蒼き騎士の伝説 第四巻 | ||||||||||
第二章 キャラバン(3) | ||||||||||
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「ここより北、ううん、もう少し西寄りになるかしら。この辺りに」
砂地に手で、点と線を刻む。
「水場は?」
「いいや」
落ち窪んだ目を一つ瞬かせて、ハルマが答える。
「そのような話、聞いたことは、ない」
「じゃあ、あなた自身がその目で確かめたわけではないのね?」
「目で、確かめる?」
「実際に、この場所に行ったことはある?」
「行ったことは、ない」
「じゃあ、あるかもしれないじゃない」
「聞いたことは、ない」
「おい、サナ」
テッドが口を挟む。
「一体、何だって言うんだ?」
「地図よ」
「地図?」
「これがエトナオル川でしょう? ここがカシュカル、そしてここがハラトーマ。で、今いる場所が――」
サナの白い手が、次々と砂地に幾何学的な模様を作る。
「わたし達はここをこう歩いて、その間の水場がここと、ここと――」
「あっ」
不意にユーリが声を上げる。
「これって」
「そうよ、あの地図」
「おい、だから、どういうことなのか、ちゃんと分かるように説明を――」
「古代の地図」
綺麗に声を揃えて、ユーリとサナが答えた。互いに顔を見合わせる。ユーリの微笑に一つサナが頷き、テッドを振り返る。
「船にたくさんの資料を持ち込んだことは、テッドも知っているわよね。その中に、この地方を示すと思われる古い地図があって。こんな感じの」
「こんな感じの、ですか?」
サナが記した砂地の模様を見据えながら、ミクが眉を寄せる。
「この地方の地図なら私もいくつか見せてもらいましたが。いずれも、かなり詳しいものであったと記憶しています。このような、抽象的なものではなく、町の名前も事細かく記された――」
「ああ、その地図じゃないのよ。別にもう一つ。点と線だけが記されたものがあって。そういう形式のものは他に例がなく、地図と言うよりは、何かの暗号であると思われていたんだけど。例えば、昔盗賊が隠した、財宝のありかを示しているとかね。でも、ここに来て、実際にこの場所を歩いて、一つ思い立ったの。あれは水の地図だって。幾つもある点が水場。そして線は川の跡。というか、水脈ね」
「しかし」
テッドが首を捻る。砂の地図の、一本の線を指差す。
「ここに水脈なんてあったか? このすぐ側を、俺達は通ってきたよな」
「それはティトが」
「ティト――ですか?」
思いもかけぬ名の登場に、ミクが目を丸くする。
「ティトに、何の関係が?」
「ねえ、ティト」
デグランに乗ったまま、手持ち無沙汰の様子で足をぶらぶらさせていたティトが、くりんとした大きな目をこちらに向ける。
「何だ。何か、用か?」
「あなたこの前、ハンガラ族の人に教えてもらったって言ってたでしょう? ちょうどこの辺り、昔は川だったって」
砂の地図を遠目に見やりながら首を傾げるティトを、その形のままテッドはデグランから下ろした。地図のすぐ側まで運ぶ。ティトの首が、さらに大きく傾く。
「こんな地図では分からん。でも、川の話は聞いた。あの女が、そう言った」
丸っこい小さな手で、ティトは一人の女性を指差した。慌ててサナが、その手を押える。ハンガラ族の間では、指差す行為を侮辱と取るので仕方がない。しかし、指された女性は、意外にも穏やかな笑みを返してきた。
ほっと息をつき、サナが続ける。
「とにかく、これが水の地図だとしたら、近くにもう一つ、水の出る場所があるかもしれないの」
「ですが」
砂の地図に、新たな点が付け加えられるのを見やりながら、険しい表情のままミクが言った。
「その可能性は、かなり低いのではないでしょうか。一体、いつ作られた地図なのか。まずその情報の古さが気になります。実際、この川であったという場所は、すでに枯れてなかったわけですし」
「でも、絶対にないとは言いきれないでしょう? 可能性が少しでもあるのなら」
「もちろん、確実に目指すことができるのなら、賭けてみるのも一つの案です。でも、サナ。正確に位置を覚えていますか? 少しの狂いが、私達にその水場を見つける機会、そして見つけられなかった場合に退く機会。その両方を、失わせてしまうのですよ」
その通り――。
口を噤んだサナを見やりながら、テッドは心の中で頷いた。
一か八かの策を取るにしても、ある程度余裕が必要だ。今、水を探しに行くことは、その余裕を全部使い果たすことになる。さらに、見つからなかった時の心理面での負担が大きい。はっきりと、目的の場所が分かった上で、そこにないとなれば諦めもつけやすいが。もしかしたらもう少し北、ひょっとしたらもう少し西と、取り返しのつかない状態になる危険がある。目指す場所が定かではないのなら、動かぬ方がいい。手遅れになる前に、最後の手段に踏み切った方がいい。
「大丈夫。行けるよ」
重苦しい空気を、風が払う。ユーリの弾んだ声が続く。
「あの地図、気になったから。記録しておいたんだ、パルコムに」
「おい、ちょっと待て」
懐からパルコムを取り出そうとしたユーリを制し、テッドは自分の腕を広げた。
「風がきつくなってきた。砂が邪魔だ、この陰で」
「そうですね」
テッドの対面に立ち、自分もリャンを広げミクが言った。
「サナ、この中に入って、一緒に地図を見て下さい」
「おいらは?」
「じゃあティト、あなたも」
ミクとテッドの体とリャンで作られた壁の中に、二人が入る。そこへ、自分の体も盾にしながら、ユーリがパルコムを掲げた。
「見えないぞ」
拗ねたティトのために、腰を屈める。それに合わせ、周りの壁も少し沈む。
「えっと、これだよね」
掌より小さな画面に映し出された映像に、サナが首を傾げ、沈黙する。
「全体図で見ると、小さ過ぎて分かりにくいね。ちょっと待って」
パルコムを操作し、地図を拡大する。言葉に合わせ、少しずつずらしながら表示する。
「これがハラトーマの街で、僕らはここを、こう北に。で、この水場で一度休憩して、この後ここで足止めされて」
「そう、そうよ」
サナが頷く。
「で、今いるところが、この水場の跡。で、わたしが言っているのは……あった!」
みなの頭が中央による。
「なるほど」
テッドが唸る。
「大した記憶力だな。サナがさっき書いた地図と一緒だ。確かにもう一つ、水場を示す点がある」
「距離にすると、どのくらいになりますか?」
ミクの問いかけに、素早くユーリが数値を弾き出す。
「直線で、3.24km」
「今から発てば、今日中に着くことができますね」
「うん」
「決まりだな」
「じゃあ」
訴えるような目で、サナはテッドを見た。その目を見返し、テッドが笑う。
「賭けてみるか。この水場に」
サナの髪が、光を吸って輝いた。