蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十四章 決戦(2)  
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「――あっ」
 その列が、崩れた。門が開くと同時に、駆け抜けてきた馬に乱される。その後ろからあの騎士が、風のごとく走り寄る。
 とっさに皆が、剣を抜く。そしてそのまま凍り付く。
 波打つ黄金の髪。整った白く滑らかな顔。リルの石を埋め込んだかのような瞳。細身で長身の体は、どこまでも優雅に動き、誰よりも蒼き鎧に相応しい気品を纏っている。
 その騎士が、右手を翳す。淡紅色の唇から、凛とした言葉を放つ。
「我、王印を持つ者なり。キーナス国王、アルフリート・ヴェルセム」
 城門を守る兵士達が、呆けたように立ち尽くす。目を開き、口を開き、呆然と見つめる視線の中で、王は掲げた手を静かに下ろした。しなやかな指にはめられていた黄金の指輪が、きらりと輝く。それが合図であったかのように、いったんはトマル橋の辺りまで駆け抜けた馬が戻ってくる。それに跨る。そして再び、駆ける。
 東西に貫く大通りを突き進む。最も奥にある広場の手前で左に折れる。姿はもう、見えない。それでもなお兵士達は、指先一つ動かすことができずにいた。目の前で起こったことを、理解できずにいた。
 今の……は……?
 城壁の上に立つ一人の兵士が、そう胸の内で呟いた。言葉に押しやられるように、体が少し、後ろに傾く。崩れる姿勢を守らんと、彼は背後を顧みた。いまだ固まったままの仲間達から、視線が外れる。
 息を呑む。大地に、動くものを捉える。
 騎士だ。また、騎士だ。今度は一人じゃない。五、六、全部で八人。照りつける西日の下でもよく分かる。あれは、蒼き鎧の騎士だ。
 兵士の体が、再び固まる。
 敵か? 味方か? 敵だとすれば、一体誰の? シュベルツ城におわす王の? それとも――それとも、今駆け抜けていった王の?
 混乱する兵士の瞳の中で、見る間に騎士達の姿が大きくなる。
 とにかく門を……門を、閉めなければ――。
 ようやくそう考え、兵士は下にいる仲間に知らせようと、その身を返した。
 しかし、声を張り上げようとする寸前で、その身が少しだけ戻る。目の端を過ぎったものに、心も体も縛られる。
 北の空が、黒い。夕陽に色を吸われ、彩度を落とした空の一角が、暗い。それが、矢のように天を駆ける。まるで夕闇を引きつれてくるかのように、少し蒼みがかった影が、一団となって迫り来る。
「あれは……何だ?」
 呻く兵士のその足元で、無様に開け放たれた王都の門をあざ笑うかのように、蹄の音が乱れ鳴る。
「あれは……」
 しかし兵士は、その喧騒には見向きもせず、同じ呟きを繰り返した。風を感じる。蒼い影に形を見出す。その大きさ、その美しさ。空の翼を持つ影に、兵士は小刻みに体を震わせた。ただ、震えた。

 

 
 
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  第二十四章(2)・2