蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十六章 潜入(2)  
              第十六章・1へ  
 
 

 

      二  

 風が強いな……。
 タクトは中庭の中央に配された、篝火の土台を組み立てながら空を仰いだ。薄闇の中、朧げではあるが、雲が渡り鳥のように駆けていくのが見える。タクトは視線を戻すと、念のため土台に三本の添え木をした。中庭をぐるりと囲む他の篝火もそうするよう、仲間に指示を出した。
 すでに板張りの舞台はできあがっている。その両側に大きな篝火が焚かれ、それを背にするようにタクト達楽士の椅子が並べられていた。今回は、前だけでなく後ろにも観客がいるため、そういう配置にしたのだ。
 板の上に立つ。周りを見渡す。異様な雰囲気を感じる。
 舞台を挟んで、前後にたくさんの兵士達が並んでいた。武器こそ携えていないものの、みな鎧を纏っているので、まるで戦場の真っ只中にいるような気持ちになる。実際、この感覚を裏付けるような物も、ここには置かれていた。兵士達が腰から外した剣。それらが堆く、篝火の横で山を作っている。左にキーナス、右にフィシュメル、ずらりと並ぶ兵士達。そこから一人ずつが前に進み出て、順に剣を置いていったのだが。滞りなく行なわれたものの、その間の緊張度は凄まじく、準備をしながら生きた心地がしなかった。
 疑いの目は、自分達にも向けられた。舞台の下や、楽器の中まで調べられた。正直、心が波立つ。信用されていないということに対する、不満などではない。それは常のことで、別に気にならない。それよりも、そこまで用心しなければならない状態であることが、心配であった。逆に、いつなんどき、自分達が傷付けられるか分からない、そういう不安。
 タクトはそこで、本殿の方を見上げた。大きくせり出したバルコニーはかなりの広さだ。そこに、三脚の椅子が置かれている。中央の椅子は特に立派で、高い背もたれの縁に、金の装飾がなされている。下の方はよく見えない。というより、背もたれの先以外は全く見えない。理由は、その椅子が随分と奥まったところに置かれているからだ。おそらくは、部屋を出てすぐのところにあるのだろう。左右の椅子は、少し前に出されているが、それでも十分とはいえない。とても、舞台を楽しめる位置にあるとは思えない。いかに防ぐか、いかに守るか。それだけを重視して椅子は並べられていた。
 タクトは視線を転じた。バルコニーに相対する方向を見る。ここにも、真中に座する者を守る並びの椅子があった。キーナスの兵士達の前。全部で七脚。それが、半弧を描くように並んでいる。無論、中央の椅子が一番舞台から遠い。すでに左右の六脚の椅子には兵士達が腰をかけ、睨みつけるように前方を見据えている。いずれの者も、かなりの体格だ。椅子が密に並んでいるので、窮屈そうに感じるほどだ。
 一方フィシュメル側の兵士の方は、違う並びとなっていた。同じように七脚あるのだが、中央の一脚だけ前へ出ており、後は同列に並べられている。その一脚が、やけに堂々と見える。ただの空の椅子なのに、強い存在感を示している。
「タクト」
 名前を呼ばれ、タクトは振り返った。すぐ側に、髭面の厳ついムラティフの顔がある。
「こっちは全部終わったぜ。ちょっと音合わせしておこう」
「ああ」
 タクトは、そのサリョン吹きと共に舞台の端へと進んだ。ケタ弾きのドマノが、楽器を組み立てている横に座る。立て掛けてあるシトームを手に取り、軽く爪弾きながら、もう一度タクトは周りを見た。
 キーナス側の方には、兵士達に続き、町の者もぞくぞくと中庭に入ってきている。すでに空は星の支配する国となっており、人々の姿は影にしか見えないが、どうやら彼らも身につけているものを調べられているようだ。
「リーマ、遅いな。そろそろ始まるってのに、どこほっつき歩いてんだ?」
 ドマノとタクトの体越しに闇を見据え、ムラティフが呟く。
「もしちょっとでも遅れて国妃様のご機嫌でも損ねたら、俺達みんな、ここの兵士に殺されるぞ」
「確かに」
 落ち着いた声でドマノが大きく頷いた。しかし、表情にゆとりはない。それはタクトも同じであった。闇に目を凝らす。その中に、一つの色を見出そうとする。リルの海と同じ、蒼を探す。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第十六章(2)・1