蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第二章 キャラバン(2)  
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「何を悩んでいる?」
 サナが、また俯く。
「まさかとは思うが、わたしって、みんなに迷惑かけてばかりだわ。この足が、この足が悪いのよってな展開じゃねえだろうな」
 サナの肩がぴくりと震える。
「まあ何だな。女ってのは、悲劇の主人公になりたがる傾向があるからな。別に、自分の中で酔いしれる分には構わんが」
「酔いしれるだなんて」
 サナの顎がくいっと反る。
「わたしは、真剣に悩んでいるのよ。それを――」
「悩んで、その足が動くのか?」
 二つの月が、テッドの顔の半分を照らす。向けられた目が、想像以上に真剣だったので、サナは言葉に詰まった。ただ、その目を見返す。掌の、冷たい砂の感触を握る。
「わたし……は」
「意味のない悩み方するな。時間の無駄だ」
「意味の……ない……」
 サナの表情が翳る。
「意味がないのは、悩みじゃなくて、わたし自身……。ここでは、この砂漠では……」
「お前さんねえ」
 テッドが大きく首を振る。
「お前さんの意味はここじゃなく、その先にあるだろうが。俺達だけでは、塔の謎を解き明かすことはできない」
「でも、わたしが行っても」
「その時は、その時さ。まあ、そう考えると、意味なんてものは、どこでどうあるか分からんからな」
 両腕を頭の後ろで組みながら、テッドは砂のうねに背を預けた。
「今、こうしてここにいること。それが、意味のあることなのか、そうでないのか。それこそ、死ぬ瞬間にしか分からんだろうな。いや、場合によっては、死んだ後ってこともある。本人にはなくても、誰かにとって重要な意味を持つ。そういうのもあるからな」
「じゃあ」
 テッドに並んで、サナも砂にもたれ掛かる。
「わたしの、この壊れた足にも意味があるってこと?」
「いや、ない」
 きっぱりとした否定に、サナの口が尖る。
「ちょ、ちょっと。話がおかしくない?」
「直接的には――ってことだ」
 テッドの横顔に笑みが浮かぶ。
「人の足は、立つためのものであり、歩くためのものだ。足本来の意味は、そこにある。手もそう、目もそう。全てが意味を持って作られ、存在する。だが、たとえそのどれかが欠けたとしても、人そのものの意味は一欠けらも変わらない。補う力があるからだ。足がなくとも手が、目が見えなくとも耳が。そしてそれは、人全体にも当てはまる。一人では意味を成さないのなら、みんなでその意味を作ればいい」
「みんなで……」
 そう呟くサナの口元が緩む。
「随分と、話を広げたわね」
「そうか?」
「そうよ」
「やっと調子が出てきたな」
 軽く鼻を上に向けるようにして返事をしたサナに、テッドは笑った。
「意味がねえって言うなら、お前さんよりティトの方が疑問だよな。ミクやユーリが甘い顔するもんだから、結局こんな所まで付いてきてしまったが」
「でも、ハンガラ族の女性陣は、ティトのことが好きみたいよ。可愛いし、それに女性をとても大切にするって」
 言葉の終わりに、くすりと笑い声を添えたサナに、テッドが頷く。
「確かにな。女に限定されるのがちと難点だが、一番親善交流しているのはあいつかもしれん。こちとら、ハンガラ族の言葉なんて、片言でしか喋れねえし。向こうも公用語は今一つみたいだし。言語だけでの意思疎通には、限界があるからな……さて」
 すっとテッドが立ち上がる。華やかな色のリャンから、ぱらぱらと砂が落ちる。
「無駄話が過ぎたな。もう夜が明けちまう」
 そう言いながら、サナに向かって手を差し延べる。
「戻ろうぜ」
「お先にどうぞ」
「お、おい」
 差し出した手を無視し、くるりと後ろを向いたサナに、テッドが肩を竦める。
「まだ拗ねる気か――って、どこ行くんだ?」
「ご心配なく。これくらいの坂、手を使えば、わたしだって上れるわ」
「いや、そうじゃなくて」
 砂のうねを、掻き分けるようにしながら上るサナの後に、テッドはとりあえず続いた。
「おい、どうするつもりだ?」
「疲れてるんじゃないの? 無理しない方がいいわよ。年なんだから」
「お前さんねえ」
「また今日も、しっかりわたしを運んでもらわなくちゃ、いけないんだから」
「急に態度、でかくなるなよな」
「あら。この方がいいんでしょう? 悲劇の主人公、やっているより」
 そう言ったサナの息が切れる。さらさらと流れる砂にてこずり、額に汗が滲む。乱れた髪を掻き揚げる側で、テッドは再び声をかけようとして止まった。しっかりと上を見据えるサナの瞳の中に、強い輝きを認めて唇を結ぶ。
「……結……局……」
 うねの頂上で、倒れ込むように腰を下ろしたサナが、荒い息のまま言葉を紡いだ。
「付いて……来ちゃったのね……一人占めしようと……思ったのに」
「一人占め?」
 腰に手を宛がいながら、テッドがサナの横に立つ。
「一人占めって、何を?」
「あっち」
 サナが右手を伸ばす。
「東でしょう?」
「ん?」
「朝日」
 サナの口元が綻ぶ。
「ブルクウェルだと東に山があるから、一番乗りはできなかったのだけど。子供の頃は、カトロンに住んでいた頃は、よく屋根の上に上って、こういう風に待っていたわ」
「屋根の――上に?」
「その足でって、今、思ったでしょう?」
「あ……いや」
 ぽりぽりと頭を掻きながら、テッドはサナの横にしゃがみ込んだ。
「ただ、勇ましいなってね。というか、なんでそこまでして朝日を見たかったんだ?」
「じきに分かるわ」
 そう言ったサナの顔が、淡く輝く。金の髪にも、澄んだ瞳にも、光が宿っていく。
 黒い大地に縞模様が浮かぶ。うねの輪郭が浮かび上がるように縁取られ、その数と形に比例して、新たな影が作られる。
「見て」
 サナの囁きに、テッドは示されたくぼ地を見た。時が止まったかのように、隊商の姿がある。まだ疲れの残る体のために、夜に寄り添う彼らの上に、陽が射し込む。
 色が戻る。その一つ一つが輝き出す。動き出す。そこに、命が吹き込まれる。
 サナは砂に膝を突き、大きく両腕を横に広げた。朝日がありったけの力でその姿を照らすのを、テッドはそのまましばらく、眺めていた。

 

 
 
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