蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十七章 キリートム山の誓い(2)  
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      二  

 キリートム山の洞窟。その奥まった場所に、長、リンデンの部屋はあった。薄暗く、飾り気がないのは、ヌアテマのそれと同じだ。竹のような樹皮を編んで作った敷物、丸太をそのまま置いたかのような椅子。壁にあるのは松明と、実用性も併せ持った二本の斧。空間自体も、そう広くはない。そこに、長のものとは別に、十脚の丸太椅子が、楕円を描くように並べられた。
 長の正面に対する椅子にはアルフリート。そこから左に向かって、シオ、ロンバード、フレディックと続く。右にはテッド、ミク、ユーリが座し、リンデンの両側にはオラム、そしてレンダムという長のすぐ上の兄が控えた。
「為さねばならないことは、三つ」
 一同が席につくなり、シオが口を開いた。
「フィシュメル王に、ウルリク妃からの手紙を届けること。今まさに、始まろうとしている争いを止めること。そして、偽王の正体を暴き、真実を明るみにすること。この中で、比較的希望が持てるのは、手紙を渡すことくらいでしょうか。しかしそれが、全ての糸口となる」
 全員がシオに注目し、次の言葉を待った。
「最も案ずるべきは、ガーダの陰謀がフィシュメル国にまで及んでいる場合でしたが。こちらの動きに対して、あくまでも守に徹する覚悟の様子。どうやら今のところ、その心配はないようです。となれば、取るべき手段は一つ。私が、国妃の手紙をフィシュメル王に届ける。そしてそのまま、フィシュメル軍の指揮をする」
「な、なんと!」
 ロンバードが驚愕の声を上げた。しかしそれを、アルフリートが片手で制する。
「何も、キーナス軍と戦おうというわけではありませんよ」
 口元に柔らかな笑みを浮かべ、シオはロンバードに言った。
「時間稼ぎです」
「時間稼ぎ?」
「そうです」
 シオが頷いた。
「今、キーナス軍の先陣は、コーマ騎士団領内ロドム城にて待機しています。援軍との連携を考え、もうしばらくはそこに止まっているでしょうが、そう遠くない時期に動くことは必至。だからと言って、そこに我々が駆け付けたとしても、最良の策とはならない。仮に、今ここにおわす王が本物であることを受け入れ、軍が侵攻を止めたとしても、フィシュメル側の出方によっては、戦いの火蓋が切って落とされる危険がある。さらに、援軍の方も問題です。もし、ガーダがこの状況を察し、ブルクウェルの偽王自らが、キーナ騎士団を率いるようなことが起きれば。誰を信じて良いのか分からぬまま、キーナス軍は真っ二つに引き裂かれ戦うことになるでしょう。争いを避けるには、ブルクウェルの偽王を、まず何とかせねばならない。しかし、それには少々時間がかかる。それゆえ、むしろ障害の少ないフィシュメル側に働きかけ、開戦の日を少しでも遅らせるよう、策を講じる方が確実といえる。真相が分かれば、あのデンハーム王のことです。無益な争いで兵を失うような、民を苦しめるような、愚かな命は下されますまい」
「なるほど……」
 ロンバードは深く頷いた。しかし、すぐにその表情が険しくなる。
「ですが……いくら時間稼ぎといっても、そう長くは」
「その通り」
 間髪入れず、シオが答えた。
「直ちにここを発ち、リンデン殿の協力を仰ぎ山を抜け、馬を飛ばしたとしても、フィシュメル国王都カロイドレーンに着くためには、十七、八日はかかるでしょう。その日のうちにデンハーム王の勅命を受け、軍を統制下に置いたとしても、すぐに指揮できるわけではない。前線まで、さらに数日を要する。そのような出遅れた状態で、できる小細工は限られています。その上、キーナス軍の指揮官の問題がある。リブラ将軍、彼は攻と守、どちらを取るか迷った時に、攻を取る傾向がある。顔に似合わず」
 それを言うなら自分だって、とミクは心の内で思った。が、表情には出さず、次の言葉に耳を傾けた。
「それゆえ、ロンバード殿のご指摘通り、稼げる時間はごくわずか。そうですね、なんとか二十日ばかりは、ぐずぐずと持ちこたえたいところですが」
「そなたでなければ、その半分も叶わぬであろうな」
 アルフリートの微笑に、シオは笑って答えた。
「あまり買い被られても困るのですがね。引き受けた以上、全力は尽くします。ただし、私ができるのは、開戦の期日を遅らせることだけ。止めることはできません。そのためには、それまでにブルクウェルを落として頂かなくてはならない」
「ブルクウェルを……落とす……」
 自問するような小さな声で、フレディックが呟いた。その声に、シオが答える。
「そう、ブルクウェルを落とす。サルヴァーン城にある、全兵力を使って」
「そんな……」
 ロンバードは呻いた。
「シオ殿は、王都を戦場になさるおつもりなのか? いや、それより何より、サルヴァーン城を空にするなど。オルモントールが、一気に攻めてきますぞ」
「オルモントールに関しては、ちょっとした策がある」
 ロンバードの動揺とは対照的に、淡々とした口調でシオは続けた。
「それに、我らが拠点となるのは、ブルクウェルよりわずかばかり南西の地。そこにあるネローマの古城です。王にはここへ――」
「ここへ?」
 ロンバードの顔に、新たな驚きの色が加えられる。
「すると、陛下御自ら、軍を率いてブルクウェルに攻め入ると? 王が王都に火を放つと?」
「いや、ロンバード殿。これは――」
「そうか」
 澄んだ声の呟きが、開きかけたロンバードの口を止めた。視線を転じる。その声の主を見つめる。
「……ユーリ……殿?」
「王だから、それができる……なるほど、そうか」
「ほう?」
 シオの目がユーリを見据え、面白そうに輝く。
「そちらの御仁は、この作戦の主旨をよく分かっていらっしゃるようだ。ここは一つ、私に代わってご説明頂くとしましょう」
「えっ? あ……あの」
 その場の視線が、一斉にユーリを刺す。緊張に心持ち顔を強張らせ、俯き加減でユーリは声を発した。

 
 
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