蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十七章 キリートム山の誓い(2)  
               
 
 

「つまり……もし、ブルクウェルにある軍が城に立て篭もった場合、戦いは長期戦となってしまう。一気に落とすだけの力が、こちら側にあれば別だけど。仮に、十分な兵力があったとしても、正面きっての争いは、双方に甚大な被害をもたらす。街の人を、巻き込むことにもなるし。やはりここは、城から離れて戦う方がいい。でも、そう簡単には出てきてくれないだろう。立て篭もっている方が、有利なんだから」
 ユーリの顔が上がる。
「だから、囮がいる。わざわざ出向いてまで、対処しなければならないような事態。そういう状況を作ることができる囮が。王印を掲げ、真の王と名乗る者。蒼き鎧の騎士団を率いて、高らかに我に続けと謳う者。王の名の元に、キーナスの、アルビアナ大陸の平和を宣言する者。ブルクウェルの王が偽者であることを、その姿と志で証明し得る者が」
「お見事」
 シオが言った。
「そうなれば、放ってはおけなくなる。フィシュメルはもとより、オルモントールとも事を構えたい偽王としては、できるだけ速やかに、真の王を黙らせる必要がある」
「そして、その隙をついて、ブルクウェルの城に奇襲をかける。でも……」
 ユーリは小首を傾げた。
「一番の課題は、ここにある」
「そうです」
 シオは頷き、軽く身を乗り出した。両手を組み、それを顎の下に添える。若芽色の瞳が、真っ直ぐにユーリを捉える。
「それを、あなたに頼みたいのです。あなた方、三人に」
 思わず、ユーリ達は顔を見合わせた。肩を竦め、テッドが口を開く。
「随分と……お高い評価で」
「光栄です。と、単純に言うわけにはいきませんね」
 冷ややかにミクが続く。
「いくら何でも、その注文には無理があります。作戦が上手くいったとしても、城にはそれなりの兵が残るはず。何より、もしもそこに、この一連の出来事の黒幕がいたとしたら。たった三人でその城を落とすなど、不可能です」
「もちろん、三人では無理だ」
 シオが組んでいた手をほどく。
「直接、落とすのはね」
「直接?」
「あなた方に頼みたいのは、ここより北、パルディオン山脈の最高峰、セルトーバ山に住むスルフィーオ族に協力を求めることです。彼ら一族の力は、キーナス五万の兵にも匹敵する。ガーダと言えども、そう安々と組み伏せることは叶わぬであろう。彼らブルードラゴンの襲来を退けることは」
「ちょ、ちょい待ち」
 テッドはミクを振り返った。
「ドラゴンって、ドラゴン?」
 ミクの片眉が吊り上がる。
「私に聞かないで下さい」
「しかし、彼らが」
 ロンバードが口を挟む。
「彼らが果たして力を貸してくれるでしょうか。あの、孤高の民が、人間の争いごとなどに」
「それを何としても説得するのです」
 強い口調でシオが言った。沈黙するロンバードに代わって、テッドがそろりと声を出す。
「あ〜、一つ確認しておきたいことがあるんだが。説得と言うからには、ちゃんと言葉が通じるんだろうな。その、ドラゴンとやらに」
「その心配はいらない」
 わずかに表情を緩めてシオが答える。
「言葉は通じる。と言うより、言葉などなくとも……いや、これは彼らに会えば分かることだ。とにかく彼らの力を借りて、シュベルツ城を空から攻めれば」
「空?」
 テッドはまたミクを振り返った。
「空って、空?」
「だから、私に聞かないで下さい」
 眉をひそめ、そう小声で呟くミクから視線を外し、テッドは腕組みをした。
「空飛ぶドラゴンねえ……」
 頭の中で、童話の挿絵に出てくるようなドラゴンと、プテラノドンのような翼竜とを、交互にイメージする。どちらにしても、現実感がない。途中まで、なるほど智恵者の策とはこういうものかと感心していたが、急にその気持ちが萎む。
 これで、あのガーダに対することができるのか。いや、あのガーダなればこそ、童話のような世界の力が必要なのだろうが、しかし、それでも……。
 傍らのミクを、また見る。彼女も、今の話を受け止めるのに苦労しているようだ。周りを見やる。いずれの表情も重い。彼らにとって、ドラゴンという存在自体は問題ないはずだ。だが、迷っている。おそらくは、ロンバードが述べた言葉の中にある、理由のせいであろう。つまり、この地に住む者にとっても、シオの策は奇策ということだ。そんな策に、乗って良いものか。命を賭けて、報われるのか。
「分かった」
 一涼の風が、洞窟内に吹き込む。その言葉の輪郭が、潔い。
「必ず、説得する」
「……ユーリ」
 それは意志であり決意であった。そしてそれ以上のものをも含む。自然と気持ちに力が戻るのを、テッドは感じた。
「あなたなら、できますよ」
 微笑を湛えたまま、シオが言った。
「きっとできます。スルフィーオ族の協力があれば、シュベルツ城と同時にハンプシャープも落とすことが可能でしょう」
 途端、ユーリの頬が淡く輝いた。
 やはり、気にしていたのか。
 互いに目と目を合わせ、テッドとミクが頷く。
 口には出さなかった。態度でも示さなかった。それしか道がなかったとはいえ、ウルリク妃を救うことができなかったこと。やはりユーリは、それを悔いていた。ならば……。
「引き受けるしか、なさそうだな」
 無精髭を撫で、テッドが言う。
「そうですね」
 細い顎をわずかに上げ、ミクが受ける。
「さて、そうと決まれば」
 シオがぐるりと一同を見渡す。
「一刻も早く、行動に移さなければならない。我々にとって最大の敵は、時間です。そのことを、肝に銘じておいて下さい。速やかに作戦をこなすことができなかった時点で、連携は断ち切れます。多大な犠牲が出ることを覚悟の上で、単独行動するしかありません」
「つまり」
 軽く頭をかきながら、テッドが言った。
「もし、俺達の到着が遅いようなら、王自らブルクウェルに討って出るということか」
「そうです。そしてもし、ブルクウェルを落とすこと叶わず、キーナス軍の侵攻が止まらないとあれば」
 シオの瞳が光る。薄寒く感じるほどの冷気が、そこに宿る。
「私は全力をもって、侵略者を倒す」
 再びその場が張り詰める。シオの言葉に、微塵の嘘も含まれていないだろう。アルビアナ全域に火の粉が降り懸らぬよう、それが最良の策である以上、シオはそうするだろう。この男なら、迷うことなくその選択をするだろう。
 呟くように、テッドが言う。

 
 
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