蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十三章 孤高なる一族(2)  
            第二十三章・1  
 
 

 

      二  

 ユーリの口から溜息が漏れる。それが何度目なのか、もう分からない。だが、その次についた吐息は、はっきりと一つの言葉を伴った。
「綺麗だ」
 思わず手を伸ばす。
「とても、綺麗だ……」
 二つの頂きに囲まれた、小さなくぼ地。そこに、スルフィーオ族の村はあった。
 レンガのように切り出した雪を、頂きの形と同じく、大小二つのドーム型に積み上げた住処。それが、いくつも並んでいる。十人も入ればいっぱいになるほどの大きさで、彼らはそこに、四、五人の家族単位で住んでいた。数は全部で二十個余り。単純に考えて、百人前後の小規模な村だ。
 ドームの中は、自分達の感覚からすれば、十分な暖かさがあるとは言えなかった。しかし、冷たい雪や風の吹き荒れる外に較べると、それは遥かに快適だった。
 家の内側にはジェンスの毛皮が張られ、外気を遮断する力を高めている。床は、奥に位置する部屋の方が一段高い作りとなっており、冷気の侵入を防ぐ工夫が為されていた。てっきり中は真っ暗であろうと思ったのだが、実はちゃんと窓もある。半透明の膜、おそらくは動物か何かの体の一部分であろうが、それを使った採光用の窓と、換気用の窓とが、ドームの上部に付いていた。暖を取るのは、部屋の中央にある小さなランプ。が、これが見かけ以上の力を発揮する。上に昇った暖かい空気は、壁を伝いながら下へ降り、部屋全体を暖めるのだ。ユーリは、その恵まれた環境から、わざわざ外に出ていた。
 伸ばした手が、さらに上に昇る。指先が、届かぬ相手にそっと触れる。
 村の住人は、彼らだけではなかった。ブルードラゴン。キーナスにおいて異国の言葉でそう呼ばれるのは、彼らの首筋の羽毛と、その両手の翼が理由であろうと、出会ったその時ユーリは思った。しかし、言葉はそれ以外のものも含んでいた。もう一つ、別の存在を指していた。
 家畜と呼ぶほどの所有権はなく、ペットと呼ぶほどの主従関係はない。では、共生かと問われると、それも少しおこがましく感じる。それほどスルフィーオ族はその存在を尊び、大切にしていた。その気の流れに決して逆らわず、ただそっと傍らに寄り添うように暮らしていた。
 山肌に、いくつもの大きな穴が空いている。そこに、蒼い宝玉が埋まっている。生きた宝玉。それこそが、ブルードラゴンであった。
 巣穴は岩の形を生かし、突起した部分のすぐ上にあった。ちょうど自身の体を納めるだけの大きさしかない。身一つとはいっても、体長は十メートルほどある。長い尾も計算に入れると、さらに倍近い大きさだ。しかも、その巨体を空に浮かす翼も堂々たるものだ。滑空するように飛ぶのではなく、翼を羽ばたかせて飛び立つため、巣穴の前のスペースはかなり広くとられている。が、しかし、ユーリはまだその勇姿を、自らの目に映してはいない。ドラゴンはみな、巣穴から体の一部を見せた状態で蹲り、眠っている。頭もしっぽも、蒼い鱗で覆われた胴体に隠れていた。
 スルフィーオ族の話によると、彼らのサイクルは、人の約十二倍の長さを持つという。つまり、十二日の時が、彼らにとって一日となるのだ。昼間の六日は活発に動き、夜の六日はひたすら眠る。活動期でも夜になれば、巣穴に戻ってしまうらしいが、稀に空を駆けることもあるようだ。どうやら彼らの目は、猫のような仕組みを持っているらしい。もちろん、これもまだ、ユーリは見ることが叶わなかった。彼らはつい二日前に、夜の六日に入ってしまったのだという。
 本来なら、その眠りを妨げるようなことを、スルフィーオ族はしない。決してない。しかし彼らは、ユーリ達の希望を受け入れてくれた。言葉を使わぬ会議によって、彼らはユーリ達を認めた。
 スルフィーオ族の村に着くと、まずユーリ達は、中央にある他のものより一回り大きなドームに連れていかれた。そこに、続々とスルフィーオの民が集まる。全部で八人。比較的年齢の高い者ばかりだ。いずれも、首に何重にも重ねた白い玉のネックレスをしている。彼らがこの村において、なにがしかの権限を持つ者であることを、ユーリ達はすぐに察知した。
 一体、今から何が始まるのか?
 互いに名前を名乗り合う。どうやら彼らにとってこの行為は、人の世界よりも、礼儀として重きを持つようだ。だが、その後が続かない。じっと押し黙ったまま座す老人達に、ユーリは体だけではなく心をも堅く強張らせ、身構えた。
 しかし、その防御を、いとも容易く彼らは超えた。するりと、本当にするりと、彼らは心の境界線を突破した。

 
 
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  第二十三章(2)・1