蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十三章 孤高なる一族(1)  
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 テッドは洞窟の先を見やった。
 今が昼間で良かった……。
 ゴールを示す明るい陽射しが、疲れきった体に最後の力を与える。誰もが固く口を閉ざし、ただそこを目指して歩く。少し、身を屈めるようにして、別の空間への扉をくぐる。
 光が、強く瞳を刺した。
 顔を背ける。容赦なく目を焼く白い刺激に、懐かしさすら覚える。
 ユーリ達は先を争うようにして、その雪原に出た。目が慣れるにつれ、そこがそれほど広くはないことを認める。
 ここは、西側の斜面になるのか?
 後ろを向き、今まで眺めてきた形とは違う、頂を見上げる。南の斜面を登っていた時、セルトーバ山の頂上は、二つに割れているように見えた。左の方が少し小さく、右側の方が高い。しかし今、ここから眺める景色は、ただ一つの頂を有している。よく見ると、手前に小さな尖りがある。距離は、さほどでもない。だが、あまりにも険しい。その鋭さは雪をも拒み、仄かに蒼みがかった鉛色の岩肌を、晒している。
「ここを登る以外」
 テッドが低く呻く。
「道はなさそうだな」
「今来たような洞窟があればいいのですが。さすがに虫が良過ぎますね。ここまで来れたこと自体、かなり運が良かったといえるでしょうから」
「そうだな」
 テッドはミクの声に頷きながら、背の荷物を下ろした。しゃがみこみ、袋をあさる。必要最小限の物しか入っていない。とりあえず、それらを全部雪の上に投げ出し、なんとか使えそうなものを探す。そこに、暗く影が被さる。少し苛立った声で、テッドが言った。
「おい、そこに立つな」
「……テッド」
「ミク、どいてくれないと、暗くて――ん?」
 声の方向が、影とは異なることに気付くと、テッドは顔を上げた。振り返る。そこにミクがいる。ユーリ、そして少女を担いだレンダムも。影は西から伸びている。つまり、前から――。
 テッドの視線が雪の上を滑る。小さな雪原の端、崖際に立つ人影がある。多分、人。顔だけ見ると、問題なくそう見える。
 黒に薄く雪を被せたかのような灰色の長い髪。それを後ろで束ねた、精悍な顔つきの男。キーナス国の民に較べ、肌の色が濃い。身につけている毛皮は、どうやら自分達と同じもののようだ。その材質の、膝まである靴を履いているので、ぱっと見た印象は、灰色熊といった雰囲気だ。だが、熊と違って、彼には鮮やかな色味が二つあった。
 一つは、首筋から顎にかけて見られる、青緑色の羽毛。この羽毛という表現が適切であるか否かは、もう少し近付いてみなくては分からないが、まず間違いないように思う。そして、もう一つ。青みを帯びた氷河のような、両腕。
 いや、違う。両の翼だ――。
「……スルフィーオ……」
「スルフィーオ?」
 レンダムの呟きに、みながそう声を揃える。
 これが――彼が、ブルードラゴン……?
「お前は誰だ?」
 その男が、声を放った。鋭く、圧するような言いよう。その色が、彼の操る言葉にそぐわない。パルメドアの言葉、失われた大陸の言葉。単語に母音を多く含む、柔らかな言語だ。
「お前は、誰だ?」
 滑らかな音色の中に、はっきりと敵意を感じ、テッドは身構えた。じりっとミクが、半歩踏み出す。レンダムの鼻息が、荒くなる。
「僕は、ユーリ・ファン」
 虚を衝かれるような澄んだ声で、ユーリが言った。張り詰めた空気が、それだけで解ける。
「僕の名前は、ユーリ・ファン」
「おい、ユーリ……そういう問題じゃ――」
「わたしの名前は、ナナル・オマーラ・リアオラ」
 驚くほど声から刺を消して、翼のある男は言った。先ほどまでの表情が、嘘のように和らぐ。そしてそのまま、さらに問う。
「お前は、誰だ?」
「わ――私の名前は、ミク・ヴェーヴェルン」
「何を喋っている? 名前を言えばいいのか? わしは、レンダム。ただの、レンダム」
 そう、キーナス語で答えたレンダムに、翼の男は満足げな笑みを見せた。そして、その穏やかな顔をテッドに向ける。
「お、俺?」
 今一つ納得のいかない表情のテッドを見つめる内に、男の顔が冷えていく。それが完全に凍りつく前に、テッドは慌てて言った。
「俺はテッド。テオドール・アンダーソン」
 男が、大きく頷く。その顔に、影が落ちる。翼のはためく音が降る。
「わたしは、マナノマ・ストオル・エラメロア」
「わたしは、イヨール・ノロノ・サルマロネ」
 次々と、名乗りを上げながら有翼人達が舞い降りる。十名余りが揃ったところで、最初の男、ナナルが言った。
「では、我らについてくるがよい」
「ついてって――」
 しかし、テッドの心配はすぐに打ち消された。両側に、有翼人が並ぶ。肩から翼の中ほど近く、そこにある三本の爪のような、節のような指で、がっしりと片側ずつ肩を抱え込まれる。
 自由な方の翼が、大きく翻る。二人の動きが、ぴたりと合わさる。
 こうしてユーリ達は、有翼人にしっかりと抱きかかえられながら、一気に頂点を目指した。

 

 
 
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