 
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  第十五章(2)・1