蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第一章 砂の街(1)  
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 <砂の街>

      一  

 赤みを帯びた砂が舞う。衣の端を強く押える。あまりにも細かいその砂は、堅く閉じた瞼の隙間にすら入り込んでくるように思える。
 風が収まったのを受け、ユーリは目を開けた。鼓膜を打ち続けている喧騒とした風景が、間近に広がる。
 シュイーラ国南東の港町、カシュカル。そこからエトナオル川沿いに、少し内陸に上ったところにある街ハラトーマに、ユーリ達は立った。砂よりも、さらに濃い赤土で作られた、日干しレンガの家々。間隔を空けず、そそり立つように並んでいるため、街全体が一つの大きな迷路のようだ。一応、その家並みの彼方には、赤砂岩と大理石で作られた領主の邸宅が、一際高く聳えているのだが。それを目標にして進もうにも、曲がりくねった道を歩くうちに、いつの間にか前にあったものが右に行き、左に行きといった具合で、一向に近付けない。
 かと言って、人の案内はさらに頼りにならない。自分達の言語能力にも、もちろん問題はあるだろうが。色とりどりのリャンという、大きな一枚布の外衣を並べる店先で、広場はどこかと尋ねたら、たむろする男達はいっせいに、違う方向を指差した。
「別に、領主の許可なんてもらわなくても」
 明るい黄身色に、赤や緑の幾何学的な模様が入ったリャンを纏ったテッドが振り返った。
「その辺の店で適当に必要なものを調達して、とっとと行こうぜ」
 そう言って、無精髭を撫でる。
 これがキーナスならば、テッドの姿はそれなりに精悍な印象となるのだが。成人した男はみな、黒々とした髭を蓄えるのが普通であるこの地では、彼は随分と生白い印象となる。それは単に髭の問題だけではなく、髪にもあった。束ねられた長い髪。この国では、女性にだけ許される髪形だ。傍らに立つ、海の色をしたリャンを纏ったユーリですら、男にしては少し長めの髪となる。シュイーラ国の民と同じ、黒い髪と黒い瞳の分だけ、彼が一番馴染んで見えるが、やはり異国感は隠せない。歩くと、どうしても人の注目を浴びる。それは、女性陣とて同じであった。
 男性とは違って、女性用のリャンは、頭からすっぽりと包み込むような形となっていた。それゆえ、ぱっと見るだけなら、特に目立つようなことはない。しかし近付けば、否応なく人目を引く。外衣よりも澄んだ緑の眼差しを投げかけるミクも、フードから零れ落ちる金髪が眩しいサナも、この国の民には無い色を持っていた。さらに、
「あれは何だ、あれは? これは何だ、これは?」
 と、目に映るもの全てに興味を示し、走り回るティトの小さ過ぎる体に、人々は釘付けとなった。
「アルビアナ大陸からの出入りの多い、この街ですら私達は目立ちますから」
 この国の慣わしに従い、口元をフードで隠しながらミクが言う。
「何の証もなく、奥地を旅することなど不可能です。それに、何よりもまず、足を確保しなければなりません。領主の許可の元、デグランを」
「まったく」
 テッドが毒づく。
「そもそもなんで、領主の許可が必要なんだ? らくだ一頭買うのに」
「らくだじゃないよ。デグラン」
「一頭では足りません。最低、六頭は必要です」
「お前らなあ。いちいち揚げ足取ってるんじゃねえ」
「それだけ、部族間同士の問題が、悪化してるってことね」
 濃い紅色のリャンから、青い瞳だけを覗かせてサナが言った。
「デグランは、単なる移動のための動物というわけではないわ。砂漠を超える、それが、この地に住む者の生活全てを支えることとなるのよ。金や銀を、掌いっぱいに積むより、デグラン一頭の方が価値を持つ。そして当然、それは戦場でも大いに力を発揮する。つまりこれは、領主の許可という形でデグランを独占し、反対勢力の部族を追い詰めようという策ね。徐々に生活を圧迫し、貧困の中に押し込めるか。暴発すればしたで、圧倒的に有利な軍事力で一気に滅ぼす。デグランを持たない反乱軍など、一たまりもないでしょうね。シュイーラの正規軍の前では」
「お前さんって」
 テッドがサナを見下ろす。
「さらっと、やなこと言うよな」
「現実を、ありのままに言っているだけよ。それより、一つ不思議なことがあるのよね。確かここの領主は――あっ」
 サナの体が前に傾く。
「こら待て、ガキ」
 したたかにサナにぶつかっておきながら、挨拶なしに走り去ろうとした少年の髪を、むんずとテッドはつかんだ。だが――。
「おわっ」
 思わぬ反撃が、テッドを襲う。乱暴に引きずり寄せられた少年は、テッドの腕を、逆に両手でつかんだ。ぐいっと引っ張る。思わずテッドが髪を放す。その手に、少年は噛み付いた。鼻の頭に皺を寄せ、ごりっと鈍い音がするまで強く噛む。

 
 
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