蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第十八章 それぞれの道(2)  
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      二  

 もともと荒れた地だ。ところどころ、茂みがあるだけの岩山。そこにしがみつくように生きる小さな命。目を凝らせば、少なからずの数を見出せたであろうが。あの頃は、空を舞う鳥以外、動くものを認めなかった。自分たちの、他には。
 その自分達が消えたことで、こうまで大地は荒涼としてしまうのか。こうまで大気は枯れてしまうものなのか。
 オラムは、明らかに掘り起こした感のある、少し色味の濃い土の前で唸った。その場にしゃがむ。地面に触れる。何を含んでいるのか、微かに湿り気が伝わる。そっとすくい上げると、土は幾粒ずつかの塊となって、オラムの太い指の間から零れ落ちた。
「礼を言う」
 地を見据えたまま、オラムが言った。
「打ち捨てられているか、あるいは全部燃されたか。そのどちらかだと思っていた。礼を言う」
「いや」
 傍らで、アルフリートが静かに口を開く。
「戦った相手に敬意を表し、その国の慣わしで埋葬するのは、当然のこと。礼を言うには及ばぬ。むしろ、逆に謝らねばならぬな。どう見ても、十分とは思えぬ」
 乱雑な起伏を残したままの大地を、アルフリートは険しい目で見つめた。
 種族が違えば、信じるものも異なる。それが様々な風習の違いを生み、埋葬もその一つだ。ラグルは全て土葬。墓標は立てない。一体一体、必ず別にし、一切の装飾物を取り去って、地中深く葬るのが特徴だ。もちろん、それぞれに理由があった。
 例えば個別の埋葬は、死することで一族から離れる、つまりは旅立つことを表していた。ラグルにとって、これは否定的なものではなく、むしろ大いなる発展を意味する。一族が増え、巨大になり、飽和状態となった時、彼らは袂を分ち二派となる。一族の中でも特に優秀な者達が集められ、山を出て行くのだ。数は多くない。文字通り、少数精鋭だ。
 しかしこれは、期待通りの発展に結びつかないこともある。出て行った者はその数の少なさゆえに、残された者はその戦力の低下ゆえに、危機に立ち向かう力が乏しくなる。そのため、他の一派に、あるいは異なる種族に、滅ぼされてしまうことも少なくない。共に倒れ、一派の血が途絶えてしまうことも、しばしば起きた。
 かと言って、数が増え過ぎた状態で止まっていても、行きつく先は同じ滅亡だ。より生き残る可能性の高い道、旅立ちの方をラグルは選び、それを称えた。
 実は、深く葬ることも、これに関係している。より遠くへ流れ着くことを、それは暗に意味しているのだ。いったん離れた仲間は、その瞬間から別の一派となる。場合によっては、敵となる。そうならぬよう、旅立つ者は、元の住処から遠く離れた土地を目指すのだが、稀にやむを得ず近くに住むことがある。限られた土地での縄張り争いは、血の繋がりをも断つ。不幸な選択だ。それを避ける思いが、深い穴に込められていた。
 装飾物に関しては、彼らの死生観が関係している。ラグルに復活の思想はない。だが、生まれ変わるという観念はある。ただ、同じ魂が、ましてや同じ肉体が、蘇るなどとは夢にも考えていないのだ。肉体は土に帰り、魂は地中深く沈み炎となる。そして時が満ち、その炎が大地から噴出し山を作る。こうして死したラグルの魂と肉体とが、新たな彼らの命を育む住処となるのだ。彼らにとって生まれ変わるとは、そういう意味であった。
 それらを考えれば、この目の前の光景は、まだ不足であると言えた。時間がなかったこと、そして、葬る側が不慣れであったことも、理由の一つだろう。
 通常、キーナスの騎士団は火葬を常とする。これは、空への信仰を持つ民の特徴だ。だが、厳密にいえば、兵士それぞれが生まれ育った土地によって、信仰は違う。ゆえにこれは、それに基づいたというよりは、現実的な処理の問題からくるものだった。
 多くの場合、兵士は故郷から遠く離れた場所で命を落とす。遺体をそのまま持ち帰ることは、なかなか難しい。さりとて、見知らぬ土地に埋めることもできない。よって肉体を燃やし、一筋の煙となって空に上ることで、故郷に帰す意味を持たせた。骨や灰などを持ち帰る風習はない。遺族の手に戻るのは、騎士の証である剣と鎧、そして、旅立つ前に残した一髪だけだ。
 このように、火との結びつきは強い騎士団だが、土との関係は薄い。荒い埋葬となってしまったことに関して、責めるに責められない思いがアルフリートにはあった。しかも、この争いの裏で、フィシュメル国が糸を引いていたと聞かされた時の衝撃を考えれば、むしろリブラはよくやった方だと言える。しかし、それはあくまでもこちらの言い分だ。
 アルフリートはさらに表情を厳しくした。

 
 
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  第十八章(2)・1